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第七章 不可思議な力
不可思議な札
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「今となっては、どうしようもないけれど……」
考えたところで詮無いことだとは分かっている。今更どうにもできないことも。
しかし考えずにはいられないのだ。あの時ああしたら、こうであったら、と──。
氷依はミルドによって捕えられる直前まで、自分には強い力があると自負していた。その力があるからこそ、求めていた魔神の配下となることが認められ、その派閥に加わることができたのだと。
なのに現実はたった一枚の札のせいで人間によって簡単に捕えられ、隷属することを余儀なくされている。
それでも最初は自分の持ちうる能力の限りを使って抵抗したのだ。
「誇り高い魔性であるわたくしが、人間如きに従うわけがないでしょう⁉︎」
そう言って大暴れし、自分の身に僅かばかり残された魔力でもって周囲の人間達を氷漬けにし、尽きかけた魔力のせいで足取りがおぼつかないながらも必死で逃げた。
人間などに捕まって慰み物にされるぐらいなら、死んだ方がマシ。だから、どんなに無様であろうとも絶対に逃げ出してやるわ──。
そんな思いを抱えながら王宮の中を彷徨い続け、とうとう魔力切れを起こして床へと這いつくばってしまった氷依の耳に、何者かの足音が聞こえてきたのは丁度その時。
「……おや? こんな所で寝ていたら、如何に魔性といえども身体によくないよ?」
そう声を掛けてきた人の声は、とても美しく、澄んだ響きをもっていた。
声を聞いただけでは男とも女とも判別できない高さでありながら、耳に心地よく、脳に直接揺さぶりをかけてくるかのような魅力に満ち溢れた声。
それを聞いた瞬間、氷依の脳裏には『終わった』という言葉が浮かんだ。何故なら、自分はこの声の主には逆らえない──強くそう感じてしまったから。
その後、そう考えた彼女の予想通り、その声の主による命令は、氷依がどんなに嫌がろうとも、拒否しようとも、突っぱねることはできなかった。口や態度では拒否することができても、彼に見つめられると言うことを聞きたくなってしまう。彼の望む通りにしたいと思ってしまう。
そんな魅力を、声の主である男は身体全体から放っていて。
今のように距離を置いて離れていても逃げ出そうと思えないのは、どうしようもなく氷依が彼に惹かれてしまっているせいだ。
自分には、他にちゃんとした主がいるのに。氷依に配下である証たる名前と、氷の能力を授けてくれた、尊いお方がいるというのに。
それが分かっていながら、どうしても逃げ出せない。逃げようと思うことができない。
逃げて──彼の黄金の瞳に二度と見つめられなくなると思ったら、全身が恐怖で竦み上がってしまうほどには焦がれている自覚があるから。
どうしたって逃げ出せない。
本来の主の元へは戻れない。
本来の主である御方よりも、黄金の瞳に自分の姿が映ることを切望してしまうから──。
「こんなわたくしを見たら、あの御方はどう思うのかしらね……」
自嘲の笑みを浮かべ、氷依は徐に前髪を掻き上げる。
せめてもの償いとして、不可思議な札の情報だけでも本来の主へともたらしたかった。
魔性にとって脅威となるそれは、今後確実に魔性と人間との関係性を変えていくに違いないから。
とはいえ、その──恐らく最初の──犠牲者となった氷依でも、未だ札の情報は殆ど掴めてはいない。
札について知っていることといえば、魔性の生命の源ともいえる魔力を際限なく吸収することができる──ということぐらいだ。
氷依がその札をミルドによって身体に貼りつけられ捕まった際には、幸いにも命までは奪われなかった。魔力をほぼほぼ吸い取られ、動くこともままならぬほどの状態に陥りはしたが、それでも死ぬことはなかったのだ。
しかし最悪の場合、あの札に全ての魔力を吸い取られて死ぬことも、あるかもしれない。
ミルドと対峙した時のアランのように──。
「……そういえばあの時、ミルドという男は何枚か札を持っていたはずよね……」
もしもそれがミルドがアランに殺されかかったことで反応して、彼に貸し与えられた魔性の力を吸い取ったのだとしたら、あの時の不可思議な現象の説明がつく。尤も、アランが身に纏った黒い靄は、搾り滓すら残らぬほどに札へと完全に吸い尽くされ、それに加えて人間の命の源である生気さえも吸い取られたかのように思えたから、札が吸収するのは魔力だけではないのかもしれないが。
実際のところ、アランの生命力は札によって吸い取られたのか、黒い靄を身に纏った弊害なのかはハッキリとしていない。それでも氷依には、どうしても札が無関係だとは思えなかった。
「あの札のことを詳しく調べるには、どう動くのが一番良いのかしら……」
札に触れた瞬間、魔力を吸い取られてしまう関係上、氷依は札には触れない。けれど素直に教えて欲しいとミルドに言ったところで、警戒されるのは目に見えている。
