15 / 90
15 二ヶ月ぶりの言葉
しおりを挟む
唐突に聞こえた声に顔を上げれば、そこにいたのはレスターだった。
そして何故か、彼はフェルの両腕を掴み、高々と持ち上げている。
「どうして……」
なんの用事があってここへ来たの? 学園内では、距離を置くと言っていたのに。
彼の行動の意味が分からず、私は彼に質問しようと口を開く。が、それよりも早く、怒ったようなフェルの声が耳を打った。
「おい、俺の腕を掴んでるのは誰だ⁉︎ サッサと離せ!」
両腕を掴まれたまま暴れる様子に、私は慌ててレスターの腕へと縋り付き、手を離すようにお願いする。
どうして彼がフェルの両腕を掴んだのかは不明だけれど、オリエル公爵家の令息であるフェルに失礼な真似をして、目を付けられでもしたら大変だ。せっかく王太子殿下の側近候補にまでなったのに、こんなことでその道が閉ざされてしまったら、後悔してもしきれないに違いない。
そう考えたからこそ、私は手を離すことを渋るレスターの手を掴んでまで、無理矢理彼の手を引き剥がそうとしたのだけれど。
「この男に……好意があるのか?」
突然、思ってもいないことを彼に言われた。
「え……なに……?」
あまりにも突然すぎて、レスターが口にした科白をすぐには理解できず、思わずフェルを見てしまう。
すると、彼も私と同じ気持ちだったようで、真正面から目が合った。
「今……なんて言った?」
漸く腕の自由を取り戻したフェルも、訝し気に表情を歪めながら尋ねる。けれどレスターは答えない。
どうしたら良いのかと、またもフェルへと視線を向けると、今度はそこへミーティアが勢い良く飛び込んで来た。
「ちょっとフェル! あんた一体なにをやってんのよ!」
「え? なにをって……ぐえっ!」
「あんなにユリアに近付いて……関係を疑われでもしたら、どうするつもり⁉︎」
「ご、ごめん……ゆる、ゆるし……てぇぇぇ……」
ミーティアに襟首を掴まれ、激しく揺さぶられながらも謝るフェル。そんな二人を見ていると、彼がオリエル公爵家の令息だなんてまったく思えないから不思議だ。とはいえ、その肩書きは嘘ではないから、油断は禁物でもあるけれど。
一歩離れた場所で、二人のやりとりを微笑ましく見守っていると、音もなく私に近付いてきたレスターが、囁くようにこう聞いてきた。
「……二人は、君の知り合いか?」
そんなことを聞いてどうするんだろうと思いつつ、私は端的に答える。
「ええ。友達ですけど、それが……?」
レスター見たさに沢山の令嬢達が四阿に集っている関係上、少しでも親しい雰囲気を発しないよう、私なりに気をつかったつもりだった。けれど、それが気に入らなかったのか、彼は僅かに眉を顰めると、「先程の距離は、友人として相応しくない。もう少し気をつけるように」と注意してきた。
「貴方が……!」
途端に言い返しそうになり口を開くも、周囲からの視線を感じ、私はぐっと言葉を飲み込む。
いつも令嬢達に囲まれているレスターが、それを言うとは思わなかった。私に比べレスターの方が、よほど令嬢達との距離が近いのに。
そうは思っても、ここで言うのは得策ではない。
そもそも彼は普段、自分から令嬢達に寄って行くことはなく、あちらから言い寄られているだけなのだ。距離が近いのはそっちだと、レスターに言ったところで彼にはどうしようもないことだし、令嬢達に注意してもらったところで、彼女達は聞き耳など持ちはしないだろう。
でも、それでも。
数少ない友人であるフェルに、クラスメイトの名前も分からず困っていた私に声を掛けてくれたフェルに対して、そんな風に言われるのは気に入らなかった。
学園では距離を置こうと言ってきたのは、他ならぬレスターなのに。
向こうから勝手に近付いてくる相手は良くて、こちらから近付くのは駄目だなんて納得できない。確かに今回は自分でも距離が近かったと思うし、ミーティアがフェルを怒鳴りつけるほどのことだった、というのも分かる。
だけど、学園に入学してから、もう丸二ヶ月口をきいていないのに、こんな時だけ喋りにくるなんて、レスターが何を考えているのか全く理解できない。私は彼にとって、既に捨てられるしかない存在なのに。
どうせなら、彼とはもっと違うことを話したかった。それが駄目なら、せめてどちらかの家で話がしたかった。
なのに彼が取った行動は、こんな場所でたった一言。私への注意を促しただけ。
「酷いよ、レスター……」
視界が歪み、涙ぐんだことを気付かれたくなかった私は、俯いて四阿から駆け出した。
「ユリア‼︎」
咄嗟にレスターが私の名を呼んだような気がしたけれど、私は足を止めなかった。
そして何故か、彼はフェルの両腕を掴み、高々と持ち上げている。
「どうして……」
なんの用事があってここへ来たの? 学園内では、距離を置くと言っていたのに。
彼の行動の意味が分からず、私は彼に質問しようと口を開く。が、それよりも早く、怒ったようなフェルの声が耳を打った。
「おい、俺の腕を掴んでるのは誰だ⁉︎ サッサと離せ!」
両腕を掴まれたまま暴れる様子に、私は慌ててレスターの腕へと縋り付き、手を離すようにお願いする。
どうして彼がフェルの両腕を掴んだのかは不明だけれど、オリエル公爵家の令息であるフェルに失礼な真似をして、目を付けられでもしたら大変だ。せっかく王太子殿下の側近候補にまでなったのに、こんなことでその道が閉ざされてしまったら、後悔してもしきれないに違いない。
そう考えたからこそ、私は手を離すことを渋るレスターの手を掴んでまで、無理矢理彼の手を引き剥がそうとしたのだけれど。
「この男に……好意があるのか?」
突然、思ってもいないことを彼に言われた。
「え……なに……?」
