堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

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第一章

オーラフ宰相と短鞭

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 ドリカによって全身をくまなく洗われ、香油を塗られたルカは、最後に王の寝所へ上がるための衣装だという絹の衣を着せられ、ベールまで被せられた。

 朝からずっと暴れていたルカはその頃にはもうくたくたで、しばらくここで待つようにと通された部屋のソファに座るとぐったりと背中を預けた。

 今まで座ったことのないようなふかふかのソファだ。
 室内の調度も高価なものなのだろう。どれもルカにとっては珍しい物ばかりだったが、あれこれ視線を向ける気力は残っていなかった。

 けれど、だめだろうなと思いながらもこれだけはと思い、部屋の扉を開こうとしたが、やはり鍵がかけられていた。

「なんなのよ。一体」

 いきなり人を呼びつけて夜伽をしろとは。
 横暴もいいところだ。
 冗談じゃない。

 ルカは被せられたベールをむしり取った。
 
 怒りは次から次へと湧いてくる。扉がだめなら窓からと四つある窓へ駆け寄ったが、どれも嵌め殺しの窓で格子まである。

 どうあってもルカをここから逃さないつもりだ。
 ならばこちらもとことんやるまでだ。

 ルカは鍵のかかった扉まで戻ると、力の限り扉を拳で叩いた。

「ここから出してっ! 出して出して出してーっ!」

 喚いて扉を叩き、足で蹴った。

 ドンッ――。

「静かにしろ」

 外側から扉が叩かれ、叱責の声が返ってくる。
 見張りがいるようだ。
 それなら好都合。

 相手がねを上げるまでやり続けてやる。

 ルカは拳で足でと扉を叩き、「出して!」と繰り返した。はじめのうちはルカが声を上げる度、反応が返ってきたが、その内うんともすんとも言わなくなった。

「誰かいるんでしょう? 無視しないで返事して」

 ルカはなおもしつこく扉を叩き続けた。
 いい加減、手も足も痛くなってきた頃、かちゃりと鍵が開いた。
 
 よし。誰か入ってきたところを一気に押し倒して逃げるぞとルカはダッシュの体勢を取った。

 扉が向こう側へ開いた。

 今だ。

 ルカは踵で床を思いっきり蹴り、開いた扉の隙間へ突進した。が、薄茶の髪に水色の瞳のオーラフ宰相の姿が映り、ルカは驚いて急停止した。見張りの侍女か侍従でも入ってくると思っていたのだ。

 一瞬驚いて勢いを止めたのがよくなかった。

 慌ててオーラフ宰相の脇をすり抜けようとしたが、襟首を掴まれた。

「そうしていれば、少しは見られるようですが、態度が下品なのは変わりませんね」

 オーラフ宰相は、無表情で酷薄そうな薄い唇を開き、ルカを見下ろし、襟首を掴んだまま部屋へ押し戻すとソファの上にルカを突き飛ばした。

「……っ…」

「王の御前では、大人しく寵をいただくのですよ」

「誰がっ! わたしは伽なんかしない。勝手に決めないで」

「自分の立場を忘れたか。奴隷に拒否権はない。むしろ王の寵がいただけるのだ。ありがたく思え」

「いやだ。オーラフ宰相の言うとおりにはしない。だいたい、希少種の女は妊娠しやすいから、伽なんてさせないんじゃなかったの?」

「その子供が欲しいのだ」

「なっ……」

 奴隷の子を王が望むと言うのだろうか。

「そんな無茶苦茶な話。何を考えてるの?」

 ルカが唖然として言い返すと、オーラフ宰相はルカのむしり取ったベールにちらりと目をやり、水色の瞳を細めた。

「伽までまだ時間があります。あなたのその態度をそれまでに何とかしないといけませんね」

「わたしの質問に答えてよ」

「おまえの知る必要のないことだ。さて――」

 オーラフ宰相はルカをソファから引きずり下ろし、手にしていた乗馬用の短鞭をいきなりその背に打ち下ろした。

 鞭のしなる音とともに、背中に激痛が走り、「うっ…」と呻いてルカは床に這いつくばった。そこへ更にオーラフ宰相は鞭を振り下ろす。

「知っていますか? 聞き分けのない者をしつけるには痛みと恐怖を与えるのが一番です。もう痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だと思うと、誰しもそれからどうすれば逃れられるか考え、相手の要求に応えようとするんです」

 話しながらもオーラフ宰相は鞭の手を止めない。

 ルカは痛みに朦朧としながらも、それでもオーラフ宰相を睨みつけた。

「まだ、足りないようですね」

 オーラフ宰相はルカを仰向けにし、服の裾を捲りあげると大腿にも鞭を振り下ろした。

 打たれた背中が床に押し付けられた激痛と、大腿を打たれる痛みとに、ルカは横を向き背を丸めて我が身を抱きしめた。

 悔しかった。

 確かにオーラフ宰相の言うとおり、今すぐにも頭を床にこすりつけて、意地も何もかも捨てて許しを請おうとする自分がいる。

 それほどオーラフ宰相の攻めは苛烈で酷かった。

「あなたも、なかなか強情ですね」

 やっと鞭の手が止まったときには、ルカの背中と大腿は皮膚が破れ、血が滲み出ていた。

 きれいに着付けられた服は無惨に破れ、血で汚れている。もう、何か言い返す気力もルカには残っていなかった。痛みに勝手に滲んだ涙の膜が張った目でオーラフ宰相を見上げると、オーラフ宰相は薄い唇を歪めた。

「はじめから素直にはいと言えば、痛い目をみることはないんだ。もう少し賢くあらねばな、ルカ」


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