41 / 50
四十一、憧憬
しおりを挟む
雑踏に足を踏み入れると、自然と周りに目がいく。
楽しそうに連れ立って歩いていく人、スラリとしたスーツに身を包んだ人、何やら眉間に皺を寄せながら携帯を耳にあてる人。そんな慌ただしい中にいると、いかに自分が劣っているかを思い知らされる。
こそこそとなるべく脇の方を進む。冷たい風は少しよれた安物のスーツとコートを容赦なく突き抜け、痩せた身を芯から冷やしていた。
自分より優れた人々はなんだか眩しくて、追いつこうとすら思わせてはくれない。ざわめきを避けるように裏道へ入ると、途端に静けさに包まれた。
隔離されたような感覚に奇妙な安堵を覚えたのも束の間。突然背後から聞こえた音に肩を跳ね上げる。
ズル、ガぽ…ズル、ガぽ…
恐る恐る振り返ると小さな人影が立っていた。おそらく、自分の胸ほどまでの背丈しかない。
大きな赤い長靴はサイズがあっていないようで、脱げそうになるソレを引きずっては奇怪な足音をたてている。雨も降っていないのに雨の日用の黄色いレインポンチョを着て、そのフードを目深に被っている。
「…いいなぁ。」
一瞬、誰の声か分からなかった。
子供が、一歩、こちらに向かって踏み出した。
「いいなぁ。」
様々の声が幾重にも重なった様な音。その発信源が目の前の、子供のような形をしたナニカ。また一歩、距離が短くなる。
「いいなぁ。」
まるでなにかの呪文の様に、同じ言葉を繰り返す。羨望や憧れのような美しく飾れるような感情ではない。
「いいなぁ。」
その不協和音から滲むのは、嫉妬であり、妬みであり、嫉みである。ドロリとした感情が足元から這い寄ってくる。
頭の中では煩いほどの警鐘が鳴り響いているのに、身体は縫いとめられたようにその場に立ち尽くす。
「いいなぁ。」
一歩ずつソレが近づいてくる。捨てたはずの感情。捨てて、諦めて、綺麗な言葉でその穴を埋めた。
「いい、なぁ。」
もう手を伸ばせば触れられる距離。
ポタリと地面に丸い染みができた。
「いいな、いいなぁ、いい、なぁ…。」
グスグスと目の前のソレが泣き出した。
正直なところ泣きたいのはこっちの方だ。
しかし、あまりにも悲しげに泣くものだから、思わず手が伸びる。
ポンポンとフードの上から頭を撫ぜると、一瞬泣き声が止まり、今度はすすり上げる音に変わった。
さて、どうしたものかと困り果てていると、泣いているソレがふいに腕を上げた。まるで抱っこをねだるように両の手をあげ、
「いいなぁ。」
ズブリ、と。
一瞬にして全身が総毛立つ。
ソレの手首までが自分の胸元に沈み、内臓を弄るかのように心臓のすぐそばで手が動いている。怪我はしていないのだが、確かに内部まで探られている感覚。膝から力が抜け声も無くその場に崩れ落ちると、今度は肘まで差し入れてきた。
「いいな、いいな、いいな」
プツプツと呟きながら体内を掻き乱す。
引き剥がそうにも身体が言うことをきかず、生きながら解体されているようだった。
「いいな」
ズルリと何かが引きずり出され、地面に打ち捨てられる。心にポッカリと穴が空く。
「いいな、いいな」
これまで必死でかき集めてきた綺麗な感情が引きずり出され、踏みつけられ、叩き壊され、後に残るのは自分の抜け殻だけ。
指一本動かすことができず人形のようにへたり込んだ身体に、ソレが、また、手を伸ばしてきた。
「いいなぁ」
指先が、手首が、肘が、肩が、ズルズルとナカに入ってくる。無理やり作った空洞に今まで捨ててきたソレが、入り込み、ほぅ、と息をついた。
同時に、自分の口から空気が漏れるのを感じる。
「いいなぁ。」
喉の奥で声帯が空気を揺らした。
