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第三章
白の神殿
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相変わらずセキとコクはヨハンナにべったり張り付いて離れない。
アランの屋敷の厨房では、二人のためにと今日も甘い香りが漂っていた。
今日は午後から、杖なしでも少し歩けるようになったヨハンナを連れ、アランは白の神殿へ出かける予定にしていた。
首都ナーバーにある白の神殿の裏手には、神殿の所有する小高い丘があり、そこに一面ハララの群生がある。
一緒に見に行こうと約束したのはもうずいぶん前だ。見頃の時期は過ぎたが、それでもまだ見渡す限りのハララを見ることができるだろう。
久しぶりの外出に、ヨハンナは朝からそわそわし通しだった。
アランの屋敷に滞在するようになってから、外出らしい外出は一度もしていない。足が動かなかったのだから仕方がないのだが、外の風を感じるのは庭に出たときくらいで、少し寂しいと思っていた。
だからアランから、一日公務がないのでハララを見に行こうと言われたとき、ヨハンナは嬉しかった。
まだ足が思い通りに動かないとはいえ、草の上に直に座りその手触りを確かめ、湿った草いきれの香りを吸い込めるのかと早くも想像し、気持ちが浮き立った。
それにヨハンナには確かめてみたいこともあった。
それは自分の足が、どのくらいの時間、外出に耐えられるのかということだ。銃で撃たれた足で、この先働くことができるのか……。
家令のテッドに見送られ、二頭立ての馬車で大通りを抜け、ナーバー郊外にある白の神殿へ向かう。
整備された石畳の上を走る馬車はほとんど揺れず、わずかに伝わる車輪の揺れも、座席に張られたふかふかのクッションが吸収していく。ずいぶん快適な移動だ。
にもかかわらず隣に座ったアランはヨハンナの腰に腕をまわし、その体を支える。
「あの、アラン?」
馬車はとても乗り心地がいいから、支えてもらわなくても大丈夫と言うと、アランは困ったように横を向いた。
「ヨハンナ。アランの好きにさせてやりなよ」
前に座ったコクがにやにやしながら言う。
「アランはな、ただヨハンナとくっついてたいだけなんだからさ」とセキ。
二人は神殿の丘で食べるようにと渡されたお菓子の包みを早くも広げ、口に頬張っていた。
ヨハンナの大丈夫という言葉に、困ったように横を向いたアラン。アランの行動の意味を図りかねていたヨハンナに、セキとコクが助け舟を出した。
「くっついてたいって……」
しかしヨハンナはセキとコクの言葉にも、こてっと首を傾げ、わからないという顔をする。
その様子を見ていたセキとコクは呆れたように吐息をついた。
「ヨハンナ、もっと察してやりなよ。アランはね、ヨハンナのことが好きなんだ。だからずっとでもくっついてたいんだよ」
「そうそう。セキの言う通りだよ。これだけアランが愛情を見せてんのに、気づかずスルーとか。アランがちょっとかわいそうだ」
「え? ええ!」
ここまではっきり言われてはさすがのヨハンナも目を丸くした。同時に耳まで赤くなるほど顔に朱がのぼる。
「ででででも。その…、わ、私……」
自分でも何を言っているのかわからない。
意味のない言葉の羅列が口から飛び出す。
確かにこの間、キスしていいかと聞かれたが……。
「好きとか、そんなこと言われてなかったし……」
ヨハンナがしどろもどろにそう言うと、セキとコクははぁと長い長いため息をついた。
「ヨハンナって鈍いよね。僕、伝わっていると思ってたな」とセキ。
「あのね、ヨハンナ。ただの親切でわざわざ危険を冒してヨハンナを助けに行ったり、夜中に氷水のタオルを何度も取り替えたり、毎朝毎朝飽きもせず食卓に運んだりなんてしないんだよ。ぜーんぶ下心があるからそうしてるんだよ」
