ハルカとカナタと宇宙人・地球の歴史はビジネスチャンス

蒼辰

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パート3

第1話「谷間と生足」パート3

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*我らは使者である

「なんでこんなもん着るのさ」
 チョコバーと交換したマント着ながら、カナタが言う。
「いい、あたしたちは遠いミライの国から着た使者だかんね」
「シシャ?」
「あんたは従者」
「ジューシャ?」
「あたしの横でもっともらしくしてなさい」
「はが」
 もっともらしくって、どうすればいいんだ?
 訳わかんないまま、マントを羽織り、フードまでかぶったハ
ルカの後ろをくっついてった。
 でもってハルカはすたすたすた。宮殿の正面入り口に向かっ
て歩いてゆく。
 当然、そこには門番役の兵隊が立っている。
「待てっ」
 兵隊が、行く手を遮る。
 けど、ハルカったら胸を張って、堂々としたもんだ。
「わたしは、遠いミライの国から、マリー・アントワネットさ
まにお見せするものがあって使わされた使者である」
「なに?」
「マリー・アントワネットさまにミライの国の使者が来たとお
取り次ぎ願いたい」
 なんだ? こいつら。思わず顔を見合わせる二人の兵隊。け
どすぐ、怖い顔になっちゃった。
「子供の来るところではない。あっちへ行け」
 あらま、まるっきし子供扱い。邪険に追い返そうとする。
 けど、それくらいは想定内。これならどうだ、二百数十年昔
の人たちよ。
「これをお聞かせしたいのだ」
 取り出したのは、小さなスピーカー内臓のMPプレイヤー。
 ピッと再生を押すと、ちゃ~んちゃちゃっかちゃっかちゃ~
ん・・『栄冠は君に輝く』のブラバン演奏が鳴り出した。
「おおっ」
 びっくりして後ずさる門番の兵隊。
 へへ、どうだ。
 んが・・・。
「怪しいヤツッ」
 手を剣の柄に、身構えちゃった。
「あ、怪しい者ではないっ」
「そ~ゆ~ヤツほど怪しいんだよっ」
 反射的に逃亡準備のカナタ。
「捕らえろっ」
 飛びかかってきたその途端、
「来てッ」
 ハルカを引っ張り、パッと脱出するカナタ。
「待てっ」
 ちぇっ、追いかけてきやがんの。仕方ないから、『栄冠は君
に輝く』響かせながら、ハルカとカナタはそら逃げろ。
 と、そこに、からからから、軽快な音をさせて、小型の馬車
が走りこんできた。
「何ごとです」
 ちょっと偉そうな女の人が、馬車の窓から兵隊に声をかける。
「怪しげな子供らがおりまして」
「子供?」
 そのスキに、ハルカを引っ張って、馬車の下をくぐり、反対
側に出るカナタ。
「シシャなんです」
 え? と、馬車の女の人がこっちを見る。
「そう、わたしたちは、遠いミライの国からやってきた使者。
マリー・アントワネットさまが音楽好きと聞いて、これをお聞
かせに参ったのです」
 MPプレイヤー掲げて、ちゃ~んちゃちゃっかちゃっかちゃ~ん。おっ? とびっくりする女の人。
「それは・・・?」
「わたしたちの国の、音楽を聞くための新しい道具でございま
す」
「ほう・・・」
 ハルカとカナタのようすをしげしげと眺める。
 と言っても、足まで隠れるマント羽織って、フードまでかぶってるんだけどね。
「そなたたち、どこから来たと?」
「遠いミライの国から参りました」
「ミライの国? それはどこにある」
「ずっと、ずっと東の方に」
「東の方?」
「マリー・アントワネットさまもご存じないほど遠くでござい
ます。しかし、マリー・アントワネットさまのお名前は、わた
しの国まで届いております」
 それでもやっぱり、不審そうにハルカとカナタを観察する女
の人。
 目線が来たところで、カナタ、ニッとVサイン。
 むっとたじろぐ女の人。
「これはいかがでしょう」
 違う曲をセレクトして、再生ぴっ。ショパンの『子犬のワル
ツ』ってピアノ曲が流れ出す。
 この曲、知ってるかしら?