楽しそうに連れ立って歩いていく人、スラリとしたスーツに身を包んだ人、何やら眉間に皺を寄せながら携帯を耳にあてる人。そんな慌ただしい中にいると、いかに自分が劣っているかを思い知らされる。
こそこそとなるべく脇の方を進む。冷たい風は少しよれた安物のスーツとコートを容赦なく突き抜け、痩せた身を芯から冷やしていた。
自分より優れた人々はなんだか眩しくて、追いつこうとすら思わせてはくれない。ざわめきを避けるように裏道へ入ると、途端に静けさに包まれた。
隔離されたような感覚に奇妙な安堵を覚えたのも束の間。突然背後から聞こえた音に肩を跳ね上げる。
ズル、ガぽ…ズル、ガぽ…
恐る恐る振り返ると小さな人影が立っていた。おそらく、自分の胸ほどまでの背丈しかない。
大きな赤い長靴はサイズがあっていないようで、脱げそうになるソレを引きずっては奇怪な足音をたてている。雨も降っていないのに雨の日用の黄色いレインポンチョを着て、そのフードを目深に被っている。
「…いいなぁ。」
一瞬、誰の声か分からなかった。
子供が、一歩、こちらに向かって踏み出した。
「いいなぁ。」
様々の声が幾重にも重なった様な音。その発信源が目の前の、子供のような形をしたナニカ。また一歩、距離が短くなる。
「いいなぁ。」
まるでなにかの呪文の様に、同じ言葉を繰り返す。羨望や憧れのような美しく飾れるような感情ではない。
「いいなぁ。」
その不協和音から滲むのは、嫉妬であり、妬みであり、嫉みである。ドロリとした感情が足元から這い寄ってくる。
頭の中では煩いほどの警鐘が鳴り響いているのに、身体は縫いとめられたようにその場に立ち尽くす。
「いいなぁ。」
一歩ずつソレが近づいてくる。捨てたはずの感情。捨てて、諦めて、綺麗な言葉でその穴を埋めた。
「いい、なぁ。」
もう手を伸ばせば触れられる距離。
ポタリと地面に丸い染みができた。
「いいな、いいなぁ、いい、なぁ…。」
グスグスと目の前のソレが泣き出した。
正直なところ泣きたいのはこっちの方だ。
しかし、あまりにも悲しげに泣くものだから、思わず手が伸びる。
ポンポンとフードの上から頭を撫ぜると、一瞬泣き声が止まり、今度はすすり上げる音に変わった。
さて、どうしたものかと困り果てていると、泣いているソレがふいに腕を上げた。まるで抱っこをねだるように両の手をあげ、
「いいなぁ。」
ズブリ、と。
一瞬にして全身が総毛立つ。
ソレの手首までが自分の胸元に沈み、内臓を弄るかのように心臓のすぐそばで手が動いている。怪我はしていないのだが、確かに内部まで探られている感覚。膝から力が抜け声も無くその場に崩れ落ちると、今度は肘まで差し入れてきた。
「いいな、いいな、いいな」
プツプツと呟きながら体内を掻き乱す。
引き剥がそうにも身体が言うことをきかず、生きながら解体されているようだった。
「いいな」
ズルリと何かが引きずり出され、地面に打ち捨てられる。心にポッカリと穴が空く。
「いいな、いいな」
これまで必死でかき集めてきた綺麗な感情が引きずり出され、踏みつけられ、叩き壊され、後に残るのは自分の抜け殻だけ。
指一本動かすことができず人形のようにへたり込んだ身体に、ソレが、また、手を伸ばしてきた。
「いいなぁ」
指先が、手首が、肘が、肩が、ズルズルとナカに入ってくる。無理やり作った空洞に今まで捨ててきたソレが、入り込み、ほぅ、と息をついた。
同時に、自分の口から空気が漏れるのを感じる。
「いいなぁ。」
喉の奥で声帯が空気を揺らした。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる