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71 荷造り
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「ええと、あと留学に必要な物は──」
ユリアがレスターの邸を訪ねていた頃、ミーティアは家で留学用の荷物を準備していた。
なにしろ、長期休暇の始まりと共に急に他国へと行くことになったのである。これが高位貴族であれば、たくさんの使用人達が準備をしてくれるのだろうが、ミーティアの家は使用人自体ほとんどいない男爵家。そのため、ほぼ全ての準備を一人でやる必要があった。
おかげで、買い出しやら荷物の整理やらで、最近の週末はずっと忙しく過ごしている。以前までであれば、ユリアやフェルディナントと一緒に街へ出掛けたりしていたのに、最近ではそんな時間すらもない。
「もうすぐユリアと離れなくちゃいけないのに……」
ああ、癒しが足りない、と思う。
ユリアと一緒に過ごせる時間は、ミーティアにとって最大の癒しであったのに。
「それもこれも、全部あの王太子のせいよね」
ずっと一緒にいられるはずが、半年もの間ユリアと離れなければならなくなったのは、憎き王太子が無理矢理小説の内容を進めてしまったからに違いない。とはいえ、レスターを再起不能にしただけで、それ以外は特に何もしていないから、関係ないかもしれないけれど。
それでも、影響がなかったとは思えない。寧ろ影響ありまくりだ。
なんなら自分はそのせいで、ユリアと離れて半年間も他国へと行かなければならなくなったのだから。
「できればユリアとレスターを、くっつけてあげたかったんだけどな……」
小説内のユリアは、裏切られても裏切られても、ずっとレスターのことが好きだったから。
きっとこの世界のユリアも、口ではなんだかんだ言いつつも、心の奥底では未だにレスターを想っているのだとミーティアは考えていたりする。
そのため今回、レスターが他国へ治療に行くとなった際、ミーティアは自分ではなくユリアを一緒に行かせようと考えたのだが、何故か、フェルディナントがそれに頷かなかった。
「レスターの動向を監視し、報告する役目はユリアじゃ駄目だ。ユリアはレスターに甘いから、もしかしたら贔屓目な報告書を送ってくるかもしれない」
そんなことを言って。
「ユリアはそんなことしないと思う」
そう反論したけれど、フェルディナントはミーティアがいくら言っても、決して意見を聞き入れてはくれなかった。しかもあろうことか、留学先でお世話になる家の方々に、なんとしてでも気に入られて来い、と訳の分からない圧までかけられて。
「たった半年お世話になるだけなのに……なんでそこまで気に入られないといけないのよ……」
ぶつぶつと不満を漏らすミーティアは、留学先の伯爵家の人達に気に入られれば、養子に迎え入れてもらえる事実を知らない。知れば彼女の性格的に、絶対辞退すると分かっているから、フェルディナントが敢えて何も教えていないのだ。
国内の高位貴族家では、ミーティアを養子にしてくれなどとオリエル公爵家令息のフェルディナントが頼んだ時点で、彼女の意思に関係なく、オリエル公爵家との繋がりを求める貴族家同士の奪い合いが勃発してしまう。故にフェルディナントは、オリエル公爵家の威信など関係ない遠い他国で、ミーティアの身分を高位貴族家の養子として吊り上げようと考えたのだ。
できるなら侯爵家以上が希望ではあったが、三男という立場上、フェルディナントは相手が伯爵令嬢でも、なんとか親から婚約の許可を取り付けた。男爵令嬢のミーティアでは、噂が家族の耳に入った時点で引き離されると分かっていたから、ユリアを隠れ蓑にして、ずっと機会を窺っていたのだ。
あと半年我慢すれば──ミーティアが無事に伯爵家の養子となって帰国できれば、フェルディナントは何の心配もなく、彼女に結婚を申し込むことができる。ユリアに「ミーティアが自分から補助要員として名乗りをあげた」と宣ったのも、下手にミーティアの留学を引き止められたくないが故のことだった。
そんなフェルディナントの思惑など知るよしもなく、ミーティアはせっせと荷造りをすすめていく。
「半年我慢すれば、またユリアに会えるんだし。なんなら留学してる間に、レスターとパルマーク、どっちがユリアに相応しいのかを、あたしの眼力で見極めるのもアリよね……」