「おいコク。その言い方には語弊があるぞ」
アランがそれ以上言うなと目線で止める。
ヨハンナはただ口をパクパクさせて、セキ、コク、アランの間で視線を何度も往復させる。
無意識にアランとの距離を取りたくて腰をずらそうとすると、アランはそうはさせないとヨハンナの腰に回した腕の力を強める。
結果、さきほどよりもますます密着した体にヨハンナはいたたまれなくなり、真っ赤になった顔を俯けた。
結局馬車が白の神殿に着くまで、ヨハンナは何を話していいのかわからず、またアランも何も言おうとしないので、気まずい雰囲気のまま馬車は走り続けた。
白龍を祀る白の神殿は、白い尖塔が無数に建ち並ぶ独特な外観の建物群だ。
白龍を信仰する人々の寄付によって建てられたその尖塔は、その数の多さだけ信者の信仰心の多さを表す。今も新たな尖塔が建築中で、青い空に向かって中途半端に伸びた白い建造物もある。
出迎えた白の神殿の神官は、真っ白な肌に、真っ白な髪、瞳も白く、伏せたまつげまで白い男性だった。
着ている服も白いローブなので、薄っすらとピンクの唇だけが、際立って色づいて見える。
あまり見てはいけないと思うものの、ヨハンナは神官から目を離せなかった。
アランは以前から顔見知りであるようで、神殿の裏手に入ることの許可を神官から取り付けている。
あまりに見すぎていたのだろう。神官とぱちりと目が合った。神官はにこりとうす付きの唇を笑ませた。
「ニクラス・ノベルと言います。お怪我のほうは、もうだいぶよくなられたようですね」
ヨハンナの怪我のことも知っていたようだ。
いや、さきほどアランが会話の中でニクラスに述べていたのだったとヨハンナは思い至る。
「今日はどうぞゆっくりお過ごしください。一面のハララに、草の香りが気持ちのいい場所ですので」
「あ、はい……」
ニクラスは中性的な見た目に反し、低く男らしい声だ。
見た目は全然違うのに、子龍二人に似た雰囲気がある。
不思議だ。
そのセキとコクはといえば、馬車がつくなり神殿の裏手へと走っていった。
アランの屋敷の厨房では、二人のためにと今日も甘い香りが漂っていた。
今日は午後から、杖なしでも少し歩けるようになったヨハンナを連れ、アランは白の神殿へ出かける予定にしていた。
首都ナーバーにある白の神殿の裏手には、神殿の所有する小高い丘があり、そこに一面ハララの群生がある。
一緒に見に行こうと約束したのはもうずいぶん前だ。見頃の時期は過ぎたが、それでもまだ見渡す限りのハララを見ることができるだろう。
久しぶりの外出に、ヨハンナは朝からそわそわし通しだった。
アランの屋敷に滞在するようになってから、外出らしい外出は一度もしていない。足が動かなかったのだから仕方がないのだが、外の風を感じるのは庭に出たときくらいで、少し寂しいと思っていた。
だからアランから、一日公務がないのでハララを見に行こうと言われたとき、ヨハンナは嬉しかった。
まだ足が思い通りに動かないとはいえ、草の上に直に座りその手触りを確かめ、湿った草いきれの香りを吸い込めるのかと早くも想像し、気持ちが浮き立った。
それにヨハンナには確かめてみたいこともあった。
それは自分の足が、どのくらいの時間、外出に耐えられるのかということだ。銃で撃たれた足で、この先働くことができるのか……。
家令のテッドに見送られ、二頭立ての馬車で大通りを抜け、ナーバー郊外にある白の神殿へ向かう。
整備された石畳の上を走る馬車はほとんど揺れず、わずかに伝わる車輪の揺れも、座席に張られたふかふかのクッションが吸収していく。ずいぶん快適な移動だ。
にもかかわらず隣に座ったアランはヨハンナの腰に腕をまわし、その体を支える。
「あの、アラン?」
馬車はとても乗り心地がいいから、支えてもらわなくても大丈夫と言うと、アランは困ったように横を向いた。
「ヨハンナ。アランの好きにさせてやりなよ」