あまりにも突然すぎて、レスターが口にした科白をすぐには理解できず、思わずフェルを見てしまう。
すると、彼も私と同じ気持ちだったようで、真正面から目が合った。
「今……なんて言った?」
漸く腕の自由を取り戻したフェルも、訝し気に表情を歪めながら尋ねる。けれどレスターは答えない。
どうしたら良いのかと、またもフェルへと視線を向けると、今度はそこへミーティアが勢い良く飛び込んで来た。
「ちょっとフェル! あんた一体なにをやってんのよ!」
「え? なにをって……ぐえっ!」
「あんなにユリアに近付いて……関係を疑われでもしたら、どうするつもり⁉︎」
「ご、ごめん……ゆる、ゆるし……てぇぇぇ……」
ミーティアに襟首を掴まれ、激しく揺さぶられながらも謝るフェル。そんな二人を見ていると、彼がオリエル公爵家の令息だなんてまったく思えないから不思議だ。とはいえ、その肩書きは嘘ではないから、油断は禁物でもあるけれど。
一歩離れた場所で、二人のやりとりを微笑ましく見守っていると、音もなく私に近付いてきたレスターが、囁くようにこう聞いてきた。
「……二人は、君の知り合いか?」
そんなことを聞いてどうするんだろうと思いつつ、私は端的に答える。
「ええ。友達ですけど、それが……?」
レスター見たさに沢山の令嬢達が四阿に集っている関係上、少しでも親しい雰囲気を発しないよう、私なりに気をつかったつもりだった。けれど、それが気に入らなかったのか、彼は僅かに眉を顰めると、「先程の距離は、友人として相応しくない。もう少し気をつけるように」と注意してきた。
「貴方が……!」
途端に言い返しそうになり口を開くも、周囲からの視線を感じ、私はぐっと言葉を飲み込む。
いつも令嬢達に囲まれているレスターが、それを言うとは思わなかった。私に比べレスターの方が、よほど令嬢達との距離が近いのに。
そうは思っても、ここで言うのは得策ではない。
そもそも彼は普段、自分から令嬢達に寄って行くことはなく、あちらから言い寄られているだけなのだ。距離が近いのはそっちだと、レスターに言ったところで彼にはどうしようもないことだし、令嬢達に注意してもらったところで、彼女達は聞き耳など持ちはしないだろう。
でも、それでも。
数少ない友人であるフェルに、クラスメイトの名前も分からず困っていた私に声を掛けてくれたフェルに対して、そんな風に言われるのは気に入らなかった。
学園では距離を置こうと言ってきたのは、他ならぬレスターなのに。
向こうから勝手に近付いてくる相手は良くて、こちらから近付くのは駄目だなんて納得できない。確かに今回は自分でも距離が近かったと思うし、ミーティアがフェルを怒鳴りつけるほどのことだった、というのも分かる。
だけど、学園に入学してから、もう丸二ヶ月口をきいていないのに、こんな時だけ喋りにくるなんて、レスターが何を考えているのか全く理解できない。私は彼にとって、既に捨てられるしかない存在なのに。
どうせなら、彼とはもっと違うことを話したかった。それが駄目なら、せめてどちらかの家で話がしたかった。
なのに彼が取った行動は、こんな場所でたった一言。私への注意を促しただけ。
「酷いよ、レスター……」
視界が歪み、涙ぐんだことを気付かれたくなかった私は、俯いて四阿から駆け出した。
「ユリア‼︎」
咄嗟にレスターが私の名を呼んだような気がしたけれど、私は足を止めなかった。
2,915
あなたにおすすめの小説
婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい
神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。
嘘でしょう。
その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。
そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。
「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」
もう誰かが護ってくれるなんて思わない。
ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。
だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。
「ぜひ辺境へ来て欲しい」
※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m
総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ ありがとうございます<(_ _)>
【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。
暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。
リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。
その翌日、二人の婚約は解消されることになった。
急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
もう、今更です
ねむたん
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。
やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる