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第一章 旦那様と仲良くなりたい

デートなんかじゃありません

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 公爵家の邸宅へと無事に帰り着いた後、私はリーゲル様に言われるがまま、彼の自室へと足を踏み入れていた。

 結婚してから初めて入室を許可された聖地に、胸が高鳴る。

 つい先程まで、この世の終わりとばかりに凹みまくっていたくせに、我ながら単純だ。

 でも、それ程までに大好きな人の部屋というのは魅力的で。

 ここがリーゲル様の部屋。センスが良い、いい匂いがする、この部屋の空気で身体中を満たしたい。

 感情の赴くまま、部屋の持ち主にバレないよう細心の注意を払い、深呼吸して体内の空気を入れ換える。

 同じ邸の中なのに、ここだけ空気が他とは違う気がする──そんな風に思ってしまう。

 思わず目を閉じて空気を吸い込むことに集中していたら、いつの間にか近くに来ていた家令に「まずはお座り下さい」と促された。

 そうだった、用事があるからリーゲル様は私を自室へと通して下さったのよね。つい浮かれて忘れるところだったわ。

 既にソファへと腰掛けているリーゲル様の斜め前──正面なんてとんでもない!──に座り、精一杯の笑みを浮かべる。

 しかし当然ながら彼はにこりともせず、私が腰を落ち着けたのを見計らうと、徐に口を開いた。

「実は、一つ君に聞きたいことがあってな。馬車の中でする話ではないと思ったので、こうして部屋まで来てもらったんだ」

 リーゲル様の目が、真っ直ぐに私を射抜く。

 これは間違いなく、尋問を始められる合図だ。

 私だって、馬車の中のたったあれだけのやり取りで誤解が解けた、などと思っていたわけでは勿論ない。

 泣きそうになって謝罪した後はずっと無言のままだったから、もしかして許してもらえた? と楽観的に考えていた部分もあったにはあったけれど。やはり、そうは問屋が下ろさなかったらしい。

 逃げられなかったか、という残念な気持ちと、一体何を聞かれるのか、という緊張が混ざり合い、身を固くする。

 恐る恐るリーゲル様を見つめると、何故だか彼は若干言いにくそうな様子で言葉を紡いだ。

「……で、私が聞きたいことと言うのはな、その……君が公園に行った理由についてなんだが──」
「へっ?」

 思わず、私の口から淑女らしからぬ声が出た。

 まさか、そんなことを聞かれるとは思わなかったから。

 だって、浮気をする、しないに、場所は関係なくない?

 いや、関係なくはないか。でも、浮気相手となりえる相手の家だとか、不貞を致すための場所であるとかならまだしも、公園に行った理由なんてどうでも良いんじゃ? と思ってしまう。

 だって公園だったら、普通に気晴らしや散歩とかで行ったりもするしね?

 実際私は勉強で煮詰まった際の気晴らしに、学院内の庭園を一人で散歩することがよくあった。

 あそこは高位のお貴族様達も使用していたから、自分の概念は間違っていない筈だ。

 でも、もしかしたら私の知らない公園の使用目的があるのかもしれない。

 だったら安易に答えるよりも、まず先にそれを確認した方が良いだろうと考えて、私はリーゲル様に質問することにした。

「因みになんですけど、公園って、浮気者達の憩いの場……みたいな使用目的はないですよね?」
「はあっ?」

 あれ、今度はリーゲル様の口から、とても公爵様とは思えない声が発せられたぞ。

「も、もしかして君は、公園がそういう場所だと思ったから他の男と──」
「そんなわけないじゃないですか!」

 食い気味に否定した。しかも、かなり大きい声で。

 これだけは認めるわけにはいかない。寧ろ認めたら負けだから。

 でもリーゲル様の様子から察するに、やっぱり『そういう意味』での使用目的はなさそう……かな。

 でも、だったら何で彼は私が公園に行った理由なんかを知りたがるんだろう?

