偏執の枷〜わたしの幸せはわたしが決める〜

咲木乃律

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第三章

首都ナーバー

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 首都ナーバーの賑わいは大陸一。
 物も人も種々雑多、何でも揃い、何でも集まる首都のナーバー。

 港町であるオシ街も、舶来品が並び異国情緒溢れる街だが、ナーバーの雑多さの比ではなかった。

「すごいね……」

 アランが街へ行くというのでヨハンナも同行した。

 最近では足もだいぶ思い通りに動くようになった。
 屋敷内での歩行訓練は変わらず続け、アランの公務がない日には白の神殿の丘へ行き、歩く感覚、走る感覚を取り戻しつつある。

 まだ長時間立つことはできないし、走ると痛いが一時のことを思えばずいぶんとよくなった。

 ヨハンナの足が癒えるに従って、アランに寝台からソファに運ばれるという、朝の日課は軽いキスと共に手をひかれることに変わり、アランの帰宅が早い夜は、ヨハンナの寝台で軽く触れ合い、抱き合いながら眠るのが常となった。

 アランの腕に包まれて眠ると、全てのものから守られているような安心感を感じる。

 時折夢の中でも追ってくるセヴェリの影に怯えても、目を開けばアランの、端正な顔立ちが目の前にある。

 その胸にすり寄れば、アランはヨハンナを抱きしめてくれる。そうしてヨハンナはまた安心して眠りにつくことができた。

 セヴェリたちが、ついにテンドウの里に帰ったことは、アランから聞いた。

 ヨハンナが動揺すると思い、アランはヨハンナには話していなかったと言った。

 ヨハンナが最近は落ち着いてきたのを見て、アランはセヴェリたちテンドウ族が里に入ったこと、道が塞がれ手出しのできない状態であることを話した。

 セヴェリが里に入ったのなら………。

 ヨハンナは思わずにはいられなかった。

 セヴェリはもう自分のことを諦めてくれたのではないだろうかと。

 無事に念願だった里に帰れたのだ。
 アランの話からすると、しかも帝国は今のところ里に攻め入ることはできない状態だ。

 今は里で穏やかに暮らしているのだろう、きっと。

 それならば、この上セヴェリがヨハンナに執着する理由はないのではないか。

 足も癒えたことだし、ヨハンナもいつまでもアランの屋敷にいるわけにはいかない。

 セヴェリの手が伸びないのなら、ヨハンナは働き口を探さなければならない。
 できればこの屋敷で働かせてくれないかななどと都合のいい夢を見て、ヨハンナは自らを諌めた。

 屋敷は居心地がいいし、アランも近くにいる。
 安心感と安らぎはあるけれど、アランは次期皇帝とも目される皇弟殿下だ。

 下働きをしていたヨハンナが、本来なら知り合うはずのない人だ。

 甘えすぎてはいけない。

 ヨハンナはアランに働こうと思うと切り出したが、アランはセヴェリがまたヨハンナを奪いに来るかもしれない、今はまだだめだとそんなヨハンナを止めた。

 アランは仕立て屋、古書店を巡り、一通りの用事を済ませ、ヨハンナの服も仕立てたいと言い出したが、固辞した。

 アランは残念そうにしていたが、無理は通さずそれならばと今は市場にやってきていた。

 市場の中心となる噴水広場でぐるりと周りを見渡したヨハンナは、その物と人の多さに目を丸くした。

 店先には新鮮な魚介、吊るされた肉、色鮮やかな野菜や果物から、すでに調理された食べ物に衣類や小間物類。
 ありとあらゆる物が並んでいる。

「ここで手に入らないものはないと言われてるからな」

 ぽかんと市場を見渡すヨハンナに、アランはそう言うと、ヨハンナの手を引いた。

「こっちだ」

 アランはヨハンナの手をしっかり握ったまま、通りを進んだ。

 あちこちから売り子の声がかかり、値段の交渉をする威勢のいい掛け声もあがる。

「なにか欲しいものがあったら言えよ」
「……大丈夫…」

 見ているだけで楽しい。
 
 店先の商品に気を取られ、人の多さに躓きそうになれば、アランがヨハンナの腰を支えてくれる。

 多くの人が行き交う中でも、アランの黒髪と琥珀の瞳は目立った。すれ違う人が必ず振り返ってアランの姿を二度見する。

 けれどアランのすぐ側では護衛が目を光らせている。少しでもアランに近づこうとする者がいれば、剣を佩いた護衛が現れる。

「ヨハンナ、これ」

 周りに気を取られている間に、アランは目的の店を見つけたらしい。アランは丸い顔の店主にコインを払うと、いきなり口に何かを押し込めてきた。

「……甘い…」

 口の中に入れられたのは甘くて丸くて固い何かだった。
 そして―――。

「……ハララの香りがする…?」

 口の中で転がすと甘さと共に、ハララの香りが口に広がる。

 アランが足を止めた店先には、色とりどりの小さくて丸い物が並んでいた。単色のものから、七色のものまで、見ているだけで楽しい。

「すごい……。きれい…。これって飴?」

 ヨハンナの知っている飴は、黄金色のものだけだ。
 こんなにたくさんの色とりどりの飴があるなんて……。

 ほわぁとヨハンナが見惚れていると、丸い顔をした店主がにこにこしながら籠を差し出した。

「お好きなものをこちらにどうぞ」
 
 量り売りであるらしい。
 ヨハンナは籠を受け取ったものの、どうしたらいいかわからずアランを見上げた。

「これ、ハララの香りがするんだ。ヨハンナが喜ぶかと思ってな」

 アランが口に押し込めたのは、ハララと同じ黄色い飴玉で、ところどころに白い模様が入っているものだった。

 丸い顔の店主はヨハンナに、店頭の飴を紹介していく。

「さきほどのハララの飴も人気ですが、最近はこちらのリイゴ味のものも人気ですよ」

 リイゴと聞いて、ヨハンナは小さなステラの顔を思い出した。
 
 ステラもテンドウの里に入ったのだろうか。
 それにアマンダ、ダニエラは……。

 レイモンとヘリとラッセはきっとセヴェリと行動を共にしているはずだ。

 数ヶ月一緒に暮らした顔が次々に思い浮かぶ。

 回想を破ったのはアランだった。

「……あっ、」

 籠を持ったまま動かないヨハンナから、籠を奪い取ると、端から適当に飴玉を入れていく。

「待ってアラン。そんなにたくさん?」

 木製の匙で大胆にすくっていく。
 ヨハンナが慌てて止めると、片目をつぶって、

「あいつらへの土産も兼ねてるんだ。たくさん買って帰ろう」

 アランの言うあいつらは、セキとコクのことだ。

 今朝出かけるときも一緒に行くと駄々をこねたが、アランが何を言ったのか。二人の耳元でごにょごにょと内緒話をすると、セキとコクはあっさり引き下がった。

 セキとコクへのお土産と聞いて、ヨハンナも俄然乗り気になった。
 この大きな飴玉を、口いっぱいに頬張る姿を想像するだけで楽しい。

 ヨハンナも、二人みたいなこの赤と黒の混じった飴がいいと思うと店頭の飴を指差し、アランも、ならこのエメラルドのはヨハンナみたいできれいだからいいとたくさん籠に盛る。

 あれがいい、これがおいしそうと、アランと二人で言い合い、楽しい時間が流れた。



 

 
 
 
 
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