【完結】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん

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4 隣の席の令息

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 突き付けられた現実を噛み締め、落ち込んだ次の日のこと──。

 今までの私は、登園後すぐに教室の窓から校門を見下ろし、その後登園してくるレスターの姿を密やかに観察するのを日課にしていた。けれど少しずつでも『レスター断ち』をしなければと思い、その日は普段通りの時間に登園はしたものの、窓には目を向けることなく、真っ直ぐ自分の席へと向かった。

 一瞬でも気を緩めれば、すぐにでも窓へ駆け寄りたくなる自分を戒めながら。

 レスターの姿を見たら、婚約破棄への決意が揺らいでしまう。彼から離れたくなくなってしまう。

 だったら今の状況を最大限に利用して、私からも徹底的にレスターを避けようと思ったのだ。

 距離を取って顔を見ないようにしていれば、その内彼に対する恋心も薄くなっていくかもしれない。そうしたら、彼と笑顔で別れられるかもしれない。

 そんな風に考えて。

 そうして、後ろ髪引かれつつも私が席に着くと、途端に、隣の席にいた令息が声を掛けてきた。

「あれ? 今日は珍しく、こんな時間に座るんだな」
「……どういう意味でしょうか?」

 あまりにも気安い声の掛け方に、思わず答える声が低くなってしまう。

「なんだよ、こえぇな」

 おどけたように言う彼の顔を見れば、濡羽のように黒く真っ直ぐな髪と、黒曜石のように艶のある瞳が印象的な令息だった。

 この人は、誰だったかしら……?

 脳内の記憶を探ってみるも、全くもって思い出せない。

 学園に入学してから既に一ヶ月以上経過しているというのに、隣の席の人と言葉を交わしたことがないどころか、名前すら知らないなんてあり得ないだろう。それどころか、クラスメイトの誰一人として顔も名前も思い浮かばない現実に、今更ながら私は愕然とした。

 入学式の日に簡単な自己紹介をさせられたけど、レスターのことで頭がいっぱいだった私は、周囲の人の名前ですら覚えてはいなかったのだ。しかも、そのままの状態で今後過ごしていかねばならないなんて、最早絶望しか感じられない。

 今更どうやって、クラスメイト達に名前を聞けば良いというの……?

 学園に入学してからというもの、私はレスターを追いかける事だけに時間を費やし、他の誰とも交流などして来なかった。登校後や下校前はもちろん、休憩時間や昼休憩の時間までも、ひたすらレスターを追い回していたため、未だ友人と呼べる人物が一人もいない。

 幾らレスターの事が好きだからとはいえ、普通だったらあり得ないことだろう。

 その上私の婚約者であるレスターは、『学園は交流の場』と言って憚らない人である。そんな人の婚約者でありながら、友人の一人すら満足に作る事ができないなんて、彼に相応しくないどころの騒ぎではない。

 こんな事実をレスターに知られようものなら、こちらから婚約破棄を突きつけるのではなく、逆に突きつけられてしまうことになるだろう。それほどまでに、今の私の状況は、危機的なものだった。

「私って、どうしようもないわね……」

 なにが淑女だ、なにが侯爵令嬢だ。自分のあまりの不甲斐なさに、涙が出そうになる。

 こんな自分がレスターと結婚しようだなんて、烏滸がましいことこの上ない。やっぱり彼との婚約破棄を決意して正解だった。自分の決断は間違っていなかったんだと、再度自分に言い聞かせる。

 貴族にとって何よりも大切と言われる社交を疎かにする令嬢など、誰も娶りたがらない。それでも高位貴族の令嬢であれば、繋がり欲しさに釣り書きは送られてくるものの、自ら望むような縁談は得られないのが実情だ。

 ……でも、私はそれで良い。どうせだし、クラスメイト達との繋がりを疎かにしたことは確かなのだから。

 まさに、自業自得というものだろう。

 そう思って落ち込んでいると、また唐突に声を掛けられた。

「なあ、どうしようもないって……何が?」

 興味津々といった体で尋ねてくるのは、先程の令息だ。

 人が至極真面目に考えているというのに、軽い調子で聞いてくるところが、少々腹立たしい。

 何が、と聞かれても、私の心の中の問題なので説明し難いし、クラスメイトの顔と名前が分からないなんて、口が裂けても言うわけにはいかない。

 しかも彼は、自分とレスターとの間柄に、何の関係もない人なのだ。その上、私とはほぼ初対面。そんな人に話せることなんて一つもないと、分かりきっているだろうに。

「個人的な独り言ですので、どうかお気になさらず」

 だからこそ私は、そう言って冷たく突っぱねた。

 けれど、存外彼はしつこい性格だったようで、「あ!」と大声を上げて周囲の注目を集めたと思ったら、「ごめんごめん、なんでもないよ~」と言って席に戻った後、何事かを紙に書いて、私の机へと放り投げてきた。

「一体なんだって言うのかしら……」

 言いたいことがあるなら、わざわざ紙に書かなくても、さっき言えば良かったのにと思いながら、私は投げられた紙片を開く。

 そうして、そこに書かれた内容を読んだ瞬間──顔から一気に血の気が引いた。









 



  
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