偏執の枷〜わたしの幸せはわたしが決める〜

咲木乃律

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第三章

白の神官ニクラス

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 ヨハンナと市場に来ても、ヨハンナから何かを欲しいとねだられることはないとわかっていた。

 だからアランは、近頃ナーバーで人気だという色とりどりの飴を扱う店へとヨハンナを連れてきた。

 安価なものだし選びやすいかと思ったが、ヨハンナはなかなか手を出そうとしない。

 それでも子龍への土産だと言ってやると、ようやく嬉しそうに飴を選びだした。

 一緒に行くと言ったセキとコクには、二人きりで出かけたいのだと言って遠慮してもらった。

 絶対一緒に行きたいと喚いていた二人だが、アランがそう言うと、あっさり前言を撤回し、それならばと厨房へかけていったので、甘い菓子でも所望しにいったのだろう。

 ヨハンナと共に楽しい時を過ごし広場に戻ると、広場には人だかりができていた。

 噴水を背にして立つ人物に大勢の人が群がっている。たくさんの人がいても一際目立つ容姿。何もかもが白い、白の神殿の神官、ニクラスだった。

 ニクラスは差し出される人々の手を一人一人、丁寧にしっかりと握り、頭を垂れる人々の頭にそっと手をかざす。

 ニクラスと握手し、祝福を受けた人々は歓喜し、中には涙まで流している人もいる。

 そばには軍服を着、徽章をつけた兵も立ち警護をしている。

「なんだか物々しいね」

 ヨハンナはその光景が珍しいのだろう。

「神殿の布教活動だよ。ニクラス神官はあの通りの容姿だから白龍の化身だって言われてて信者も多いんだ」

 アランが説明してやると、ヨハンナは「……そうなんだ」と頷く。

 人の流れにはぐれないよう、アランはヨハンナの腰をしっかりと抱き寄せた。

 警護兵の中にマシュー・オルブライトの姿がある。
 本来なら町中の警護は、一部隊を率いる部隊長の仕事ではない。

 兄のブライアンによると彼は熱心な白の神殿の信者であるそうだから、自らかって出たのだろう。

 マシューはべったりとニクラスに張り付いている。

 周囲に鋭く視線を走らせていたが、自分に向けられているアランの姿に気が付き、敬礼の姿勢をとった。

 そのしぐさに横にいたニクラスもアランに気が付き、軽く頭を下げ、こちらに歩いてくる。

 それに従ってニクラスを取り囲む群衆も一緒にこちらへ移動してきて、あっという間にアランとヨハンナは群衆に取り囲まれた。

 ヨハンナは急に大勢の人の輪に入り驚いたのだろう。不安そうにアランの服の裾を握りしめてくる。

「アラン殿下にヨハンナ様。このようなところでお会いするとは奇遇ですね」

 ニクラスは群衆を引き連れていても気にした様子はない。まるで周りに誰もいないかのようにアランとヨハンナへ話しかけてきた。

「大層な人出だな。近頃は白の信者が増えていると聞くぞ」

「ありがとうございます、アラン殿下。お陰様でたくさんの方にこうして白龍の加護を授けることができています。ヨハンナ様へも、白の加護がありますように」

 ニクラスがアランにしがみついているヨハンナの頭に手をかざす。

 とたん、群衆がどよめいた。

「緑龍さまだ……」

「緑龍さまと白龍さまがご一緒におられる……」

 ヨハンナのエメラルドの髪と瞳を見た群衆が、ヨハンナを緑龍の化身だとざわめき出した。

「緑龍さま! 我らにもご加護を!」

 群衆の一人が声を上げると、一斉に声は広がり、四方八方からヨハンナに触れようと手が伸びてくる。

 ヨハンナは怯えてアランの胸にしがみついたが、手は容赦なく伸びてきてヨハンナの頭や背、腰へと触れてくる。

「やめろ! ヨハンナが怖がっている。よせ!」

 アランは両腕にヨハンナを囲ったが防ぎきれるものではない。
 アランの制止の声も誰も聞いていない。

 アランについて来ていた護衛も、これだけ大勢の群衆に取り囲まれればどうしようもない。危害を加えてくるわけではないので、周囲に視線を配りながらも動けないでいる。

 無理に群衆を抜け出そうとするも、それもかなわない。
 そのうち、後ろの方にいた群衆が我先にと前へと強引に割り込み、人の波が崩れた。

 あっと思ったときには数人の人がアランとヨハンナの方へ倒れこんできた。

 アランはなんとか耐えたが、弾みでアランの腕から飛び出したヨハンナが膝をつく。

 そこへも人がわっと押し寄せ、またたく間にヨハンナの姿は群衆に埋もれた。

「ヨハンナ! どこだ!」

 アランは人をかき分け、ヨハンナの倒れた辺りへと突っ込んだ。

 けれどヨハンナがさきほど倒れた場所には見慣れたエメラルドの姿がなく、ただ人だかりがあるだけだ。

「ヨハンナ?」

 アランはすばやく周囲に視線を飛ばした。
 ヨハンナのエメラルドの色は目立つ。
 様々な人種の集まるナーバーでも一際鮮やかな色だ。

 アランは群衆を抜けた先に、その髪色を見つけた。

 側には白の神官服を着たニクラスがいて、ヨハンナの手を引いている。

 あれだけの群衆を一体どうやってひとっ飛びに抜け出したのか。

 不思議だった。

 ヨハンナはふらふらとした足取りで、ニクラスに引かれるままに広場を横切っていく。

「ヨハンナ!」

 アランは声を上げたが、人波のざわめきで届きそうにない。

「どいてくれっ!」

 アランは群衆を強引にかけ分けた。ヨハンナを連れていない一人身なら、少々の無茶は慣れている。

 群衆をかけ分けかき分け飛び出すと、広場から離れていこうとしているヨハンナの手を掴んだ。

「ヨハンナ、大丈夫か?」

「あ……。……?」

 ヨハンナはどこかぼうっとした表情をしていた。

 ニクラスはアランの姿を認めると、ヨハンナの手を離した。

「アラン殿下。大変な群衆でしたね。すみません、私のせいでヨハンナ様を危険な目にあわせてしまいました。ひとまず人のいない安全な場所にお連れしようかと思ったのです」
 
 アランはニクラスからヨハンナを取り返すと、ニクラスをにらみつけた。

「こうなることは予測がついたのではないのか? 上手く群衆を先導し、俺からヨハンナを離れさせるつもりだったのか?」

「そんな滅相もない。このようなことになるとは、思いもしませんでした。私はただ、安全な場所へとお連れしようと」

 ニクラスはおろおろした様子でアランを見てくる。

 他意はなかったのかわからないが、アランは「もうよい」と話を切り上げ、周りを変わらず護衛が取り囲んでいることを確かめ、いまだぼぅっとしたままのヨハンナを抱き上げた。

「屋敷に戻るぞ」

 護衛の一人に告げ、馬車を待たせている場所へと向かった。 
 
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