ハルカとカナタと宇宙人・地球の歴史はビジネスチャンス

蒼辰

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パート2

第1話「谷間と生足」パート2

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*マリー・アントワネットさまよっ

 ドアを見つけて、建物の中に入る。
 しんとした廊下の途中に階段をめっけて、たたたたたっ。
 途中で出会った女の人がびっくりしてるのに、「やっ」と挨
拶。
 一階まで降りると、そこが出入り口。
「ちょっと、あんたたちっ」
 コンシェルジュっていう管理人のおばさんが、出入り口脇の
小部屋で立ち上がるのなんかなんのその。先ずは、外に出た。
 そこは裏通りらしくって、人通りもあんまりない。
「どっち行く?」
「ん~~、取りあえず大通りに出てみよ」
 通りの端まで行って左右を見ると、あった、ありました、そ
れらしき大通りが。
 たたたたっとそこまで行くと、公園みたいにうんと緑が多い
中に石畳の大通りがど~んと続いていた。
 でもってそこには、パラソルの貴婦人や立派な身なりの紳士
がそぞろ歩き、制服の御者が操る優雅な馬車なんかも行き交っ
ている。
 通りの両側には重厚な構えの高級そうなお店や通りにテー
ブルと椅子を出したレストランやカフェもある。
「わお、花の都よ」
「ほえ~っ、なんか昔っぽい」
「バカね、昔なのよ」
「あ、そっか」
 ハルカ、うっとりとあたりを眺めながら歩き出す。けど、カ
ナタはなんか場違いな感じがしてしょうがなかった。
 実際、道行く人たちがみ~んなハルカとカナタの二人を不思
議そうに眺めていたんだけど、そんなことにはてんで気づかな
かった。
 すると、
「マリー・アントワネットさまよ」
 パラソルの貴婦人の声が聞こえた。
 ん? と見ると、四頭立てで黒塗りの大型馬車が、両側に数
頭の番犬を従えて走ってきた。
「ホテル・クリヨンで音楽のレッスンを受けてらっしゃるんで
すって」
「ヴェルサイユにお帰りになるところね」
 やってくる馬車の中で、数人の若い貴婦人が楽しそうにおしゃべりしているのが見える。
「マリーさまは?」
「あそこよ、後ろの、こちら側に」
 その席の若い貴婦人が、目の前を通りすぎるとき、ふっと窓
の外に目をやる。
 じっと見ていたハルカは、一瞬、目があったような気がした。
「あの人が、マリー・アントワネット・・・」
 走り去る馬車を見送っていると、
「チャンスじゃん」
 カナタが言う。
「は?」
「追いかけようぜ」
 見ると、馬車の姿はまだそんなに遠くない。
「よっしゃ」
 バッと走り出すハルカにつづくカナタ。
 パリの街に出た途端にマリー・アントワネットに出会えたん
だ。カナタの言うとおり、チャンスかもよ。
 でもって、フレアミニの裾がふわっふわっふわっ。
 けど、四頭立て馬車は思ったより速かった。走っても走って
もどんどん小さくなるし、それどころか、後ろから来た二頭立
ての小型馬車まで追いついてくる。
「カナタ、追いつかないよっ」
「任しときっ」
 たたっと加速するカナタ、小型馬車に追い越されざま、後ろ
にくっついていた小さなステップにバッと飛び乗る。
「姉ちゃん」
 でもって、走るハルカに手を差し伸べる。
「んっ」
 その手をつかむハルカ、カナタに助けられて、無事ステップ
に飛び乗った・・・と、思ったんだけど・・・。
 飛び乗った途端に小型馬車がぐらり。小さなステップの上の
ハルカとカナタ、必死に馬車にしがみつく。
 すると、馬車に乗っていた貴婦人が異変に気づいて振り向い
た。
 目の前の小さな窓の中の貴婦人に向かって、ハルカとカナタ
が、にっ。
 その顔を見た貴婦人の顔がひえっと引きつっちゃった。
「ぎゃ~~~~っ・・・!」
 いわゆる絹を引き裂くようなってヤツね。もんのすごい高音
の悲鳴が楽に7秒7の間はつづいた。
 絹を引き裂くような悲鳴っていうんだけど、絹を引き裂くと、ホントにあんな音がするのかしら・・・(それどころじゃないでしょっ)・・・あ、はい、そうでした。
 これで驚いちゃったのが馬車を引いてた二頭のお馬さん。
 一頭はひひ~んと前足を上げて立ち上がり、もう一頭は、ぶ
るるるっ鼻を鳴らしながらあっちの方に走り出そうとする。
「うっわ~~っ・・・!」
 おかげで馬車は傾きながら斜めに向きを変える。
「どっひゃ~~っ」
 必死に馬車にしがみついてたハルカとカナタなんだけど、見
れば、後ろから来る馬車もパニくってるではないか。
「姉ちゃん、ヤバッ」
 ハルカの手を引いて、カナタが馬車のステップから飛び降り
る。
 その直後、ハルカとカナタの後ろをパニくったお馬さんがど
どどどっ。
「あわわわわっ・・・!」
 後ろから来た馬車、とうとう避けきれずに斜めってた前の馬
車にがっしゃ~ん。衝突しちゃった。
 悪いことに、そのまた後ろにも馬車がいて、もう止めきれな
い。
「のあ~~っ・・・!」
 お馬さんは左右に逃げたんだけど、どっす~~んっ、そのま
ま前の馬車に衝突してようやく止まった。
 あたりはもう大騒ぎ。あっという間に野次馬は集まってくる
し、役人みたいな制服着た人たちは走ってくるわのてんやわん
や。
 そんな中で呆然と突っ立ってたハルカとカナタなんだけど、
「あの子供たちよ~っ」
 悲鳴を上げた貴婦人がこっちを指さしながら叫んでいる。
 え?
 すると、
「怪しいヤツ」
 軍服着て、馬に乗った男の人が、ハルカとカナタに気づいて、向かってくる。
「どうしよ」
「逃げるっきゃないっしょ」
 バッと走り出すカナタに、
「待ってよ」
 ハルカも続いた。
 取りあえず大通りをそれると、なんか公園みたいなとこに出
た。
 走りながら振り向くと、最初一人だった馬の軍人が3人に増
えてて、その後ろを制服着た役人みたいな人たちも大勢走って
いる。
 どうなってんのよ?
「あんたのせいだよっ」
「ぎょえ~っ」
 公園を突っ切ると、道路との境に低い鉄柵があった。
 片手を柵に置いて、そりゃっ、体を横にきれいに飛び越すカ
ナタ。
 ミニスカのハルカも、この際しょうがない、片足がばっと上
げて柵に乗り、カナタの手を借りて飛び降りる。
 パンツ見られたかな。けど、そんなこと行ってる場合じゃな
さそう。
 道路を横切りながら振り向くと、追いかける三頭の馬が、次々とフェンスを跳び越えるのが見えた。
 こっちの行く手には、遊歩道みたいなとことの境に同じような鉄柵がある。
 さっきと同じ要領で、カナタが飛び越え、ハルカも飛び降り
る。
 さて、どうする?
 左右には見通しのいい遊歩道みたいのがず~っと続いてて、
行く手は川沿いの土手らしい低い壁に遮られている。
 追っ手の三頭は二つめの鉄柵をきれいに跳び越したところ。
 あ~ん、相手が馬じゃ追いつかれちゃうよ。
「カナタッ」
 そのカナタ、土手に上がって、向こう側見て、
「カモンッ」
 ハルカを呼んでいる。
 しゃあない。カナタのいる土手の上に上がる。
 けど、三頭のお馬さんと軍人らしい男の人たちが走ってくる
よ。
「ヘイヘイヘイ、こっちこっち」
 お馬さんに呼びかけるカナタ。
 ぶひっ。先頭の馬が鼻を鳴らしてその気になった。
 乗ってた軍人さんが、え? と手綱を引いたけど、もう遅い。
「こいっ」
 カナタの合図でお馬さんがジャンプッ。
 その瞬間、カナタがハルカの手を引いて、土手の向こう側に
ジャンプ。
 うっわ~~っ。
 高さ2メートルくらいの大ジャンプ。当然、ハルカのスカー
トはひらひらひら。
「いでっ」
 尻餅ついて、尾てい骨打ったけど、どうにか無事に着地した。
 その頭の上を・・・。
「わあ~~~っ・・・!」
 軍人さん乗せたお馬さんが飛んでゆく。
「おっあ~~っ・・・!」
 さらに一頭、もう一頭。
 じゃっぼ~~ん、どっぶ~~ん、ばっしゃ~~んっ。
 水しぶき上げてセーヌ川に落っこちちゃった。
 あ~らま。
 けど、軍人たちはちゃんと泳げるみたいだし、お馬さんも馬
