帰りたいワタシの帰れない噺

Rentyth

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一つ目の命

3日目

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「…………ます。…ございます。」
 
 透き通るような女性の声がする。こんな声の持ち主ならさぞかし美人なのだろう。身じろぎをすると、もう一度声をかけられる。

「おはようございます。起きてください。」

 毛布越しに優しく揺すられれば起きない理由もなく、眠い目を擦りながら身を起こす。

「……おはようございます…。」

まだぼんやりしながら挨拶を返し、声のした方を向いた。薄桃色の看護服に皺はなく、清潔な印象をうける。

「はい、おはようございます。体調はいかがですか?」

「あー…、特には大丈夫ですぅ…」
 
 視線を上げ、優しい声が発せられた口元を見て、自分の見ているのが何なのか寝惚けた脳で整理する。処理の遅いパソコンのように数秒間フリーズした後、瞬く間に意識が覚醒した。

「…私の顔に、何かついておりますか?」

「い、いえっ、なにも…!」

 そう、特に何もついていない。ついていなさすぎるほどに。透き通るような美人、ではなく、物理的にすっけすけだ。…骨が。
 テキパキと体温計や濡れタオルなどを用意する彼女は、まるで骨格標本のようだった。金属のボウルを持ち上げると、トライアングルのような音がする。
 
「まずはお身体を拭いて、着替えちゃいましょうね。」

 格子の隙間から暖かい濡れタオルと病衣、下着までセットで渡される。昨日の血しぶきがまだあちこちに付いたままだったので、非常にありがたい。
 
「向こうで作業してますので、着替え終わったら呼んでくださいねー。」

 …普通に、いい人だ。この病室に来てから出会った中で一番いい人かもしれない。骸骨でさえなければ…、いや、それを差し引いてもマトモだ。
 内心物凄く複雑な気分になりながら急いで体を拭き、着替える。…そういえば此処に来てから尿意も便意も空腹も感じない。もしかして、自分も段々人間離れしているのかと思って少し身震いした。
 
「あの…、終わりましたー…。」

「はーい。今行きますねー。」

 部屋の向こうの方から声がする。手術台を挟んでいるため、姿は見えない。ちょっとして彼女が戻ってきた。その細腕(骨しかないが)には布団らしきものを抱えている。

「じゃあ、一旦出ましょうか。」

 呆気なく言って、檻の天井面が開かれた。
 今度は何だとビビりながら外に出ると、ずっと仕事をしていなかったためか脚の関節がすぐに痛みを訴え、思わず眉を寄せる。

「屈伸したり、この部屋の中を歩いたりしていてくださいねー。」

 こちらがこのまま逃亡する可能性などまるで無いように彼女は檻の中を掃除している。あの時飛び散った肉片を回収し、血痕を拭いて…。恐らく、今が逃げる最大の好機なのだろう。

(…逃げようかな…)

 当然ながらそんな考えが頭をよぎる。でも、いや、待て…。
 …外には、『奴』がいる。あの舌っ足らずな声が聞こえたような気がして、背筋が寒くなった。檻がなければ、殺される。次は、確実に。
 一人で百面相をしていると、終わりましたよー、と声がする。我に返って檻をみると、檻の床面全面に敷布団が敷かれていた。サイズがピッタリということは、もともと檻用の布団だったのだろう。

「身体はほぐれましたか?」

「あー…、多少は…。」

「じゃあ、もう少し運動しましょう。はいっ、両腕を広げてー…」

 言いながら彼女が両腕を横に伸ばすので、真似して腕を広げた。

「肩からぐーるぐーる。」

 体育の準備体操のようにぐるぐると二人で腕を回す。

「反対回しー。」

 どうしよう。ちょっと楽しい。早くもこの環境に毒されてきているのだろうか。骸骨の看護婦と向かい合って真面目に腕回しをしている図である。
 
「次は屈伸でーす。」

「…はーい。」

 そんなこんなで一通り身体を解し、自然な流れで檻に戻る。段々檻の中が快適になってきているのが怖い。

「じゃあ左腕出してくださいねー。」

「はーい。」

「消毒しますー。ちょっと冷たいですよー。」

「はーい。」
 
「じゃあ点滴しますよー。動かないでくださいねー。」

「はー…、え?」

 とてつもなく自然な流れで止める間もなく腕に点滴の針が刺される。痛みは予想より小さかったが、問題はぶら下がった透明な液体の中身だ。

「ちょっとじっとしててくださいねー。」

「え?いや、あの…コレ、な、なんですか?」

 恐る恐る点滴の袋を指差す。すると、彼女は一瞬考えた後、答えてくれた。

「…元気になるお薬です!」
 
 字面的にアウトである。とは言えもう刺さってるものを自分で引き抜く勇気はなく、前回の『治療』同様死にはしないと信じて諦めることにした。
 結局看護婦の骸骨さんは点滴終了まで話し相手になってくれ、点滴が終わると速やかに片付けて退出。
 再び一人きりになった檻の中で、今更ながら逃げなかったことを後悔するのだった。
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