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第一章 回り出した歯車
身体の震え
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騎士の男に抱えられたまま、村の出口へと運ばれていたラズリは、騎士が歩を進めるたび周囲の景色が見知らぬものへと変わっていくことに驚いていた。
既に自分は十年以上もこの村に住んでいて、知らない場所などないと思っていたのに、今目の前に広がる景色は何なのだろう。
村の外へ出てはいけないという祖父の言葉を遵守するあまり、ラズリは今まで村の外側にある草むらさえも越えたことはなかったから、ただ草むらを越えただけで、ここまで周囲の景色が違うものになるなど思いもしていなかった。
騎士の行く先には樹木が生垣のように張り巡らされており、その間に一部だけ、かろうじて人一人が通り抜けられる程の隙間が空いている。
恐らくそこが村の出入口なのだろう。普段は雑草などで分からないように擬態されているらしく、その隙間に生えていたであろう草はその殆どが踏み倒され、門のような役割を果たしているであろう樹木には、内側に擦れたような傷が幾つもついていた。
明らかに、何人もの人間がその場所を無理矢理通った証。
あそこを越えたら、本当に村の外に出てしまう……。
以前は外に出ることを切望していたにも関わらず、それが現実のものとなった途端怖くなって、思わずラズリは身を震わせた。
「どうした?」
ラズリの震えに気付いたらしい騎士が、上から声をかけてくる。聞かれたところで口に布を詰められている為答えられないのだが、騎士は兜越しにこちらを見つめ、答えを待っているようだ。
待たれたところで「うー」とか「んー」とか言うのが関の山なのだが、果たしてそれで良いのだろうか?
それともこの男は、言葉にならない声を解読する特技でも持っているとか?
声すら出さず、ラズリが無言で見つめていると、返事がない事を疑問に思ったのか、男は更に言葉を重ねてきた。
「急に震えて……今更怖くなったのか?」
だから、質問するなら先に口内の布を取ってよ、と言ってやりたい。けれど言えないから睨む事しかできず、目の前の男を腹立たしく思う。
もしかしたら、わざとやっているのでは? と疑いたくなってしまう程だ。
しかしラズリは、村から連れ出される事が怖くなって震えた──などと知られたら馬鹿にされそうな気がして、結局無言で首を横に振った。
「え、違うのか。じゃあ……まさか、生理現象か?」
はあ!?
思わず声を出し掛けたが、堪えた自分を褒めてあげたい。
どこをどうしたら、そんな疑問が出てくるわけ? というか、そんな事を口にしないで欲しいと思う。
王宮騎士には、デリカシーというものは存在しないのだろうか? 女性相手に何の遠慮もなく、生理現象と口にするなどあり得ない。それとも王宮騎士団は男所帯みたいだから、仕方がないとか、そういう事だったり?
でも、考え方によっては有りかも……。
あり得ないと思いながらも、これは使えるかもしれない、とラズリは思い直す。
生理現象のせいで震えたなんて、もしそれが本当であったとしても答えは当然『否』だが、もしも『是』と答えたら、少しの間だけでも縛めを解いてくれるのではないだろうか?
無論そうしてくれない可能性もあるが、それでも僅かながらでも可能性があるなら、それに賭けてみても良いかもしれない。ならばここは、恥を忍んで頷くだけだ。どうせ相手はデリカシーも何も持っていないらしい王宮騎士なのだから、気にする必要はないだろう。
そう結論を出しつつも、けれどやっぱり恥ずかしさが捨てきれず僅かながら躊躇して、それからラズリは勇気を出すと、ゆっくり分かりやすく、男に向かって頷いた。生理現象によって震えた、ということを騎士に分かってもらう為に。
「やっぱ、そうか」
それを見た騎士の男は、納得したようにラズリを地面に下ろすと、素早い動作で手足の縄を解きにかかった。その見るからに慣れた様子に、普段からやっているだろう事が窺える。
無論、彼は仕事として悪人などを捕らえる事も当然あるだろうし、縄を縛ったり解いたりする事に慣れているからといって、疑うつもりはないが、それでもやはり、他の村や町でも自分と同じような娘達を同じように攫っているのでは? と不安になってしまう。
これから自分が連れていかれる所は、本当に王宮なのだろうか? 自分は本当に用が済んだら村へ帰してもらえるのだろうか?
