プレリュード・フィレ

セインツ

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1話・変わり果てた世界で

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誰かの声が聞こえる。
初めての駅。
赤い雪。
人々の悲鳴。
そして。
男の声。
その男はこう言い放った。
お前のせいだ、と。









「っ?!?!」

全身の神経が一気に覚醒したように感じた。身体に電流が流された時のように飛び起きた逢坂は、しばらく何も考えられずにいた。数十秒かけてようやくまともな思考力を取り戻す。

「あれ、俺は・・・・・・」

まずは自分の身体を確認する。服は所々が破れており、肌も薄汚れている。目立った怪我もなく、痛みも感じなかった。とりあえず自分の安全を確認すると、次に過去に意識を向ける。
逢坂は上野駅で電車を降り大学に向かう為に歩き出していた。その日は、初めての大学への登校でとても楽しみにしたのを覚えている。いざ行こうとした時、上空から季節外れの雪が降ってきた。それだけならまだ理解はできるが、その雪は。黒い雨とかは聞いた事はあるが、赤い雪なんて聞いた事も見たことも無い。そんな異常気象に周りも気付き始めた。しかし、その雪に触れた途端、触れた箇所から赤い結晶が生えてきた。人間にも、建物にもとにかく無差別だった。雪なので避けようが無く人々の身体には結晶が生えていった。逢坂も母親と通話していたスマホに結晶が生え、逢坂の右腕にも結晶が生えてしまった。逃げようとしたが、空気を震わせる程の巨大な結晶が空から隕石の様に地表に向かってきた。呆然としていると、後ろから誰かに名前を呼ばれ、激しい衝撃と共に、逢坂は意識を失った。
記憶はそこまで。今目覚めるまでの記憶はそこで途絶えていた。

「あ、あれからどうなったんだ?!・・・スマホ・・・」

逢坂は慌てて傍らにあるはずのスマホを探す。見つけたところでもう使えないのは分かっていた。だが、どうしても確認したい事があった。

「母さん・・・無事だよな?・・・大丈夫・・・きっとこれは・・・」

局地的で一時的なものだ。そう自分に言い聞かせようとした時、上から何かが落ちてきて、逢坂の頭に直撃する。そこまででは無い鈍痛を感じ、手元に落ちてきたものを手に取る。それは、赤い結晶だった。何処から落ちてきたのか、と反射的に場所を確認しようと視線を周りに向ける。

「なんだ・・・・・・これ・・・・・・」

漸く自分が今いる状況に意識を向けることができた逢坂は、また思考を止めてしまう。
その景色は、逢坂が知る日本の景色ではなかったからだ。
逢坂の目の前にある数百メートルはある巨大な結晶は、恐らく最後に見た空から降ってきた結晶だろう。そして後ろを振り向くと、大きな建物があった。至る所に結晶が生え、人気はなく、もはや廃墟と化していたが、崩れ落ちた壁に書かれている文字は辛うじて読めた。「上野駅」と書かれた文字を見て、その建物が漸く自分がいた上野駅であると認識した。そこから考えて、逢坂がいるのは上野駅の広小路口から出た広場だろう。周りの建物にも結晶が生え、中にはいつ倒壊してもおかしくない程破壊された建物があった。
人気のない上野駅周辺を見て、逢坂はとにかく人がいないか探すことにした。

「誰かー!誰かいませんか!いたら返事を・・・」

叫ぶが誰も来ない。しかしそれは無いと考えていた。確かに赤い雪によって外にいた人々には結晶が生えてしまった。だが、元から中にいる人達はどうなったのだろうか。何とか赤い雪から逃げ延びているのでは無いのだろうか。そもそも赤い雪という異常気象に、上野駅周辺がここまで荒廃する程の何かがあの日起きた。政府やメディアに連絡が行かないわけが無い。なのに今逢坂がいる上野駅周辺には人気はなく、電光掲示板にも何も映っていない。情報網すら機能していないのだろうか。
そんな事を考えながら上野駅構内に入る。中もやはり結晶が生え、天井は無くなり、中央改札を出た広い吹き抜けの広場にも人はいなかった。左を見ると翼の像が建っていたが、翼は折れ、無惨にも結晶で埋め尽くされていた。

