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十二、紅茶
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ガタンッと、音を立てながら椅子に身を預ける。目の前の机に、複数の薬局の袋を放り出す。
あの人が見たらきっと怒るだろう。怒ってくれるだろう。けれど、どんなに望んでも、あの、半分呆れたような怒り声は聞こえない。もう、二度と。
とうに枯れ果てた筈のしょっぱい液体が、また頬を伝った。
煩いビニール袋から中身を取り出す。何瓶も用意した睡眠薬。変に思われないように、すべて違う薬局で買った。おかげでもう夜中だ。
事故だった。誰も悪くないのだと、みんなが言う。まるで、恨みを買うのを恐れるように。
正直、誰が悪いなんて興味がない。
あの人がいなくなったなら、他のものに価値などない。
薬を流し込むため、水を用意しようと台所に立った。コップを出そうと棚に目をやると、見慣れた缶が目に入った。
四角い、少し古びた缶。
『貴重な紅茶だから、勝手に飲んじゃだめ!』
つい先日の会話を思い出し、また前が滲んだ。
…そうだ。どうせ最期なら、飲んでしまおう。…怒るあの人はもういないのだから。
お湯を沸かし、缶に貼り付けられた手書きのメモを見ながら紅茶を入れる。
紅茶好きなあの人は、毎日のように、少し得意げに、温かい紅茶をいれてくれた。手を出すと、少し不機嫌になるのだ。そのやり取りがなんだか楽しくて、わざと手を出したこともあった。
お湯を茶葉に注ぐと、ジワリと葉が開いていく。
ぼんやりとそれを見つめていると、何かがキラリと光った。
不思議に思い、緩んでいく葉をじっと見つめる。
(…なんだ…?)
解ける葉の隙間から、キラキラと光る細い筋。シロップを入れたときのような、モヤのような、しかし、それよりも幻想的なモノが滲み出ていた。
思わず見入っていると、タイマーがなる。我に返って、その、煌めきの混ざった液体をカップに注いだ。
これが『貴重』だという理由だったのだろうか。…もし、向こうで逢えたなら聞いてみよう。
薬瓶を開け、ザラザラと白い錠剤を手の上で山にした。嫌に白く光るそれを口に押し込み、紅茶で無理やり流し込んだ。
その熱さからか、それとも生物としての拒否反応なのか、激しく咳き込みながら、二口目を用意する。
胃が熱い。
じわりと歪む視界に、ふと、あの人との思い出が蘇る。
いろいろな場所に行った。色々なことをした。色々な体験をして、色々な感情に触れた。
次から次と、滲み出すように思い出が湧く。楽しかった。楽しかったのだ。とても。
泣きながら錠剤を頬張り、紅茶を傾ける。睡眠薬だからなのか、ふと眠くなるのを堪えてまた頬張る。
どの位たったのだろうか。眠気のせいか、薬のせいか、頭がフワフワとしている。視界は霞がかっていて、朦朧とする。
『仕方ないなぁ…。特別だからね?』
あの人の、声がした。
その姿を探そうとするが、体が云う事をきかない。会いたい。逢いたい。君に、君に会いたいんだ。
『頑張れー!』
底抜けに明るい声が遠ざかる。
待って。行かないで。待って。待って…。
「…待って…!」
勢い良く身を起こすと、空になったカップがカタカタと揺れた。
目の前には錠剤が散乱しており、ポットに薄く残った紅茶は、もう冷え切って、あの煌めきも見つからない。
「…夢…?」
呆然としながら椅子に座り直す。
妙にスッキリした気分だった。なんだか、ドロドロと渦巻いていたあの悲しみが澄んだような。
少し考えて、とりあえず机を片付けようと、例の缶に手を伸ばす。
思わず取り落としそうになった。
手書きのメモの、下の隅。
見慣れた文字。