 残念でした、ハルカちゃん。ショパンは19世紀前半の人。
今は18世紀の後半でございます。
 でもまあ『栄冠は君に輝く』よりは、この時代の音楽に近い
わな。
「これを、マリー・アントワネットさまに聞いていただきたい
のです」
 ようやく、ほ~おと感心したように体を起こす女の人。しば
らく考えてから、兵に命じた。
「武器はないか、改めよ」
「はっ」
 兵隊がこっちに向かってくる。
 え~い、もう。
「武器など持っていませんっ」
 パッとマントを脱ぎ捨てちゃった。
 え? と目を丸くする女の人。
「これは、わたしの国ではちゃんとした服装です」
 どうせスカートが短いとか言うんでしょ。先手打ってやる。
「なんでこんなん着たのか意味分かんね」
 ぶつぶつ言いながらカナタもマントを脱いでいる。
 ちょっと怪しげな雰囲気出そうと思ったんだけど、こういう
成り行きになっちゃったの。
 ちゃんとした服装ったって、まるっきし普段着なんだけどさ。
ともかく、堂々としていろ。
 ハルカ、片手を腰に、胸を張って女の人を見た。
「どうか、マリー・アントワネットさまにお取り次ぎを」
 宇宙人でも見るように・・って、ほとんど宇宙人みたいなも
んなんだけどさ・・ともかく、しばらく不思議そうにハルカと
カナタを見ていた女の人が、ようやく意を決した。
「ここで待っていなさい」
 それだけ言うと、門番に合図をし、からからから、宮殿の中
に入っていった。
「あの方、どなたですの?」
「マリー王女さま付きの女官だ」
 わお、やった。きっと取り次いでくれるんだ。
 思わず門番の兵隊に、にっ。
 兵隊、気味悪そうに後ずさる。
 やれやれ。カナタは、またまたチョコバー取り出し、鉄柵に
もたれてもぐもぐもぐ。こいつ、いくつ持ってきたんだ?
 けどさ、その姿、現代のヴェルサイユに来た観光客みたい。
 やがて、カナタがチョコバー食べ終わったころ、黒くて長い
ドレスの裾を揺らしながら、王女付きの女官が戻ってきた。
「来なさい。マリー王女さまが、お会いになるとおっしゃって
います」
 やった。
「ありがとうございます」
 優雅に一礼しながら、カナタの頭ひっぱたいて真似させた。


*谷間と生足

 鉄柵のゲートをくぐり、すたすたすた、意外と早足の黒いド
レスの女官にくっついてゆくと、宮殿の建物がぐんぐん近づい
てくる。
 だんだん全体が見えなくなって、圧倒されそう。それくらい、堂々とした立派な建物なんだもん。
 宮殿の前の広場のようなところを横切って、正面ではなく、
左手の入り口から建物の中に入る。
 すると、まあ、わおっ。思ってた以上の豪華さなんだな、こ
れが。
 柱にも壁にも飾りが施されているし、たか~い天井には飾り
だけでなくきれいな絵まで描いてある。もう、そこらじゅうデ
コデコ。
 すっげえっと、あたり見回しながら黒いドレスの女官にくっ
ついてゆくと、これまた立派な大理石の階段に出る。そこを、
たんたんたん、三階まで上がる。
 すたすたすた。黒いドレスの女官は、馴れた足取りで豪華な
廊下を通り抜けると、
「こちらでお待ちを」
 とある部屋に通された。
 けど、あれ? 「お待ちを」だって。敬語じゃん。
 うれしくなって部屋の中を見回してみる。
 謁見の間みたいなとこを想像してたんだけど、そこは、なん
つうの、サロンみたいな部屋だった。
 真ん中にクラシックな・・って当たり前か・・ともかく立派
なソファとテーブルがあって、少し離れたところにもっと立派
な椅子がある。
 あと、ピアノがあって、脇テーブルには大きな花瓶に花が飾ってある。窓にはきれいなカーテン。窓の向こうには、すっげえ広々とした庭園が見えていた。
 壁には女の人の肖像画がかかってる。これ、マリー・アント
ワネットさまかな。
 脇テーブルのポットの蓋を開けてみたのはカナタ。中には色
とりどりのマカロンが入ってた。
「うまそ」
 パッとハルカを見て、
「食べてい~かな」
「やめときな」
「ちぇっ」
 渋々ポットのふたを閉じるカナタ。
 ハルカは、壁のもう一枚の肖像画の前へ。若い男の人だ。マ
リー・アントワネットの旦那さま? ってことは王子?
