亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第3章 招かざる侵入者編

制御と多重魔法

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魔境の森に侵入した冒険者のクライド、そして侵入者を撃退すべく前線に出た紫音の二人はどちらも動くことなく、膠着《こうちゃく》状態が続いていた。

(久しぶりの実戦だからカッコつけて出てみたはいいけど大丈夫かな……。向こうはAランク冒険者。明らかに格上の相手だ)

内心、紫音はクライドを前にして慄然《りつぜん》していた。

これまでの紫音が相手にしてきた侵入者は紫音と同等もしくは少し格上相手と戦ってきていた。
そのためクライドのような実力者相手との実戦は経験がなかった。

(でも……まあいいか。先のことを考えるなら強敵相手にどれだけ自分の力が通用するのかを確かめるにはいい機会だ。ヤバくなったらフィリアにでも助けてもらうか)

などと胸中で最悪の場合を想定しながらも戦う決意を固めた紫音。まずは相手の出方を窺いつつ改めて臨戦態勢を取っていた。

(こいつ、いったい何者だ。さっきのセリフからしてこの森の関係者みたいな口振りだったな。……こんなところに人が住んでいるのかよ)

一方、クライドは目の前にいる紫音に対して警戒を強めていた。こんな魔物だらけのところに住んでいると思われる人間が敵意を剥き出しにしているためそうするのも当たり前のことだった。

(くそ! こいつがなんだろうと考えてもしょうがねえ。戦う意思があるならそれに応えるだけだ)

とこちらも戦う覚悟を決め、クライドは紫音よりも先に攻撃に打って出た。

「だから、死んでも文句言うなよ」

草花が生い茂る地面を蹴り上げ、声を上げながら紫音に向かって走り出す。

「やっぱり走ってきたか。……まあ、剣士ならそうするしかないか。……だったら2《ツー》、7《セブン》発射《シュート》!」

こちらに向かってくるクライドに紫音は攻撃に移る。紫音が放った掛け声を起点に周囲に浮かんでいた十個のファイア・ボールの内、二つが紫音の元から離れ、移動し始める。

「……っ!?」

クライドはこれに驚きながらも走る速度を緩めることなく、走り続ける。
一つ目がクライドと線を結ぶように飛び、二つ目は不規則な軌道をしながらも着々とクライドを攻撃しようと向かってきていた。

「まずはこいつから!」

一直線に向かってくる一つ目の炎の球体に狙いをつけ、剣を振るう。

「なっ!?」

しかし、炎の球体は剣撃が来る前に突然軌道を変え、間一髪でクライドの剣を躱し、側頭部に直撃した。

「アツッ!?」

炎を纏った魔力球が直撃したため走る足を止め、少し横によろける。そこにすかさず2つ目が鳩尾を襲う。

「くっ!」

威力が小さいもののクライドは今の攻撃に驚きを隠せずにいた。

「な、なんだ今のは……? あんな魔法攻撃見たことねえ」

紫音が今まさに行った攻撃の仕方に疑問を感じずにはいられなかった。仲間である魔法使いのリディアですら紫音のような攻撃はしていなかった。

通常、魔法での攻撃は詠唱を行えばそのまま対象に向かって放つだけ。紫音のようにいくつも魔法を自分の周囲に留めることなど本来なら無意味な行動だ。

さらにクライドが不思議に思ったのは魔法の軌道が変わったこと。ある程度、実力のある者ならば、多少の変化を加えることは可能だが、紫音のようにまるで手足のように操れるものなどほとんどいない。

「くそ! なんだよこいつ!」

「よし……動揺してるな」

クライドの反応を見た紫音はにやりと笑みを浮かばせていた。

この二年間の修行の中で紫音は様々な課題を自分に課していた。
ディアナから魔法の指導を受けながら紫音はその中で重点的に二つのことについて修行してもらった。

一つ目は魔法の制御。発動させた魔法を自分の周囲に浮遊させ、自分が移動すると同時に魔法も一緒に追尾するようにコントロールする。言わば魔法を自分の手足のように自由自在に操作することができる。

そうすることで、自分の好きなように攻撃することができるだけでなく、状況によっては自分の身を守る盾ともなる。
ディアナでもこのような魔法による戦闘は見たことがないと感心させられたものである。

魔力が平均並みで強力な魔法を扱うことが難しい紫音にとって如何にして強敵相手に渡り合うか。そのためには初級魔法といえどもとにかく工夫を施していく必要があった。その方法の一つが魔法の制御である。

