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50 猫じゃらし
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俺達は三人の視線を感じながら、ミリーに言われたニ階の部屋へと向かった。だけど一階が気になって、すぐに下りて談笑しながら様子を窺うことにした。
エルフの女性は、徐々に俺達のほうへ近づくように席を移っている。俺が顔を向けると、そ知らぬ態をしてそっぽを向いてしまう。『ダルマさんが転んだ』をしているみたいな気にさせられる。
スーは見るまでもなく気配を感じているようで、目は輝き、鼻は期待に膨らんでいる。待ち構えているらしい。
目的が全然わからないので相手の出方を窺うしかないのだが、近づいてきた視線の先にあるものは豆柴だった。
……なるほど。超絶美人のエルフでもこいつの魅力にはやられるのか。ひょっとしてチャームの魔法を自然に放っているんじゃないか?
机の上でコロコロと転がっているポン吉をつついていると、エルフは居ても立ってもいられなくなったらしい。突然大股でやって来て、真っ赤々顔をして俺を睨みつけた。
「あ、あの、これを!」
「な、何ですか?」
超絶美人に理由もなく話し掛けられる覚えはない。
少しビビりながら尋ねる。エルフの女性は急に顔を背け、恥ずかしそうに後ろ手から取り出したものを差し出した。
何か特別なものかと目を皿のようにしたものの、こんな形状のものは一つしか知らない。
どこからどう見ても『猫じゃらし』。
美人のエルフさんは、何かを期待するような目でまだ俺の側に立っている。
ひょとして特別な能力を備えたエルフの道具かもしれない。
俺は受け取って、自分のしっぽとじゃれているポン吉の前で猫じゃらしを動かしてみた。
「あんあん!」
豆柴になったポン吉の言葉が初めてわからなかった。
ものすごい衝撃的だ。でもこれが猫じゃらしの能力なら、逆に必要ない。
さっさと返そうと俺が手を動かしたところ、ポン吉はハフハフ興奮しながら必死に追いかける。
走ってはジャンプして飛び着き、届かずにコロンと転がる。
スーも食い入るように見ている。
こいつって狼のはずだよな?
実はこれは『狼じゃらし』なのか?
反則的にかわいすぎるだろう!
も、もう少しだけ見てみようか。
飽きることなく猫じゃらしを追いかけるポン吉は、気がつけば人垣を作っていた。
俺達には無関心だった二人の女冒険者も知らないうちに側まで来ている。
……うまくすれば見世物で一儲けできるかもしれない。
しかし終焉は突然やって来た。
猫じゃらしに前足の届かないポン吉が、我慢できずに豆柴から通常サイズヘいきなり大きくなったのだ。
呆気にとられて俺の手は止まる。ポン吉は伸びた前足でグリグリ猫じゃらしを押しつぶしている。
しまった! ただのワンコじゃないのがバレてしまった!
