転生科医フリードリヒ・リンネの回顧録

蒼風信子

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精神科医フリードリヒ・リンネの憂鬱その4(4)

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「帰ってしまいましたね」
「……そうだな」

でも、これでよかったのだ。俺は医者だ。悪いところを治す───それが役目であり義務。故に、労働時間内に転生者の介護をするのは不適切である。俺はコンプライアンスを守り、有意義に使用されるべき労役時間をセーブしたのだ。最善を尽くしたのだ、きっと…


「ところで、私も急用がありますのでここで失礼します。代行は立てておきました。それでは」
「…ああ、OK…………って急用!?急用ってどういう…」
「ただの人助けです。失礼します」


踵の裏が青く光る。浮遊系の術式蛍光だ。ユーオーディアは片足で地面を軽く蹴ると、駿馬のごとき速度で廊下を滑り抜け、すぐに見えなくなってしまった。




自分の膝あたりを見つめて再び深いため息をつく。やはり、途中でブチギレてしまったのは論外だったよな…きっと『お前はもっと話を聞いてやるべきだった』という意志表示なのだろう。

「……はぁ~」
「どうされましたか!!!!」
「うわ!!」

代役が早すぎるぞ。大きな声に思わず振り返ると、どこかで見慣れた顔がいきなり現れた。こいつは…

「戸籍コード HT-nur-GW203348-ε、第5種第3等級特務AI、イリース・ゲラスタンツェンであります!!現時刻13時34分23秒よりユーオーディア・カルディナーレの代行看護師業務を勤めさせていただきます!!お困りのことがあるようでしたら対応窓口にお繋ぎいたしますがいかがいたしましょうか!!」
「いっ…いらない!大丈夫だから…ちょっと静かに…」
「はい!!!」

「…」

…こんな感じのことを言うと、秒で黙る。直立不動で瞬きまばたきすらしないからまるでフランス人形みたいだ。ニコニコしてるのも相まってすごい怖い。

「あの…別に、瞬きまで控えなくても…」
「はい!!!」


「…」


……3秒ごとに目の開閉を繰り返すようになってしまった。工場現場のコンベアを見ているような気分になる。

これは能力差別だと取られかねないのだが、そんなだからいつまでも第三等級トリューデ(看護AIの階級で二番目に低い)なんじゃないのか。ユーオーディアだったら人間をビビらせるような登場の仕方しないし、わざわざ戸籍コードから名乗ったりしない。会った事のある人間に自己紹介しない。あいつだったら、もっと簡潔にスムーズに自己紹介を済ますし、人間っぽい素振りもできるし、人間を観察して行動できる。あいつだったら…




………はあ。自分が嫌になってきた。

俺は患者から逃げたことを正当化するしか能のない無能だ。そんな無能な俺は、頼ってくれた彼女の力になれなかったどころか、ユーオーディアがせっかく寄越してくれた代理の粗を探しては心の中で八つ当たりする始末。無能のくせして、一丁前に神経質になっている。「最善を尽くした」だなんて言い訳に過ぎない。最善を尽くしてあんなお粗末な診療しかできないんだったら、ケアを求めている人のニーズを満たせない自分を、理論武装で正当化するのに躍起になるくらいなら、自分のメンタルすら維持できないなら……精神科医なんてやめたほうが社会のためだ。



「業務連絡が入りましたので沈黙命令を破棄し、ここにご報告いたします!ただいま診療予約が2件入りました!推定診療終了時刻は18時23分35秒です!定時を超えてしまう可能性が高いので代行を用意することもできますが、いかが致しますか?」
「…いらない」
「わかりました!午後の診療も頑張っていきましょう!!」



とにかく、仕事をこなして今日の忌々しい記憶から、すぐさま逃げたかった。家に帰ってもどうせ独りだ。定時に家に帰ったらどうせ忘れられずに思い出して、しまいには眠たくなるまで酒を入れて、最悪な土曜の朝のできあがりだ。どうせならヘトヘトになるまで働いて、屍のように自然に寝付ける可能性に賭けよう。そっちの方がお金も貰えるし、いくらか健康的な気がする…






「お疲れ様でした!!以上で診療は終了となります!!流石に三件連続で異食症の患者様がご来院されたのは、類を見ませんでしたね!!データベースを参照致しましたが、当院設置以来初めての事例でした!!このような稀有なイベントに相対した時、人間の方々は『びっくり』すると学んでいます!!びっくりしていますか??」
「……うん。してるしてる。びっくりぃ…」
「フィードバックありがとうございます!!OSの改善に役立てます!!それではさようなら!!」
「…はぁぁぁ~~」





結局その日は定時を二時間ほどオーバーして、20時半くらいに診療棟を後にした。これが本当の退院である。体調はすこぶる悪い。仕事をすると多少精神が高揚するのを感じるのだが、体は正直で、しんどい、しんどいと悲鳴をあげている。「疲れたらすんなり眠れる」というのは若い頃限定の話だということを、いざというときになかなか思い出せない。体の老化とともに、肉体酷使の応酬は「節々の痛み」とか「気だるさ」に変わっていく。疲れ過ぎて寝付けないなんてこと、20代前半の頃にはなかったと思うんだけどな…

あー。何だか無性にむかむかする。元気があれば何かに当たり散らかしていたかもしれないが…ただ、まだ忘れちゃいけない仕事がまだ一つ残っているので、管理棟へと足を運ぶ。
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