【青春BL】この恋は、運命なんかにしたくない

古橋いつき

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4話:星に願いを

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 アオイがバタバタと階段を慌ただしく駆け下りていった。
 階下で「ごちそうさまでしたっ」と投げやりな声がして、玄関を開け閉めした音がする。

 アオイが走り去って静まり返った薄暗い部屋の中で、ハルイチは指先で唇をなぞった。
 まだ、少し血の味がして、痺れるような痛みが走る。


「…………」

 ベッドに深く腰掛けて、片手で頭を抱え、ため息をつく。

(はぁぁぁぁもおおぉぉ……ほんっっっっとかわいすぎて死ぬかと思った……なんなの、カワイイの国からやってきた死神なの)




まだタオルケットに残るアオイの温もりに触れると、ほんのりと罪悪感が頭をもたげる。

(……ちょっと焦りすぎた、かな)

 去年の夏に告白してからというもの、探り探り反応を伺うことはしても、直接的な接触はなるべく避けてきたというのに、あまりにかわいくて我慢がきかなくなってしまった。

 告白して以降、学校では告白したことは隠したままで、なるべく「今まで通り」に徹してきた。アオイも、避けるとかではなく、今まで通りを望んでくれたから。


 それでも、アオイの言うはゆっくりと埋めてきたつもりだ。
 アオイの性格上、一番気にするのは家族だろうから、まずは一番大きな「ためらう理由」を取り除くことに腐心したのだ。


 アオイは、人の悲しみに同調して涙してしまうほど優しい人だ。
 自分が家族を悲しませるかもしれない状況など、なおさら。


 だからこそ、伝え方、雰囲気、順番、あえて「二人になにかあった空気」を醸し、向こうからそれとなく聞いてくれる環境を作ってみたりもした。

 もちろん、すべては自身への信頼感が高いことが大前提だ。
 そのための準備、自己研鑽はあらゆる面でしてきたつもりだったが、自分でも考えていた以上に、スムーズに家族からのを整えられた。


 すべては、アオイのためーーいや、アオイを手に入れるため。


(……まだ帰ってない。どっか行ったのかな)


 この部屋の窓からはアオイの部屋が見える。電気がつくかと思ってしばらく待ってみたが、真っ暗なままなところを見ると、どうも直接家には帰らなかったようだ。

 おそらく気持ちを紛らわせるために、散歩でもしているのだろうけど……。

(だ、大丈夫かな。アオ、かわいすぎるから……変なやつに狙われたり……)

 普段はあらゆるものを論理立て、プラン建てて考えることが得意なハルイチだったが、ことアオイがからむと、一切の冷静な判断ができなくなる。

 心配性の虫が、イナゴの大量発生みたいに押し寄せてくるのだ。

 同級生からはたまに「オカンみたい」と言われることもある。

 いっそ探しに行こうかと、しばらく部屋をウロウロと右往左往してみたが、

(俺が見つけても、怒るよな……多分)

 首をふって虫たちを追い払った。

 ぽすんと部屋の2人がけソファに腰を落とし、背もたれに全身を預け、天井を見上げる。


(やっぱ自覚できないものなのかな……自分の無限大のかわいさって……)


 いつも脳の芯からゾワゾワとした感覚にさせられる。

 そのたび抱きしめたくなるのを、ずっと、ずっと我慢してきた。

(刷り込み、か……)

 否定するのは難しい。

 物心ついたころから、気づいたらアオイのことばかり考えていた自覚があるからだ。

 恋心を頭で理解する前から、アオイのことが好きだった自信がある。

 論理的な理屈なんてない。

 身体が、心が、自分を構成するすべてが訴えてくるんだ。

 眼の前にいる人が、運命の相手だってーー

 言葉にすると、こぼれ落ちる。

 この自分が感じている「愛おしさ」の感覚すべてを直接アオイに流し込めたらいいのにーーハルイチは、そんな荒唐無稽なことさえも願わずにはいられない。

(全部好き……って嘘っぽいのかなぁ……でも、本当なんだよ、アオ)

 さっきアオイが叫んだときの光景を脳裏に思い浮かべると、自然と笑みが溢れてきた。

 それだけで、脳内にじんわりと幸福ホルモンセロトニンが放出されていく感覚。


 人生で幸福を感じる事象の成分を分析したとしたら、その九割は間違いなく天宮蒼生あまみや あおいでできている。


 ハルイチは脳内アルバムを参照し、表情豊かなアオイの思い出を次から次へと引き出していく。


 春の野原、モンキチョウを追いかけて転んでそのまま笑い転げるアオイ。  
 夏の川、高い橋からジャンプして飛び込み、気持ちよさそうに「次、ハルの番なーっ」と叫ぶアオイ。
 秋の夜、自転車を飛ばしながら「月ってどこまでも着いてくるよなー」と空に手を伸ばすアオイ。  
 冬の朝、珍しく積もった雪に大はしゃぎし、自分より大きな雪だるまを作るアオイ。  


 あのときも、このときもーーすべてが鮮やかに焼きついている。


「153センチの彼女だって……ふふっ……」

 さっき、顔を真っ赤に紅潮させながら文句をいってきたときの顔もたまらなく可愛く、愛おしかった。

 新たな見開き1ページとして、さっきのアオイの表情も脳内アルバムに刻みこんでいく。





(……強引にでも……しておけばよかったな。七夕にしたファーストキスは血の味って、二人だけの忘れられない思い出にできたのに……)



  †


 ぼくは夜道を歩きながら、夜空を見上げた。

 星は少なかったけれど、七夕だからか、ベガとアルタイルだけはやけに頑張って輝いている気がした。

 本当は、呆れるくらい遠く離れた場所にある2つの星は、今日巡り会えているのだろうか。

 ーー七夕の物語に思いを馳せる。

 「運命的に結ばれた二人」が、ラブラブになりすぎて仕事をしなくなり、天帝に引き離され、年に一度しか会えなくなるーーどこかロマンティックな恋物語のように語られるけど、ぼくにとってあの話は、子供の頃から恐怖の対象でしかなかった。

 幼稚園の頃にはじめて聞いたとき、泣いてしまった覚えがある。

 どうして、お互い大好きな二人が、大好きすぎただけで、離れ離れにさせられなければいけないのか。

 ぼくには今でも、よくわからないけれどーー

「はは……ぼく、仕事しなくなりそー」

 自虐的に口をつい出た言葉が、夜の空気にそのまま溶けて落ちていった。


「ハル……お前は、運命に騙されてるだけだよ」


 ハルイチの好意は、無条件で、全肯定すぎるんだ。
 普通に考えて、ありえない。


 ぼくはハルイチのことを”運命”なんかに縛り付けたくない。


 そんなのーーハルイチが可哀想だ。


(ハルに……ができますように)






 世界一大事な親友のために、ぼくは七夕の夜空に願っていた。






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