「今更だけど、この結晶は一体何なんだよ・・・」

少し触れてみようか、と考えるがやめておく。服屋、スーパー、土産屋等を覗くが誰もいない。構内には誰もいない、と諦めかけた時、奥で物音がした。急いで中央改札の方に向かう。すると、もう一度音がした。どうやら東京メトロのホームに繋がる地下への階段から聞こえてくるようだ。人かもしれない、と思い階段を降りていく。

「誰かいるんですか?怪しい者じゃありません!いるなら返事してください!」

しかし向こうからは一向に返事は来ない。怪しい人だと思われているのだろうか。だとしても、怯えすぎてはないだろうか。こっちはちゃんと言葉を発して怪しくないと伝えているし、何より人気がない構内で人がいると分かれば普通は安心して出てくるはずだ。
階段を降りていくと、広めの踊り場に出る。踊り場にもパン屋と輸入商品を扱う店があり、流石東京の駅だと感心して、違和感を感じた。
店は外と同様に破壊されており、人は誰もいなかった。普通なら外と同じ様に結晶によって壊れたと思う。だが、結晶はない。なのに店内の原型を留めない程の破壊。わざわざ人がこんな事をするだろうか。

「人がやったんじゃない・・・?」

不穏な考えを巡らせ、店内を見る。すると、奥の柱に何やら爪痕の様な傷があった。熊などの猛獣が引っ掻いたような傷が。

「嘘だろ・・・上野動物園とかからライオンとか逃げてきたのか?!」

そう思って慌てるが、その考えはすぐに捨てる。あの雪で人間に結晶が生え、もしパニックになっていたら、動物園の動物なんて目もくれずにきっと逃げ出している。何より、人間以外の動物に結晶は生えない、なんて根拠はない。
まだまだ考えたい事はあるが、思考を一旦止める。店の奥から物音が聞こえたからだ。

「あ!誰かいますか?!返事してください!怪しい者じゃありません!俺も何がなんだか・・・」

逢坂は人だと思って声をかけた。しかし、逢坂はある失敗を犯した。
柱についた明らかに人間によるものでは無い傷。先程動物園から逃げ出した猛獣による仕業を自ら否定した逢坂は、もう一つの考えに至る必要があった。
それは。

人でも動物でもないによるものではないかと。

「え・・・・・・?」

ドゴォ!と店を盛大に破壊して何かが飛び出てくる。商品が弾丸の様な速度で巻き散らかされ、壁に当たっては砕け散る。そしてその何かはその勢いのまま逢坂に襲いかかる。逢坂は反応が一瞬遅れたせいで左腕を反射的に防御に使い、盛大に切り裂かれる。

「うわぁぁぁぁ!」

切られた感覚と痛みが同時に襲い、感じたことの無い感覚が身体を支配する。痛みに悶えていると、その何かが姿を現した。
体の輪郭は何やら瘴気のようなものを身に纏っている為、はっきりしないが、両手足ある事から人型であることはわかる。しかし、全身は黒い瘴気に覆われ、身体の至る所から赤い結晶が突き出しており、胸の中心には一際赤く輝く結晶が貫いている。爪は鋭く、目は赤く、まさに「魔物」の様だった。それは人間でも、動物でもない第三の何かだった。柱についていた爪痕は恐らくこの魔物のものだろう。魔物はゆっくりと振り向き、黒目のない赤い目を逢坂に向けると、獲物を見つけたかのように雄叫びを挙げる。

「LOoooooooooooo!」

「っ?!早く!逃げなきゃ!」

聞いたことも無いおぞましい雄叫びを聞くや否や、逢坂は痛みを忘れて必死に地上に向けて階段を駆け上がる。あの魔物がどのくらいの俊敏さを持つのかは分からないが、どちらにしろ閉鎖空間では圧倒的に不利なのは分かりきっていた。
東京メトロに繋がる階段を駆け上がると、上野駅の中央改札前の吹き抜けの広場に出る。

「LOoooooooooooo!」

下から聞こえる雄叫びと破壊音を何とか耳に入れないようにして走る。雨が降り出しており、屋根のない上野駅の吹き抜けの広場には多くの水たまりができていた。後ろを振り向くと、先程の魔物が既に地上に出てきており、真っ直ぐ逢坂を捉えていた。
改めて見ると、魔物の大きさが予想より大きかった事がわかる。3メートルはある瓦礫と同じくらいの大きさだ。人間にとってはそれだけでも十分脅威になる。

