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14 噴水前のイベント
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──時は少し遡る。
大きな木の陰に身を潜めたままのミーティアは、ジリジリとした気持ちで、イベント対象の人物が噴水前へと姿を現すのを、ただひたすらに待ち続けていた。
昼休憩の残り時間は、刻一刻と少なくなっていく。
噴水前での出会いイベントは、小説内で最初に起こる出来事であり、そこから物語が始まっていく重要なもの。だというのに、相手役が現れなければ、そもそもの物語自体が始まらなくなってしまう。
もし物語が始まらなかったら、ユリアはどうなるんだろう?
そのまま彼女が、断罪される運命から逃れられるなら良い。けれど小説内の世界には、少なからず物語の強制力──元の話の本筋通りに進めようとする力──が存在するらしいから、それに巻き込まれてしまった場合、結局ユリアは断罪されることになってしまうのだ。
それでは自分がこんな野暮ったい格好をしてまで、彼女を救おうとした意味がなくなってしまう。
まさか、ヒロイン仕様の輝くばかりの美貌を、自己都合でほんのちょっと──実際のところ、ちょっとどころではないのだが──隠しただけで、物語のあらすじが変わってしまうなんて、予想できるはずもない。
「かといって、今更素顔を晒したところで、物語が元に戻るとは思えないし……」
フェルディナントという異端分子が存在している時点で、ミーティアは既にやり直しができないことを理解していた。それに、万が一やり直せたとしても、自分が素顔を晒したことにより、レスターが物語通りに自分のことを好きになってしまったら、それこそ意味がなくなってしまう。
ユリアの幸せのためには、彼女とレスターが無事に結婚するまで、自分は素顔を隠し続けなければいけないのだ。
「見た目に惹かれる男なんて、正直碌なもんじゃないと思うけど……」
それでもユリアが彼を好きだと言うのなら仕方がない。現実世界でも一目惚れというものはあるのだし、そこは諦めるしかないと思うことにする。
最推しのユリアさえ幸せになれるのならば、ミーティアにとって他はどうでも良いのだから。
「来るならサッサと来なさいよ……」
小説の筋書きが本当に変わってしまったのかを確かめるため、噴水を睨み付けながら彼女は目的の人物を待つ。
ここで対象以外の人物が現れたり、誰も来なかったりした場合、今いる世界は小説とは完全に分離された世界だということを受け入れ、今後の算段を考えていかねばならない。
けれど対象の人物が現れた場合、辛うじてまだ小説の筋書きに戻せる可能性が残されているということになるため、その時は全力で筋書き通りの方向へ話を持っていくつもりだ。
筋書き通りに話をすすめるなら、最終的にユリアは不幸になってしまうが、ある程度は話通りにすすめなければ、まったくもって手に負えない状況となってしまうから。
何も分からない状態で手探りですすめるより、ある程度知っている状態ですすめた方が、確実にユリアを幸せへと導けるはず。
そのための第一歩として、噴水前のイベントは絶対に欠かせないものなのだ。
だからイベント相手がどうしても来ないというのなら、いっそこっちから迎えに行ってやろう──そんな風にも思いながら、ミーティアが木の幹に爪をたてた時だった。やや遠くの方から、令嬢達の黄色い声が聞こえてきたのは。
「やっと来たわね」
大木の陰から飛び出し、ミーティアは令嬢達に囲まれた目的の人物の元へと足早に近付いて行く。
小説内のイベントとしては、彼の姿を一目見ようと近付いたヒロインが、周囲の令嬢達の波に巻き込まれてさらわれ、押し流されるようにして輪の外へと弾き出されるのが、まず最初。その後、転んでしまったヒロインに彼が手を差し伸べ、互いに一目で恋に落ちる──という典型的なものだ。
しかし、転生前にも恋愛に興味のなかったミーティアは、「そんなことぐらいで好きになるとか意味不明」「これが俗に言うチョロインね」などと言って、散々ヒロインのことをディスっていた。
そんな自分が同じ状況で恋に落ち、相手も落とす? 一体どういう悪夢なんだか。
