ハルカとカナタと宇宙人・地球の歴史はビジネスチャンス

蒼辰

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パート4

第1話「谷間と生足」パート4

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*仮面舞踏会

 やがて馬車は、劇場みたいな建物の前に滑りこんだ。
「さあ、楽しみましょう」
 ハルカの手を引いて、マリーが跳ねるような足取りでロビー
に入ってゆく。
 カナタも、顔の仮面を直しながらくっついてゆく。だって、
見にくいんだもん。
 馬車の中で、ハルカとカナタは仮面をつけてもらったんだ。
もちろん、マリーもね。
 仮面っていっても、白くてつるんとした大きめの目隠しみた
いなの。目のとこに小さな穴があって、外が見えるようになっ
てるんだけど、はっきり言って、醜い・・じゃなくって、見に
くい。
 ハルカは、マリーといっしょに大きなひさしに羽根飾りがいっぱいついた帽子もかぶせてもらった。
 なるほど、これじゃ誰が誰なのか分からない。
 ロビーに入ると・・お、陽気な音楽が聞こえてきたぞ。
 でもって、大きな扉を開けてもらってホールに入ると、わおっ、思ってた以上の賑やかさなんだな、これが。
 フロアの真ん中では、男の人と女の人がペアになってダンス
を踊っている。
 奥の方でオーケストラが演奏していて、クラシックと同じよ
うな楽器編成なんだけど、ハルカの知っているクラシックとは
違う、陽気でリズミカルな音楽だった。
 でも、ダンスのほうはいたって優雅。
 何組ものカップルが、体を寄せ合い、くるくると回転してゆ
くようすは、とっても華やかだった。
 まわりには、女の人をからかう男の人たちや、男性の気を引
こうとしている女の人たちもいる。
 仕切りのない隣のフロアには、ご馳走が山盛りのテーブルに
お酒のボトルがた~っくさん並んでいて、食べたり飲んだりし
ている人たちもみ~んな楽しそう。
 もちろん、誰もが仮面をして、帽子をかぶってる人もいる。
中には仮面どころか仮装している人もいて、ひょうきんな仕草
でまわりの人を笑わせている。
 わいわいがやがや、うきうきわくわく。
 ハルカやカナタまでなんだかうきうきしてきちゃった。
「行ってくるわね」
 マリーが、意味ありげにハルカに言う。
「え?」
「ダイスゲームよ」
「ああ」
 別室に向かうマリーにハルカもくっついていって、覗いてみ
ることにした。
 そこは、ドアを開け放したサロンみたいな部屋で、大きなテーブルを男の人や女の人が囲んでいる。まわりには、立ったまま見ている人たちも。
 テーブルの上には、羅紗を張った台と、革製のコップとサイ
コロ。そして、たくさんの金貨が山積みになってたり、崩れて
たり、散らばってたり。
 はは~ん。これがマリーが覚えたっていう賭け事なわけね。
「さあ、今夜は真剣勝負よ。大切なモノがかかっているんだか
ら」
 マリーが、テーブルに着き、ダイス・ゲームに加わる。
 テーブルの金貨が動き、ダイスが転がる。
「きゃうっ、あたしの目だわ」
 金貨が集まり、はしゃぐマリー。
 それからまた金貨が動き、ダイスが転がり、喜んだり、悔し
がったり、夢中になってはしゃいでいる。
 その姿は、やっぱり16才の女の子だ。女子高生のお姉さんたちと変わらない。
 けど、あの金貨って、ひとつでいくらぐらいするんだろう。
 目をキラキラさせて、芯から楽しそうなマリーの姿に、ハル
カはなんだか複雑な思いがした。
 ふいに、マリーが顔を上げて、ハルカを見る。
「あたしはもう少しここにいるから、楽しんでくるといいわ」
 ホールをのほうを示して、言う。
 ハルカも頷いて、
「そうします」
 煙草の煙も目にしみてきたので、その場を離れて、ホールに
戻ることにした。
 そうよね、こんな機会、絶対に二度とないんだもの。雰囲気
だけでも楽しんで行かなくっちゃね。
 でも、目立たないように端のほうを通ってゆく。なのに、
「踊らない?」
 声をかけられちゃった。
 振り向けば、男の人が三人もいた。もちろん顔は仮面で分か
らないんだけど、口元が親しげに微笑んでいる。
「あ、あたしは・・」
「ボクじゃお嫌かな?」
 まるでナンパだな、こりゃ。
「そうじゃなくて・・・」
 なんとか断らなくっちゃ。
「遠い国から来たので、踊りは、その・・・」
「出来ない?」
「ええ」
 うまくいった。と、思ったら、
「じゃ、キミの国の踊りを見せてよ」
 左の男の人が割りこんできて、
「いいね、見せてよ」
 右の男の人も乗ると、
「それいいね」
 盛り上がっちゃった。
「あ、あの・・・」
 ハルカの言葉なんかてんで聞いてない。一人が両手を広げて、曲の合間のダンスフロアに出て行っちゃった。
「ご来場のみなさん、遠い国からやってきた美少女が・・美少
女? きっとそうだよね」
 この手のお決まりって昔からあったんだ。どっと受けるフロ
アの仮面の人たち。
「その美少女が、遠い国の踊りを見せてくれるそうです。さあ、拍手を」
 ぱちぱちぱち。フロアの人たち、一斉に盛大な拍手でこっち
を見ている。
「さあ、踊って踊って」
 声かけてきた男の人が、ハルカの背中を押して、フロアの真