「LOooooooooooo!」

雄叫びを挙げ、腕を大きく振りかぶると、瓦礫を破壊して破片を飛ばしてくる。また、同時に身体に生えている鋭い結晶も銃弾の如く発射してきた。

「やばい!あんなのに当たったらひとたまりもないぞ!」

左腕の激痛に耐えながら、身近に立っていた2メートル程の巨大な壁に隠れる。少しするとドン!ドン!と瓦礫と結晶が壁にぶつかる振動が伝わる。瓦礫は防げるだろうが、硬そうな結晶は防げないかもしれない。現に、結晶が壁の端の部分を破壊して貫通していくのが見える。

「くそっ!くそっ!こんなの耐えきれない!」

雄叫びを挙げながらまた結晶を身体から射出する音が聞こえ、壁が振動する。ビキビキ!と壁にヒビが入るのを見て、逢坂は無駄だと分かっていながらも、右腕で壁を押さえる。

「嫌だ!こんなところで死にたくない!」

誰もいないのに、一人で勝手に叫ぶ。

「何も知らないまま!何が起きたのか知らないまま死ぬなんて御免だ!」

自然と右腕に力が入る。

「生き残ったなら!真実を知りたい!どうしてこうなったのか!それまでは死ねるかァァァ!」

叫ぶ。嘘偽りのない本音を、無駄だと分かっていながらも叫ぶ。
右腕の二の腕の辺りが青く光る。
逢坂は何が起きたのか分からないまま、眩しさで目を閉じる。同時に壁に大きくヒビが入るのを見て、そして一際鋭い結晶が飛んでくるのを見て死を覚悟した。

「・・・・・・ん?・・・・・・・・うわっ!」

壁が壊れる音も、結晶が貫いてくる感覚もない。何が起きたのかを確認するために目を開けると、右手で触れた部分がゴムの様に伸びて鋭い結晶を受け止めていた。余程勢いがあったのか、実に数メートル壁がゴムの様に伸びた後、結晶を跳ね返すように壁が結晶を打ち返す。

「LOoooooooo?!」

跳ね返された結晶は見事魔物の左脇腹を抉るように貫通した後、奥にある改札を粉砕した。
逢坂はそれを見ながら何が起きたのかを理解しようとする。

「右手で触ったところがゴムみたいに伸びた・・・そういえばさっき右腕が光った?!」

袖を捲り、右腕を確認する。上げていくと、二の腕辺りに赤い結晶が腕と一体化していた。最初は侵食でもされたかと思い剥がそうとしたが、この結晶が光った後壁がゴムの様に柔らかくなったのを思い出した。

「もしかして、この結晶が?」

もう一度壁に触れるが、既に壁は硬くなっていた。やはり何かの偶然だったのだろうか。落胆して右手を落とすと、水たまりに触れた。

「冷たっ!・・・・・・あれ?」

逢坂は冷たい水に触れたはずだった。しかし、水たまりにあったのは、水ではなく氷だった。他の水たまりを見ると氷なんてないし、そもそも水が凍る程の寒さでもない。何が何だか分からないまま、逢坂は魔物が再び立ち上がるのを見て、とにかく今は外に出ることを優先した。
広小路口から外に出る。相変わらず大きな結晶がそびえ立っていた。すると後ろから雄叫びを挙げながら、壁を破壊しながら魔物が出てくる。

「LOooooooo!」

「まだ来るのかよ!」

先程結晶で抉られた怒りが雄叫びの中に少しだけ感じた。結晶を打ち出してストックは無いと思われていたが、魔物が身体を震わすと、ビキビキ!と音を立てて結晶が再び生える。キノコじゃないんだから、と場違いなことを考えて現実を見る。
射出音と共にまた鋭い結晶が弾丸の様に向かってくる。

「もう一度硬いやつをゴムみたいにして・・・」

そう思って瓦礫の中にある一際大きな壁に隠れ、右腕で触れる。するとまた右腕の結晶が青く光る。良かった、もう一度発動した、と安堵したのも束の間、今度は壁が泥のように液体になって逢坂の前から流れていった。