使い魔登録をしていないことはペナルティになる。下手をしたら町から追放だ。
俺の本音では大歓迎だったけど、スーは珍しくオロオロとした様子を見せる。
エルフやニ人の女冒険者はそれまでの愛玩動物を見る目ではなく、とても鋭い視線に変わっていた。
「ただの犬ではなかったのですね」
「ワン(狼)」
ポン吉の言葉がまたわかるようになったのは嬉しいけれど状況は芳しくない。
エルフの声はとても落ち着いたトーンだった。責める様子もないのはありがたい。
見た目からもっと甲高い声を想像してので意外の感がある。長命種族であること改めて喚起させられた。
ポン吉には悪いけど犬のほうが話がこじれなさそうなので、そのまま通すことにした。
「すみません。少し前に俺達を助けてくれたので連れているだけでよくわからないのです」
「使い魔でもないと?」
「ええ。飼い犬みたいなものです」
「闘技会にも連れ出さないのですか?」
「もちろんですよ」
エルフのおねーさんは、突然俺の隣に座るなり体を摺り寄せて来た。やわらかい双丘が右腕に当たるので少し腰を動かしたが、またまた距離を詰めて来る。
目を三角にしたスーが、ポン吉を奪うように抱いて怒り出した。
「スーがティムしたのですっ。スーとプリちゃんとポン吉はもっともっと深いつながりなのですっ」
「あなたがティムですか?」
「そうなのですっ」
「見たところ魔法が使えそうにはありませんが?」
「これなのですっ」
どこからともなく骨付き肉を取り出す。ポン吉は猫じゃらし以上に興奮して飛び着いた。誰がどう見ても餌付けだ。
引きつった笑みの俺を見たエルフの女性は、少し笑って立ち上がり元の席へと戻った。
「勝ったのですっ」
無い胸を張るスカウト少女よ、サイズも何もかもが完敗だ。
ニ人の女冒険者も興味を失ったのか、食事も終わっていたらしく宿泊部屋のあるニ階へと上がった。
「ポン吉、猫じゃらしに何か細工があったのか?」
「ワン(ない)」
「単に遊んでいただけだと? お前の言葉がわからなかったぞ?」
「ワワンワン(何も考えてない)」
……歓喜の声を発していだだけだったらしい。
つまり正真正銘の猫じゃらしを、あのエルフはくれたことになる。
それで本物の犬ではないと正体を暴くとは、実はやり手なのだろうか。
「あのエルフに見覚えは?」
「ワン(ない)」
「何か感じたか?」
「ワン、ワン(ポン吉、一緒)」
「一緒?」
「ワン(そう)」
「何が?」
「ワン、ワン、ワワン(強さ、魔力、いっぱい)」
相変わらず語彙が不足しているな。
それでもわかったことがある。
あの美人さんは、ポン吉並みの力がある。つまり鉱山ダンプとでも思えばいいのか。
全然想像がつかない。
スーは俺とポン吉の会話にも加わらず、エルフのおねーさんをずっとロックオンしている。
おねーさんは気づいているだろうが、どこ吹く風とばかりに見向きもしない。
たぶんわざとだろうけど、自己主張の塊のような胸を机へ置いて、お上品にティーカップからお茶を飲まれている。
性格も相当みたいだな。
あの人と戦って勝てる気が、俺はまったくしない。
エルフの女性は、徐々に俺達のほうへ近づくように席を移っている。俺が顔を向けると、そ知らぬ態をしてそっぽを向いてしまう。『ダルマさんが転んだ』をしているみたいな気にさせられる。
スーは見るまでもなく気配を感じているようで、目は輝き、鼻は期待に膨らんでいる。待ち構えているらしい。
目的が全然わからないので相手の出方を窺うしかないのだが、近づいてきた視線の先にあるものは豆柴だった。
……なるほど。超絶美人のエルフでもこいつの魅力にはやられるのか。ひょっとしてチャームの魔法を自然に放っているんじゃないか?
机の上でコロコロと転がっているポン吉をつついていると、エルフは居ても立ってもいられなくなったらしい。突然大股でやって来て、真っ赤々顔をして俺を睨みつけた。
「あ、あの、これを!」
「な、何ですか?」
超絶美人に理由もなく話し掛けられる覚えはない。
少しビビりながら尋ねる。エルフの女性は急に顔を背け、恥ずかしそうに後ろ手から取り出したものを差し出した。
何か特別なものかと目を皿のようにしたものの、こんな形状のものは一つしか知らない。
どこからどう見ても『猫じゃらし』。
美人のエルフさんは、何かを期待するような目でまだ俺の側に立っている。
ひょとして特別な能力を備えたエルフの道具かもしれない。
俺は受け取って、自分のしっぽとじゃれているポン吉の前で猫じゃらしを動かしてみた。
「あんあん!」
豆柴になったポン吉の言葉が初めてわからなかった。
ものすごい衝撃的だ。でもこれが猫じゃらしの能力なら、逆に必要ない。
さっさと返そうと俺が手を動かしたところ、ポン吉はハフハフ興奮しながら必死に追いかける。
走ってはジャンプして飛び着き、届かずにコロンと転がる。
スーも食い入るように見ている。
こいつって狼のはずだよな?
