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四十、隙間
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扉の、襖の、引き出しの…。
列挙すれば暇がないが、要は閉め忘れと言われる類のものが嫌いだ。とは言え、もう開き直ったように開け広げているのは別にいいのだ。一番嫌なのは、閉まっているように見えて実は閉まっていない、あの状態。
ふと目を上げたときに黒々とした細い一本線と目が合うと、そこが人の部屋だろうがなんだろうが閉めたくなる。そこで大体の人間は口を揃えて言うのだ。
「細かいなぁ。」
いいじゃん、このくらい。
…そりゃぁ、まぁ、自分だって『ソレ』を知るまではあまり気にしたことなどなかったのだ。きっかけは、まだ幼かった小学生のころまで遡る。
「ちゃんと閉めないとお化けが来るよ。」
そう諭されながらも、その頃から少しひねくれていた自分は『子供騙し』なんてことを思っていた。…子供なのに。そこは、まぁ、ちょっと横に避けておくとして。
事件があったのはいつだったか。度々、物が失くなることがあった。それはおもちゃのような消しゴムであったり、折り鶴であったり、もう小さくなった鉛筆であったり。要は、ほんの小さな物が失くなった。そして、大体のものは一週間ほどすると、扉の隅の方や、襖の前などにポツリと落ちている。使った覚えのない場所で見つかることに散々頭をひねっていたのだが、ある時、見てしまった。
勉強机の引き出し。うまく閉まっていなかったらしいそこから、白い『ナニカ』が細く伸び、机の上の黄色いクリップをそっと絡め取っていく様を。
恐怖で体が凍りついたようで、その、白くて所々歪に膨れた腕のようなモノが引っ込むまで、ただ震えながら見ていた。その後、母親に声をかけられるまでその場で震えていたことを今でもはっきりと覚えている。
その後からだ。病的に閉め忘れを気にしだしたのは。あの直後は、あまりにも小さなことに半狂乱で怒るものだから、多少トラブルになったこともあったが、今では随分落ち着いた。
と、そんな昔のことを思い出すのは、この高い体温のせいだろうか。一人暮らしだと、こんな風に体調を崩したときが辛いのだ。枕元に置いた氷水に、ぬるくなったタオルを浸し、絞って、自分の額にのせる。その単純な作業さえもしんどい。
ふわふわとした頭の中が僅かな冷気を求めたので、ベッド脇の窓をほんの少し開ける。外の冷えた空気が火照った頬や額を撫ぜた。『アレ』が出て来る前に閉めなければ、と思うのだが、その心地よさには勝てなかった。
いつの間にか意識を手放していたらしい。脳みそがぼんやりと活動を始める。母親が来てくれたのだろうか。枕元で水と絞る音がして、額によく冷えたタオルがそっと置かれる。寝返りで乱れた布団は首まで引き上げられ、体温を測るように首筋に冷えた手があてられる。くすぐったさに少し身を捩ると、手は首筋から離れ、そっと髪を撫で始める。久方ぶりの心地好い感覚に、少し安心して、もう一度深い眠りに落ちていった。
次の日、日が高くなってから起きると、随分体が軽くなっていた。額のタオルはまだ冷たくて、枕元には随分減った元氷水。そうだ、窓を閉めなくては。
くるりと窓を向いた瞬間、その場で凍りついた。窓の縁にそっと置かれていたのは、いつかの黄色いクリップ。そういえば、取っていくのを見てしまってから家の中で閉め忘れはなくなり、結局、返ってきてなかったのだ。忘れもしない、クリップ。
母を呼ぼうと部屋を見渡し、またハッとする。
母には、熱を出したことを言っていない。
心臓がバクバクと脈を打つ。思わず頭を抱えたところで、夕べの出来事が頭をよぎった。
優しく髪を撫でる感覚、タオルを絞り、布団を直してくれた。起きたときにもタオルは冷たかった。きっと一晩中替え続けてくれたのだろう。
徐々に動悸が収まる。思えば、『アレ』が害をなしたことなどなかったかもしれない。
しばらく考えてから、小さなメモに『ありがとう』とだけ書いた。押し入れの扉を少しだけ開けて、その前にメモを置く。
体調はすっかり良い。窓を閉め、家を出る準備をして、ちらりと目をやると、まだメモはその場に落ちている。
帰ってきたらなくなっているだろうか。
もしかしたら、返事を返してくるかもしれない。