「はぁぁぁ?!何なんだよこれぇぇ!」

向かってくる鋭い結晶を見て今度こそ死んだ、と思った逢坂は諦めて目を瞑る。
母親はどうなったのだろうか。無事でいるだろうか。
どうしてこうなった。一体何が起こった。
そんな疑問、知りたい事が山積みのまま死んでいくのは少し未練が残りそうだ、と思い身体に衝撃が走る。








逢坂は何者かに後ろに押し倒されていた。
逢坂は何が起きたのか一瞬理解できないまま、目を開けて視線を上げる。視線の先には、セミロングの黒髪を後ろで結った女性が立っていた。
腰には刀だろうか。しかし、服装は刀に似合わない黒の軍服の様な上着、短めのスカートという姿だった。その女性は向かってくる鋭い結晶にも恐れず淡々と述べた。

「驚いたな。まさかまだ未確認の生存者がいたとは。これは、死なす訳にはいかないな」

そう言うと、女性は刀を引き抜き、横に一閃する。すると、あれ程硬そうな結晶をいとも簡単に真っ二つに切り裂いた。二つに分かれた結晶は、物凄いスピードで逢坂の両脇を通り抜け、後ろの建物に盛大に突き刺さる。

「ヒェッ・・・」

悪寒なんてレベルじゃない恐怖を感じ、声にならない短い悲鳴を挙げる。それを聞いた女性は振り向かずに言う。

「死にたくなければ、そこの瓦礫の後ろにでも隠れていてくれ。もちろん、死なすつもりは無いからそこは安心してくれ」

平然と言うと、改めて魔物に向き直る。

「LOooooooo・・・」

「まだあれ程のやつがいたとは・・・・・・やはりもっと警戒と見回りを強化するように進言しないとな」

おぞましい雄叫びを挙げる魔物を目の前にしても、それが当たり前かのように動じない。この女性は一体何者だろうか。
そう考えていると、女性は瓦礫を蹴って魔物に向かう。女性の身体は常人とは思えない程のスピードで飛んでいった。瓦礫が派手に後ろに飛び、逢坂に牙をむく。

「痛たたたた!!うしろぉ!後ろに人がいるんだよ!」

守られている身として言えることは無いが、味方の余波で死にそうになっている。本末転倒じゃないか、と叫びたくなった。
女性は魔物の懐に潜り込むと刀を下から縦に振り上げる。魔物の右腕が肩から切り落とされ、魔物がよろける。魔物もやられまいと身体から結晶を打ち出す。至近距離での弾丸並の速さの結晶を女性はいとも簡単に避け、時には刀で切っていく。その内に今度は左腕を肩から切り落とす。両腕を失くした魔物はバランスを崩して後ろに倒れる。結晶が生えるのだから腕なんか簡単に生えそうな感じだったが、どうやら欠損した身体の一部は再生とかはしないようだった。いや、もしかしたら女性が再生する前に切り落としているのかもしれない。どちらにしろ常人では追えない動きをしている女性と魔物をただ見ているしかできなかった。

「LOooooooooooo!」

女性が上から魔物の頭に刀を突き刺そうとするが、魔物は雄叫びを挙げて胸から一際大きな結晶を打ち出す。女性はそのまま刀で結晶を打ち砕くが、反動で少し宙に浮く。魔物はその隙を逃さず、女性に蹴りを加え、女性と距離をとって立つ。女性もあんな巨体の蹴りをくらったのにも関わらず、軽く着地を決める。女性は少し驚いた様な顔をした。

「中々やるじゃないか。他のやつはそんな芸当できないぞ・・・仕方ない。少し面倒だが終わらせる」

そう言って女性は刀を切っ先が魔物に向くように正面に構える。剣道の心得が無く、正直時代劇とかでしか見たことが無いから逢坂にはよく分からなかった。が、女性はこれであの魔物を倒す。それだけは分かった。
両者はしばらく動かずにいた。どちらもお互いの動きを見ているようだった。
しばらくの硬直の後、先に動いたのは魔物の方だった。

