帰りたいワタシの帰れない噺

Rentyth

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二つ目の命

7日目

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『じゃあ、気をつけて。…帰れるといいな。』

 そう言って、送り出されたのはつい先程の事だ。毛玉車掌と話した後、なんの気もなしに『帰らねばならない』と伝えれば、半ば予想していたように送り出された。帰るためには町を歩き回る必要がある、と。正直、彼らのガレージを拠点とさせてもらおうかと思っていたので、少し動揺したが、理由を聞いて納得せざるを得なかった。

『俺達は、必要最低限でしかガレージから出入りしない。奴らに見つかったら、全員終わりだ。悪いが、お前さん一人の為に、そんなリスクは負えない。』

 苦々しい顔で告げられた事実。つい先日見たばかりの怪物を思い出し、ぐぅの音も出なかった。とは言え、出発の準備として食べ物などを幾らか餞別として渡してくれた。黙ってじっとしていれば奴らは通り過ぎていくという事も。
 お陰で今のところ特に問題もなく、町の探索を進めている。…筈だった。

「おや、珍しい。」

 少し渋めな落ち着いた声に振り返り、前に向き直って、全力で走った。

「あっ!ちょっと待ってくれ!」

 すぐに後ろから蹄の音が響く。そう、ヒヅメ。鯨偶蹄目が追いかけてくる。正直逃げられる気はしない。

「話がしたいだけなんだ!」

 あっという間に横に並ばれた。急に止まれないという俗説を信じて急停止すると、それに習って相手も止まる。噂なんて信じるものじゃないと確信した瞬間だ。

「驚かせて悪かった。しかし、本当に、話がしたいだけなんだ。……大丈夫?」

 突然のダッシュで噎せる此方を心配そうに覗き込んだ顔は、紛れもなく『猪』だった。確実にオーダーメイドであろうスーツを見事に着こなし、小脇に四角い風呂敷包を抱えている。案外つぶらな目は心配そうに眉尻を下げ、あからさまに『いい人』だった。

「…………や、ちょっと、…吃驚?して…?」

 すいません、と、誤魔化すようにぎこち無く笑う。それでも、猪紳士は納得してくれたようだった。

「いや、いいんだ。こちらこそ驚かせてしまってすまない。久々にヒトを見たのでね、嬉しくなってしまった。」

 ここまで恐縮されてしまうと、見た途端に全力ダッシュと決め込んだことに罪悪感が湧いてくる。

「もし、良ければ、なんだが…、ちょいと話を聞かせてくれ。町以外のことも是非にな。」

 そう。だから決して昼飯に釣られたとかそういうことではないのだ。……多分。
 近くの公園に移動し、公園のベンチに二人で座る。猪紳士が風呂敷を開くと、それはそれは美味しそうなサンドイッチが並んでいた。

「せっかくだ。情報料だと思って食べてっておくれ。」

 そう言って差し出されたサンドイッチは、香ばしいどんぐり風味の柔らかいパンで、山葡萄などの山の幸をタップリ挟んだ代物で、今まで黙っていた腹の虫が思い出したように鳴き始めるほど美味しそうだった。食欲が警戒心に勝り、恐る恐る一口。

「…………っ!お、美味しい……っ!」

「それは良かった。嬉しいねぇ。」

 にこにこと微笑む猪紳士相手に、美味しいもので軽くなった口を開き、取り敢えず、バス停を降りてからの事を語った。紳士はしきりに相槌をうち、真剣に聞いてくれている。町での体験を一通り喋り終わってしまい、さてどうしようかと言うところで、ポロリと口の端から単語がこぼれた。

「……病院…」

「…病院も行ったのかい?」

「…え?いや、行ったことは…」

 ない、と言おうとして固まる。違う。断片的にだが、覚えている。

「……医者、と…看護婦さんがいて…」

 後は?靄の中で探しものをするように単語の切れ端をつなぐ。

「……鋸、の…丸いのと…」

 あと、あと…。一瞬だけ映像が頭の中を過ぎる。

「…………………鬼、が、いた…。」

「…鬼?」

「そうだ…、鬼…それで、鬼が、…鬼に…」

コロサレタ

 ヒヤリとしたものが背筋を這い上がる。忘れていた。忘れるところだった。あの時、あの瞬間、確かに『殺された』のに、何故今ここにいるのか。
 パニックになりかけた頭を、固い蹄が優しく撫ぜた。ゆっくり、子供をあやすような動作に、次第に心拍数が収まっていく。

「…大丈夫?取り敢えず、もう一つお食べよ。」

 そう言って差し出されたサンドイッチに無言で齧り付いた。そんな様子を横目に見ながら、紳士が独り言のように話し始める。

「…ヒトにはね、食べたり、飲んだり、休んだりが不可欠なんだ。この町では、そんなのは娯楽の一つなんだけど、ヒトは違う。お腹も減らないだろうし、疲れもないと思うケドね、確かに削れてる部分はあるんだ。…ここでの『死』は、君らの知ってるものとは違うんだよ。」

 最後になんだか意味有りげなことを言って、紳士が立ち上がる。テキパキと風呂敷を包み直し、さっと小脇に抱えると、此方を正面から向いた。

「時間を取って悪かったね。幸運を祈ってる。」

 そして、軽く手を上げて去っていった。その後にポツンと取り残され、どうするべきか途方に暮れる。ひとまず、何度も『死』を繰り返すらしいというのはわかった。…しかし、情報が足りなすぎる。
 更なる情報を求め、残りのサンドイッチを口に押し込み、再び町中へ歩き出した。
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