あふれる雫で滲まないよう気をつけながら、そっと指で文字をなぞった。
『がんばれ!』
「…頑張るよ。」
夜が明けようとしている。
あの人が見たらきっと怒るだろう。怒ってくれるだろう。けれど、どんなに望んでも、あの、半分呆れたような怒り声は聞こえない。もう、二度と。
とうに枯れ果てた筈のしょっぱい液体が、また頬を伝った。
煩いビニール袋から中身を取り出す。何瓶も用意した睡眠薬。変に思われないように、すべて違う薬局で買った。おかげでもう夜中だ。
事故だった。誰も悪くないのだと、みんなが言う。まるで、恨みを買うのを恐れるように。
正直、誰が悪いなんて興味がない。
あの人がいなくなったなら、他のものに価値などない。
薬を流し込むため、水を用意しようと台所に立った。コップを出そうと棚に目をやると、見慣れた缶が目に入った。
四角い、少し古びた缶。
『貴重な紅茶だから、勝手に飲んじゃだめ!』
つい先日の会話を思い出し、また前が滲んだ。
…そうだ。どうせ最期なら、飲んでしまおう。…怒るあの人はもういないのだから。
お湯を沸かし、缶に貼り付けられた手書きのメモを見ながら紅茶を入れる。
紅茶好きなあの人は、毎日のように、少し得意げに、温かい紅茶をいれてくれた。手を出すと、少し不機嫌になるのだ。そのやり取りがなんだか楽しくて、わざと手を出したこともあった。
お湯を茶葉に注ぐと、ジワリと葉が開いていく。
ぼんやりとそれを見つめていると、何かがキラリと光った。
不思議に思い、緩んでいく葉をじっと見つめる。
(…なんだ…?)
解ける葉の隙間から、キラキラと光る細い筋。シロップを入れたときのような、モヤのような、しかし、それよりも幻想的なモノが滲み出ていた。
思わず見入っていると、タイマーがなる。我に返って、その、煌めきの混ざった液体をカップに注いだ。
これが『貴重』だという理由だったのだろうか。…もし、向こうで逢えたなら聞いてみよう。
薬瓶を開け、ザラザラと白い錠剤を手の上で山にした。嫌に白く光るそれを口に押し込み、紅茶で無理やり流し込んだ。
その熱さからか、それとも生物としての拒否反応なのか、激しく咳き込みながら、二口目を用意する。
胃が熱い。
じわりと歪む視界に、ふと、あの人との思い出が蘇る。
いろいろな場所に行った。色々なことをした。色々な体験をして、色々な感情に触れた。
次から次と、滲み出すように思い出が湧く。楽しかった。楽しかったのだ。とても。
泣きながら錠剤を頬張り、紅茶を傾ける。睡眠薬だからなのか、ふと眠くなるのを堪えてまた頬張る。
どの位たったのだろうか。眠気のせいか、薬のせいか、頭がフワフワとしている。視界は霞がかっていて、朦朧とする。
『仕方ないなぁ…。特別だからね?』
あの人の、声がした。
その姿を探そうとするが、体が云う事をきかない。会いたい。逢いたい。君に、君に会いたいんだ。
『頑張れー!』
底抜けに明るい声が遠ざかる。
待って。行かないで。待って。待って…。
「…待って…!」
勢い良く身を起こすと、空になったカップがカタカタと揺れた。
目の前には錠剤が散乱しており、ポットに薄く残った紅茶は、もう冷え切って、あの煌めきも見つからない。
「…夢…?」
呆然としながら椅子に座り直す。
妙にスッキリした気分だった。なんだか、ドロドロと渦巻いていたあの悲しみが澄んだような。
少し考えて、とりあえず机を片付けようと、例の缶に手を伸ばす。
思わず取り落としそうになった。
手書きのメモの、下の隅。
見慣れた文字。
あふれる雫で滲まないよう気をつけながら、そっと指で文字をなぞった。
『がんばれ!』
「…頑張るよ。」
夜が明けようとしている。
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