『私』の願いとその代償。

ブー横丁

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0回目〈6〉side Y

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 2011年3月23日、金曜日。今日は終業式だから午前で授業も終わる。この学校ともお別れだ。

 朝のホームルームで先生が、
「松川さんは来年から親御さんの都合で引っ越しする事になりました。」
と告げると、同じグループだった女子と、男子は驚いていて、万理華ちゃんとその周りの女子は、目配せしてニヤニヤしていた。

 休み時間、荷物をママが作ってくれたサブバッグに詰めていたら、何人かに『ビックリした。』だったり、『引っ越しても元気でね。』のようなことを言われた。

 中には『もっと早く言って欲しかった、友達なのに』のようなことも言われたけれど、正直私は晃人君以外は心から友達だとはもう思えていなかったから、曖昧に微笑んでおいた。

 何故か、全然話したことがない男子が数人その日だけしつこく話しかけてきた。中にはメールアドレスのメモまで渡してくる人もいた。

 今まで殆ど話したこともないのになんで?

 困っていたら、晃人くんが
「おいおい。松川さん困ってるじゃん。その辺にしとけって。」
と助けてくれた。

 それを見て万理華ちゃんが私のことを睨んでいたけれど、知らんぷりだ。

 こうして、私の『みらいなか小学校』での学校生活は幕を閉じた。

 大変なことも多かったけど、こうしてみるとあっけなかったな。

◇◇◇
 放課後、一度家に帰ってから、私は晃人くんと春ちゃんのおうちにお邪魔した。

 向こうでお昼をご馳走してくれるということだったので、ママがお土産にと生チョコを持たせてくれた。
 やった、ここの生チョコ美味しいんだよね。翔を抱っこしてわざわざ買いに行ってくれたみたい。ありがたや。
 
 村永家に入ると、ご馳走が並んでいた。
 ホールサイズの大きなプリンとショートケーキ、フルーツにフライドチキンにポテト、サラダ、ちらし寿司、サンドイッチ。

 ケーキを見たら、チョコプレートに『ゆいちゃん、いってらっしゃい』と書いてある。

「え!これ…。」
どうしよう、嬉しい。こんなの予想してなかった。

「俺達で送別会!プリンとケーキとサンドイッチは俺と姉ちゃんで作ったよ!」
晃人君と春ちゃんはちょっと誇らしげだ。

「結ちゃん、クラスで送別会なかったって聞いたから、私達でやってあげたいって話になって。お母さんにお願いしちゃった。」
後ろで2人のお母さんがニコニコ笑っている。

「結ちゃん、いっぱい食べてってね。」

どうしよう、やばい。引っ越してきてからこんなことしてもらった事なかったから、涙腺が崩壊しそうだ。こんなに沢山、きっと大変だっただろうな。
 
「村永くんのお母さん。あ、ありがとう、ございます、、。」
「やだー!可愛い。百合子さんて呼んで。」
「はい。百合子さん、、、」
晃人君に変な顔見られたくないのに嬉し涙が止まらない。鼻水が出てきそうだったので、なんとか上を向いてこらえた。
 
 プリンもケーキもすっごくおいしかった。こんなに大きいプリンって初めてみたけど手作りならではだよね。何より晃人君が作ってくれたと思ったらすっごい美味しい!

 新しい街に持っていってと、白クマのプリントが入った可愛いビニールバッグもくれた。なんか、私すっごいクマ好きだと思われてない?クリスマスプレゼントもクマだったし。いや、嫌いではないんだけど。
 
 美味しくて、楽しくて、嬉しくて最高の1日だった。3人でいっぱい遊んで、いっぱい笑った。
 ちなみに余ったご馳走は百合子さんが包んでくれた。持って帰ったらママが夕飯の支度しなくていいって大喜びだった。

◇◇◇
 2011年3月30日、金曜日。今日は引っ越しだ。
家の中は段ボールだらけ。
 引っ越し屋さんが次々にトラックに荷物を運んで行く。
 今回は翔がまだ4ヶ月なので、埃っぽいのはまずいということで、一週間はときのうみ町に取っている宿で旅館暮らしになる。
 パパが三日間有給をとっているので土日含めて5日間で新しい家を整える予定だ。

「終わりましたー!」

引越し屋さんが最後の荷物を運んでいった。

家の中が空っぽになってしまった。

 パパとハンバーグを作ったキッチンも、翔が初めて這った寝室も今はもう何もない。

 何度も引越ししているけれど、やっぱり寂しいな。
 
「さて。そろそろ行くか。」
丁度午後14時。パパの一言で私達も車に乗り込んだ。

(晃人君に、最後に少しだけ会いたかったな。)
そう思っていたら、パパがエンジンをかけた瞬間、

「結ちゃん!」
外から声がした。

「晃人君?!どうして…。」

「これ!お守り買ってきた!結ちゃんに引越し先で良いことがあるように。」
晃人君の手には『みらいなか神社』のお守りが握られている。

「わざわざ行ってきてくれたの?…パパ、ママ、ちょっとだけ待ってて貰ってもいい?」
すると、ママがすぐ答えてくれた。

「じゃあ私達、すぐそこのドラッグストアに先に買い物に行ってるわ。話し終わったらおいで。」
「うん!わかった。ありがとう。」

ブロロロロロ、、、

 私達はマンションの敷地内の桜の木の下のベンチに移動する。
「何だか時間を取らせてごめん。」
「ううん、晃人君と話したかったし。」
「ありがと。ていうか、結ちゃんにお守り渡しかっただけなんだけどさ。」
よく見たら、かなり汗をかいている。走ってきてくれたのかな。
「ふふ。汗だくだね。」
「最後にちょっとでも会いたかったから。本当は送ろうかなと思ったんだけど、やっぱり走ってきて良かった。」
その一言で、なんだか胸がギュっとして。衝動的にもっと近づけたらいいのにと思ってしまった。

「晃人君、目つぶって。」
「え。」

ちゅ。
本当に唇が触れるだけのキスをした。

「ありがと。晃人君。」
晃人君は一瞬惚けた顔をしたあと、耳まで真っ赤になった。

「じゃあね。」

恥ずかしくてお守りを持ってそのまま逃げてしまった。晃人君はベンチに座ったまま固まっていた。
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