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七、神社
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特に何かあったわけではない。
むしろ、何もなかったくらいなのだ。
いつも通り家を出て、特に独りと言うことでもなく、かと言って人気者というわけでもなく、ただただ一日が終わって、いつも通り帰っていた。いつも通り過ぎる細い山道に足を踏み入れたのも、特に何かあったわけではないのだ。
まさかこんな所に社があるなんて、思っても見なかったのだ。
古い、とても小さな社だった。名前もわからない蔦が絡み、屋根には隙間が空いていた。近くの中学校の物だろうか。体操靴が転がり、どこぞの阿呆が飲みかけの缶ビールや食べかけたゴミが放置されている。本来閉じられているであろう扉は片側が外れ、地面に落ちている。
予想外の光景にまず感想が出てこない。
特に神様など信じているわけではないが、かと言って忌み嫌っているわけではない。こんな状態を見つけてしまえば、放っておくのも気が引ける。辺りはもう赤く染まっているが、とりあえず荷物を木の根本に置き、袖をまくり上げた。
(ゴミ処理くらいはできるかな。)
不幸中の幸い、ツマミでも入っていたのであろうビニール袋があったので、その中に放置されたゴミを詰め込む。ついでに外れた戸を拾い上げ、土を払った。嵌めなおそうと社に手を伸ばしたとき、中で何かが動いた。
野生動物でも住み着いていたのか。
中を覗き込むと威嚇する生き物が一匹。
「………ヤモリ?」
小さな、真っ白なヤモリ。小さいながらに口を大きく広げ、懸命に威嚇している。
思わず口元が緩む。
「何にもしないよ、大丈夫。」
声をかけて、ゆっくり戸をはめた。二センチほど隙間をあけて、ヤモリが出入りできるようにしてやる。
日も落ちて、あたりに闇が広がり始めた。そろそろ終わりにしようと手を払っていると隙間からヒョコリとヤモリの顔が出てきた。キョロキョロと見回したかと思うと、じ、と此方を見つめてくる。
「もう帰るよ。」
ゴミ袋をもって、そう声をかけると、首が少し傾いた。なんだか可愛らしくて、少し笑う。
「今度、また来るよ。」
大工道具はまだ錆びついてないだろうか。…と言うか勝手に直しても怒られないだろうか。まぁ、それはまた考えればいいだろう。今日は帰って寝よう。
大きく欠伸をして、まだ顔を出したままのヤモリに軽く手を振って背を向ける。
『守ル?』
声をかけられた気がして振り向くと、例のヤモリが此方を見ている。
「……いや、まさかー…」
空耳だろうと踵を返そうとしたところで、小さな口が上下に開き、また声がした。
『守ル?』
なんだか夢でも見ているようだ。眠いせいかもしれない。
とにかく、キョトキョトと頭を動かす声の主に何か返事をしてやらないといけないだろう。
「…できるとこまで直してみるよ。」
『…守ル…?』
「あー…ちょくちょく来るようにする。」
『……守ル……?』
返答の内容が違うようだ。爬虫類の表情は分からないが、不安そうに変わっていく声に胸が痛む。
なんと答えればいいのか…。なんだかぼんやりする頭を叩き起こし、考える。
「…あ。」
ヤモリ、家守、守宮。家を守ると云われているのだったか。
『………守、ル……?』
もう声は泣きそうである。
「…じゃあ、この御社直すから、そしたらお前が守ってくれる?」
しゃがんでそう言えば、パタリと尾が動いた。
『守ル。』
ひた、と、黒い瞳が此方を真っ直ぐ見つめる。満足そうな声に安堵し、もう一度手を振って山道を降りた。
さて帰ろう。山道から出て家路を急ぐ。何気なく目に入った電柱には少し色あせた一枚の張り紙。
『行方不明 探しています。
○○中学校三年生 身長…』
なんとも物騒な世の中である。
早く見つかるといいね、なんて他人事な感想をいだきつつ、街灯の灯り始めた道路を急ぎ足で歩き出した。