…少しだけ楽しみだ。そんな自分に対して小さく笑って家を出た。今日は、急いで帰ろう。
列挙すれば暇がないが、要は閉め忘れと言われる類のものが嫌いだ。とは言え、もう開き直ったように開け広げているのは別にいいのだ。一番嫌なのは、閉まっているように見えて実は閉まっていない、あの状態。
ふと目を上げたときに黒々とした細い一本線と目が合うと、そこが人の部屋だろうがなんだろうが閉めたくなる。そこで大体の人間は口を揃えて言うのだ。
「細かいなぁ。」
いいじゃん、このくらい。
…そりゃぁ、まぁ、自分だって『ソレ』を知るまではあまり気にしたことなどなかったのだ。きっかけは、まだ幼かった小学生のころまで遡る。
「ちゃんと閉めないとお化けが来るよ。」
そう諭されながらも、その頃から少しひねくれていた自分は『子供騙し』なんてことを思っていた。…子供なのに。そこは、まぁ、ちょっと横に避けておくとして。
事件があったのはいつだったか。度々、物が失くなることがあった。それはおもちゃのような消しゴムであったり、折り鶴であったり、もう小さくなった鉛筆であったり。要は、ほんの小さな物が失くなった。そして、大体のものは一週間ほどすると、扉の隅の方や、襖の前などにポツリと落ちている。使った覚えのない場所で見つかることに散々頭をひねっていたのだが、ある時、見てしまった。
勉強机の引き出し。うまく閉まっていなかったらしいそこから、白い『ナニカ』が細く伸び、机の上の黄色いクリップをそっと絡め取っていく様を。
恐怖で体が凍りついたようで、その、白くて所々歪に膨れた腕のようなモノが引っ込むまで、ただ震えながら見ていた。その後、母親に声をかけられるまでその場で震えていたことを今でもはっきりと覚えている。
その後からだ。病的に閉め忘れを気にしだしたのは。あの直後は、あまりにも小さなことに半狂乱で怒るものだから、多少トラブルになったこともあったが、今では随分落ち着いた。
と、そんな昔のことを思い出すのは、この高い体温のせいだろうか。一人暮らしだと、こんな風に体調を崩したときが辛いのだ。枕元に置いた氷水に、ぬるくなったタオルを浸し、絞って、自分の額にのせる。その単純な作業さえもしんどい。
ふわふわとした頭の中が僅かな冷気を求めたので、ベッド脇の窓をほんの少し開ける。外の冷えた空気が火照った頬や額を撫ぜた。『アレ』が出て来る前に閉めなければ、と思うのだが、その心地よさには勝てなかった。
いつの間にか意識を手放していたらしい。脳みそがぼんやりと活動を始める。母親が来てくれたのだろうか。枕元で水と絞る音がして、額によく冷えたタオルがそっと置かれる。寝返りで乱れた布団は首まで引き上げられ、体温を測るように首筋に冷えた手があてられる。くすぐったさに少し身を捩ると、手は首筋から離れ、そっと髪を撫で始める。久方ぶりの心地好い感覚に、少し安心して、もう一度深い眠りに落ちていった。
次の日、日が高くなってから起きると、随分体が軽くなっていた。額のタオルはまだ冷たくて、枕元には随分減った元氷水。そうだ、窓を閉めなくては。
くるりと窓を向いた瞬間、その場で凍りついた。窓の縁にそっと置かれていたのは、いつかの黄色いクリップ。そういえば、取っていくのを見てしまってから家の中で閉め忘れはなくなり、結局、返ってきてなかったのだ。忘れもしない、クリップ。
母を呼ぼうと部屋を見渡し、またハッとする。
母には、熱を出したことを言っていない。
心臓がバクバクと脈を打つ。思わず頭を抱えたところで、夕べの出来事が頭をよぎった。
優しく髪を撫でる感覚、タオルを絞り、布団を直してくれた。起きたときにもタオルは冷たかった。きっと一晩中替え続けてくれたのだろう。
徐々に動悸が収まる。思えば、『アレ』が害をなしたことなどなかったかもしれない。
しばらく考えてから、小さなメモに『ありがとう』とだけ書いた。押し入れの扉を少しだけ開けて、その前にメモを置く。
体調はすっかり良い。窓を閉め、家を出る準備をして、ちらりと目をやると、まだメモはその場に落ちている。
帰ってきたらなくなっているだろうか。
もしかしたら、返事を返してくるかもしれない。
…少しだけ楽しみだ。そんな自分に対して小さく笑って家を出た。今日は、急いで帰ろう。
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