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2 彼への贈り物
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そして迎えた、貴族学園の入学式。
新入生代表の挨拶をするのはレスターだ。
婚約者の私が言うのもなんだけれど、レスターは文武両道、長身痩躯で見目麗しい。
真っ青な長い髪を首の後ろで一つに束ね、キリッとした緑柱石色の瞳を持つ彼は、婚約者としての贔屓目を抜きにしても、非の打ち所のない格好良さだ。そんな彼が新入生代表として壇上へ上がり、全校生徒に向かって顔を向けた時の、全体の反応といったらもう──凄かった。
そこかしこで黄色い声が──みんな懸命に抑えているようだったけれど、抑えきれていなかった──あがり、彼方此方から「格好良い……」「あのお方はどちらのご令息かしら?」と言う声が漏れ聞こえてくる始末。どうやらレスターは、入学初日で学園中の令嬢達の心を鷲掴みにしてしまったらしい。
「あの方は私の婚約者なんです!」
と大声で言えたら、どんなに良いか。けれども、それを学園で話す事は当の本人に禁じられている為、私は歯を食いしばって耐えるしかない。
レスターに婚約者がいないと知られれば、婚約者のいない令嬢達は、こぞって彼へと狙いを定めることだろう。
学園入学時に婚約者がいない高位貴族の令嬢は『問題あり』と捉えられても、令息はそれに当て嵌まらないのだから。
加えて、現在婚約者のいない令嬢達は、ほぼ全員が低位貴族。侯爵令息という彼の立場だけを取っても、魅力的すぎる嫁ぎ先だ。故になにがなんでも婚約者にしてもらおうと、彼女達は懸命にアプローチをかけることだろう。
こんなの、絶対他の人に盗られてしまうわ……。
入学式前にクラス分けの表を見に行った時、さり気なく周りに目を向けると、そこには私よりも可愛いご令嬢達が大勢いらっしゃった。
吊り上がった紫色の瞳のせいで、「怖い」と怯えられることの多い私とは違い、本当に可愛らしいご令嬢達。
彼女達の髪は陽の光に艶めいて柔らかそうで、ゴワゴワしてくすんだ灰色をした私の髪とは、髪質からして全然違う。身長だって、女にしては高身長な私とは違い、小さくて愛らしいし……。
そんな令嬢達を見ていたら、レスターが私と婚約関係であることを学園内で知られたくないと言った理由が、分かるような気がした。
私より可愛い子はたくさんいる。ある程度の年齢になり、王太子殿下の側近候補として、王宮へと頻繁に通うようになったレスターは、そこで私以外の令嬢と出会ったのかもしれない。
そして他の令嬢達の可愛らしさを知って、婚約者の私に幻滅した。だから私達の婚約を隠して学園に入学し、新しい婚約者を探そうと考えたのではないだろうか。
それが上手くいけば、私のような訳あり令嬢を妻にしなくても良くなるわけで。そうしたらレスターは無用な醜聞からも逃れられるし、彼が望む通りの妻も迎えられて、一石二鳥ということになる。
ただ、反面私は一人だけ多大な被害を被り、下手したら、まともな婚姻すら望めなくなるかもしれないけれど。
「そんな酷いこと、レスターがするかしら……?」
そこだけが、腑に落ちなかった。
優しい性格の彼が、九年間も婚約者として関係を続けてきた私に対し、そんな非人道的な真似をするとは思えない。いくら彼にとって私との婚約が意に沿まぬものであったとしても、今まで特に何かを言ってくることもなかったし、それこそ子供の頃は、幸せで満ち足りていたのだ。
あの頃の私は、レスターが私にプロポーズしてくれたことで、彼自身の気持ちも当然そこにあると思っていたし、彼も私との結婚に同意したからこそ、プロポーズをしてくれたのだと思っていた。
けれど今思えば、あれは分別のない子供が、単に親の言いなりになっただけのものであったのかもしれないと気付かされた。私へのプロポーズはレスター自身の意思ではなく、親に言われるがままに言葉を覚えさせられ、強制的に私へと婚約を申し込まされたものだったのかもしれないと。
私は自分の意思でレスターからの婚約を受け入れたけれど、彼の方はそうでなかったとしたら、話が違ってくる。
レスターと両想いだと思っていたからこそ、私は今まで彼の気持ちを口に出して聞いたことはなかった。そんなことをしなくても、彼は私と同じ気持ちで居てくれていると思っていたから。
けれどそれは逆に言えば、彼が自主的に気持ちを口にしてくれたことはない、ということでもあって。
もしかしたら私、レスターに好かれていなかったのかも……。
今更ながら、そんな考えに至ってしまい、愕然とした。
最近、お茶会や食事会がレスターの都合によってずっと延期にされているのも、実はその辺りのことが関係しているからかもしれない。もしそうだったら、どうしよう。
レスターはそんな自分勝手なことはしないと思いつつ、胸に抱いた不安を拭う事ができない。
例えそれが真実であったとしても、私には彼を責める権利などないし、文句を言えるような立場でもないのだから。