間違っても実現させてはいけない未来に気合を入れ、ミーティアは眼鏡が顔から外れないよう、両手でしっかりと押さえ付けつつ令嬢達の群れへと飛び込んだ。
「きゃあああっ!」
そうして予定通りに輪の外へと弾き出され、大袈裟に声を上げて地面へと倒れ込む。
おっと、危ない。
その拍子に眼鏡がズレそうになったことに気付き、間違っても自分の目が相手から見えないよう、素早く掛け直した。
「大丈夫か⁉︎ なんて乱暴なことを……どいてくれ! 」
そこへタイミング良く、周囲を囲む令嬢達を掻き分け、イベント相手である彼が近付いて来る。
内心うまくいったと舌を出しながら、こんな野暮ったい女に手を差し伸べるだろうかと、純粋な疑問がミーティアの脳裏を過ぎった刹那──。
なんの躊躇いもなく、彼の手はミーティアへと差し出された。
「すまない……。大丈夫だったか?」
細く長い指。でありながら、男らしく骨ばった、美しい手。
男の人の手って、こんな感じなんだ……。
初めて間近で見た男性の手に、ついまじまじと見入ってしまう。
同時に、普通なら関わりたくないと思えるような見た目の自分に迷いなく手を差し伸べてくるなんて、物語の強制力おそるべし……とも感じた。
「……どうした? どこか痛むのか?」
ミーティアが中々自分の手を取らないことに、疑問を覚えたのだろう。目の前の彼がサッとしゃがみ込み、素早く自分の全身に視線をはしらせてくる。
「いえ、大丈夫ですから!」
まるで観察されるかのような視線に恥ずかしくなってしまい、それから逃げるように慌てて立ち上がったミーティアだったが──ふと信じられないものを目にして、動きを止めた。
彼女の視線の先にあるのは、庭園の角に建てられた小さな四阿。噴水でのイベントを終わらせたら合流するつもりで、ユリアとフェルに待ってもらっていた場所だった。
「アイツ……何やってんのよ……」
思わず口から漏れた言葉に、目の前にいた彼がミーティアの視線を追い──そして、同じように動きを止めた。
「ユリア……」
聞こえるか聞こえないかという程度の声で呟いたと思ったら、彼──レスターは、もの凄い勢いで四阿へと駆け出して行く。
「あっ……ちょっと!」
イベント無視しないでよね! という言葉は飲み込んで、ミーティアは全力で彼の後を追った。
大きな木の陰に身を潜めたままのミーティアは、ジリジリとした気持ちで、イベント対象の人物が噴水前へと姿を現すのを、ただひたすらに待ち続けていた。
昼休憩の残り時間は、刻一刻と少なくなっていく。
噴水前での出会いイベントは、小説内で最初に起こる出来事であり、そこから物語が始まっていく重要なもの。だというのに、相手役が現れなければ、そもそもの物語自体が始まらなくなってしまう。
もし物語が始まらなかったら、ユリアはどうなるんだろう?
そのまま彼女が、断罪される運命から逃れられるなら良い。けれど小説内の世界には、少なからず物語の強制力──元の話の本筋通りに進めようとする力──が存在するらしいから、それに巻き込まれてしまった場合、結局ユリアは断罪されることになってしまうのだ。
それでは自分がこんな野暮ったい格好をしてまで、彼女を救おうとした意味がなくなってしまう。
まさか、ヒロイン仕様の輝くばかりの美貌を、自己都合でほんのちょっと──実際のところ、ちょっとどころではないのだが──隠しただけで、物語のあらすじが変わってしまうなんて、予想できるはずもない。
「かといって、今更素顔を晒したところで、物語が元に戻るとは思えないし……」
フェルディナントという異端分子が存在している時点で、ミーティアは既にやり直しができないことを理解していた。それに、万が一やり直せたとしても、自分が素顔を晒したことにより、レスターが物語通りに自分のことを好きになってしまったら、それこそ意味がなくなってしまう。
ユリアの幸せのためには、彼女とレスターが無事に結婚するまで、自分は素顔を隠し続けなければいけないのだ。
「見た目に惹かれる男なんて、正直碌なもんじゃないと思うけど……」
それでもユリアが彼を好きだと言うのなら仕方がない。現実世界でも一目惚れというものはあるのだし、そこは諦めるしかないと思うことにする。
最推しのユリアさえ幸せになれるのならば、ミーティアにとって他はどうでも良いのだから。
「来るならサッサと来なさいよ……」