そして二つ目は。

「よし……次っ!」

ここで初めて紫音が前に出る。周囲の炎の球体は紫音に続くように移動を開始し、クライドへと詰め寄る。

「チッ! 剣士相手に前に出るとはいい度胸だな。返り討ちにしてやる!」

挑戦を叩き付けられたと思ったクライドも紫音と同じように駆け出す。

「全弾発射!」

紫音の指示とともに残りのファイア・ボールが解き放たれた。不規則な軌道をしながら向かってくる炎の球体にクライドは戸惑うことなく一直線に走っていた。

「来るなら来い!」

真っ向勝負で挑んでくる様子だった。そうしている内にも八つの炎の球体は軌道を変えながらも一斉にクライドを襲う。

「シューティング・スラッシュ」

クライドの剣技が発動する。目にもとまらぬ速さで振るわれた剣撃にすべての炎の球体が切り落とされた。

「これでうっとおしいのはなくなった……ぞ。あれ……あいつは?」

炎の球体とともに向かってきていたはずの紫音の姿はどこにもなかった。一瞬、視界が奪われた隙に見失ってしまった。

「くそっ! どこだ!」

慌ててクライドが周囲を見渡そうとすると、ざざっという音が聞こえる。反射的にその方向に視線を向けると、そこには拳を握りしめた紫音の姿があった。

(右上集中! 《フィジカル・ブースト》――2重詠唱!)

すると紫音の右腕に二つの魔法陣が宿る。そのままクライドの脇腹に向かって紫音の拳が放たれた。

「ぐはぁっ!」

強力な一撃がクライドの鎧を通り越して襲ってきた。
クライドは衝撃によって何度も地面を転げまわり、横たわった。

「イってえ。なんだよ……これ?」

横腹を手で押さえながらなんとか立ち上がる。しかし脇腹から来る鈍痛がなかなか収まらずクライドから苦しい表情が出ていた。

「こいつは魔物からの攻撃にもびくともしない上質な鎧だぞ。それなのにこの痛み……。おまけに罅まで入っていやがる」

立て続けに起こる紫音の攻撃にクライドの額から冷や汗が流れていた。

(今のはおそらく身体強化の魔法のはず。しかしそれだけでこの鎧に罅を入れられるのか。……くそ、対人戦なんてヴォルグぐらいしかやってこなかったせいか戦いづれえ)

「……これも通用するようだな。まだ初級魔法しか使ってねえのに格上相手にここまでやれるとはね……」

クライドが焦りを見せている中、紫音は少しだけ余裕の表情を見せていた。これも修行の成果だと内心で喜んでいた。

これが魔法に関して重点的に修行してきた課題――多重魔法の習得だった。多重魔法とは同じ魔法を複数発動もしくは異なる魔法を同時に複数発動させる魔法戦法の中でも高等技術とされているものだった。

まだまだ発展途上だが、これを紫音はほとんどマスターしている。先ほど見せたファイア・ボールの複数展開もこれのおかげだ。
そしてクライドを圧倒したあの拳はこの多重魔法と魔法制御の合わせ技によって繰り出されたものである。

クライドの予想通り先ほどのは、身体強化魔法によって強化されたもの。ただし、初級魔法のフィジカル・ブースト。それがどうやってあれほどの威力にまで進化したのか。それにはまずフィジカル・ブーストについて説明する必要がある。

フィジカル・ブーストは魔力を全体に纏い、見えない鎧を着こむような魔法。様々な方面の能力が向上する。紫音はこの魔法にある可能性を見出した。

この魔法は、全体的に魔力を纏うもの。それならもしも全体ではなく、一部分のみに集中して発動することができるなら通常よりも何倍もの力になるのではないかと。それも複数重ねることによって自分よりも上の相手にも通用する力に手に入る。

紫音の考えた仮説は見事立証された。
今こうして紫音はAランク冒険者相手に一歩も引かないでいた。

「まだまだ行くぜ」

再び十個のファイア・ボールを周囲に展開させ、今度は腰に下げていた片手剣を抜く。

「今度は剣だと!? どこまでも舐めやがって、俺相手に剣で挑むなんてよ!」

魔法使いのように魔法を自由に操り、格闘家のように拳を振るい、それに加えて今度は剣で戦うなどという統制が乱れた戦い方にクライドは段々と苛立ちを覚えていた。

しかしここで文句を言ってもしょうがない。そう考えたクライドはせめて力で示してやると胸中で意気込み、紫音と激突する。

それからは一進一退の攻防が続く。どちらも譲らぬ戦いが繰り広げられていた。紫音は自分の持てる魔法とジンガ直伝の剣技を振るいながらクライドに挑む。
クライドは、紫音の魔法に翻弄されながらも必死に応戦していた。

