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八、凍雨
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静かな雨だった。
店に入る時は、薄暗い雲があっただけなのに、出てみたらもう乾いた地面が見つからない。
振り始めは、店の軽快な音楽にかき消されてしまったらしい。これは困った。
急いで店の戻り、いい機会だと、おしゃれな傘を一本購入した。
また店を出て、傘を広げようとしたところで、扉の影に細身の少年が一人、立ち竦んでいるのに気付く。
いつからそこにいたのだろうか。やけに寒そうな、この時期にそぐわない薄手の長袖は乾いていて、少なくとも今さっき外から来たわけではなさそうだと検討がついた。荷物はなく、誰かを待つ風でもなく、その抜けるように白い手を擦り合わせているわけでもない。ただ、悲しそうな表情で降り注ぐ雨を見ていた。
何だか放っておけなくて、恐る恐る声をかける。
「どうしたの?傘、ないの?」
彼は、別段驚いたふうでもなく、此方をみて、コクリと頷いた。よく見ると、目元だけが少しだけ赤くなっている。
「お家、どこかな?」
送っていくよ。
言ってから、きゅっと目を見開いた彼の顔を見て、はっとする。今の発言、昨今の世の中では、小学校の不審者情報なんかに載せられてしまいそうだ。慌てて訂正しようとしたところで、少年が薄い唇を開いた。
「…いいの?…でも、あの…」
ちょっと口ごもってから下を向く。
「…僕のこと、嫌いじゃないの?」
なんのことやら。今会ったのに、嫌いも好きもないだろう、と思う。しかし、不安そうな目は、どうにも冗談を言っている風ではない。
「嫌いじゃないよ。」
そう言うと、薄い色の瞳から、一粒雫が伝った。溢れる、という表現が嵌まるような気がした。
後から後から伝う雫を拭ってやる。気温が低いせいか、氷のように冷たい。
「…みんな、皆、僕のこと、嫌いっていうんだ。」
静かに泣きながら、呟くように彼が訴える。
「…地味、だし、冷たい、から、嫌いって…」
僕は、好きで僕でいるわけじゃないのに。
慰めながら事情を聞く。
要約すると、お兄さんから、『お前なんか嫌われてるくせに』と言われ、大喧嘩になった末、家を飛び出してきたらしい。一人で帰るのも怖くて、ぼんやりとしていたところだったのだとか。
兎にも角にも、泣き止んだ彼を家まで送り届けることにした。幸い、今日は急ぐ用事もない。子供が歩いて来れる距離ならばすぐに行き着くことだろう。
買ったばかりの傘を開いて、少年に差し掛けると、少し表情が晴れた。
「…いいなぁ…」
そう言いながら傘に入ってくる。
「僕ね、コレ好きなんだ。」
彼が、傘を指差しながら言葉を紡いだ。
「明るくてね、綺麗でね、お花みたいでしょう?…好きだなぁ…」
嬉しそうな少年が指し示す道を歩きながら、色々な話をした。
お兄さんは傘が嫌いで、すぐに壊してしまうこと。お父さんは厳しいけれど、『お前にはお前の良さがある』と言ってくれること。…本当は、兄弟が好きなこと。
話している内に、目的の場所まで来ていたらしく、あ、と少年が声を上げた。
「ここ!」
指差す先を見ようとした途端、ザッ、と一瞬強い雨が吹いた。顔に吹きかかる雨に、思わず瞼を閉じる。
「お父さん!」
少年の声がする。
目を開けたとき、少年の姿はなかった。
唖然として辺りを見渡し、自分が神社の境内にいることを知った。
何だか、化かされたような気がして、頭をひねりつつ家に帰った。
あれから何度か例の神社に足を運んだが、少年とは会えなかった。
ところで、例の神社、須佐之男を祀った神社だということだ。
店に入る時は、薄暗い雲があっただけなのに、出てみたらもう乾いた地面が見つからない。
振り始めは、店の軽快な音楽にかき消されてしまったらしい。これは困った。
急いで店の戻り、いい機会だと、おしゃれな傘を一本購入した。
また店を出て、傘を広げようとしたところで、扉の影に細身の少年が一人、立ち竦んでいるのに気付く。
いつからそこにいたのだろうか。やけに寒そうな、この時期にそぐわない薄手の長袖は乾いていて、少なくとも今さっき外から来たわけではなさそうだと検討がついた。荷物はなく、誰かを待つ風でもなく、その抜けるように白い手を擦り合わせているわけでもない。ただ、悲しそうな表情で降り注ぐ雨を見ていた。
何だか放っておけなくて、恐る恐る声をかける。
「どうしたの?傘、ないの?」
彼は、別段驚いたふうでもなく、此方をみて、コクリと頷いた。よく見ると、目元だけが少しだけ赤くなっている。
「お家、どこかな?」
送っていくよ。
言ってから、きゅっと目を見開いた彼の顔を見て、はっとする。今の発言、昨今の世の中では、小学校の不審者情報なんかに載せられてしまいそうだ。慌てて訂正しようとしたところで、少年が薄い唇を開いた。
「…いいの?…でも、あの…」
ちょっと口ごもってから下を向く。
「…僕のこと、嫌いじゃないの?」
なんのことやら。今会ったのに、嫌いも好きもないだろう、と思う。しかし、不安そうな目は、どうにも冗談を言っている風ではない。
「嫌いじゃないよ。」
そう言うと、薄い色の瞳から、一粒雫が伝った。溢れる、という表現が嵌まるような気がした。
後から後から伝う雫を拭ってやる。気温が低いせいか、氷のように冷たい。
「…みんな、皆、僕のこと、嫌いっていうんだ。」
静かに泣きながら、呟くように彼が訴える。
「…地味、だし、冷たい、から、嫌いって…」
僕は、好きで僕でいるわけじゃないのに。
慰めながら事情を聞く。
要約すると、お兄さんから、『お前なんか嫌われてるくせに』と言われ、大喧嘩になった末、家を飛び出してきたらしい。一人で帰るのも怖くて、ぼんやりとしていたところだったのだとか。
兎にも角にも、泣き止んだ彼を家まで送り届けることにした。幸い、今日は急ぐ用事もない。子供が歩いて来れる距離ならばすぐに行き着くことだろう。
買ったばかりの傘を開いて、少年に差し掛けると、少し表情が晴れた。
「…いいなぁ…」
そう言いながら傘に入ってくる。
「僕ね、コレ好きなんだ。」
彼が、傘を指差しながら言葉を紡いだ。
「明るくてね、綺麗でね、お花みたいでしょう?…好きだなぁ…」
嬉しそうな少年が指し示す道を歩きながら、色々な話をした。
お兄さんは傘が嫌いで、すぐに壊してしまうこと。お父さんは厳しいけれど、『お前にはお前の良さがある』と言ってくれること。…本当は、兄弟が好きなこと。
話している内に、目的の場所まで来ていたらしく、あ、と少年が声を上げた。
「ここ!」
指差す先を見ようとした途端、ザッ、と一瞬強い雨が吹いた。顔に吹きかかる雨に、思わず瞼を閉じる。
「お父さん!」
少年の声がする。
目を開けたとき、少年の姿はなかった。
唖然として辺りを見渡し、自分が神社の境内にいることを知った。
何だか、化かされたような気がして、頭をひねりつつ家に帰った。
あれから何度か例の神社に足を運んだが、少年とは会えなかった。
ところで、例の神社、須佐之男を祀った神社だということだ。
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