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こそっと検証

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 メガネくん曰く、つまり、彼が見つけた、あの超能力じみた現象は、この世界を作った神様がまだ気がついていないバグ、または許容しているバグ技なのでは、ってことだった。
 メガネくん固有の超能力でないのならば、同じ手順を踏むことで彼以外の人間にも再現が可能なはずだ、ということで検証してくれる人を探していたらしい。
 ただ、これは、出来るだけこっそりと検証したかったそうだ。他の誰かに広めないこと。悪用しないこと。
 何故に悪用しないことなのかといえば、別に倫理的な理由ではなくて、この件が悪く広まってしまえば、神様によるバグフィックスが入ってしまうかもしれないから、ということだった。

「昨日、僕があのバグ技を披露した際にも、キミはあまり大きく驚かなかった。誰にも言わないで欲しいとは言わなかったが、たぶん、誰にも言ってないだろう。僕が説明したい事柄についてもすんなりと理解してくれている。やはり、キミに声をかけたのは正解だったと思っている」

 何度目かの正解判定をもらい、それから、今更だけど「他言無用、悪用厳禁」を言い渡された。
 それに頷いてからバグ再現の手順について教えてもらったのだけど、呆れてしまうくらいに簡単なものだった。

1. 伊達メガネ、つまり度なしメガネをかける。

2. かけた伊達メガネを右手で摘み、眉毛より上に持ち上げる。

3. 取りたい物、または、置きたい場所を寄り目をして二重に見えるようにする。

4. 二重になった物の右側の物を左手で掴む、または、その位置に手放す。

 二点ほど気になったことがあったので率直に聞いてみることにした。

「何故に伊達メガネ?」
 なんで度付きメガネじゃないのか。それは名前にまつわる悲しい話があったそうだ。
 いや、悲しいというよりも、少しめんどくさそうな顔をしていたか。
「僕は元々視力は悪くはない。今でも1.2はある。ただ、メガネをかけてないと、目兼メガネなのになんでメガネをかけないんだ、と言ってくる人が多かったのでこうしている」
 なるほど……なんか、淡々と話してくれたが、聞いた方としてはちょっと同情してしまった。なかなか大変なんだね、って感じだ。余計なお世話なんだろうけど。
 だから、言葉にはせずにとりあえず頷いておいた。我ながら、質問しておいて横柄な態度だとは思うけど。

 気を取り直して、もう一つの気になった点についても確認する。

「念を込めたりとかはしない?」
 やはり、どこかで超能力なんじゃないかと思っている僕は、一応の質問をしてみた。
 何せ、手順があまりにも簡単すぎる。
 でも、バグってそういうものかもしれない、とも思う。色々な「想定できる不具合について」テストをしても、「想定できないような、えっ、そんなことするヤツいるの?」って言うようなものこそが、製品版になるまでバグとして残ってしまうんじゃないか、と思えるのだ。

 昔やったゲームで、なかなか敵に効かない即死魔法があった。効けば倒せるが、効かなければダメージ1すら入らない、っていう魔法だ。そんな魔法だから、僕自身ほとんど使わなかった。消費MPも大きかったし。
 でも、その魔法、実は最終ボスには四〇%くらいの確率で効いてしまう、っていう、ある意味で凄い魔法だったのだ。いや、バグだったんだろうけど。
 ザコ敵さえもほとんど倒せないような魔法を最終ボスには使わないだろう、っていうので見逃したんだろうなって思う。
 凄く強いはずの最終ボスが、中盤あたりで覚える「使えない」魔法で瞬殺できてしまうという……。そのバグ技でクリアした時は達成感が全然なかったっけな、と思い出す。

 とまあ、現実逃避というか、脱線しまくりの思い出を振り返えるのはここまでにして、と。
 そう、メガネくんに、この店内で早速実践して欲しいと頼まれてしまったのだ。
 寄り目を公衆の場で行うことについて、ちょっとばかりの拒否感があったわけで。でも、毒を食うなら皿まで、だよなぁと気持ちを固める。
 そして、既に冷たくなってしまった残りのコーヒーを飲み干し、さらに、お冷も飲み干す。

 正直、くだらない話に付き合ってるような気はしてる。
 昨日聞かされたステレオグラムは結局寄り目をする、ってこと以外は手順とは無関係だし、内容的にもバカにされてるだけなのでは、という思いがある。どこかでメガネくんの仲間がスマホで撮影してるんじゃないか、などと考えてしまったりもする。ドッキリ的な。いたずら的な。いじめ的な……。
 でも、なんとなくだけど、あ、これ、できちゃうんだろうな、とも思えていて、楽観的で、でも少し緊張もしている。という複雑な心境だ。

 メガネくんが、彼の予備の伊達メガネを手渡してくる。今、彼がかけてるものと色も形も同じものだ。お揃いはちょっと、とも思うが無言で受け取り、耳に普通にかける。うん、本当に度が入っていないようだ。

 そして店内を見渡してみたけど、試すのに良さそうなものが見つからない。
 そんな僕を見て、メガネくんが椅子を引き、先ほど彼が使っていたペンをテーブルの下、壁側の床に落とす。

「あっ、そちら側にペンを落としてしまったようだ。すまないが拾ってもらえないだろうか」

 なるほど。これならテーブルの下に潜っても不自然じゃない……完全に棒読みだったから、逆に不自然な気がしないでもないけど。
 僕はテーブルの下に頭を入れる。その体勢のまま、借りた伊達メガネを右手で摘み、おでこ辺りまで持ち上げる。そのまま寄り目をして、ペンが二本に分身して見えるまで寄り目を強めて行く。分身したうちの右側に見えるペンの方に左手を伸ばすと……その手に冷たい何かが触れる感触があった。
 ぎゅっとそれを摘むと、僕の左手には、ついさっきまで、30センチくらい先の床に落ちていたメガネくんのペンが、摘まれていた、のだった。
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