偏執の枷〜わたしの幸せはわたしが決める〜

咲木乃律

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第三章

かいがいしく

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 朝食の用意が整ったのを見計らい、テッドは、今はヨハンナの滞在場所となっている部屋へと向かった。

 軽くノックをし、入室するとすでにセキとコクがテーブルにつき、主であるアランが寝室へと続くドアを開け、奥へと入っていくところだった。

 アランが連れ帰った夜から、ヨハンナは一週間ほど目を覚まさず、熱の高い状態が続いた。アランは必要最低限の公務だけに絞り、あとはつきっきりでヨハンナの看病をした。

 侍医ロニーの投薬、アランの献身的な看病のおかげで、一週間後に目を覚ましたヨハンナは、長い高熱のためやつれ、著しく体力を失っていた。

 始めは起き上がることもままならなかったが、ここ二週間ほどで少しずつ食欲も戻り、自分で身を起こせるまでになった。

 足の銃創はまだ癒えておらず、力を入れると痛いようでいまだ歩くことはできない。

 主はそんなヨハンナを、毎朝朝食のテーブルへとベッドから運んでくる。

 はじめは恥ずかしがってかなり抵抗していたヨハンナだが、なら食べさせてやると主が匙を向けた時点で青ざめ、それからは大人しく主が運ぶのを受け入れている。

 主は役得とばかりに朝からご機嫌だ。

 ヨハンナを壊れ物のように抱きかかえた主は、ヨハンナを足への負担が少ないゆったりとしたソファへと座らせると、自分もその隣に腰かける。

 ヨハンナがここへ来てから、すっかり定着し、見慣れた朝の光景だ。

 テッドはそんな主のカップへ紅茶を注ぎ、ついでヨハンナ、セキ、コクのカップにも紅茶を注ぐ。

「いつもありがとうございます。テッドさん」

 ヨハンナは美しいエメラルドの瞳を細め、丁寧に頭を下げる。ずっと閉じられていた瞳が、髪と同じ鮮やかなエメラルドだと知ったとき、テッドはその透き通るような色に見ほれたものだ。

「いえいえ」

 テッドは軽く会釈し、主へと本日の予定を伝える。

 午前の軍の公務には軽く頷き、了承を示したアランだったが、午後からの予定に眉をしかめた。

「それは、必要なことか?」

 その反応はテッドの予想していた通りのもので、それに対する答えはあらかじめ用意していた。

「グロリアーナ様からは再三のお手紙をいただいております。伯爵夫人からも、ご公務がお忙しいとは思いますがと断りの上、ぜひにとの文を頂戴いたしました。これ以上お断りするのは、伯爵夫人に失礼となってしまいます」

「しかし、その気がないのに期待を持たせるのもよくないだろう」

「ではありますが、セービン伯爵から縁談の正式な打診があったわけではありません。これはあくまで伯爵夫人の、皇弟殿下へのご機嫌伺い。無下に断るわけにはいきません。それに――」
 
 テッドはちらりとヨハンナの方を見る。
 ヨハンナは気づかず、前に座るセキの口元が汚れているのをナプキンで拭いてやっている。

「軍の名の下、保護をしたヨハンナ様がご滞在されている今、主であるアラン様が屋敷にこもられてはあらぬうわさをたてられます」
 
 アランが女性を連れ帰ると宣言したあと、グロリアーナ嬢からのお茶会の招待状を受け取ったテッドは、煙が立つ前に火消しに走った。

 身元もわからぬ女性を、アランがいきなり屋敷に引き取ったとなると、若い娘を持つ有力者が、どんな反応を示すか。
 想像に難くない。

 テッドは黄帝城へと馬車で駆けた。

 本来なら皇族に謁見できる爵位を持たないテッドだが、軍総司令部長官であり、主の兄でもある皇弟のグラントリーは上下の身分に拘らない性格だ。

 おそらく主の今回のツハン行きの詳しい経緯を知っているであろうグラントリーから、正確な情報を仕入れる必要がある。
 
 テッドの赴きは、グラントリーも察したと思われる。すぐに謁見がかない、堅苦しい挨拶もすっ飛ばし、詳しい経緯を教えてもらった。

 アランが連れ帰ると言った女性のことも、グラントリーの耳には入っており、テッドの危惧するところを敏感に捉えたグラントリーは、それならばその女性は、犯罪に巻き込まれ、軍が保護したことにすると約束してくれた。

 そうして一時的に軍預かりである女性を、アランが屋敷にて保護をするという体裁を整え、テッドは主の帰りを出迎えた。

 主の、ヨハンナに対する態度を見る限り、これはかなりヨハンナのことを主は好いておいでのようだ。テッドはかつてない主の執着ぶりにそう思ったが、いまはまだそれを堂々と世間に公表すべき段階ではない。

 テンドウ族のことは何一つ解決していないし、肝心のヨハンナの気持ちもわからない。

 そこは主もよくわかっておいでのようで、ヨハンナに対して、踏み込み過ぎない程よい距離間をきちんと保っておいでだ。

 だが、そんな内情を知らない外の人間には、主が年頃の女性を屋敷に囲ったと見えないこともない。

 テッドがいくら根回しをしても、防ぎきれないのが噂だ。人の嫉妬心ほど恐ろしいものはない。

 グロリアーナ嬢が、他の年頃のご令嬢同様、軍の保護という名目があるとはいえ、アランの屋敷にヨハンナが滞在していることを完全に受け入れているとは思えない。

 その父であるセービン伯爵は軍の参謀を務めたこともあり、軍に強力な影響力を持っている男だ。予想だにしない金棒を振り下ろしてくるかもしれない。

 その火の粉はヨハンナへと降りかからないとも限らない。そうなった時の主の憂いを思えばこそ、ここは慎重に行動すべきところなのだ。

 アランはそれ以上の説明をテッドに求めなかった。聡明な主は、テッドの言いたい事を、みなまで言わずとも察したはずだ。
 
 自分の名前がテッドの口から出たことで、匙を持ったままきょとんとした顔で止まっているヨハンナを、安心させるように主は笑いかけ、テッドに向き直った。

「わかった。その予定でいってくれ」

 おいしいといって匙を運ぶヨハンナを、主は優しい顔で見つめた。
 
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