だからこそ氷依は仲間のもとへ行くミルドにはすぐについて行かず、残ってアランの身体をよくよく観察することにしたのだが、残念ながら分かることは一つもないという結果になってしまった。
考えたところで詮無いことだとは分かっている。今更どうにもできないことも。
しかし考えずにはいられないのだ。あの時ああしたら、こうであったら、と──。
氷依はミルドによって捕えられる直前まで、自分には強い力があると自負していた。その力があるからこそ、求めていた魔神の配下となることが認められ、その派閥に加わることができたのだと。
なのに現実はたった一枚の札のせいで人間によって簡単に捕えられ、隷属することを余儀なくされている。
それでも最初は自分の持ちうる能力の限りを使って抵抗したのだ。
「誇り高い魔性であるわたくしが、人間如きに従うわけがないでしょう⁉︎」
そう言って大暴れし、自分の身に僅かばかり残された魔力でもって周囲の人間達を氷漬けにし、尽きかけた魔力のせいで足取りがおぼつかないながらも必死で逃げた。
人間などに捕まって慰み物にされるぐらいなら、死んだ方がマシ。だから、どんなに無様であろうとも絶対に逃げ出してやるわ──。
そんな思いを抱えながら王宮の中を彷徨い続け、とうとう魔力切れを起こして床へと這いつくばってしまった氷依の耳に、何者かの足音が聞こえてきたのは丁度その時。
「……おや? こんな所で寝ていたら、如何に魔性といえども身体によくないよ?」
そう声を掛けてきた人の声は、とても美しく、澄んだ響きをもっていた。
声を聞いただけでは男とも女とも判別できない高さでありながら、耳に心地よく、脳に直接揺さぶりをかけてくるかのような魅力に満ち溢れた声。
それを聞いた瞬間、氷依の脳裏には『終わった』という言葉が浮かんだ。何故なら、自分はこの声の主には逆らえない──強くそう感じてしまったから。
その後、そう考えた彼女の予想通り、その声の主による命令は、氷依がどんなに嫌がろうとも、拒否しようとも、突っぱねることはできなかった。口や態度では拒否することができても、彼に見つめられると言うことを聞きたくなってしまう。彼の望む通りにしたいと思ってしまう。
そんな魅力を、声の主である男は身体全体から放っていて。
今のように距離を置いて離れていても逃げ出そうと思えないのは、どうしようもなく氷依が彼に惹かれてしまっているせいだ。
自分には、他にちゃんとした主がいるのに。氷依に配下である証たる名前と、氷の能力を授けてくれた、尊いお方がいるというのに。
それが分かっていながら、どうしても逃げ出せない。逃げようと思うことができない。
逃げて──彼の黄金の瞳に二度と見つめられなくなると思ったら、全身が恐怖で竦み上がってしまうほどには焦がれている自覚があるから。
どうしたって逃げ出せない。
本来の主の元へは戻れない。
本来の主である御方よりも、黄金の瞳に自分の姿が映ることを切望してしまうから──。
「こんなわたくしを見たら、あの御方はどう思うのかしらね……」
自嘲の笑みを浮かべ、氷依は徐に前髪を掻き上げる。
せめてもの償いとして、不可思議な札の情報だけでも本来の主へともたらしたかった。
魔性にとって脅威となるそれは、今後確実に魔性と人間との関係性を変えていくに違いないから。
とはいえ、その──恐らく最初の──犠牲者となった氷依でも、未だ札の情報は殆ど掴めてはいない。
札について知っていることといえば、魔性の生命の源ともいえる魔力を際限なく吸収することができる──ということぐらいだ。
氷依がその札をミルドによって身体に貼りつけられ捕まった際には、幸いにも命までは奪われなかった。魔力をほぼほぼ吸い取られ、動くこともままならぬほどの状態に陥りはしたが、それでも死ぬことはなかったのだ。
しかし最悪の場合、あの札に全ての魔力を吸い取られて死ぬことも、あるかもしれない。
ミルドと対峙した時のアランのように──。
「……そういえばあの時、ミルドという男は何枚か札を持っていたはずよね……」
もしもそれがミルドがアランに殺されかかったことで反応して、彼に貸し与えられた魔性の力を吸い取ったのだとしたら、あの時の不可思議な現象の説明がつく。尤も、アランが身に纏った黒い靄は、搾り滓すら残らぬほどに札へと完全に吸い尽くされ、それに加えて人間の命の源である生気さえも吸い取られたかのように思えたから、札が吸収するのは魔力だけではないのかもしれないが。
実際のところ、アランの生命力は札によって吸い取られたのか、黒い靄を身に纏った弊害なのかはハッキリとしていない。それでも氷依には、どうしても札が無関係だとは思えなかった。
「あの札のことを詳しく調べるには、どう動くのが一番良いのかしら……」
札に触れた瞬間、魔力を吸い取られてしまう関係上、氷依は札には触れない。けれど素直に教えて欲しいとミルドに言ったところで、警戒されるのは目に見えている。
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