偏執の枷〜わたしの幸せはわたしが決める〜

咲木乃律

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第二章

囲われた神子

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 三ヶ月ぶりに見るヨハンナは、オシ街で出会ったときの少女とは一変していた。

 ほっそりとした肢体は変わらないものの、頬は丸みを帯び、指先まで白く滑らかで、唇がうっすらと色づいた花のようだ。

 落ち着いたグリーンの、上質とわかるドレスを纏い、輝くエメラルドの髪を結い上げた姿は、はっとするほどアランを魅了した。

「アラン。あなたどうやってここへ?」

 傾げる首には金色のチョーカーが嵌っている。首枷のように嵌るそれに、アランは眉をしかめつつ、腰にかけている縄を示した。

「ちょっと越えてきたんだ」

 縄の先には鉤爪がついている。石壁にそれを引っ掛け、壁を越えてきた。ランドルフは外で待機している。

 アランがヨハンナを助けるために忍び込んできたと言うと、ヨハンナはとたんに顔色を変え、アランの腕を取ると、森の中に分け入った。

 アランは引かれるままに歩を進めた。
 ヨハンナは湖や道の見えない森の奥にまで来てようやく歩みを止めた。

「ここを出よう、ヨハンナ」

 アランはヨハンナと向き合うと性急にそう口にした。 

 アランは偶然ヨハンナが何者かに連れ去られたことを知り、ここまで助けに来たのだと簡単に経緯を説明した。

 一瞬、ヨハンナの顔が縋るようにアランの顔を見つめた。が、すぐに表情を引き締めると金の枷に触れ、首を振った。

「できない。私、ここにいなきゃいけないの」
「なぜだヨハンナ。君はここにいたいのかい?」

 アランは、ヨハンナの着る上質なドレスに目をやった。
 
 オシ街でのヨハンナを思うと、考えられない高価なドレスだ。捕らわれてきたものの、ここでの暮らしに満足しているのかと無言で問うと、ヨハンナは「違う」と呟く。

「私の夢は、いつかイクサカ地方で羊と共に暮らすことなの。贅沢がしたいわけじゃない」

「だったら、その夢を叶えればいい。ここにいては叶わないだろう?」

「わかってるそんなこと。でも私、約束したから。一度口に出した約束は、簡単に違えたりできない。……セヴェリ様と約束してしまったから」

「セヴェリ? 誰だそいつ」


 アランが聞き返すと、ヨハンナははっと口元を押さえた。

 警戒心と怯えの混じった顔でこちらを見つめるヨハンナを問い詰める。

 初めは頑なに口を閉ざしていたヨハンナだが、アランが何度も根気強く問いかけると、やがて肩を震わせて涙を流した。

 そして嗚咽交じりにここまでに至った経緯を話す。

 捕らわれてセヴェリに引き合わされたこと。目が覚めて気がついたらこの屋敷にいたこと。違うと何度も言っているのに、セヴェリは自分をテンドウ族の神子だと言って、ここを出してくれないこと。セヴェリは各地に散ったテンドウ族と共に、神の里に帰ることを望んでいること。

 その目的のため、神子として集められたアマンダという少女を使って、ヨハンナにここにいることを強引に約束させたこと。

 あらかたのいきさつを吐き出すと、ヨハンナは怯えたようにアランを見上げた。

「アランは、何をしている人なの?」

 もしアランが帝国側の人間なら、神子である自分の存在も、テンドウの里を取り戻そうとしているセヴェリも敵となることにヨハンナは怯えたのだろう。

 アランは堪らずヨハンナの腕を引くと、その胸にヨハンナを抱きしめた。

 三ヶ月前、ヨハンナは宿屋で懸命に働いていた。
 決して楽な仕事ではなかっただろうに、純真に真っ直ぐ前だけを見ている姿がいじらしかった。

 それなのに、今のヨハンナは外見こそ身綺麗になったものの、心の中の葛藤で押し潰されそうになっている。

 やっぱり無理にでも強引にでも、あの時心のままにヨハンナを連れ帰ればよかった……。

 アランは強くヨハンナの顔を自分の胸に押し付けるように抱きしめると、エメラルドの髪をそっと撫でた。

「心配するな、ヨハンナ。ここにいる人達はみんなちゃんと帝国が保護する」

 アランが何者なのか。アランは告げなかったが、その言葉で帝国に近い人間だと察するものがあったはずだ。

 ヨハンナは一瞬怯えたように体を強張らせたが、アランが何度も背をさすってやると、吐息をもらし、縋りつくようにアランの胸に頬を押し当てた。

「みんなとってもいい人達なの。アマンダ、ダニエラ、レイモン、それにカールやステラ子供たちも」

「ああ、わかっている。彼らは被害者だ」

 だから何の心配もいらないと繰り返してやると、ヨハンナはやっと落ち着きを取り戻し、とたんに腕をつっぱねてアランから体を離した。

「ごめんなさい、私。気が動転してこんな……」

 顔が真っ赤だ。

 ヨハンナは差し伸べられたぬくもりに夢中で縋りついただけなのだろう。

 アランはヨハンナのぬくもりの消えた自身の胸を名残惜しく思いながら、手を差し出した。

「ヨハンナ、ここを出よう。今すぐだ」

 テンドウ族の神子がどんな存在だったのか。それを今は話している時間が惜しい。

 けれど一時でももう、ヨハンナをここには置いておきたくなかった。

「セヴェリとやらとした約束のことを気にしているのなら、そんなものは気にしなくていい。それは約束とは言わない。ただヨハンナを脅迫しただけだ」

 ヨハンナの懸念を払拭してやると、ヨハンナは「でもアマンダが心配……」と呟く。

 昨夜のセヴェリの冷淡な態度のことをヨハンナはアランに話し、もし自分が出て行ったとセヴェリが知ったら、アマンダはここを追い出されるだけではすまないかもしれないと。

 ヨハンナが口にした不安に、アランはしばらく黙考した。今ここで強引にでもヨハンナを連れ出すことは容易だろう。

 けれど不安を残したまま、無理に事を進めてヨハンナの懸念を増やしたくはなかった。

 それにツハンでのこともある。用がないとみると、簡単に打ち捨てていくやり口を見ただけに、ヨハンナの懸念が杞憂であるとは言い難い。

 アランは「わかった」と頷き、やむなくヨハンナに差し出した手を下ろした。

「アマンダも一緒に連れ出してやる。ここを出た後の生活の事は心配するな。ここでの暮らしのようにはいかないが、ちゃんとした勤め先を紹介してやる」

 それでいいか?と聞くと、「他の人は?」とか細いヨハンナの声。

 大丈夫だとアランは請け合い、帝国が必ず救出すると頷いた。

「今夜ここにアマンダも連れてくるといい。夜の十二時に屋敷を抜けだせるか?」

 ヨハンナは「大丈夫」と頷く。屋敷の外に出るのは自由だからと。

 早くも今夜のことを考えて緊張に顔を固くするヨハンナに、アランは安心させるように笑ってみせた。

「なに、大丈夫、上手く行くさ。ヨハンナはハララは好きか? 祭りの夜、ハララの香りを喜んでいただろう?」

「好き。大好き!」

「ならここを出たらハララの群生地に連れてってやるよ。ちょっと驚くと思うぞ? 見渡す限りハララが咲いているんだ。あの花は一年中咲いているが、今の時期は特に芳香が強くなるんだ。むせ返って、嫌というほどハララを堪能させてやる」

 ヨハンナはやっと頬を綻ばせて笑った。
 
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