考え始めればキリがなくて、ついその気持ちのまま男に視線を向けると、目が合う前に身体の向きを変えられた。そしてそのまま、襟の後ろを力強く掴まれる。
「いいか? 暫くの間だけ、俺様は後ろを向いていてやる。だからお前はその間に用を足せ。……逃げようなんて考えるなよ」
気持ちは分かるが、こんな風に襟元を掴まれた状態で、どうやって逃げ出すと言うのだろうか。ついでに言えば、本当に用を足したかったとしても、これ程の近距離で異性に襟を掴まれていたら、普通にできない。たとえそれが同性であったとしても、恥ずか死ぬ。
あまりにも、女の扱い方を知らなさ過ぎるでしょ……。
そう思うと同時に、この男相手に逃げ出す事など不可能だと、ラズリは悟った。
口から外した布をその場に落とし、ゴミにならないようハンカチを出して包む。逃げられない事に絶望し、大きなため息を吐いた刹那──。
草むらを掻き分ける音が聞こえた。
既に自分は十年以上もこの村に住んでいて、知らない場所などないと思っていたのに、今目の前に広がる景色は何なのだろう。
村の外へ出てはいけないという祖父の言葉を遵守するあまり、ラズリは今まで村の外側にある草むらさえも越えたことはなかったから、ただ草むらを越えただけで、ここまで周囲の景色が違うものになるなど思いもしていなかった。
騎士の行く先には樹木が生垣のように張り巡らされており、その間に一部だけ、かろうじて人一人が通り抜けられる程の隙間が空いている。
恐らくそこが村の出入口なのだろう。普段は雑草などで分からないように擬態されているらしく、その隙間に生えていたであろう草はその殆どが踏み倒され、門のような役割を果たしているであろう樹木には、内側に擦れたような傷が幾つもついていた。
明らかに、何人もの人間がその場所を無理矢理通った証。
あそこを越えたら、本当に村の外に出てしまう……。
以前は外に出ることを切望していたにも関わらず、それが現実のものとなった途端怖くなって、思わずラズリは身を震わせた。
「どうした?」
ラズリの震えに気付いたらしい騎士が、上から声をかけてくる。聞かれたところで口に布を詰められている為答えられないのだが、騎士は兜越しにこちらを見つめ、答えを待っているようだ。
待たれたところで「うー」とか「んー」とか言うのが関の山なのだが、果たしてそれで良いのだろうか?
それともこの男は、言葉にならない声を解読する特技でも持っているとか?
声すら出さず、ラズリが無言で見つめていると、返事がない事を疑問に思ったのか、男は更に言葉を重ねてきた。
「急に震えて……今更怖くなったのか?」
だから、質問するなら先に口内の布を取ってよ、と言ってやりたい。けれど言えないから睨む事しかできず、目の前の男を腹立たしく思う。
もしかしたら、わざとやっているのでは? と疑いたくなってしまう程だ。
しかしラズリは、村から連れ出される事が怖くなって震えた──などと知られたら馬鹿にされそうな気がして、結局無言で首を横に振った。
「え、違うのか。じゃあ……まさか、生理現象か?」
はあ!?
思わず声を出し掛けたが、堪えた自分を褒めてあげたい。
どこをどうしたら、そんな疑問が出てくるわけ? というか、そんな事を口にしないで欲しいと思う。
王宮騎士には、デリカシーというものは存在しないのだろうか? 女性相手に何の遠慮もなく、生理現象と口にするなどあり得ない。それとも王宮騎士団は男所帯みたいだから、仕方がないとか、そういう事だったり?
でも、考え方によっては有りかも……。
あり得ないと思いながらも、これは使えるかもしれない、とラズリは思い直す。
生理現象のせいで震えたなんて、もしそれが本当であったとしても答えは当然『否』だが、もしも『是』と答えたら、少しの間だけでも縛めを解いてくれるのではないだろうか?
無論そうしてくれない可能性もあるが、それでも僅かながらでも可能性があるなら、それに賭けてみても良いかもしれない。ならばここは、恥を忍んで頷くだけだ。どうせ相手はデリカシーも何も持っていないらしい王宮騎士なのだから、気にする必要はないだろう。
そう結論を出しつつも、けれどやっぱり恥ずかしさが捨てきれず僅かながら躊躇して、それからラズリは勇気を出すと、ゆっくり分かりやすく、男に向かって頷いた。生理現象によって震えた、ということを騎士に分かってもらう為に。
「やっぱ、そうか」
それを見た騎士の男は、納得したようにラズリを地面に下ろすと、素早い動作で手足の縄を解きにかかった。その見るからに慣れた様子に、普段からやっているだろう事が窺える。
無論、彼は仕事として悪人などを捕らえる事も当然あるだろうし、縄を縛ったり解いたりする事に慣れているからといって、疑うつもりはないが、それでもやはり、他の村や町でも自分と同じような娘達を同じように攫っているのでは? と不安になってしまう。
これから自分が連れていかれる所は、本当に王宮なのだろうか? 自分は本当に用が済んだら村へ帰してもらえるのだろうか?
考え始めればキリがなくて、ついその気持ちのまま男に視線を向けると、目が合う前に身体の向きを変えられた。そしてそのまま、襟の後ろを力強く掴まれる。
「いいか? 暫くの間だけ、俺様は後ろを向いていてやる。だからお前はその間に用を足せ。……逃げようなんて考えるなよ」
気持ちは分かるが、こんな風に襟元を掴まれた状態で、どうやって逃げ出すと言うのだろうか。ついでに言えば、本当に用を足したかったとしても、これ程の近距離で異性に襟を掴まれていたら、普通にできない。たとえそれが同性であったとしても、恥ずか死ぬ。
あまりにも、女の扱い方を知らなさ過ぎるでしょ……。
そう思うと同時に、この男相手に逃げ出す事など不可能だと、ラズリは悟った。
口から外した布をその場に落とし、ゴミにならないようハンカチを出して包む。逃げられない事に絶望し、大きなため息を吐いた刹那──。
草むらを掻き分ける音が聞こえた。
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