 はい、その通り。後にルイ16世になるマリー・アントワネットの旦那さまの肖像画でした。
 でもってこっちでは、カナタが今度はソファに触ってみてる。これがさらさらでとっても気持ちいいんだ。
 座ってみようとすると、ん? ハルカが見とがめた。
「座っていいって言われるまでダメ」
「い~じゃん」
 腰下ろしちゃうんだけど、その途端に、ドアががちゃ。カナ
タ、慌てて立ち上がった。
 ハルカも、ぎいっと開くドアの方を見る。
 入ってきたのは、さっきの黒いドレスの女官。
「マリー・アントワネットさまだ」
 その言葉に、ハルカとカナタ、ソファの横のスペースに急い
で並んで立った。
 やがて、まるで踊るような軽い足取りで、きれいな女の人が
入ってくる。
 この人が、マリー・アントワネットさま・・・。
 若い。つやつやした横顔は、まるで高校生のお姉さんって感
じ。
 それもそのはず、このとき、マリー・アントワネットはまだ
16才だった。
 で、その16才のマリーは、ぽかんと眺めているハルカとカナタの視線を気にもせず、先ず脇テーブルに行って、ポットのふたを取り、マカロンをつまんで、ぱくり。
「あ・・」
 思わず声に出しちゃったカナタを見ると、
「食べる?」
「あ、はい」
 もひとつとって、ひょい、カナタに投げてくれた。
 そんなようすも、とてもオトナとは言えない雰囲気。ハルカ、急に親しみがわいちゃった。
 カナタも、
「ども」
 もぐもぐもぐ。い~人じゃん。
 長い髪はすっと束ねただけ。ドレスも、目も覚めるような美
しいブルーの生地だけど、レースの飾りもごく控えめな、シン
プルなもの。ふわりと広がった裾は床に引きずるくらい長いけ
れど、胸元は大きく開いていて、谷間どころか斜面まで見えて
いる。
 ぱくりとマカロンかじりながら、大きくて立派な椅子に座る
マリー、優雅に足を組んだ。
 この人が、マリー・アントワネットなんだ。どきどきどき。
ハルカ、改めて緊張してきちゃった。
「どこか、遠くから来たとか」
「あ、はい」
 ハルカちゃん、あわててご挨拶。
「遠いミライの国から参りました、ハルカと申します」
「あ、俺、カナタっす」
 マリー、マカロン食べながら、物珍しそうに、どこかいたず
らっぽい目で二人を眺めている。
「スカート、履き忘れたの?」
 ん、いきなりそう来たか。
「ちゃんと履いております」
 フレアミニの裾をピッと引っ張ってみせる。
「まるで下着ね。いくら子供でも、みだらじゃない?」
 みだら? いくらなんでもそりゃないだろ。
「王女さまこそ、胸元があらわですわ」
 え? と胸元に手を当てるマリー。それから、ゆらりと笑み
を浮かべる。
「これは母性の表現。いわば女らしさをあらわすもの。殿方の
目を引くためではないことよ」
「それなら・・」
 ハルカ、こういうときは負けてない。
「このスカートの短さも、あたしたちの女の子らしさをあらわ
すもの。男子の目を引くためではありません」
 ほうっと目を上げるマリー。
「あなたたちの、女らしさって?」
「それは・・・」
 大急ぎで脳みそを回転させるハルカ。
「元気」
 一言で答えた。
「元気?」
「はい」
 ハルカ、真っ直ぐにマリーを見て答える。
「自分で物事を決め、自分から行動し、なにかを実現してゆく
力。そのための元気を持つこと。それが、あたしたちの求める
女の子らしさですわ」
 ふっと驚いたようなようすのマリー。
「それが、女の子らしさ?」
「ええ、あたしの国、あたしの時代では」
 ふ~ん。感心したような、疑うような、うらやむような、不
思議なものを見るような、とっても複雑な目でハルカを見る。
 言い過ぎちゃった? どきどきのハルカ。