掻き(?)で岸に向かっているので、ご安心を。
「こっち」
 ハルカの手を引いて、すかさず走り出すカナタ。
 少し先の立派な橋のたもとに、川岸から上がる階段を見つけ
たのだ。
 たたたっと階段上がると、「いたぞっ、あそこだっ」、制服
の役人たちに見つかっちゃった。
「こっち走ってくるよ」
 サッと橋の上を見るカナタ。
「だいじょぶ」
 立派な橋の上を向こう岸に向かって走り出した。
 橋の上では、たった一頭の馬に引かせた、なが~い荷馬車が
木箱を山ほど積んでのんびりと渡ってゆくところ。
 追いついたカナタ、いきなり馬の手綱を横からつかむと、
「おいで、こっちだよ」
 直角の方向に引っ張ってっちゃった。
「なにするだ」
 御者のおっさんが叫ぶのもなんのその。なが~い荷馬車を橋
の上で横向きにしちゃった。
「おいおいおいっ」
 反対側から走ってきた馬車が大あわて。必死になって止めよ
うとするんだけど、だだだだっ、とうとう横向きになって荷馬
車にぶつかっちゃった。
 その衝撃で、荷馬車に山積みの木箱ががらがらがっしゃ~ん。次々と橋の上に落下して、あたり一面に散乱しちゃった。
「姉ちゃん、今のうち」
 ハルカの手を引くカナタ、隙間を縫って対岸向かって走る。
 で、大勢の役人がやってきたときには、横向き荷馬車と衝突
した馬車と荷馬車から落ちた木箱がごろごろ。
 おまけに両方の御者が、役人捕まえてなんか訴えたりするも
んだから、大勢いる役人もだ~れも事故現場を通り抜けられな
いんだ。
 振り向くカナタ、にやり。
 橋を渡りきると、向こう岸の川沿いの道を横切り、なんでも
いいや、適当な裏道に飛びこんだ。


*ちゃんと履いてますけど

「あんたって、こういうことにはホント天才的だね」
「それほどでも」
「誉めてないし」
「え?」
「そもそも、あんたのせいだかんね」
「ええっ?」
 けど、顔は笑ってますよ、ハルカちゃん。
 とかなんとか、しばらくは小走り状態。後ろを振り向き振り
向き、何度も適当に角を曲がった。
「もうだいじょぶみたい」
「うん」
 そこでようやく息をついて、歩き出す。
「あ~あ、せっかく目の前にマリー・アントワネットがいたの
に」
「惜しかったね」
「ヴェルサイユに帰るって言ってたわよね」
「うん」
「よっしゃ」
 なんとかして、ヴェルサイユに行かねば。
 どうしたものかと考えながら歩いていると、いきなり賑やか
な小路に出会った。
「お店がいっぱいあるよ」
「ホントだ」
 そうなんだ。道の両側に、小さなお店がたくさん並んでいる。
 しかも、狭くて、その上坂道なんだけど、ロバが引く荷馬車
がのろのろと進み、その横を手押し車に荷物をのせて押してゆ
く人がいる。
 屋台っていうのか、荷車や木箱を台にして品物を並べて売っ
ている人たちもいる。
 そこに荷物を運ぶお店で働く人や買い物客などなど、ぐちゃ
ぐちゃとごった返している。
 けど、なんつうか、きれ~くないんだ。
 道の端にはゴミが溜まってるし、古びた樽やら木箱やらが積
んであったりする。道の真ん中にも馬糞や生ゴミっぽいのが落
ちてたりする。
 道行く人の着ているものも、さっきの大通りとは大違い。シャツはよれてるし、ズボンはだぼっ。女の人のスカートも地味だし、しばらく洗濯してないみたいな感じ。
「こんなとこもあるんだ」
 思わず目をみはりながら、歩いてゆく。
 そのうちふっと、まわりの人たちもこっちを見ているのに気
づいた。しかも、こそこそ何か話してたり、くすくす笑ってる
ひとまでいる。
「ねえ、カナタ、あたしたち、なんか注目されてない?」
「俺じゃなくて、姉ちゃんだと思うよ」
「やっぱし」
 さすがに人目が気になってきた、ちょうどその時のこと。
「ちょっと、そこの娘」
 入り口開けっぱの小さな食堂から一人のおばさんが飛び出し
てきた。
「は?」
「は? じゃないよっ。なんだってスカートも履かずに外を歩
いてるんだい」
 なが~いスカートによれたセーター着て、エプロンしたおば
さん、腰に手を当ててハルカを睨みつける。
 なぬ?
「ちゃんと履いてますけど」
 ミニスカの裾持って、ぴっと広げてみせた。
「そんな短いスカートがあるもんかい」
 あ~ん。そういうことだったのか、それでみんなこっちを見
てたわけね。
 ちなみに、ハルカが着てたのは淡いピンクのフレアミニに濃
いピンクのTシャツ。カナタはサッカーパンツに白のTシャツ。足元は二人ともスニーカーだった。
 今どきのニッポンならどうってことのない恰好なんだけど、
この時代にミニスカは刺激的だったかも。
「あんたたち、どっから来たんだい」
「えと・・・ミライという遠い国から」
「あんたの国じゃみんなそんな恰好してるのかい」
「ええ、そうよ」
 腰に手をあて、足をクロスしてみせた。
「ま~あ、なんてはしたない国だろ」
「い~のっ」
 思わず言い返しちゃった。
 おばさん、目を丸くしてる。
「あ、そうだ、おばさん、ヴェルサイユってどう行けばいいの?」
「ヴェルサイユ?」
「うん」
「宮殿の見物にでも行くのかい」
「いいえ、マリー・アントワネットさまに会いにゆくの」
「なんだって・・・」
 ぽかんと呆れたおばさん、次の瞬間に、
「わ~はっはっは」
 大口開けて笑い出した。
「頭がおかしいんじゃないかい、この娘は。マリー王女さまに
会いに行くだなんて」
 何ごとかと集まってきていた野次馬のおっさんおばさんまで
が「わ~はっはっは」。
「こんにちわって会いに行ったって会えるようなお方じゃない
よ。あちらは宮殿で贅沢三昧。あたしら貧乏暮らしの人間とは
ご身分が違うんだからさ」
 そらそうだ。そらそうなんだけどさ。
「わ~はっはっは・・・!」
 そんなに笑うことないじゃない。
「行こうよ」
 カナタが袖を引っ張るので、
「そだね」
 その場を離れることにした。
 やれやれ。おかげで、歩いてくそばから、通りのみんながこっちを見てにやにやこそこそくすくす。
 さすがに、ハルカとカナタもだんだん早足になった。
 ようやく賑やかな小路を抜けると、真ん中に薄汚れた噴水の
ある小さな広場に出た。
「パリにも、いろんなとこがあるんだね」
 振り向いて、ぽつり。
「ね~、これからどうすんの」
「ともかくさ、なんとかしてヴェルサイユに行かねば」
 腰に手を当てて考える。
「やれやれ」
 ポケットからチョコバー取り出して、パキン、食べ始めるカ
ナタ。
 すると、
「うまそうな菓子だな」
 広場の端に止めた、ロバが引く荷馬車の上から、色の浅黒い
男の子が、こっちを見て声をかけてきた。
「食べる?」
 半かけを差し出すカナタ。
 男の子、一瞬ためらってから、ひらり、軽い身のこなしで馬
車から降りると、こっちにやってきた。
「悪いな」
 受け取って、もぐもぐもぐ。みるみる目が輝いてゆく。
「うめえや」
 年の頃は、ハルカよりいっこにこ上くらいだろうか。どう見
てもこの国の人間じゃない。痩せた体に、あんまりきれいじゃ
ないシャツとズボンを着て、破れた靴を履いている。
「あんたたち、どっから来たんだ?」
「え?」
「シャンゼリゼの騒ぎもあんたたちだろ」
「あ」
「見てたよ」
「あはっ」
 照れ笑いのハルカとカナタ。
「どっか、遠くから来たんじゃねえの」
「ミライっていう、遠い国」
「ふうん」
 珍しそうに二人を眺めている。
「行こうか」
「うん」
 なんか気まずくって、行こうとすると、
「待てよ」
 呼び止めてきた。
「ヴェルサイユに行きたいんだろ」
「うん」
「ちょうどヴェルサイユに荷を運ぶとこなんだ」
 荷馬車を顎で示す。
「よかったら、乗ってけよ」
「ホント?」
「あ~、けど、タダっていうのも、あんたたちも気まずいだろ
