30 / 99
第二章
ヨハンナの行方 1
しおりを挟む
「ツハンへ出かける。後は頼む」
帰宅早々そう告げ、準備をしろと言う主のアランに、家令のテッドの眉がぴくりと動いた。
二股に分かれた丈の長い黒のテールコートに、撫で付けた白髪の髪。もちろん帰宅早々の主の言には驚いたが、そんな様子は露ほども出さない。
商人の小間使い風の格好で主が出かけていったのは、夕闇の迫る頃だった。
いつものように悪友のランドルフ様と下町の歓楽街へと繰り出されたのだろうとテッドは思っていた。共の者も連れずに、一人でどこにでも出かける主。
身分からすれば、護衛もつけずにふらふらするなど、考えられないが、腕の立つ護衛よりも主の方が腕は立つ。主とランドルフが二人揃えば、怖いものはないだろう。
護衛を引き連れて歩くことを嫌う主は、身分を隠して一人で出かけることを好む。
下町の歓楽街へ行くと帰りはいつも深夜を回る。それがいつになく早くに帰宅したかと思えばこれだ。
「それでお戻りはいつになられますか?」
アランに付いて屋敷内を歩きながら、テッドは主不在の間の算段を頭の中でつける。
主が出かけるというのなら、それは絶対だ。いかに急なこととはいえ、ありのままに受け止める。
ここ数日アランの外せない公式行事はなかったが、明日明後日と夜会の予定が入っている。どちらも伯爵家主催の夜会で、ぜひにと誘われ、アランは渋々ながらも参加の返事をしていたものだ。
けれどテッドはそのことをあえて口には出さない。聡明な主がそのことを忘れているわけはないので、そこも含めての「後は頼む」なのである。
「またどうしてツハンへ? 何かございましたか」
せめて主の外出の目的は家令として押さえておきたい。
アランはようやく足を止めるとテッドに向き直った。
「戻りはわからない。一週間ほどで戻るかもしれないし、もっとかかるかもしれない。ランドルフが一緒だ。今回は任務は関係ない。俺個人の、……まぁ私用だ。あえて言うなら犯罪の取り締まりか。何か聞かれたらそういうことにしておいてくれ。あと、」
アランは珍しく言い淀んだ。
「なにか?」
テッドが先を促すとアランはややあって口を開いた。
「女性を一人、連れ帰るかもしれない」
「なんですと?」
テッドは思わず聞き返した。
常に冷静なテッドにしては珍しい。けれど内容が内容だけにテッドが少々取り乱したとしても、アランは何も言わなかった。
「どういうことでございましょうか」
「宿屋で働いていた娘なんだ。でも人攫いにあって。だからその子を助けにいく。男の話からすると、攫われてすでに三ヶ月だ。助けても、もう働いていた宿屋には戻れないだろう。他に仕事が見つかればいいが、見つからなければ面倒を見たいんだ」
テッドは内心、主の話に目を白黒させていた。思いもよらない話が次々に飛び出し、頭の中を鞠のように跳ねて飛び交う。
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、ただ冷静に主の話に耳を傾けている振りを装いながら、しばし葛藤し、ようやく声を絞り出した。
「承知いたしました。ではすぐにでもご利用いただけるよう、お部屋をご用意しておきます。してそのお方は特に大柄や小柄な方ということは?」
「それはない。ごく普通の、痩せた娘だよ」
「では衣類なども標準的なものを、サイズに融通の利くものを揃えておきます」
「無理言ってすまない」
いつになく殊勝な主にテッドは目を細めた。
「行ってらっしゃいませ。ご無事のお帰りをお待ちしております」
帰宅早々そう告げ、準備をしろと言う主のアランに、家令のテッドの眉がぴくりと動いた。
二股に分かれた丈の長い黒のテールコートに、撫で付けた白髪の髪。もちろん帰宅早々の主の言には驚いたが、そんな様子は露ほども出さない。
商人の小間使い風の格好で主が出かけていったのは、夕闇の迫る頃だった。
いつものように悪友のランドルフ様と下町の歓楽街へと繰り出されたのだろうとテッドは思っていた。共の者も連れずに、一人でどこにでも出かける主。
身分からすれば、護衛もつけずにふらふらするなど、考えられないが、腕の立つ護衛よりも主の方が腕は立つ。主とランドルフが二人揃えば、怖いものはないだろう。
護衛を引き連れて歩くことを嫌う主は、身分を隠して一人で出かけることを好む。
下町の歓楽街へ行くと帰りはいつも深夜を回る。それがいつになく早くに帰宅したかと思えばこれだ。
「それでお戻りはいつになられますか?」
アランに付いて屋敷内を歩きながら、テッドは主不在の間の算段を頭の中でつける。
主が出かけるというのなら、それは絶対だ。いかに急なこととはいえ、ありのままに受け止める。
ここ数日アランの外せない公式行事はなかったが、明日明後日と夜会の予定が入っている。どちらも伯爵家主催の夜会で、ぜひにと誘われ、アランは渋々ながらも参加の返事をしていたものだ。
けれどテッドはそのことをあえて口には出さない。聡明な主がそのことを忘れているわけはないので、そこも含めての「後は頼む」なのである。
「またどうしてツハンへ? 何かございましたか」
せめて主の外出の目的は家令として押さえておきたい。
アランはようやく足を止めるとテッドに向き直った。
「戻りはわからない。一週間ほどで戻るかもしれないし、もっとかかるかもしれない。ランドルフが一緒だ。今回は任務は関係ない。俺個人の、……まぁ私用だ。あえて言うなら犯罪の取り締まりか。何か聞かれたらそういうことにしておいてくれ。あと、」
アランは珍しく言い淀んだ。
「なにか?」
テッドが先を促すとアランはややあって口を開いた。
「女性を一人、連れ帰るかもしれない」
「なんですと?」
テッドは思わず聞き返した。
常に冷静なテッドにしては珍しい。けれど内容が内容だけにテッドが少々取り乱したとしても、アランは何も言わなかった。
「どういうことでございましょうか」
「宿屋で働いていた娘なんだ。でも人攫いにあって。だからその子を助けにいく。男の話からすると、攫われてすでに三ヶ月だ。助けても、もう働いていた宿屋には戻れないだろう。他に仕事が見つかればいいが、見つからなければ面倒を見たいんだ」
テッドは内心、主の話に目を白黒させていた。思いもよらない話が次々に飛び出し、頭の中を鞠のように跳ねて飛び交う。
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、ただ冷静に主の話に耳を傾けている振りを装いながら、しばし葛藤し、ようやく声を絞り出した。
「承知いたしました。ではすぐにでもご利用いただけるよう、お部屋をご用意しておきます。してそのお方は特に大柄や小柄な方ということは?」
「それはない。ごく普通の、痩せた娘だよ」
「では衣類なども標準的なものを、サイズに融通の利くものを揃えておきます」
「無理言ってすまない」
いつになく殊勝な主にテッドは目を細めた。
「行ってらっしゃいませ。ご無事のお帰りをお待ちしております」
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる