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8 爛々と輝く瞳
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『フェルディナント・オリエル』
残念なイケメンこと隣の席の令息の名前を見て、私は驚愕に目を見開いていた。
「嘘……これって、本当に?」
つい私がそう言ってしまったのも、仕方のないことだったろう。
何故なら、『オリエル』と名の付く家は国内の公爵家の中で最も力のある家として知られていて、その影響力は国内のみに留まらず、他国にまで及んでいることは、貴族であれば誰もが知るところだからだ。
国内で貴族として生きていくなら、絶対敵にまわしてはいけない相手として、幼少の頃より家名を教え込まされるほどに重要な家。たとえ幼児といえど、オリエル公爵家だけには失礼な真似をしてはいけない。王家同様、時にはそれ以上の敬意を持って接しなければならないと教えられるほどの家なのだ。
そんなオリエル公爵家の令息が、目の前にいる残念なイケメンだなんて、どうしたら信じられるというのだろうか。
オリエル公爵家の方々は、皆様見目麗しい美形一家と聞いたことがあるから、見た目だけなら疑いようもないけれど。
それにしても、この性格は……。
拗ねた表情をしている彼を、目を眇めて見てしまう。
そういえば家族にも、「残念なイケメン」扱いをされていると言っていた。ということは、家族内で彼は浮いた存在であるのかもしれない。
どんなに家族が優れていても、異端児というのは存在するもので。
私の家族が侯爵家として優れているにも関わらず、その家の一人娘である私の出来が悪いみたいに。
私の家族も、レスターの家族も、そして当然レスターも、ほぼ完璧であるというのに、私だけが不出来なのだ。勉強はそれなり、運動神経だって悪くはないが、良くもない。容姿と体型は幸いお母様に似ているけれど、キツめの美人と言われるお母様とは違い、私の顔は、ただキツいだけ。
そのことに今更気付いたところで、どうしようもないし、改善する方法もないのが悲しいところ。
勉強だけなら挽回のしようもあるが、見た目や性格については……直しようがない。
それに気付いたからこそ、レスターと婚約破棄をしようと決意したわけでもあることだし。
「お互いに大変よね……」
同情的な視線を向けつつ、つい呟けば、彼に首を傾げられた。
「大変? 一体何が?」
「あ……っ。えーっと、その、生まれがあのオリエル公爵家だなんて、大変そうだなと……」
また、やってしまった。
独り言については海よりも深く反省したばかりだというのに、間をおかないうちに、またも同じことを繰り返してしまうだなんて。
どうしてこうも自分の口は、思ったことをそのまま口にしてしまうのだろうか。
なんなら何かの病気なんじゃないかと、疑う気持ちすら湧いてくる。いっそ病気であったなら、どんなに良いか。病気であるなら治せる可能性があるけれども、そうでなければ治すことなどできないのだから。
でも絶対に、こんなの病気であるわけがないと分かっているからこそ、気分が落ち込む。
そんな気持ちのままにため息を吐くと、オリエル公爵家の令息が、何故だか瞳を輝かせた。
「俺は三男だし、別に大変なことなんてないけどね? 俺からしたら、君の方がよっぽど大変そうに見えるし、なにやら深刻そう? な気がする。だからさ、隣の席になったのも何かの縁だし、ちょっと俺に話してみない?」
これはきっと……単に面白がっているのだろう。
私の婚約破棄の話も、そう思ったからこそ首を突っ込んできたようだし。
そもそも、いくら三男とはいえ、オリエル公爵家の令息に侯爵家の私が相談なんて、烏滸がましいにもほどがある──とは考えないのだろうか?
……考えないんだろうな、絶対。
爛々と輝く彼の黒い瞳を見れば、聞かずとも分かる。分かってしまう。いっそ目潰ししてやりたい──淑女だからしないけど──ぐらいに。
どうやったら、諦めてくれるだろうか……。
無償でクラス名簿を見せてもらった恩があるし、できれば何か返したいけど、これじゃない。
婚約破棄の相談なんて、よほど親しい友人であっても躊躇うようなことだ。それを初対面の令息にするなどあり得ない。
何か違うもので返せるものがあれば良いんだけど……。
とはいえ、相手は力を持つ公爵家の令息だ。欲しい物などまずないだろう。
だったら、どうすれば……。
そう考えていた私に、彼は突然、何の前触れもなく予想外の爆弾を投げつけてきた。
残念なイケメンこと隣の席の令息の名前を見て、私は驚愕に目を見開いていた。
「嘘……これって、本当に?」
つい私がそう言ってしまったのも、仕方のないことだったろう。
何故なら、『オリエル』と名の付く家は国内の公爵家の中で最も力のある家として知られていて、その影響力は国内のみに留まらず、他国にまで及んでいることは、貴族であれば誰もが知るところだからだ。
国内で貴族として生きていくなら、絶対敵にまわしてはいけない相手として、幼少の頃より家名を教え込まされるほどに重要な家。たとえ幼児といえど、オリエル公爵家だけには失礼な真似をしてはいけない。王家同様、時にはそれ以上の敬意を持って接しなければならないと教えられるほどの家なのだ。
そんなオリエル公爵家の令息が、目の前にいる残念なイケメンだなんて、どうしたら信じられるというのだろうか。
オリエル公爵家の方々は、皆様見目麗しい美形一家と聞いたことがあるから、見た目だけなら疑いようもないけれど。
それにしても、この性格は……。
拗ねた表情をしている彼を、目を眇めて見てしまう。
そういえば家族にも、「残念なイケメン」扱いをされていると言っていた。ということは、家族内で彼は浮いた存在であるのかもしれない。
どんなに家族が優れていても、異端児というのは存在するもので。
私の家族が侯爵家として優れているにも関わらず、その家の一人娘である私の出来が悪いみたいに。
私の家族も、レスターの家族も、そして当然レスターも、ほぼ完璧であるというのに、私だけが不出来なのだ。勉強はそれなり、運動神経だって悪くはないが、良くもない。容姿と体型は幸いお母様に似ているけれど、キツめの美人と言われるお母様とは違い、私の顔は、ただキツいだけ。
そのことに今更気付いたところで、どうしようもないし、改善する方法もないのが悲しいところ。
勉強だけなら挽回のしようもあるが、見た目や性格については……直しようがない。
それに気付いたからこそ、レスターと婚約破棄をしようと決意したわけでもあることだし。
「お互いに大変よね……」
同情的な視線を向けつつ、つい呟けば、彼に首を傾げられた。
「大変? 一体何が?」
「あ……っ。えーっと、その、生まれがあのオリエル公爵家だなんて、大変そうだなと……」
また、やってしまった。
独り言については海よりも深く反省したばかりだというのに、間をおかないうちに、またも同じことを繰り返してしまうだなんて。
どうしてこうも自分の口は、思ったことをそのまま口にしてしまうのだろうか。
なんなら何かの病気なんじゃないかと、疑う気持ちすら湧いてくる。いっそ病気であったなら、どんなに良いか。病気であるなら治せる可能性があるけれども、そうでなければ治すことなどできないのだから。
でも絶対に、こんなの病気であるわけがないと分かっているからこそ、気分が落ち込む。
そんな気持ちのままにため息を吐くと、オリエル公爵家の令息が、何故だか瞳を輝かせた。
「俺は三男だし、別に大変なことなんてないけどね? 俺からしたら、君の方がよっぽど大変そうに見えるし、なにやら深刻そう? な気がする。だからさ、隣の席になったのも何かの縁だし、ちょっと俺に話してみない?」
これはきっと……単に面白がっているのだろう。
私の婚約破棄の話も、そう思ったからこそ首を突っ込んできたようだし。
そもそも、いくら三男とはいえ、オリエル公爵家の令息に侯爵家の私が相談なんて、烏滸がましいにもほどがある──とは考えないのだろうか?
……考えないんだろうな、絶対。
爛々と輝く彼の黒い瞳を見れば、聞かずとも分かる。分かってしまう。いっそ目潰ししてやりたい──淑女だからしないけど──ぐらいに。
どうやったら、諦めてくれるだろうか……。
無償でクラス名簿を見せてもらった恩があるし、できれば何か返したいけど、これじゃない。
婚約破棄の相談なんて、よほど親しい友人であっても躊躇うようなことだ。それを初対面の令息にするなどあり得ない。
何か違うもので返せるものがあれば良いんだけど……。
とはいえ、相手は力を持つ公爵家の令息だ。欲しい物などまずないだろう。
だったら、どうすれば……。
そう考えていた私に、彼は突然、何の前触れもなく予想外の爆弾を投げつけてきた。
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