私達の婚姻が、家と家との利益を考慮した政略結婚の間柄であるなら、茶会などの義務を疎かにするような、勝手な真似は許されなかっただろう。
けれど私達は政略結婚でも何でもなく、単に親同士の安易な考えによって結ばされただけの婚約者であり、そこには家同士の利益もなければ、婚戚目当てといった目的もない。
だから私達の婚約を反故にしたところで何の問題も──私の婚約者探しを除けば──ないし、家族間の付き合いにもヒビが入る事などないのだ。
「だったら……いっそのこと婚約破棄しちゃうとか?」
小さな声でポツリと呟いた瞬間──。
「え、何? 今なんか言った?」
突然隣から声を掛けられ、驚いた私は思わず大声をあげそうになった。
「しーーっ!」
が、声を掛けてきた青年が口の前に人差し指をたてたことで、咄嗟に口を覆って堪える。
いけない、今はまだ入学式の最中だったわ。
考え事に没頭し過ぎて、ついその事を忘れかけていた。いけない、いけない。
何となく気まずさを感じて壇上へ顔を向けると、既にレスターは自分のクラスの列へと戻ってしまったようで、今は学園長らしき人が、長々とご高説を垂れているところだった。
AクラスとDクラス、教室さえも別々になってしまった私達は、これから本当に見ず知らずの他人として、学園生活を送って行くことになる。モテるレスターはその間に好みの令嬢を見つけ、愛し合い、私と婚約破棄をして、その令嬢と今度こそ自分の意思で婚約をするのだろう。
それを今か今かとビクビクしながら待つなんて、私の性には合わない。そんな事をするぐらいなら、此方から先に婚約破棄してしまった方がよっぽどマシだ。
そうした方が私もレスターへの気持ちに区切りがつけられるし、私は私で、何の気兼ねもなく新たな婚約者を探す事ができるから。
「……うん、そうしよう」
小さな声で呟き、私は両手をぐっと握りしめる。
正直レスターと別れるのは辛いけど、私みたいな何の魅力もない女に、彼は今まで散々付き合ってくれた。
だから今度は、私が彼の為にできることをする番だ。
私という、目も性格もキツくて怖がられるような女とは別れて、彼には心から愛する人と結ばれてもらう。その為だったら、どんな努力も厭わない。
もしもそのせいで自分が辛い思いをする事になったとしても、例え泣く事になったとしても、レスターの為だと思えば耐えられる。耐えなきゃいけない。
それが今までの彼の献身に対する、一番の贈り物になると思うから──。
そう思い、一人うんうんと頷く私を見つめる瞳がある事に、その時の私は全く気付いていなかった。
新入生代表の挨拶をするのはレスターだ。
婚約者の私が言うのもなんだけれど、レスターは文武両道、長身痩躯で見目麗しい。
真っ青な長い髪を首の後ろで一つに束ね、キリッとした緑柱石色の瞳を持つ彼は、婚約者としての贔屓目を抜きにしても、非の打ち所のない格好良さだ。そんな彼が新入生代表として壇上へ上がり、全校生徒に向かって顔を向けた時の、全体の反応といったらもう──凄かった。
そこかしこで黄色い声が──みんな懸命に抑えているようだったけれど、抑えきれていなかった──あがり、彼方此方から「格好良い……」「あのお方はどちらのご令息かしら?」と言う声が漏れ聞こえてくる始末。どうやらレスターは、入学初日で学園中の令嬢達の心を鷲掴みにしてしまったらしい。
「あの方は私の婚約者なんです!」
と大声で言えたら、どんなに良いか。けれども、それを学園で話す事は当の本人に禁じられている為、私は歯を食いしばって耐えるしかない。
レスターに婚約者がいないと知られれば、婚約者のいない令嬢達は、こぞって彼へと狙いを定めることだろう。
学園入学時に婚約者がいない高位貴族の令嬢は『問題あり』と捉えられても、令息はそれに当て嵌まらないのだから。
加えて、現在婚約者のいない令嬢達は、ほぼ全員が低位貴族。侯爵令息という彼の立場だけを取っても、魅力的すぎる嫁ぎ先だ。故になにがなんでも婚約者にしてもらおうと、彼女達は懸命にアプローチをかけることだろう。
こんなの、絶対他の人に盗られてしまうわ……。
入学式前にクラス分けの表を見に行った時、さり気なく周りに目を向けると、そこには私よりも可愛いご令嬢達が大勢いらっしゃった。
吊り上がった紫色の瞳のせいで、「怖い」と怯えられることの多い私とは違い、本当に可愛らしいご令嬢達。
彼女達の髪は陽の光に艶めいて柔らかそうで、ゴワゴワしてくすんだ灰色をした私の髪とは、髪質からして全然違う。身長だって、女にしては高身長な私とは違い、小さくて愛らしいし……。
そんな令嬢達を見ていたら、レスターが私と婚約関係であることを学園内で知られたくないと言った理由が、分かるような気がした。
私より可愛い子はたくさんいる。ある程度の年齢になり、王太子殿下の側近候補として、王宮へと頻繁に通うようになったレスターは、そこで私以外の令嬢と出会ったのかもしれない。
そして他の令嬢達の可愛らしさを知って、婚約者の私に幻滅した。だから私達の婚約を隠して学園に入学し、新しい婚約者を探そうと考えたのではないだろうか。
