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第二章「同士」(中編)

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開演まで
3・・・2・・・1・・・

始まった。

鮮やかに揺れ動く照明。
建物が震えるほどの歓声。
会場を包む熱気。
ライブならではの
この環境に
俺も盛り上がらずには
居られなかった。
そして。
その場にいる全ての人の
視線を一身に受け
ゆっくりと歩いてくるのが。
本日の主役の
百瀬結愛である。
彼女のその立ち振る舞いは
若干23歳とは思えないほど
完璧であるうえに
凄まじいオーラを放ち
言葉で形容できないほど美しかった。
これがプロなのか、と
武者震いをしながら
彼女の第一声を
今か今かと待ちわびていた。
そして観客一人一人に
視線を配らせ、にこやかに
笑みを浮かべたあと、一拍置いて
「今日は…」
と静かに語り出した。
「私が今まで生きてきた
時間の中でも一番幸せです。
これだけの人が
私のワンマンの為に
時間を作ってくれたこと。
心から嬉しく思います。」
この最初の言葉に
盛大な歓声があがる。
隣の福井は既に涙を浮かべながら
うんうんと頷いている。
そして彼女はまた表情を一段と明るくして
「まだまだ伝えたいことは
いっっぱいありますが!
今日は盛り上がっていきましょう!!」
と先ほどまでの神聖な空気とは一変し
これぞライブという賑やかな雰囲気に仕上げ
彼女の魂が籠った曲へと繋げた。
俺はただただ圧倒されながらも
全神経を彼女に集中させた。
福井の言っていた通り
全ての曲に色があり
とても魅力的で
俺は時間も忘れ、ライブにのめり込んだ。
そして気付けば
もう最後の曲となっていた。
ゆったりとしたサウンドが流れるなか
「ここまで皆
着いてきてくれて
本当にありがとう…。
楽しい時間ってあっという間だね…。」
と彼女が静かに語りだす。
「今日ここで皆に出会えたこと…。
一生忘れません。
皆から、愛を沢山もらったから。
私も音楽で愛を返していきたい。
それが私の使命だから…。」
と続け、ふとあの夜のことを思い出した。
「愛」、「使命」
何故かその単語が
彼女と俺の共通項の様な気がした。
もしかしたら彼女も、例の
「神の申し子」とやらなのかもしれないと
一瞬脳裏によぎったが
すぐに、そんな訳ないなと我に返り
再度、曲に意識を集中させた。
彼女の最後の曲名。
それは「EDEN(エデン)」
というものだった。

~※~

全てのセットリストが終わり
百瀬結愛がステージから捌けても
俺と福井はしばらく
ライブの余韻から
抜け出すことが出来ずにいた。
何となく人の流れに乗り
会場の外に出て、数歩歩いたところで
堰が切れたように
ライブの感想を互いに話す。
「いやああああぁ!!!
ほんっっっとーーに
サイコーだった!!!
あんなに良いライブを見たのは
俺、産まれて初めてだわ!!
百瀬結愛、推してて良かったああ!!
なぁ!?お前もそう思うだろ!?」
と感情が高ぶり過ぎている福井が
俺に激しく同意を求めてくる。
「いやぁ…!本当に痺れたよ!!
今まで、何で百瀬結愛
知らなかったかなあって
ちょっと後悔した。
全部の曲に魂籠ってて
久しぶりに人の音楽で感動したわ。
俺もあんな風に
ステージで人に感動与えられる
アーティストになれたらなって
心から思ったよ!!」
と俺もまた福井と同じくらいの
熱量で返事を返した。
そんな帰りの道中で
しばらくライブについての
感想を互いに語りあっていた中
話はどの曲が一番良かったか
という流れになった。
「俺はやっぱり
最後の『EDEN』が断トツで好きだな!」
と熱く語る福井に
「やっぱりお前も…?」
と俺もやや驚きながら返す。
「なんかさあ…。
勿論、全部曲は最高だったし
めちゃくちゃ感動したんだけど
あの『EDEN』って曲が
一番深く俺の心の奥底にまで届いてきてさ。
何でか、彼女のこととか、家族のこととか
色々思い浮かんできちゃって。
終始、号泣もんだったわ…。」
と思い出したようにまた
涙を浮かべながら語る福井。
そう。そうなのだ。
俺も感じた。
福井と同じように。
気付けば俺も泣いていた。
何故か「EDEN」を聞いていると
自分の身の回りの大切な人達のことが
次々に脳裏に浮かび上がり
どこか懐かしく
温かい気持ちにさせられる。
それこそ、プロアーティストの
成せる技なのかとライブ中は
思っていたが
同じくライブ帰りの観客達も
全く同じことを話しているあたり
やはり違和感を感じずには
居られなかった。
「まさかな…。」
そう呟く俺に福井が
「何をボケェっとしてんだよー!
あんまりにも感動し過ぎて
声も出なくなっちまったか!?」
とお決まりの茶々を入れてきたところで
やはり考え過ぎだと
この疑問は割りきる事にした。
そうこうしているうちに
駅の改札口に着いたので
乗り場が違う福井とはそこで別れた。
去り際に
「今日はありがとな。」
と俺が礼を改めていうと福井は嬉しそうに
「おう!」
と気の良い返事をし、続けざまに
「明日、仕事遅刻すんなよ~?」
などとにやけ顔で注意を促して
そのまま反対側のホームへ消えていった。
俺もぼちぼち帰るかなと
自分の帰る方面の
ホームへ降りようとしたその時。
「待って!」
と女性の声で呼び止められた。
「はい?」
俺が振り向くと何とそこにいたのは。
マスクとだて眼鏡で
顔を隠してはいたが
紛れもなく先ほど
武道館という大舞台で
マイクを握っていた
百瀬結愛、その人だった。
「…!!!!」
驚きの声を上げようとした俺に
彼女はすぐさま俺の唇に人差し指を当て
「しぃーっ!」
と沈黙を促した。
そして続けて
「君に話があるの。」
と静かに告げた。
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