うし、その・・・」
 食べかけのチョコバーを合図のように振っている。
「カナタ」
「へいへい」
 ポケットからもう一個チョコバーを出すカナタ。
「これでいい?」
「悪いな」
 色の浅黒い少年、うれしそうににっと笑った。
 てなわけで、ロバが引く荷馬車に乗って、ハルカとカナタは
ヴェルサイユへと向かうことになった。


*がたごとごと

 がたごとごと。
 ロバに引かれた馬車は、歩くような速さでゆっくり進む。
 ヴェルサイユまでどのくらいかかるんだろ? そこはちょっ
と心配だけど、ま、のんびり行きましょ。
 がたごとごと。
 角をひとつ曲がると、街角でキスしてるカップルがいた。
 わお。
 おや? そのあたりは若い人が多くて、カジュアルそうなカフェのテラスで話しこんでる人たちや本を読んでいる人もいる。
 こっちには絵看板を出したお店があって、踊る女の人と帽子
を取って挨拶する紳士が描いてある。
「あれ、なに?」
「ああ、芝居小屋さ」
「へ~え」
 かと思うと、緑の大木を背に、マンドリンを演奏している二
人組がいて、逆さまに置いた帽子は小銭を入れて貰うんだろう。
 その反対側の人だかりの真ん中では、男の人が演説をしてい
る。
「お花いかがですか」
 道にテーブルを出したレストランでは、小さな女の子がカッ
プルにバラの花を売っている。
 その隣には、フランスパンを使ったサンドイッチ売りの屋台
が出ている。
「おいしそ」
「お金、ないよ」
「ちっ」
 がたごとごと。ロバに引かれた馬車は、歩くような速さでゆっくり進む。
 ひとつ通りを渡ると、今度は倉庫みたいな建物が並んでいる。
 荷馬車がいっぱい並んでいて、荷を下ろしたり、積んだり、
よれた服で働いている人たち。なにか紙束を持って指図するお
じさん。
「パリにもいろんなとこがあるのね」
「そりゃ大きな街だからな」
「それに、いろんな人がいる」
「ああ、金持ちもいれば、貧乏人も。ま、貧乏人のがうんと多
いけどな」
「ふうん」
 荷物を落とした人が、ムチを持ったおじさんに叱られている。
ムチ?
「さっきの街の人たちも?」
「ああ。働いても働いても、パンもろくに買えないような連中
さ」
「どうして?」
「どうしてって言われても・・」
 色の浅黒い少年が肩をすくめる。
「税金が高くってどうしようもないのさ」
「税金が?」
「ああ。なんでも、今の王さまや前の王さまが外国といくつも
戦争をして、それで国のお金を使っちまったんだって。だから、身分の低い人間から重い税金を取っているのさ」
「ふ~ん」
「おかげで、貴族たちは贅沢な暮らしをし、貧乏人はもっと貧
乏になるってわけ」
「パンがなければケーキを食べればいいわ」
 パンがないと訴える人たちに、マリー・アントワネットが言ったという言葉。
「なんだい、そりゃ」
「あ、ううん、なんでもないの」
 マリー・アントワネットって、ホントにそんなこと言ったの
かしら。ホントだったら、ひどい人だ。
 がたごとごと。荷馬車は、ゆっくりと進む。
 もう、パリの街の外れにきたらしい。
「ねえ、エッフェル塔どこ?」
「どこだろ?」
 ハルカ、少しづつ遠くなるパリの街を首を伸ばして眺めてい
る。
 だから、まだ出来てないんですってば。
 がたごとごと。
 やがて、呆気ないほど田舎っぽい、緑に囲まれ、遠くに畑も
見える街道みたいなとこに出た。
「遠い国から来たって言ってたよな」
 色の浅黒い少年が、ハルカを見て、言う。
「うん」
「俺もなんだ」
「へ~え、そうなんだ」
「だからかな、あんたたちのことが気になってさ」
「そっか」