ん中に押し出す。
 ぽっかり空いたフロアの真ん中で、みんなの注目と拍手を浴
びちゃった。
 どうする? ハルカ。こりゃ逃げられないぞ。
 しゃあない。体育祭でやったヤツ、やってやるか。
 バッと腕を突き出して、最初のポーズ。
「へ~いへいへい、へ~いへいっ」
 アカペラで『学園天国』歌いながら腰を振り始めるハルカ。
「へいっ」
「へいっ」
「へいっ」
「へいっ」
 よ~っしゃ。仮面の人たちも乗ってきたぞ。
 ♪♪♪・・・。
 ハルカ、調子のって歌い出した。
 これ振り付けてくれたの、高校でダンス部に入った先輩なん
だ。だから、ヒップホップってほどじゃないけど、かなり今風
の振り付け。
 受けた・・んだか、笑われてるんだかわからないけど、見て
いる人たちはやんやの大喝采。
 ハルカ、かなり調子に乗って来ちゃいました。はい。
 フロアの騒ぎに、マリーもゲームを中座して、なんだろうと
覗きに来る。
 そこには、見たこともない不思議なダンスを踊るハルカの姿
と喝采する人々。
 人気者ね。
 にっこりと笑うマリー。
 ホントに笑顔が可愛いんだ。
 ところで、カナタは?
 あ、いたいた。奥のフロアの壁際の椅子に座って、左手にご
馳走の乗った大きなお皿、右手に銀のフォークで、ぱくぱくぱ
く。
 よく食べるね、まったく。
 え? 三皿目?
 *
 ところで、その頃、カバーオはというと、ちゅ~っ。
 いや、誰かとキスしてたわけじゃない。歯磨き粉くらいのチューブを持って、ちゅ~っと中身を吸っていたんだ。
 なんなんだろ、一体。
 と、チューブを口から離すと、無邪気そうに見えた顔が、そ
うでもないことが分かった。
 眉間に皺を寄せて、口はむすっと閉じている。
 急に眉毛が上がったかと思うと、
「早く戻るというのは、チダマでは何時間を意味するのですか、まったく」
 だって。
 待ちくたびれて、怒ってるらしい。
 *
 何時頃なんだろう。
「引き上げましょうか」
 マリーに声をかけられたとき、カナタは隅っこのソファでぐ
うぐう眠っていた。
「起こさなくてもいいわ」
 給仕みたいな人に馬車まで運んでもらった。けど、行きにカ
ナタと二人で乗ってた席は占領されちゃった。
 それで、帰りはマリーと並んで座ることになった。
 からからから。四頭立て馬車がヴェルサイユに向かって走り
出す。
「楽しかった?」
「ええ」
 ハルカ、にこっと答える。
 だって、ホントに楽しかったんだもの。
 あのあと、大勢の男の人や女の人が、その踊りを教えて欲し
いとやってきて、歌といっしょに教えてあげたり。
 おかげですっかり人気者になって、誰かがご馳走を運んでく
れたり、飲み物を持ってきてくれたり。もちろん、アルコール
はお断りしたので、果物の入った甘いパンチだったけど。
 それから、簡単なゲームを教えてもらって、みんなでわいわ
い騒いだり、へへ、ダンスも少しだけ教えてもらっちゃった。
 でも、どんちゃん騒ぎって、意外と楽しい。
 クラブにも行ってみたいかも。
 ハルカは、はたちになったらクラブに連れてってやるって言
われてるんだ。パパのレストランにときどきやってくるヒップ
ホップ系の人たちから。
 商店街で働いてる人たちなんだけど、クラブが大好きで、週
末になると「ウィークエンドはオールだぜ」とか言って、朝ま
で踊って騒ぎに行く。
 仮面舞踏会も、それと同じだ。
 もちろん、21世紀のクラブとは違う。
 DJのかわりにオーケストラ、ヒップホップ・ダンスのかわり
にソシアル・ダンス、カジュアルウェアじゃなくって優雅なド
レスに長い上着。
 見た目は優雅だけど、やってることはクラブといっしょ。
「あそこに集まっていた方たちって?」
 ハルカは、隣に座っているマリーに聞いてみた。
「貴族ばかりよ。みんな仮面をつけて、自分を隠しているから、だからハメを外せるの」
 やっぱり、そうなんだ。
 普段は、貴族としてしきたりや制度に縛られている人たちが、仮面で自分を隠して、自由に、のびのびと騒いでいるんだ。
 クラブはお金を出せば誰でも行けるけど、仮面舞踏会に集ま
るのは、特権階級の人たちばかり。
「パリで楽しいのは、これだけ」
 マリーが、ぽつりと言う。
 ハルカは、ふっとその横顔を見た。
 この人は、なにかを忘れるために、なにかから逃げるために、仮面舞踏会と賭け事にはしゃいでいるんだ。
 どうして?
 きっと、自分の人生を自分で決めるっていう、ホントの意味
での自由がないからだ。
 目をそらせて、窓の外を見た。
 楽しかったけど、ぐったり疲れちゃった。パリの連なる建物
の上の、夜明け近い空が、なんだか切なく感じられるのはどう
してだろう。
 意外と速いスピードで走る四頭立て馬車の窓から、道ばたで
寝ている人の姿が、ちらっと見えた。
「勝ったわよ」
 マリーが、耳元で言う。
「え?」
 顔を向けると、にこっと笑って、小さなポーチをぱちんと開
ける。中には、金貨がざっくざく。
「約束よ。あなたの、音楽の小さな箱は、もらうわね」
 勝っちゃったんだ。仕方ない。
「分かりました」
 ハルカはこくりと頷いた。
 やがて馬車は、パリの市街を抜ける。
 今頃、ジャン=リュックはわらの上で寝ているのだろうか。
妹と二人で。


