【完】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん

文字の大きさ
32 / 90

32 どうにもならない言葉

しおりを挟む
 風に飛ばされたユリアのハンカチを追いかけ、ある程度の距離を走ってきたミーティアは、そこで大事そうにユリアのハンカチを愛でる王太子を見つけ、彫像のように固まった。

「うわぁ……なにあれ、気持ち悪いんだけど」

 サッとその辺にあった手頃な木の陰に隠れ、ミーティアは王太子を観察し始める。

 以前、校舎の陰でユリアとのやり取りを盗み見た時から疑っていたけれど、やはり王太子は転生者で間違いなさそうだ。

 その証拠に、彼は風によって飛ばされてきたユリアのハンカチに頬を擦り寄せたり、さり気なく匂いを嗅いだりしている。

 ハンカチなんて普通は誰のものか分からないのに、あんな風に愛でている時点で、持ち主を知っているのが丸分かりだ。そして、持ち主を知っているということはつまり、転生者だということ。

 何故なら、中庭でユリアのハンカチが風に飛ばされたのは小説内のイベントであり、本来ならそれを追いかけて行ったユリアが、出会した王太子とその護衛達に散々罵倒され、ハンカチを踏み付けられる──という筋書きだったのだから。

 たとえ王太子が転生者であったとしても、相手は男だし、内容をあまり知らない可能性もあるから……とあまり気にしないようにしていたけれど、どうやら甘かったらしい。

 こんなちっさいイベントを知ってるなんて、どう考えても読破してるわ……!

 しかもミーティアが懸念した通り、彼は明らかにユリアへと好意を抱いている。それはレスターとの婚約破棄を彼が後押ししたことからも、疑いようがない。何より──。

「まぢキモ過ぎて引くんだけど……」

 何事かを護衛に言ってハンカチを受け取り、代わりにユリアのハンカチをそっと自分のポケットに忍ばせるところを、バッチリ目撃してしまった。

 どうやら事前にユリアのハンカチの情報を手に入れ、同じ物を用意させていたようだ。

「王族の権力、悪用してんじゃないわよ……」

 ギリギリと木の幹に爪を立てていると、不意に後ろから肩をつつかれた。

「ひっ……!」

 思わず声をあげそうになったミーティアは、「しーーーっ!」と言われ、慌てて自分の口を覆う。

 自分の肩をつついてきた人物を見てみれば、それは側近候補のパルマークで。

 彼は、小さなメモ用紙に「少しだけお話よろしいですか?」と書いたものを見せてきて、どうして筆談? と思ったものの、ミーティアはそれに頷きを返し、移動を促す彼の後に、大人しくついて行くことにした。

 ユリアに渡す予定のハンカチを握りしめ、彼女が来たらなんと言おうかと考え続ける王太子を置き去りにして──。



※※※



「……よし、この辺でいいかな」

 人気の少ない中庭の隅までやって来たところで、フェルディナントが漸くレスターから手を離す。

 強い力で肩を掴まれ、無理矢理ここまで連れて来られたレスターは、掴まれていた肩をほぐすようにしながら、フェルディナントを鋭い瞳で睨み付けた。

「お前は一体なんなんだ? どうして僕の邪魔をする?」

 しかしフェルディナントは睨まれてもなんとも思わないようで、飄々とした笑みを浮かべて答える。

「俺はお前の邪魔をしたっていうより、ユリアを助けただけだけど?」
「はあ⁉︎ どういう意味──」
「お前分かってんの? 今更お前がユリアに近付けば、あいつがまた変な噂に巻き込まれるってこと」
「あ……」

 そう言われて、レスターは初めて自分が愚かなことをしようとしていた事実に気付いた。

 自分はただ、少しでもユリアと直接話がしたいと思っただけだった。しかしそれは結局、ユリアを再び新たな噂の渦中へと引き摺り込むだけの行動でしかなかったと。どこまでも、自分本位の行動でしかなかったと。

「だけどっ……だったらどうしろって言うんだ? 婚約継続のための話し合いには参加できない、学園ではユリアに声もかけられない、放課後の訓練のせいで帰宅は毎日遅い時間だし、夜は夜で成績維持のために勉強しなければならないし……こんな毎日で、僕はどうしたら──」

 つい弱音を吐くと、フェルディナントに鼻で笑われた。

「だから? そもそも学園で距離を置くっつったのはてめぇだろ? 人にはなぁ、絶対言っちゃいけない言葉ってもんがあるんだ。一回言ったらどう足掻いても取り消せない、どうにもならない言葉ってのがな。その上訓練のせいで帰宅が遅い? 成績維持のための勉強? 言い訳ばっかで聞いてるこっちが情けなくなるぜ。……まぁ、他人を貶めることばっかしか考えてない王太子の側近にはいいかもな? 俺ならぜってぇいらね~けど」

 言いたいことだけ言って、フェルディナントはレスターへと背を向ける。そんな彼に、レスターは縋るようにして声をあげた。

「ま、待ってくれ! 僕は……僕はこれからどうしたら良い? どうしたらユリアを失わずにすむんだ?」

 その問いに返されたフェルディナントの視線は──極寒の吹雪のような冷たさを孕んでいた。

「そんなこと言ってる時点で……無理だろ」
「…………っ!」
 
 言葉をなくしたレスターが、その場にくずおれる。

 そのまま顔を覆い、全身を震わせ始めた彼を見て、フェルディナントは今度こそ、その場を後にした。

「……っ、ユリア……僕は……っ、うっ……」

 自分以外誰もいなくなった中庭の隅で、レスターは一人、慟哭した──。

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王太子フリードリヒの婚約者として、幼い頃から王妃教育を受けてきたアメリア・エレファウント公爵令嬢。 誰もが羨む未来を約束された彼女の世界は、ある日突然1人の少女の登場によって揺らぎ始める。 無邪気な笑顔で距離を(意図的に)間違える編入生ベルティーユは、男爵の庶子で平民出身。 ベルティーユに出会ってから、悪い方へ変わっていくフリードリヒ。 「ベルが可哀想だろ」「たかがダンスくらい」と話が通じない。 アメリアの積み上げてきた7年の努力と誇りが崩れていく。 そしてフリードリヒを見限り、婚約解消を口にするが話は進まず、学園の卒業パーティーで断罪されてしまう……?! ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい

神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。  嘘でしょう。  その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。  そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。 「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」  もう誰かが護ってくれるなんて思わない。  ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。  だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。 「ぜひ辺境へ来て欲しい」  ※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m  総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ  ありがとうございます<(_ _)>

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】 私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。 そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、 死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。 「でも、子供たちの心だけは、 必ず取り戻す」 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。 それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。 これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

「君は地味な裏方だ」と愛人を優遇するサイコパス気質の夫。〜私が去った後、商会の技術が全て私の手によるものだと気づいても、もう手遅れです〜

水上
恋愛
「君は地味だから裏方に徹しろ」 効率主義のサイコパス気質な夫は、妻であるクララの磨いた硝子を愛人の手柄にし、クララを工房に幽閉した。 彼女は感情を捨て、機械のように振る舞う。 だが、クララの成果を奪い取り、夫が愛人を壇上に上げた夜、クララの心は完全に凍りついた。 彼に残した書き置きは一通のみ。 クララが去った後、商会の製品はただの石ころに戻り、夫の計算は音を立てて狂い始める。 これは、深い絶望と、遅すぎた後悔の物語。

処理中です...