「LOooooooooooo!」

一際大きな雄叫びを挙げると、地面を思い切り蹴って女性に襲いかかる。頭を突き出し、頭から鋭い結晶を生えさせて突き刺そうとしてくる。
それに対し、女性は微動だにせず、ただタイミングを待っていた。
間合い、敵の速度等を見極め、刀を上に振り上げ、上から下に刀を下ろす。
刀は音を立てずに結晶を頭から切り裂き、そのまま頭、胸、股下を垂直に切った。胸にあった大きな結晶が割れる。魔物は悲鳴すら挙げずに、大きく目を開けたまま魔物の身体は塵のように霧散し、風に吹かれて消えていった。
逢坂はあまりの美しさに、しばらく呆気にとられていた。対する女性はふぅ、と軽く息をつくと静かに刀を鞘に戻した。そして逢坂に向き直る。
逢坂は、この荒廃した街に似合わないその女性の美しさに見とれた。凛とした佇まい、顔立ちははっきりしており、どこか決意に満ちている。女性武士がいたらこんな感じだろうか、と思うほどだった。女性は顔を綻ばせると、逢坂に手を差し伸べた。

「いきなりすまなかったな。何しろ急に大きな音がしたもんだから、見に行ったら君とアレがいた。早急に倒さねばならぬ為、少し手荒な真似をしてしまった。立てるか?」

「へ?あぁ、はい」

綺麗な女性とは話したことがない為、声が裏返る。ましてやその手を握るとかはちょっとハードルが高いので自分で立とうとしたが、腰が抜けているのが漸く分かった。恥ずかしいな、とか思いながら女性を見ると女性は微笑んでいた。恐らく腰を抜かしている事も見抜いた上で手を差し伸べたのだろう。あまりの恥ずかしさと不甲斐なさにいっそ殺してくれ、と思いながら手を取って立つ。

「いやぁそれにしても君、さっき見てたけど、もしかして発現者か?だったら是非うちに来て欲しいのだが・・・」

「ちょ、ちょっとすみません!俺も何が何だか・・・発現者?とか何とか言われても、何しろ目が覚めたのもついさっきで・・・」

「えっ・・・?」

女性は逢坂の言葉を聞いて目を丸くする。何かおかしな事でも言っただろうか。そう思っていると、女性は驚きと喜びの混じった笑みを浮かべる。

「重ね重ね驚いたなぁ・・・生存者は全て見つけたと思っていたが、まだ眠っていた生存者がいたとは・・・あぁ、すまない。勝手に一人で納得してしまって」

意外と感情豊かな人なんだな、と思い女性を見る。顔立ちははっきりしており、間違いなく美人の部類に入ると思うが、どちらかというとキツめな印象だった。なのでそのギャップに少し心が和んだ。女性は逢坂に向き直って言う。

「私は加納那美。これも何かの縁だ。いや、というか運命だ。私に見つかったのが運の尽き、このまま着いてきてもらうぞ!」

「へ?ちょっと!なんか勝手に進めてますけど、何がどうなってるのかせめて説明を・・・」

「君の名前は!」

「逢坂那岐です・・・」

「よろしく、那岐くん」

いきなり下の名前呼び、コミュ力高いというか馴れ馴れしいというか一気に美人のイメージが崩れ去った逢坂に対し、加納那美と名乗った女性は逢坂の手を取る。

「大丈夫。君が知りたい事も教える。この世界で何が起きたのか、今の状況はどうなっているのか」

逢坂に向けられた真っ直ぐな目は嘘を言っているようには思えなかった。

「真実が知りたいなら、着いてくるんだ。この世界で生きていくと決めたなら」

「・・・・・・分かりました」

この世界がどうなっているのか。知りたくないわけが無い。もしかしたらあの日、あの雪で死んでいたかもしれない。いや、多くの人はきっとそうだったのだろう。何が起きたのかもわからずに死んでいく。
しかし、逢坂は生き残った。なら、生き残った者の、この世界に生きる者の責務はきっと真実を知る事だと思う。逢坂はそれを知るべく、加納那美に着いていくことにした。


「それと着いていくんで、手を離してもらってもいいですか?」

「おや?経験は少なめか?これは失敬、配慮が足りなかった」

「べべべべべ別に陰キャで女性慣れしてないとかそんな事ありませんから!」

かっこよく決意を決めたのに、直ぐに辱めに突き落とされる理不尽さに泣きながら、逢坂は加納と共に変わり果てた世界を歩く。


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