前に座ったコクがにやにやしながら言う。
「アランはな、ただヨハンナとくっついてたいだけなんだからさ」とセキ。
二人は神殿の丘で食べるようにと渡されたお菓子の包みを早くも広げ、口に頬張っていた。
ヨハンナの大丈夫という言葉に、困ったように横を向いたアラン。アランの行動の意味を図りかねていたヨハンナに、セキとコクが助け舟を出した。
「くっついてたいって……」
しかしヨハンナはセキとコクの言葉にも、こてっと首を傾げ、わからないという顔をする。
その様子を見ていたセキとコクは呆れたように吐息をついた。
「ヨハンナ、もっと察してやりなよ。アランはね、ヨハンナのことが好きなんだ。だからずっとでもくっついてたいんだよ」
「そうそう。セキの言う通りだよ。これだけアランが愛情を見せてんのに、気づかずスルーとか。アランがちょっとかわいそうだ」
「え? ええ!」
ここまではっきり言われてはさすがのヨハンナも目を丸くした。同時に耳まで赤くなるほど顔に朱がのぼる。
「ででででも。その…、わ、私……」
自分でも何を言っているのかわからない。
意味のない言葉の羅列が口から飛び出す。
確かにこの間、キスしていいかと聞かれたが……。
「好きとか、そんなこと言われてなかったし……」
ヨハンナがしどろもどろにそう言うと、セキとコクははぁと長い長いため息をついた。
「ヨハンナって鈍いよね。僕、伝わっていると思ってたな」とセキ。
「あのね、ヨハンナ。ただの親切でわざわざ危険を冒してヨハンナを助けに行ったり、夜中に氷水のタオルを何度も取り替えたり、毎朝毎朝飽きもせず食卓に運んだりなんてしないんだよ。ぜーんぶ下心があるからそうしてるんだよ」
「おいコク。その言い方には語弊があるぞ」
アランがそれ以上言うなと目線で止める。
ヨハンナはただ口をパクパクさせて、セキ、コク、アランの間で視線を何度も往復させる。
無意識にアランとの距離を取りたくて腰をずらそうとすると、アランはそうはさせないとヨハンナの腰に回した腕の力を強める。
結果、さきほどよりもますます密着した体にヨハンナはいたたまれなくなり、真っ赤になった顔を俯けた。
結局馬車が白の神殿に着くまで、ヨハンナは何を話していいのかわからず、またアランも何も言おうとしないので、気まずい雰囲気のまま馬車は走り続けた。
白龍を祀る白の神殿は、白い尖塔が無数に建ち並ぶ独特な外観の建物群だ。
白龍を信仰する人々の寄付によって建てられたその尖塔は、その数の多さだけ信者の信仰心の多さを表す。今も新たな尖塔が建築中で、青い空に向かって中途半端に伸びた白い建造物もある。
出迎えた白の神殿の神官は、真っ白な肌に、真っ白な髪、瞳も白く、伏せたまつげまで白い男性だった。
着ている服も白いローブなので、薄っすらとピンクの唇だけが、際立って色づいて見える。
あまり見てはいけないと思うものの、ヨハンナは神官から目を離せなかった。
アランは以前から顔見知りであるようで、神殿の裏手に入ることの許可を神官から取り付けている。
あまりに見すぎていたのだろう。神官とぱちりと目が合った。神官はにこりとうす付きの唇を笑ませた。
「ニクラス・ノベルと言います。お怪我のほうは、もうだいぶよくなられたようですね」
ヨハンナの怪我のことも知っていたようだ。
いや、さきほどアランが会話の中でニクラスに述べていたのだったとヨハンナは思い至る。
「今日はどうぞゆっくりお過ごしください。一面のハララに、草の香りが気持ちのいい場所ですので」
「あ、はい……」
ニクラスは中性的な見た目に反し、低く男らしい声だ。
見た目は全然違うのに、子龍二人に似た雰囲気がある。
不思議だ。
そのセキとコクはといえば、馬車がつくなり神殿の裏手へと走っていった。
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