 けど、ふいに、ニコリと、面白そうな笑顔になる。
「面白い子ね、あなた」
 ほっ。
「ありがとうございます」
 答えながら、ハルカは、笑顔の可愛い人だと思った。
「座って」
 言いながら、自分は立って、脇テーブルへ。マカロンのポッ
トを持つと、ソファに座ったカナタの前に置いて、ふたを取る。
 先ず自分がひとつ取ってから、
「食べて」
 カナタに笑いかける。
「あ、ありゃとざいっす」
 こら、噛んでるぞ。
 うれしそうにマカロン取っちゃって、もう。
「それで、なにか見せてくれるそうね」
「はい」
 スピーカー内臓MPプレイヤーをテーブルに置くハルカ。
「これでございます」
 なにがいいかな? 古いのがいいよね。んじゃ、ハルカのお
めざ曲で。
 セレクトしてから、プレイをピッ。
 チャン、チャチャン、チャチャチャチャチャチャ~ン・・・
ヴィバルディの四季が流れ出した。
 途端に、マリーが体を前に乗り出す。
「すごい・・・」
 びっくりしてた顔が、じきにうれしそうな表情に変わる。
「ステキ。あなたの国のもの?」
「はい、わたしたちの国で、音楽を楽しむためのあたらしい道
具でございます」
「なんて素晴らしいの・・他には? そうだ、あなたの国の音
楽はないの?」
「はい」
 って答えたものの、どうしよう。えい、この際だ、元気いっ
ぱいで行こう。
 セレクト、プレイ、ぴっ。
 いきなりエレクトリック・ギター、そしてドラム。
 きゃりーぱみゅぱみゅの曲が流れ出した。
 わっとのけぞるマリー。
「これが、あなたの国の音楽?」
「はい、女の子の元気を表現した音楽でございます」
 すまして答えちゃった。
 するとマリーが、面白そうに笑ってる。
 ホント、笑顔の可愛い人だ。
「元気。いい言葉ね」
「はい」
「触ってもいい?」
「どうぞ」
 立って、うれしそうに小走りでやってくる。優雅なんだけど、はつらつ。
 あなただって、元気を持ってるじゃない。
「どうするの?」
「あ、ここを、こうして・・・」
 床に膝をついて、MPプレイヤーをいじり出す。
 次々に飛び出すいろんな音楽。
 嵐、モーツァルト、レディ・ガガ、栄冠は君に輝く、
Perfume、ラヴェル、テイラー・スウィフト、ももいろクローバーZ・・・。
 んもう、ハルカちゃんったら趣味が雑多なんだから。
 けど、16才のマリーは、目をキラキラさせて、ときどきしかめっ面になったり、笑顔になったり、ほうっと感心したり、楽しそうにMPプレイヤーをいじくっている。
 この人だって、同じ10代の女の子なんだ。好奇心わくわく、新しいことにうずうずの。
 夢中になってるマリーを見て、ハルカは思った。
 やることのないカナタは、マカロンをもいっこぱくっ。
 すると、不意にマリーが顔を上げる。
「これ、くれない?」
「それは・・・」
「ダメ?」
 あげちゃおかな。プレイヤーはまた買えるし。けど、中の曲、結構必死で集めたんだよな。
 ごめん。
「わたしの国でも貴重な品物。差し上げるわけには参らぬので
す」
「そっかあ」
 あれ? マリー・アントワネットが10代っぽいしゃべり方になってるぞ。
 またしばらくMPプレイヤーをいじっているマリー。
 関ジャニ∞、ショパン、ファンモン、ケイティ・ペ
リー、ワーグナー、スーパーフライ、モー娘。、リスト、ドビュッシー、椎名林檎・・・。
 林檎ちゃんのところで、マリーがいたずらっぽい顔でハルカを見る。
「賭けしない?」
「賭け?」
「今夜、仮面舞踏会があるの。あなたも連れてゆくわ」
「あたしも?」
「いいでしょ」
「あのぅ・・」
「もちろん、君もいっしょだよ」
「やった」
 ホッとするカナタ。