*規則違反ですっ

「それは絶対に許されないことですっ」
 カバーオが唾を飛ばして厳しく言う。
「だって、あたしのだよ。あたしのものをどうしようと、あた
しの勝手でしょ」
「そうはいきませんっ」
「なんでよっ」
 帰って、経緯を話して、MPプレイヤー上げちゃったこと話したら、カバーオが急に怒り出す・・っつうか、焦り出しちゃったんだ。
「のちの時代の技術を、前の時代に残してゆくことは、じゅ~っだいな規則違反なのですっ。だってそうでしょ」
 なんにも言ってないのに、一人でしゃべっている。
「刀で戦っている時代に、機関銃残してきたらどうなりますかっ」
「そうだけど・・・」
「あなた方をタイムマシンに乗せること自体規則違反なんです
から、それ以外の規則には従ってもらうと言った筈です。言い
ましたよね」
 あ、そ~ゆ~言い方する。
「言った。けど・・・」
「ま~ったく、だからイヤだったんだ」
 ハルカの言い分なんか聞きもしないで、ぶつぶつ言いながら
カプセルに入ってなにやらごちゃごちゃ。
「どうするの?」
「取り戻しにゆきます」
「どうやって?」
「その、マリーさんとはネットさんにプレイヤーを渡したのは
何時ごろなんです?」
「マリー・アントワネットっ」
「プレイヤーを渡したのは何時なんですっ」
 うっ。やっぱいけないことしちゃったのかな。
「んと・・・」
 あれから馬車でヴェルサイユに帰って、その後すぐに渡した
んだ。
「ありがと」
 彼女はうれしそうに笑った。
 ホントに、笑顔が可愛い人なんだ。
 ハルカの肩に手を置いて、
「ゆっくりしてゆくといいわ」
 って、言ってくれた。
「楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったわ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 ハルカの頬にそっと手を置いて、くるり、眠そうなようすで、疲れたようすで、去っていった・・・。
「何時なんですっ」
 るっせえな、もう。
「だから、明け方よ」
「五時とか六時とか、そんなもんですね」
「うん」
「分かりました」
 また、カプセルの中でごちゃごちゃごちゃ。
「どうするの?」
「タイムマシンを、マリーさんとはネットさんが熟睡している
時間帯の、ミヤドノに移動させます」
「ミヤドノ?」
「きゅうでんだと思うよ」
 カナタが口をはさむ。
「そんなこと問題じゃありませんっ」
 こいつ、ヒステリーかよ。
「今はプレイヤーを取り戻すことが重要なんですっ」
 こら、唾飛んできたぞ。もう。
「朝飯、美味かったね」
 両手を頭の後ろに、足伸ばしてでれっと座ったカナタが言う。
 そう。寝間着まで用意してもらって、立派なベッドで眠って、起きると朝ご飯が用意してあったんだ。
 暖かいミルク、焼きたてのパン、卵とソーセージ、それに、
紅茶まで。
 いや、あれ食べたの、もうお昼近かったのかも。
「さ、乗ってください」
 カバーオの言葉に、ハルカとカナタがのろのろと動き出す。
「乗って下さいっ」
 分かったわよ。二人が乗り込み、ドアを閉めると、タイムマ
シンががらがらじゃ~っ。
「マリーさんとはネットさんが眠っているミヤドノの屋根裏に
微移動します」
「初めっから宮殿に移動すりゃよかったじゃない」
「こちらに来て、細かい移動だから可能なんです」
「そ~ゆ~もんなの?」
「じゃ、あなた、遠くからボール投げるのと、近くからとじゃ、どっちが命中率高くなります?」
「そら、近いほう」
