偏執の枷〜わたしの幸せはわたしが決める〜

咲木乃律

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第二章

ヨハンナの行方 1

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「ツハンへ出かける。後は頼む」

 帰宅早々そう告げ、準備をしろと言う主のアランに、家令のテッドの眉がぴくりと動いた。

 二股に分かれた丈の長い黒のテールコートに、撫で付けた白髪の髪。もちろん帰宅早々の主の言には驚いたが、そんな様子は露ほども出さない。

 商人の小間使い風の格好で主が出かけていったのは、夕闇の迫る頃だった。

 いつものように悪友のランドルフ様と下町の歓楽街へと繰り出されたのだろうとテッドは思っていた。共の者も連れずに、一人でどこにでも出かける主。

 身分からすれば、護衛もつけずにふらふらするなど、考えられないが、腕の立つ護衛よりも主の方が腕は立つ。主とランドルフが二人揃えば、怖いものはないだろう。

 護衛を引き連れて歩くことを嫌う主は、身分を隠して一人で出かけることを好む。

 下町の歓楽街へ行くと帰りはいつも深夜を回る。それがいつになく早くに帰宅したかと思えばこれだ。

「それでお戻りはいつになられますか?」

 アランに付いて屋敷内を歩きながら、テッドは主不在の間の算段を頭の中でつける。

 主が出かけるというのなら、それは絶対だ。いかに急なこととはいえ、ありのままに受け止める。

 ここ数日アランの外せない公式行事はなかったが、明日明後日と夜会の予定が入っている。どちらも伯爵家主催の夜会で、ぜひにと誘われ、アランは渋々ながらも参加の返事をしていたものだ。

 けれどテッドはそのことをあえて口には出さない。聡明な主がそのことを忘れているわけはないので、そこも含めての「後は頼む」なのである。

「またどうしてツハンへ? 何かございましたか」

 せめて主の外出の目的は家令として押さえておきたい。

 アランはようやく足を止めるとテッドに向き直った。

「戻りはわからない。一週間ほどで戻るかもしれないし、もっとかかるかもしれない。ランドルフが一緒だ。今回は任務は関係ない。俺個人の、……まぁ私用だ。あえて言うなら犯罪の取り締まりか。何か聞かれたらそういうことにしておいてくれ。あと、」

 アランは珍しく言い淀んだ。

「なにか?」

 テッドが先を促すとアランはややあって口を開いた。

「女性を一人、連れ帰るかもしれない」
「なんですと?」

 テッドは思わず聞き返した。

 常に冷静なテッドにしては珍しい。けれど内容が内容だけにテッドが少々取り乱したとしても、アランは何も言わなかった。

「どういうことでございましょうか」
「宿屋で働いていた娘なんだ。でも人攫いにあって。だからその子を助けにいく。男の話からすると、攫われてすでに三ヶ月だ。助けても、もう働いていた宿屋には戻れないだろう。他に仕事が見つかればいいが、見つからなければ面倒を見たいんだ」

 テッドは内心、主の話に目を白黒させていた。思いもよらない話が次々に飛び出し、頭の中を鞠のように跳ねて飛び交う。

 落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、ただ冷静に主の話に耳を傾けている振りを装いながら、しばし葛藤し、ようやく声を絞り出した。

「承知いたしました。ではすぐにでもご利用いただけるよう、お部屋をご用意しておきます。してそのお方は特に大柄や小柄な方ということは?」

「それはない。ごく普通の、痩せた娘だよ」

「では衣類なども標準的なものを、サイズに融通の利くものを揃えておきます」

「無理言ってすまない」
 
 いつになく殊勝な主にテッドは目を細めた。

「行ってらっしゃいませ。ご無事のお帰りをお待ちしております」
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