小説の筋書きが本当に変わってしまったのかを確かめるため、噴水を睨み付けながら彼女は目的の人物を待つ。
ここで対象以外の人物が現れたり、誰も来なかったりした場合、今いる世界は小説とは完全に分離された世界だということを受け入れ、今後の算段を考えていかねばならない。
けれど対象の人物が現れた場合、辛うじてまだ小説の筋書きに戻せる可能性が残されているということになるため、その時は全力で筋書き通りの方向へ話を持っていくつもりだ。
筋書き通りに話をすすめるなら、最終的にユリアは不幸になってしまうが、ある程度は話通りにすすめなければ、まったくもって手に負えない状況となってしまうから。
何も分からない状態で手探りですすめるより、ある程度知っている状態ですすめた方が、確実にユリアを幸せへと導けるはず。
そのための第一歩として、噴水前のイベントは絶対に欠かせないものなのだ。
だからイベント相手がどうしても来ないというのなら、いっそこっちから迎えに行ってやろう──そんな風にも思いながら、ミーティアが木の幹に爪をたてた時だった。やや遠くの方から、令嬢達の黄色い声が聞こえてきたのは。
「やっと来たわね」
大木の陰から飛び出し、ミーティアは令嬢達に囲まれた目的の人物の元へと足早に近付いて行く。
小説内のイベントとしては、彼の姿を一目見ようと近付いたヒロインが、周囲の令嬢達の波に巻き込まれてさらわれ、押し流されるようにして輪の外へと弾き出されるのが、まず最初。その後、転んでしまったヒロインに彼が手を差し伸べ、互いに一目で恋に落ちる──という典型的なものだ。
しかし、転生前にも恋愛に興味のなかったミーティアは、「そんなことぐらいで好きになるとか意味不明」「これが俗に言うチョロインね」などと言って、散々ヒロインのことをディスっていた。
そんな自分が同じ状況で恋に落ち、相手も落とす? 一体どういう悪夢なんだか。
間違っても実現させてはいけない未来に気合を入れ、ミーティアは眼鏡が顔から外れないよう、両手でしっかりと押さえ付けつつ令嬢達の群れへと飛び込んだ。
「きゃあああっ!」
そうして予定通りに輪の外へと弾き出され、大袈裟に声を上げて地面へと倒れ込む。
おっと、危ない。
その拍子に眼鏡がズレそうになったことに気付き、間違っても自分の目が相手から見えないよう、素早く掛け直した。
「大丈夫か⁉︎ なんて乱暴なことを……どいてくれ! 」
そこへタイミング良く、周囲を囲む令嬢達を掻き分け、イベント相手である彼が近付いて来る。
内心うまくいったと舌を出しながら、こんな野暮ったい女に手を差し伸べるだろうかと、純粋な疑問がミーティアの脳裏を過ぎった刹那──。
なんの躊躇いもなく、彼の手はミーティアへと差し出された。
「すまない……。大丈夫だったか?」
細く長い指。でありながら、男らしく骨ばった、美しい手。
男の人の手って、こんな感じなんだ……。
初めて間近で見た男性の手に、ついまじまじと見入ってしまう。
同時に、普通なら関わりたくないと思えるような見た目の自分に迷いなく手を差し伸べてくるなんて、物語の強制力おそるべし……とも感じた。
「……どうした? どこか痛むのか?」
ミーティアが中々自分の手を取らないことに、疑問を覚えたのだろう。目の前の彼がサッとしゃがみ込み、素早く自分の全身に視線をはしらせてくる。
「いえ、大丈夫ですから!」
まるで観察されるかのような視線に恥ずかしくなってしまい、それから逃げるように慌てて立ち上がったミーティアだったが──ふと信じられないものを目にして、動きを止めた。
彼女の視線の先にあるのは、庭園の角に建てられた小さな四阿。噴水でのイベントを終わらせたら合流するつもりで、ユリアとフェルに待ってもらっていた場所だった。
「アイツ……何やってんのよ……」
思わず口から漏れた言葉に、目の前にいた彼がミーティアの視線を追い──そして、同じように動きを止めた。
「ユリア……」
聞こえるか聞こえないかという程度の声で呟いたと思ったら、彼──レスターは、もの凄い勢いで四阿へと駆け出して行く。
「あっ……ちょっと!」
イベント無視しないでよね! という言葉は飲み込んで、ミーティアは全力で彼の後を追った。
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