「そういうことです」
 ふ~ん。なんか分からんけど、そ~ゆ~ことなんだってさ。
 ぽとっ。
 到着したらしい。
 ドアを開けて外に出ると、なるほど、がらんとした広い屋根
裏らしき場所だった。
「で、どうするの?」
「マリーさんとはネットさんが眠っている間に、プレイヤーを
取り戻します」
「そんな・・・」
「だいじょうぶ。きっと夢だと思います」
 マジかよ。
 上げたもの、取り返すのって、なんかイヤだな。けど、カバーオのこの剣幕だと、かなりいけないことしちゃったみたいだし。
 あれこれ考えながら、腰をかがめて前進するカバーオにくっ
ついてゆく。
 なんか適当な場所をめっけたらしくて、小さな道具使って、
板を一枚外すと、下に廊下が見えた。
 すっ。
 身軽に飛び降りるカバーオ。
 こいつ、スパイか忍者か。
「さ」
 促されて、ハルカとカナタも廊下に飛び降りる。
「マリーさんとはネットさんの寝室はどこです」
「三階」
「けど、見張りとかいるんじゃね?」
「考えてあります」
 サッと、上着の下から小さな銃を取り出した。
「撃つの?」
「まさか、眠ってもらうだけです」
 さささっ。泥棒かスパイみたいに、廊下の端を低い姿勢で小
走りに移動を始める。
 カバーオってやっぱこういう訓練も受けてるのかな?
 ともかく、真似してくっついてゆく。
 階段を三階に下りる。
 するとそこに、召使いの女の人がいた。
 バシュッ。
 すかさずガンを放つカバーオ。
 ぼわっと白い煙が召使いを包んだかと思うと、へなへなと膝
からその場にくずおれちゃった。
「ちょっと・・?」
「だいじょうぶ、一時間ほどで目が覚めます」
 ふ~ん。
「あんた、結構いろんな武器持ってるんじゃない」
「あくまでも緊急用です」
 さささっ。
 ハルカの指示で廊下を移動し、角をひとつ曲がる。
 するとそこにも、給仕みたいな男の人。
 腰をかがめて、カバーオがバシュッ。
 白い煙とともに眠っちゃう給仕。
 いよいよスパイ映画みたい。
「こっち・・・あそこだよ」
 てなわけで、ともかく、マリーの寝室の前に無事到着する。
「あたしがやる」
 ドアノブに手を伸ばすカバーを押しのけて、ハルカは自分で
ドアを開けることにした。だって、あたしの上げたものだもの。
 かちゃ。鍵はかかってなくて、ドアはスムーズに開いた。
 そうっと三人で寝室に体を入れ、ドアを閉めた。
 カーテンは閉まっているけれど、夜明けの明かりが隙間から
差しこんでいて、ほのかに明るい。
 見回すと、すんげえ広い部屋で、ドアに近い半分がサロンみ
たいになっていて、その奥に、天蓋つきの大きなベッドがあっ
た。
 そおっと近づくハルカとカバーオとカナタ。
 天蓋から降りるヴェールの向こうで、マリーの眠っている姿
が見えた。
 カバーオが、そっとヴェールを上げ、そこからガンを差しこ
む。
「なんのつもり?」
「目を覚まされては困ります」
 言うのと同時に、レバーを引くカバーオ。
 が、ぷすって音がしただけで、白い煙は出なかった。
「あ・・」
「どしたの?」
「ガスが切れました」
「結構役に立たないわよね、あんたの武器」
 むすってイヤな顔してるけど、どうよ、カバーオ。
 けど、見ると、MPプレイヤーはマリーの枕元に置いてある。
 じっと見ていたハルカ、意を決して、ヴェールの中に腕を差
し入れた。
 もう少しでMPプレイヤーに手が届く、その時、
「誰・・?」
 マリーが、背中を向けたまま、言った。
 はっと手を引っこめるハルカ。
 慌ててばっとしゃがみこみ、ベッドの下にもぐるカバーオ。
ついでに、カナタの足を引っ張って、いっしょに隠れさせた。
 けど、ハルカはそのまま、マリーがゆっくりと体をこちらに
向けるのを見ていた。
 目が合う。しばし、険しい顔でハルカを見ているマリー。
「やっぱりね」
 やっとハルカだと分かったみたいに、表情がやわらいだ。
「取り返しに来たんだ」
「ごめんなさい」
 マリーが、ふっと口元で微笑む。
「あたしが、ムリを言ったのよね」
 体を起こし、ヴェールを上げて、ハルカと向き合った。
 それから、MPプレイヤーを手に取り、少し名残惜しそうにしてから、ハルカに向かって差し出した。
「どうぞ」
「ホントに、いいの?」
「諦めるわ、夢だと思って」
 そうか、そう思ってくれるなら。
 ハルカは、マリーの手からMPプレイヤーを受け取った。
 すると、ふいにくすりとマリーが笑う。
「まるで、あたしの人生みたいね」
「そんな・・・あなたには、まだ・・・」
「いいえ、いいの」
 遮るように言って、じっとハルカを見つめている。
「帰るのね。あなたの、元気が女の子らしさの国に」
「ええ」
「羨ましいわ、あなたが」
 そっと、ハルカの頬に手をあてた。
 ずいぶん近いところに、マリーの顔がある。その目が、いろ
いろな意味を浮かべながら、ハルカを見ている。
 が、思いを振り切るように、パッと体を離すと、今度はいた
ずらっぽい目でハルカを見た。
「あたしね、ウソをついたの」
「え?」
「ホントは、ダイスゲームに負けたの」
「あ・・」
「だから、あたしにそれを貰う権利はなかったのよ」
 なんですって? こらこら。
 ちょっぴり咎めるような目のハルカを、いたずらっぽく笑い
ながら見ている。
 それから、サッと軽い身のこなしでベッドを降りて、ハルカ
の前に立った。
「さ、約束通り、欲しいものをあげるわ」
 あ・・考えてなかった。だって、もう貰えないと思ってたか
ら・・。
 ハルカは、急いであたりを見回してみた。すると、ベッドサ
イドテーブルに、ミルクでも飲んだのだろうか、カップとスプーンが残っていた。
「じゃ、そのスプーンを」
 マリーが、え? とスプーンを手に取る。
「こんなものでいいの?」
「ええ、あなたに会えた記念ですから」
「そう」
 マリーがスプーンを差し出す。
 ハルカはそれを大切に受け取った。
「そうだ」
「え?」
「プチトリアノンを田舎の家みたいにしよう」
 思いつきを楽しむように、歩きながらしゃべりだした。
「田舎のね、農家みたいに改造するの。そこであたしも、田舎
娘みたいな恰好をして暮らすの。どお?」
「仮面舞踏会より、いいかも」
「でしょ。その時は、遊びに来てね」
「そうしたいです」
「約束して。いつかまた、会えるって」
 どうしてだろ、マリーの顔を見てたら、涙目になった。
「ええ、いつか、また」
 それから笑顔のマリーが近づいてきて、そっとハグしてくれ
る。首筋に暖かい感触があったのは、キスしてくれたんだ。
 だからハルカも、マリーの首筋にそっと唇を寄せる。
「さよなら」
 ハルカの方から言った。
 頷くマリー、くるりと背を向けてから、
「さよなら」
 言って、トイレにでも行くのかな。疲れた足取りで奥のドア
の向こうに消えていった。
 MPプレイヤーと銀のスプーンを手に持ったまま、ハルカはじっと閉じたドアを見ていた。
 と、いきなり足を引っ張られた。
「今の内ですっ」
 あ、そうでした。
 カバーオを先頭に、ハルカとカナタ、たたたたたっ、部屋を
飛び出し、階段を上がり、屋根裏へと駆け戻った。