実はこれは『狼じゃらし』なのか?
反則的にかわいすぎるだろう!
も、もう少しだけ見てみようか。
飽きることなく猫じゃらしを追いかけるポン吉は、気がつけば人垣を作っていた。
俺達には無関心だった二人の女冒険者も知らないうちに側まで来ている。
……うまくすれば見世物で一儲けできるかもしれない。
しかし終焉は突然やって来た。
猫じゃらしに前足の届かないポン吉が、我慢できずに豆柴から通常サイズヘいきなり大きくなったのだ。
呆気にとられて俺の手は止まる。ポン吉は伸びた前足でグリグリ猫じゃらしを押しつぶしている。
しまった! ただのワンコじゃないのがバレてしまった!
使い魔登録をしていないことはペナルティになる。下手をしたら町から追放だ。
俺の本音では大歓迎だったけど、スーは珍しくオロオロとした様子を見せる。
エルフやニ人の女冒険者はそれまでの愛玩動物を見る目ではなく、とても鋭い視線に変わっていた。
「ただの犬ではなかったのですね」
「ワン(狼)」
ポン吉の言葉がまたわかるようになったのは嬉しいけれど状況は芳しくない。
エルフの声はとても落ち着いたトーンだった。責める様子もないのはありがたい。
見た目からもっと甲高い声を想像してので意外の感がある。長命種族であること改めて喚起させられた。
ポン吉には悪いけど犬のほうが話がこじれなさそうなので、そのまま通すことにした。
「すみません。少し前に俺達を助けてくれたので連れているだけでよくわからないのです」
「使い魔でもないと?」
「ええ。飼い犬みたいなものです」
「闘技会にも連れ出さないのですか?」
「もちろんですよ」
エルフのおねーさんは、突然俺の隣に座るなり体を摺り寄せて来た。やわらかい双丘が右腕に当たるので少し腰を動かしたが、またまた距離を詰めて来る。
目を三角にしたスーが、ポン吉を奪うように抱いて怒り出した。
「スーがティムしたのですっ。スーとプリちゃんとポン吉はもっともっと深いつながりなのですっ」
「あなたがティムですか?」
「そうなのですっ」
「見たところ魔法が使えそうにはありませんが?」
「これなのですっ」
どこからともなく骨付き肉を取り出す。ポン吉は猫じゃらし以上に興奮して飛び着いた。誰がどう見ても餌付けだ。
引きつった笑みの俺を見たエルフの女性は、少し笑って立ち上がり元の席へと戻った。
「勝ったのですっ」
無い胸を張るスカウト少女よ、サイズも何もかもが完敗だ。
ニ人の女冒険者も興味を失ったのか、食事も終わっていたらしく宿泊部屋のあるニ階へと上がった。
「ポン吉、猫じゃらしに何か細工があったのか?」
「ワン(ない)」
「単に遊んでいただけだと? お前の言葉がわからなかったぞ?」
「ワワンワン(何も考えてない)」
……歓喜の声を発していだだけだったらしい。
つまり正真正銘の猫じゃらしを、あのエルフはくれたことになる。
それで本物の犬ではないと正体を暴くとは、実はやり手なのだろうか。
「あのエルフに見覚えは?」
「ワン(ない)」
「何か感じたか?」
「ワン、ワン(ポン吉、一緒)」
「一緒?」
「ワン(そう)」
「何が?」
「ワン、ワン、ワワン(強さ、魔力、いっぱい)」
相変わらず語彙が不足しているな。
それでもわかったことがある。
あの美人さんは、ポン吉並みの力がある。つまり鉱山ダンプとでも思えばいいのか。
全然想像がつかない。
スーは俺とポン吉の会話にも加わらず、エルフのおねーさんをずっとロックオンしている。
おねーさんは気づいているだろうが、どこ吹く風とばかりに見向きもしない。
たぶんわざとだろうけど、自己主張の塊のような胸を机へ置いて、お上品にティーカップからお茶を飲まれている。
性格も相当みたいだな。
あの人と戦って勝てる気が、俺はまったくしない。
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