「そこで、ダイスゲームがあるの。そのゲームであたしが勝っ
たら、これをちょうだい」
「もしも、王女さまが負けたら?」
 恐るおそる、尋ねてみる。
「あたしの持っているもので、あなたの欲しいものをなんでも
あげるわ」
「ひえっ・・?」
 ハルカ、目がきらめいちゃった。カナタまで、口あんぐり。
 だって、マリー・アントワネットの持ち物だよ。それも、な
んでも、だって・・・。
「いいでしょ」
 マリーの、いたずらっぽい目。
 けど、ここは賭けるっきゃない。
「分かりました」
 ハルカ、しっかりと頷いた。
「でも、そのスカートはダメよ」
 いたずらっぽい顔で、ハルカのスカートを指さしている。
 ホント、笑顔が可愛い人だ。


*オーギュストは退屈な人

 ハルカはとってもい~気分だった。
 だって、ドレスなんて着たの、幼稚園の学芸会以来だもの。
それも、ママが間に合わせに作ったドレスじゃない。ホンモノ
の18世紀フランス貴族のドレスだぞ。
 ピンクの生地にレースのもよう。ふわっと広がるスカートは
引きずるほど長くて、サイズはちょっと合わなかったけど、着
心地はとってもいい。子供用だから胸元も開いてないし。
 そして髪も、簡単に結い上げて、飾りをつけてもらった。
 オトナにまじって、パーティーにお出かけする女の子なんだ
ぞ。
 隣には、編み上げのブーツにだぶっとしたズボン、襟なしの
ジャケットを着せてもらったカナタがかしこまっている。
 最初、
「決まってるじゃん」
 声をかけると、
「ちょっと窮屈」
 肩の辺りをもぞもぞさせてたけど、今はどうやら馴れたらし
い。おとなしくちょこんと座っている。
 そして向かい側には、豪奢なドレスのマリー・アントワネッ
トが座っている。
 髪もちゃんと結い上げてあって、パーティーに出かけるとき
は、こんなに優雅なんだ。
 三人、ハルカとカナタとマリー・アントワネットは、今、四
頭立ての馬車に揺られて、仮面舞踏会があるパリの社交場に向
かっているところ。
 からからからから。四頭立て馬車は、ジャン=リュックのロ
バが引く荷馬車とは大違い。軽快に、そして結構な速さで走っ
ている。
 乗り心地も荷馬車の荷台とは全然違う。ベンチ式の皮シート
はとっても座り心地がいいし、外は真っ暗だけど、馬車の中は
備え付けのカンテラの明かりでほんのりと明るい。
「ハルカは、何才?」
 着替えてる間くらいから、マリーはハルカのことを名前で呼
んでくれるようになった。
「13才です」
「13才。あたしはウィーンでフランス語を習っていたわ。オーギュストと結婚するためにね」
「結婚したのは、何才のとき?」
「フランス語が話せるようになってすぐ。14才の時よ」
「14才で結婚ッ・・?」
 カナタが素っ頓狂な声を上げる。そらそうだわな、14才で結婚なんて。
「こらっ」
「あぐ」
 カナタの膝を叩くハルカを、マリーが笑って見ている。
「あれから、二年か」
 ふっと遠くを見ている。
「ウィーンにいたんですか?」
「ええ、あたしの父はオーストリアの皇帝だから」
「ほえっ」
 驚くカナタ。
「だからあたしも、ウィーンで生まれたの」
「ずいぶん、遠くに来たんですね」
 キラキラした目が、ハルカを見る。
「あたしの国、オーストリアは、もともとフランスとは仲が悪
かったの。戦争をしたこともあるわ。でも、フランスとオース
トリアの間にあるプロイセンが、オーストリアの領土を狙って
いるので、フランスと仲良くするしかなかったの。そのために、あたしのママは、あたしをオーギュストと結婚させたのよ」
「政略結婚・・・」
 ハルカ、思わず口の中でつぶやいた。
 聞こえちゃったかな?
「国のためよ」
 どうか分からないけど、マリーはあっさりと言った。
「オーストリアと、そして、フランスのため」
「ふうん」
 パパが皇帝って、簡単なことじゃなさそうだ。
「くしゅっ」
 いきなりくしゃみするカナタ。
「もう」
 膝を叩くハルカ。
 笑っているマリー。
「仲がいいのね」
「ええ、まあ・・」
「そうでもないです」
 言うか、カナタ。
「あたしも、姉とは仲が良かったのよ」
「お姉さんは、ウィーンに?」
 首を振るマリー。
「16才のときに、スペイン王の三男で、ナポリ王に就いた人の元に嫁いだわ。あたしが、13才のときだった」
「そうなんですか」
「悲しかったな。だって、ずっと同じ部屋で育ったんだもの」
「あ、俺んちも。姉ちゃんと、屋根裏部屋をカーテンで仕切っ
て・・」
「いっしょにしないっ」
 カナタの膝をぱこんしてから、顔を戻すと、マリーが、懐かしそうな笑みを浮かべていた。
「ウィーンの家はね、家族を大切にする家だったの。みんなで
オペラやバレエを見に行ったり、狩りに出かけたこともあった
わ。楽しかったなあ」
「でも、今は旦那さまがいらっしゃるでしょ」
 マリーの顔から笑みが消え、ふいにオトナっぽい表情を見せ
る。というか、表情が消えている。
「つまらない男よ」
「え?」
「退屈な人」
 虚ろな目で、吐き捨てるように言う。
 なんつうか、それ以上、なにか聞けない雰囲気。
 政略結婚って、そんなもんなのかな。だって、愛し合って結
婚するわけじゃないものね。それどころか、顔も知らないまま
結婚したのかもしれない。
 だって、フランスの王子が、オーストリアの王女と結婚したっていう事実が大切なわけだから。
「ヴェルサイユの王宮はウィーンとは大違い」
「そうなんですか」
「家族的なところなんてひとつもないの」
 首を振りながら言う。
「つまらないしきたりや決まりばかり。誰が私に下着を渡すか
まで決まっているのよ」
「ウチも決まってる。ママ」
「そ~ゆ~んじゃないの」
「つまらない決まりなのに、その役に就けば鼻にかけ、一方は
やっかみ。あげくに告げ口や陰口、ありもしないうわさ話。そ
んなことに明け暮れているのよ」
 マリーの顔を見ていると、たったの2年なのに、ずいぶんイ
ヤな思いもしたみたいだ。14才から16才の間に。
「だからあたしは贅沢を楽しむの。他になにかできて?」
「あたしには、そんなことは・・・」
 ハルカ、口ごもるっきゃない。けどマリーは、返事を期待し
てたわけじゃないみたいだった。
「ヴェルサイユで覚えたのは仮面舞踏会と賭け事だけだな」
 パーティーとギャンブル。ど~ゆ~暮らしなんだ、一体。
「ママが知ったら怒るだろうな。ウィーンでは、仮面舞踏会を
禁止した人だから」
 仮面舞踏会って、禁止されるようなパーティーなの? 今か
らそのパーティーに行くんだぞ。
 ハルカ、期待と不安と両方で、なんかどきどきしてきちゃっ
た。
 でも、そんな楽しみしかないんだ。この人には。
 着飾って、パーティーに出かけるっていうのに、どこか虚ろ
なマリーの顔を見ながら、ハルカは思った。
 いつしか、馬車はパリの市街に入っていた。
 もう夜が更けていて、通りはひっそりとしている。
 チャッチャッチャッ・・軽快な四頭の馬の蹄の音と、からか
らから・・軽快にまわる車輪の音。
 怒鳴り声が聞こえる。
 ふっと見ると、なにかしたのだろうか、通りの隅で貧しい身
なりの男の人が、制服の男たちにどやされている。
 それを遠巻きに見ているやっぱり貧しい身なりの女の人や男
の人。
 ふいに、まるで目をそらすように、その光景とは反対側の戸
棚に手を伸ばすマリー。
 マカロンの入ったポットを取り出し、カナタに差し出す。
「食べる?」
「あ、はい」
 カナタといっしょにマカロンつまんでぱくり。
「ハルカは?」
「いただきます」
 もうさっきの光景は後ろに遠ざかった。でも、この通りには、ぽつりぽつりと貧しい人の姿がある。
「パリには・・・」
 思わず口に出すハルカ。
「ん?」
 えい、思いきって言っちゃえ。
「パリの街には、貧しい人もたくさんいるんですね」
「パンがないとか騒いでいる者もいるわ」
 マカロンもぐもぐしながら答えるマリー。
「パンがなければ、お菓子でも食べていればいいのに」
 もいっこ、マカロンをぱくり。
 そんな・・・。
 マカロン手に持ったままのハルカ、あらぬ方を見てもぐもぐ
やっているマリーの顔を見た。
 カンテラのほのかな明かりが、その顔に細かい影を作ってい
る。
 貧しい人たちを、見ようとはしないんだ。わざと、そうして
いるんだ。
 向き合うことを、避けているんだ。
 なぜだか、ハルカはそう思えた。

[パート4につづく]
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