「ただもんじゃねえよな」
 チラッと横目で見る。
「え?」
「あんな、うめえ菓子食ってるし」
「お金ならないよ」
 ハルカ、ちょっとばかし身構えながら答えた。
 だって、あたりはだだっ広い野原で、人気もないんだ。もし
も、強盗だったりしたら・・・。
 けど、色の浅黒い少年は、はっはっはと白い歯を見せて笑い
出した。
「疑われたか」
「あ、ごめん」
「仕方ないさ」
 横顔がちょっとさみしそうだ。悪いこと言っちゃったかな。
「あなたの荷馬車なの?」
 取りなすつもりで言ってみた。
「まさか」
 苦笑いしている。
「この仕事してるヤツが、女の子に会いに行くっていうから、
請け負ったのさ、安い銭で」
「へえ、そうなんだ」
「シャンゼリゼの騒ぎも、手紙を届ける仕事を引き受けた帰り
さ」
「ふ~ん」
「俺に稼げるのはそんな仕事ばかり。いくら御者が出来るって
言っても、誰も傭っちゃくれない」
 遠い国から来たって言ってたけど、そのことと関わりがある
んだろうか。ハルカは、色の浅黒い少年の横顔を見ながら思っ
た。
「ベッドで寝てるのか」
「うん、まあ」
 屋根裏部屋の小さなベッドを思い出しながら答えた。
「やっぱりな」
「あなたは?」
「わらの上さ。知り合いの、馬小屋の隅っこで、妹と二人」
「妹がいるんだ」
「ああ」
「ふうん」
 がたごとごと。ロバに引かれた馬車は歩くような速さで進み、やがて行く手に小さな街が見えてきた。
「あそこが、ヴェルサイユだ」
「エッフェル塔は?」
 だからカナタちゃん、まだないの。
 がたごとごと。小さな街をゆっくりと抜けると、それはそれはでかくて立派な宮殿があった。
「あそこが宮殿さ」
「きゅーでんって?」
「王さまの家よ」
「すっげ」
 カナタ、でかくて立派な建物に、改めて目を瞠った。
「いきなり行っても、追い返されるぞ」
「そうよね」
 指を顎に、考えるハルカ。
「魔法使いだとでも言ってみたら」
 色の浅黒い少年の軽口に、ハルカ、なんかピンときちゃった。
「悪くないわね」
「え?」
「マントかなんか持ってない?」
「あるけど」
「カナタッ」
「ん?」
「もう二本持ってるわね」
「なんで知ってるの?」
「出しなさい」
「んもう」
 渋々、ポケットからチョコバー二本取り出すカナタ。ひった
くるハルカ。
「これと交換でどお?」
「けど、ボロだぜ」
「いいわ」
 ふっと、ハルカを見つめる少年。
「分かった」
 てなわけで、チョコバー二本と交換でぼろいマントを受け取ったハルカ。カナタとともに荷馬車を降りる。
「ねえ、マリー・アントワネットさまは、音楽の授業を受けて
るんですって?」
「ああ。音楽がお好きらしいぜ」
「分かったわ。ありがと」
「うまくいくといいな」
 少年に向かって、ハルカ、芝居っけたっぷりのウィンクを送
る。
 あ、そういえば名前も聞いてなかった。
「名前、なんていうの?」
「ジャン=リュックってんだ」
「ジャン=リュック・・・」
「あんたは?」
「ハルカ」
「ハルカ・・」
「俺はカナタ」
 けど、少年はハルカばっか見てた。ん?
「妹さんによろしく」
「ああ」
「今に、いいことあるよ」
「だといいけどな」
 なにかを振り切るように、少年がロバの手綱を引いて、ごと
ごとと荷馬車を動き出させる。
 ちょっとだけ見送ると、ハルカはパッと宮殿のほうを見た。
 宮殿の手前には背の高い鉄柵があって、その真ん中に正面の
入り口がある。
 さあて、いよいよ乗りこむぞ。

[パート3につづく]
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