なんて言いながら。
彼女の鞄は、はち切れんばかりに膨らんでいくのだった。
ユリアがレスターの邸を訪ねていた頃、ミーティアは家で留学用の荷物を準備していた。
なにしろ、長期休暇の始まりと共に急に他国へと行くことになったのである。これが高位貴族であれば、たくさんの使用人達が準備をしてくれるのだろうが、ミーティアの家は使用人自体ほとんどいない男爵家。そのため、ほぼ全ての準備を一人でやる必要があった。
おかげで、買い出しやら荷物の整理やらで、最近の週末はずっと忙しく過ごしている。以前までであれば、ユリアやフェルディナントと一緒に街へ出掛けたりしていたのに、最近ではそんな時間すらもない。
「もうすぐユリアと離れなくちゃいけないのに……」
ああ、癒しが足りない、と思う。
ユリアと一緒に過ごせる時間は、ミーティアにとって最大の癒しであったのに。
「それもこれも、全部あの王太子のせいよね」
ずっと一緒にいられるはずが、半年もの間ユリアと離れなければならなくなったのは、憎き王太子が無理矢理小説の内容を進めてしまったからに違いない。とはいえ、レスターを再起不能にしただけで、それ以外は特に何もしていないから、関係ないかもしれないけれど。
それでも、影響がなかったとは思えない。寧ろ影響ありまくりだ。
なんなら自分はそのせいで、ユリアと離れて半年間も他国へと行かなければならなくなったのだから。
「できればユリアとレスターを、くっつけてあげたかったんだけどな……」
小説内のユリアは、裏切られても裏切られても、ずっとレスターのことが好きだったから。
きっとこの世界のユリアも、口ではなんだかんだ言いつつも、心の奥底では未だにレスターを想っているのだとミーティアは考えていたりする。
そのため今回、レスターが他国へ治療に行くとなった際、ミーティアは自分ではなくユリアを一緒に行かせようと考えたのだが、何故か、フェルディナントがそれに頷かなかった。
「レスターの動向を監視し、報告する役目はユリアじゃ駄目だ。ユリアはレスターに甘いから、もしかしたら贔屓目な報告書を送ってくるかもしれない」
そんなことを言って。
「ユリアはそんなことしないと思う」
そう反論したけれど、フェルディナントはミーティアがいくら言っても、決して意見を聞き入れてはくれなかった。しかもあろうことか、留学先でお世話になる家の方々に、なんとしてでも気に入られて来い、と訳の分からない圧までかけられて。
「たった半年お世話になるだけなのに……なんでそこまで気に入られないといけないのよ……」
ぶつぶつと不満を漏らすミーティアは、留学先の伯爵家の人達に気に入られれば、養子に迎え入れてもらえる事実を知らない。知れば彼女の性格的に、絶対辞退すると分かっているから、フェルディナントが敢えて何も教えていないのだ。
国内の高位貴族家では、ミーティアを養子にしてくれなどとオリエル公爵家令息のフェルディナントが頼んだ時点で、彼女の意思に関係なく、オリエル公爵家との繋がりを求める貴族家同士の奪い合いが勃発してしまう。故にフェルディナントは、オリエル公爵家の威信など関係ない遠い他国で、ミーティアの身分を高位貴族家の養子として吊り上げようと考えたのだ。
できるなら侯爵家以上が希望ではあったが、三男という立場上、フェルディナントは相手が伯爵令嬢でも、なんとか親から婚約の許可を取り付けた。男爵令嬢のミーティアでは、噂が家族の耳に入った時点で引き離されると分かっていたから、ユリアを隠れ蓑にして、ずっと機会を窺っていたのだ。
あと半年我慢すれば──ミーティアが無事に伯爵家の養子となって帰国できれば、フェルディナントは何の心配もなく、彼女に結婚を申し込むことができる。ユリアに「ミーティアが自分から補助要員として名乗りをあげた」と宣ったのも、下手にミーティアの留学を引き止められたくないが故のことだった。
そんなフェルディナントの思惑など知るよしもなく、ミーティアはせっせと荷造りをすすめていく。
「半年我慢すれば、またユリアに会えるんだし。なんなら留学してる間に、レスターとパルマーク、どっちがユリアに相応しいのかを、あたしの眼力で見極めるのもアリよね……」
なんて言いながら。
彼女の鞄は、はち切れんばかりに膨らんでいくのだった。
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