むしろ、何もなかったくらいなのだ。
いつも通り家を出て、特に独りと言うことでもなく、かと言って人気者というわけでもなく、ただただ一日が終わって、いつも通り帰っていた。いつも通り過ぎる細い山道に足を踏み入れたのも、特に何かあったわけではないのだ。
まさかこんな所に社があるなんて、思っても見なかったのだ。
古い、とても小さな社だった。名前もわからない蔦が絡み、屋根には隙間が空いていた。近くの中学校の物だろうか。体操靴が転がり、どこぞの阿呆が飲みかけの缶ビールや食べかけたゴミが放置されている。本来閉じられているであろう扉は片側が外れ、地面に落ちている。
予想外の光景にまず感想が出てこない。
特に神様など信じているわけではないが、かと言って忌み嫌っているわけではない。こんな状態を見つけてしまえば、放っておくのも気が引ける。辺りはもう赤く染まっているが、とりあえず荷物を木の根本に置き、袖をまくり上げた。
(ゴミ処理くらいはできるかな。)
不幸中の幸い、ツマミでも入っていたのであろうビニール袋があったので、その中に放置されたゴミを詰め込む。ついでに外れた戸を拾い上げ、土を払った。嵌めなおそうと社に手を伸ばしたとき、中で何かが動いた。
野生動物でも住み着いていたのか。
中を覗き込むと威嚇する生き物が一匹。
「………ヤモリ?」
小さな、真っ白なヤモリ。小さいながらに口を大きく広げ、懸命に威嚇している。
思わず口元が緩む。
「何にもしないよ、大丈夫。」
声をかけて、ゆっくり戸をはめた。二センチほど隙間をあけて、ヤモリが出入りできるようにしてやる。
日も落ちて、あたりに闇が広がり始めた。そろそろ終わりにしようと手を払っていると隙間からヒョコリとヤモリの顔が出てきた。キョロキョロと見回したかと思うと、じ、と此方を見つめてくる。
「もう帰るよ。」
ゴミ袋をもって、そう声をかけると、首が少し傾いた。なんだか可愛らしくて、少し笑う。
「今度、また来るよ。」
大工道具はまだ錆びついてないだろうか。…と言うか勝手に直しても怒られないだろうか。まぁ、それはまた考えればいいだろう。今日は帰って寝よう。
大きく欠伸をして、まだ顔を出したままのヤモリに軽く手を振って背を向ける。
『守ル?』
声をかけられた気がして振り向くと、例のヤモリが此方を見ている。
「……いや、まさかー…」
空耳だろうと踵を返そうとしたところで、小さな口が上下に開き、また声がした。
『守ル?』
なんだか夢でも見ているようだ。眠いせいかもしれない。
とにかく、キョトキョトと頭を動かす声の主に何か返事をしてやらないといけないだろう。
「…できるとこまで直してみるよ。」
『…守ル…?』
「あー…ちょくちょく来るようにする。」
『……守ル……?』
返答の内容が違うようだ。爬虫類の表情は分からないが、不安そうに変わっていく声に胸が痛む。
なんと答えればいいのか…。なんだかぼんやりする頭を叩き起こし、考える。
「…あ。」
ヤモリ、家守、守宮。家を守ると云われているのだったか。
『………守、ル……?』
もう声は泣きそうである。
「…じゃあ、この御社直すから、そしたらお前が守ってくれる?」
しゃがんでそう言えば、パタリと尾が動いた。
『守ル。』
ひた、と、黒い瞳が此方を真っ直ぐ見つめる。満足そうな声に安堵し、もう一度手を振って山道を降りた。
さて帰ろう。山道から出て家路を急ぐ。何気なく目に入った電柱には少し色あせた一枚の張り紙。
『行方不明 探しています。
○○中学校三年生 身長…』
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早く見つかるといいね、なんて他人事な感想をいだきつつ、街灯の灯り始めた道路を急ぎ足で歩き出した。
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