戦いが長引くにつれ、実力の差が出始めていた。
ジンガから指導されたといってもまだたったの二年。しかも実戦経験などあまり積んでいない。それに対してクライドの剣技は幼少の頃より指導されたもの。そして紫音とは違い実戦経験を多く積んでいるため徐々に紫音の攻撃が通らず、それに反してクライドの剣撃が紫音を襲い始めていた。

「く、くそ……」

今では、紫音の防戦一方。必死にクライドの剣に喰らいつくが、それを遥かに凌駕する力をクライドは持っていた。
頬、右腕、左足、クライドから放たれた剣撃が次々と紫音を斬り付け、紫音から体力を奪っていく。

「やっぱり……本物の剣士相手にはまだまだ通用しないか」

疲労のせいか、剣を持つ手が震える。それを見ていたクライドは紫音をじっと見ながら話しかけてくる。

「おい、お前。なぜオレを襲う? この森の関係者のようだが、一体何が目的だ」

「最初に言ったはずだぞ……侵入者であるお前を倒しに来たんだよ」

さも当然のように紫音はそう言い放った。

「そうじゃなくてなんでオレを倒そうとしているのかって話だよ! なんもしてねえだろ!」

自分は悪くないと主張するクライドの発言に紫音は静かにため息をついた。

「お前らの目的は大体わかっている。ここにいる竜人族を捕まえようとしているんだろ。……ああ、倒すっていう選択肢もあるがどちらも無謀なことだな」

「やっぱりここにいるんだな。そいつさえ倒せばオレはもっと名声を手に入れられる。おまけにドラゴンの素材は大金になるからな。富と名声、どちらも手に入れられるからここまで来たんだよ」

「思った通り典型的な目的で来たようだな。でも悪いけど竜人族はお前なんかに倒させやしねえし、この森のことだってまだ表に出すわけにはいかねえから絶対にお前をここで倒す!」

「……へえ、どうやってだ。お前の妙な魔法には驚いたが、あの拳以外はどれも威力は小さい。剣技も素人に毛が生えた程度のレベル。お前が魔法使いだか、剣士だか分かんねえがオレに勝てるところなんかねえんだよ!」

これまでの戦闘で見つけた紫音の弱点とも言えるような点をクライドにずばり指摘されてしまった。
これに対して紫音は痛いところを突かれたと苦い顔をしていた。

二年の時間があったとはいえ、ほとんどゼロからスタートしたためどうしても紫音自身の成長はこの世界の住民に比べて遅すぎる。
そのせいで技術や実戦経験はどうしても劣ってしまう。

しかし紫音のみの力ならそう言えるが、それ以外も含めるなら別の話となる。

「……さっきお前、言ったよな。俺が魔法使いや剣士だと」

「言ったが、なんだ?」

苦し紛れの時間稼ぎかと、クライドはそう思ったが、一瞬紫音の雰囲気がガラッと変わったのを感じた。

「残念ながら俺はそのどちらでもないぜ。どっちも俺の力不足を補助するために身に着けたものだ」

「な、なんの話をしている……」

雰囲気が変わったせいか直感的に紫音を恐れてしまい、声が震えている。
そんなクライドを前に持っていた剣を大きく振り上げる。そして紫音は剣を持った腕に力を込め、投擲した。

「なっ!?」

咄嗟に顔を横にずらし躱す。クライドの顔の横をすれすれに通った剣はそのまま森の中へと消えていった。

「なにをするかと思えば剣を投げつけるなんてバカな真似しやがって。ヤケになったか?」

「いいや、これでいいのさ」

「どういうことだよ……」

「だって俺は魔法使いでも剣士でもない。……テイマーだからね」

「はっ! なにをいって――ガハッ!?」

一瞬、クライドでも何が起こったのか分からなかった。後ろから何かが飛んできてクライドに襲った。その衝撃のせいでクライドは今、地面に倒れていた。
そして次に右腕に走る激痛にようやく気付いた。目を向けるとそこには腕の鎧を破壊し、腕から大量の血を流していた。

この光景にクライドは信じられないものでも見たかのような顔をしていた。ハッと先ほどの紫音の言葉を思い出し、恐る恐る視線を前へ移すと。

「な、なんだと……」

紫音の前にはつい先刻、クライドに向けて投擲された剣が地面に突き刺さっていた。それも血の付いた状態で。
地面に刺さっていた剣を引き抜いた紫音は、血を振り払うと、クライドを見ながら言った。

「次はテイマーとしての俺の力を見せてやるよ」

力強い戦意を込めた目をしている紫音。そんな目を見たクライドは、直感的ではなく確信をもって紫音のことを恐れ始めていた。
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