*いつか、また

「このまま、元の時代に戻りますから」
 カプセルに戻るなり、計器をがちゃがちゃやりながら、カバーオが言う。
「え~、もう帰っちゃうのぉ」
 あらカナタ、18世紀フランスが気に入っちゃった?
「いつまでもぐずぐずできません。わたしをこれ以上困らせな
いでください」
 とても言い返せない強い調子で言うんだ、これが。
「分かったわよ」
 ハルカも、渋々納得した。
 がらがら、じゃ~っ・・・。
 いつもの音とともに、カプセルが白い光りに包まれる。
「ねえ、マリー・アントワネットさんって、あのあとどうなっ
ちゃうの?」
「え~とですね」
 ウサンクサペディアのデータを呼び出すカバーオ。
「革命に反対し、ギロチンにかけられた、とあります」
「ギロチンって?」
「それは・・」
「言わないでっ」
 ハルカ、思わず耳を塞ぎながら叫んだ。
 だって、だって、あの人がギロチンにかけられるところなん
て、想像もしたくない。
 顔を上げると、カナタが、え? カバーオが、ん? と、こっちを見ていた。
「だって、だってそんなの、あんまり・・・」
 するとカバーオが、バカに静かな目でこっちを見ていた。
「人は、いつか死にます」
「そうだけど・・・」
「あなたも、そしてわたしも」
 それはなんだか、小さい子に言い聞かせているみたいな言い方だった。
 それから、
「でも、いつかまた会えますよ」
 顔を前に戻しながら、言う。
「え?」
「だって、約束したんでしょ」
 そのまま、お仕事の顔して澄ましてる。
 そんなカバーオを、ハルカは不思議そうに、見た。
 ぽとっ。
 あ、到着したようです。


*起業するわっ

 カプセルは、きちんと斜めった宇宙船のしかるべきポジショ
ンに戻っていた。
 転げ落ちるように、カナタ、ハルカ、そしてカバーオが降り
立ったのは、もちろん、ハルカんちの屋根裏部屋。
 どっと日常と現実が三人を襲う。
「面白かったぁ」
「うん」
 カナタの一言にハルカも同意。
「ちっとも面白くありませんっ」
 カバーオだけは怒っている。
「もうこれっきりに・・・」
「そうはいかないわっ」
 言葉を遮られ、え? とハルカを見るカバーオ。
「あんた、宇宙船を修理するためには、60インチ8Kクオリティで、3Dの液晶テレビがいるんだったわよね」
「は、はい」
「それには、お金を稼がなきゃいけないんだったわよね」
「はい」
「いけるわ、この商売」
 バッとマリー・アントワネットに貰った銀のスプーンを差し
出している。
「そのスプーンが、売れるんですか」
「これはあたしのっ」
「は?」
「起業するのよ」
「え?」
「は?」
 ぽかんのカバーオとカナタの前で、一人にんまり。
 お~や、なにか考えついちゃったのね、ハルカちゃん。

[つづく]
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