 全くもって意味が分からない。

 分からないままでは気分が悪いので、私はその気持ちをそのままリーゲル様にぶつけた。

「なら、どうして私が公園に行った理由なんて聞くんですか? 外出は自由な筈です。私が何処へ行こうが関係ないじゃないですか」
「確かに、それはそうだが……」

 言葉に詰まるリーゲル様。

 今だ!

 ここぞとばかりに私は畳みかけようとしたのだが、如何せん、リーゲル様の方が僅かに早かった。

「しかしだ! 君は今日、公園で男と会おうとしていただろう。馬車の中で『そんなつもりではなかった』と聞いたが、では一体どういうつもりであったのか、私には聞く権利があると思うが? 違うか?」
「うっ……」

 それを言われると、言い返せない。

 ついさっきまで言いにくそうにしていたくせに、突然早口になって問い詰めてきた理由は何なんだろう? この短時間の間に、リーゲル様の中で何があったというのか。

 現実逃避よろしく、つい余計なことを考えてしまう。

「ええと……その、公園には気晴らしのために行ったのですが……」

 私の外出は自由で、誰と何処で何をしようとリーゲル様に口を出す権利はないが、唯一浮気が絡む場合だけは例外だ。

 今回、誓って浮気をする気なんてなかったけれど、それはあくまで私の気持ちの問題であり、傍目には浮気ととられても仕方のない状況であったのだから、いくら私が浮気じゃないと言い張ったところで言い訳にしかならないし、信じてもらえないのは当然だろう。

 だからこそリーゲル様は公園に行った理由を知りたがったのだと、その時になって漸く気付いた。

 気付いたが、だからといって素直に理由を話すかどうかは別問題で。

 何て説明しようか考えあぐねていたら、待ちくたびれたらしいリーゲル様に突っ込まれた。

「気晴らしに男が必要だったのか? だとしたら、やはり浮気──」
「だから違います!」

 だ、駄目だ。変に誤魔化そうとすると、すぐ浮気に結びつけられてしまう。

 恥ずかしすぎるから本当の理由は絶対口にしたくないけど、浮気だと思われるのは心外だ。何としても、違う方向へ話を持っていかないと。

「最初は侍女と二人だけで行くつもりだったんです。でも、女二人では危険だと侍女の恋人の方に言われてしまい、急遽四人で行くことに──」
「そういうのを『ダブルデート』と言うのだろう? それぐらい私だって知っている」

 なんですか、そのドヤ顔は。

 なまじ顔が整っているだけに、ドヤ顔されると無性に腹立たしい。

 って、本題はそっちじゃない。ダブルデートって何ですか。

 こっちは初恋がリーゲル様で、でもお姉様の婚約者だったから、そこですぐさま気持ちを封印して後、誰のことも好きになれずにこの歳まで生きてきたというのに、その私がダブルデートですって?

「そんなこと、あるわけないじゃないですか」

 何故だか声が震える。

 ずっとずっとリーゲル様が好きだった。

 そんな私が他の人とデートなんてするわけがない。

 なのにリーゲル様は、私の気持ちなんてお構いなしで無神経な言葉を紡ぐのだ。

「しかし、男女二人ずつで会おうとしたのは事実だろう。それではデートと思われても仕方ない──」
「デートじゃないって言ってるでしょ!」

 つい、大声を出してしまった。

 突然のことに驚いたのか、リーゲル様が動きを止めている。

 こんな風に興奮して大声を出すのは、淑女としてあるまじきことだ。だけど私は、大好きな人から発せられる疑いの言葉と眼差しに、もう我慢ができなかった。

「そんなに知りたいなら本当のことをお話しします。ですからもう絶対に『デート』などという言葉は使わないで下さいませ。宜しいですね?」

 リーゲル様を睨むように見つめ、低い声で問う。

「わ、分かった。真実を話すと誓うなら、私も二度とあのような言葉は使わないと約束しよう」

 何度も首を縦に振りながらの返答に、私は小さな頷きで応える。

 猛烈に恥ずかしいけど、こうなってはどうしようもない。

 私はリーゲル様に真実を話す覚悟を無理矢理にでも決めるしかなかった。




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