それが上手くいけば、私のような訳あり令嬢を妻にしなくても良くなるわけで。そうしたらレスターは無用な醜聞からも逃れられるし、彼が望む通りの妻も迎えられて、一石二鳥ということになる。
ただ、反面私は一人だけ多大な被害を被り、下手したら、まともな婚姻すら望めなくなるかもしれないけれど。
「そんな酷いこと、レスターがするかしら……?」
そこだけが、腑に落ちなかった。
優しい性格の彼が、九年間も婚約者として関係を続けてきた私に対し、そんな非人道的な真似をするとは思えない。いくら彼にとって私との婚約が意に沿まぬものであったとしても、今まで特に何かを言ってくることもなかったし、それこそ子供の頃は、幸せで満ち足りていたのだ。
あの頃の私は、レスターが私にプロポーズしてくれたことで、彼自身の気持ちも当然そこにあると思っていたし、彼も私との結婚に同意したからこそ、プロポーズをしてくれたのだと思っていた。
けれど今思えば、あれは分別のない子供が、単に親の言いなりになっただけのものであったのかもしれないと気付かされた。私へのプロポーズはレスター自身の意思ではなく、親に言われるがままに言葉を覚えさせられ、強制的に私へと婚約を申し込まされたものだったのかもしれないと。
私は自分の意思でレスターからの婚約を受け入れたけれど、彼の方はそうでなかったとしたら、話が違ってくる。
レスターと両想いだと思っていたからこそ、私は今まで彼の気持ちを口に出して聞いたことはなかった。そんなことをしなくても、彼は私と同じ気持ちで居てくれていると思っていたから。
けれどそれは逆に言えば、彼が自主的に気持ちを口にしてくれたことはない、ということでもあって。
もしかしたら私、レスターに好かれていなかったのかも……。
今更ながら、そんな考えに至ってしまい、愕然とした。
最近、お茶会や食事会がレスターの都合によってずっと延期にされているのも、実はその辺りのことが関係しているからかもしれない。もしそうだったら、どうしよう。
レスターはそんな自分勝手なことはしないと思いつつ、胸に抱いた不安を拭う事ができない。
例えそれが真実であったとしても、私には彼を責める権利などないし、文句を言えるような立場でもないのだから。
私達の婚姻が、家と家との利益を考慮した政略結婚の間柄であるなら、茶会などの義務を疎かにするような、勝手な真似は許されなかっただろう。
けれど私達は政略結婚でも何でもなく、単に親同士の安易な考えによって結ばされただけの婚約者であり、そこには家同士の利益もなければ、婚戚目当てといった目的もない。
だから私達の婚約を反故にしたところで何の問題も──私の婚約者探しを除けば──ないし、家族間の付き合いにもヒビが入る事などないのだ。
「だったら……いっそのこと婚約破棄しちゃうとか?」
小さな声でポツリと呟いた瞬間──。
「え、何? 今なんか言った?」
突然隣から声を掛けられ、驚いた私は思わず大声をあげそうになった。
「しーーっ!」
が、声を掛けてきた青年が口の前に人差し指をたてたことで、咄嗟に口を覆って堪える。
いけない、今はまだ入学式の最中だったわ。
考え事に没頭し過ぎて、ついその事を忘れかけていた。いけない、いけない。
何となく気まずさを感じて壇上へ顔を向けると、既にレスターは自分のクラスの列へと戻ってしまったようで、今は学園長らしき人が、長々とご高説を垂れているところだった。
AクラスとDクラス、教室さえも別々になってしまった私達は、これから本当に見ず知らずの他人として、学園生活を送って行くことになる。モテるレスターはその間に好みの令嬢を見つけ、愛し合い、私と婚約破棄をして、その令嬢と今度こそ自分の意思で婚約をするのだろう。
それを今か今かとビクビクしながら待つなんて、私の性には合わない。そんな事をするぐらいなら、此方から先に婚約破棄してしまった方がよっぽどマシだ。
そうした方が私もレスターへの気持ちに区切りがつけられるし、私は私で、何の気兼ねもなく新たな婚約者を探す事ができるから。
「……うん、そうしよう」
小さな声で呟き、私は両手をぐっと握りしめる。
正直レスターと別れるのは辛いけど、私みたいな何の魅力もない女に、彼は今まで散々付き合ってくれた。
だから今度は、私が彼の為にできることをする番だ。
私という、目も性格もキツくて怖がられるような女とは別れて、彼には心から愛する人と結ばれてもらう。その為だったら、どんな努力も厭わない。
もしもそのせいで自分が辛い思いをする事になったとしても、例え泣く事になったとしても、レスターの為だと思えば耐えられる。耐えなきゃいけない。
それが今までの彼の献身に対する、一番の贈り物になると思うから──。
そう思い、一人うんうんと頷く私を見つめる瞳がある事に、その時の私は全く気付いていなかった。
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