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二つ目の命
8日目
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猪紳士と分かれてから早くも数時間といったところだろうか。日は沈みかけ、辺りは黄昏色に染まっている。
あの後わかったのは、『怪我をしない』こと。大きなものは試していないが、多少の怪我ならかなりの速さで消えてしまう。病院の事を思い出すと、確かに頭を開かれた割に、起きた際、痛みは全くと言っていいほどなかった。点滴の時も同様、針のあとは数時間の内に消えた。とは言え、致命傷を負えば『死ぬ』というのは実際に体験済みだ。治るからと無茶をしすぎるのは良くないだろう。
空の色の端に藍色が見え始め、そろそろ今日寝る場所を確保しようかと周りを見回す。ふと目に止まったのは、雑草が生い茂った空き家だった。ちょっと考えて、玄関をそっとノックする。
(空き家だったら今夜はここで休むか…。)
もちろん答えはない、…と思っていたのだが、予想に反して内側から扉が開いた。
「……どちら様?」
出てきたのは少年だった。十二、三といったところだろうか。サイズのあっていない大人用の白衣の袖を何度もずり上げている。
「あー…、いや、空き家だと思って…」
「空き家なのにノックするの?」
変な人ー、と無邪気に少年が笑った。
「取り敢えず入んなよ。せっかくだし、お話しよ。」
なんの警戒心も無くそう言われると、逆に心配になってくるが、『早くー』と袖口を引かれて、半ばつまずきながら家に入る。背後で扉が閉まった。
「鍵かけてからきてねー。」
そう言って少年はパタパタと家の奥へ進む。急いで鍵をかけ、靴を脱いで少年を追った。
家の中は想像以上に整頓されていて、少年がここに住んでいることを物語る。外の雑草は単に手入れをしていないだけなのだろう。少年の後に続いてドアをくぐると、居間と思われる空間が広がっている。ただし、窓には板が打ち付けられ、人工的な光のみが部屋を照らしていた。そして、何より異様だったのはその壁面である。クレヨンで描いた稚拙なものから、色鉛筆や鉛筆で描かれた精巧なものまで、様々な『異形』の絵が壁全面を覆っていた。
「驚いた?」
少年が楽しそうに笑う。
「………これは…?」
「『異形』だよ。すごいでしょ!」
「確かに…、すごい、けど…」
「僕ねー、『異形』の研究してるんだ!『異形』ってね、いっぱいあるんだよ!」
そこからはひたすらにマシンガントークだった。異形の外見的な種類から始まり、特殊な『耐性』持ちの話まで。確かに役に立つ情報ではあるし、実に楽しそうに話す少年の会話を止めるというのは非常に困難だった。だから、話の切れ間を見計らってずっと疑問に思っていたことを口に出す。
「あのー…、お父さんとか、お母さんは…どうしたのかな?」
「帰ってくるの待ってるのー。」
地雷を踏み抜く覚悟で行ったのだが、呆気なく返された。此方が少し拍子抜けしたのを見越してか、少年が言葉を紡ぐ。
「…『異形』の種類は死因に準じるみたいなんだよね。」
「……そう、なんだ…?」
「うん!それでね、お父さんは燃えて、お母さんは沈んだから、どんな『異形』で帰ってくるかすっごく楽しみ!」
「…………え?」
『異形の種類は死因に準じる』
『お父さんは燃えて、お母さんは沈んだから』
『どんな異形で帰ってくるか楽しみ』
(こいつ…、実験の為に『親を殺してる』…?)
顔が青褪めていくのを自覚する。返答に困っていると、少年は不服そうに頬を膨らました。
「今さぁ、すっごい勘違いしてるでしょ。言っとくけど、お父さんとお母さんが自分で手伝ってくれてるんだからね。」
「…自分で?」
確かに、先程少年は『燃えた』『沈んだ』といった。自分がやったとは言っていない。
「しかも!今回ので三回目だし。一回目も二回目もちゃんと帰ってきてるんだから。」
…正直、狂ってると思う、が、この町全体が自分から見れば『異常』なのだ。相対的に、端から見ておかしいのは此方なのかもしれない。
「…誤解して悪かったよ。」
素直にそう伝えれば、少年の顔に笑顔が戻る。そしてすぐに思案顔になると、何か思いついたようにダイニングキッチンへ走り寄った。
「僕さー、異形がないのってつまんないと思うんだよねー。」
そう言いながらもガサガサと何か探している。
「これじゃ小さいし…これだと無理かな……、…あった!」
嬉しそうに少年が出してきたのは…
「……包丁…?」
錆びついた包丁だった。歯を薄く覆う赤茶色のそれは一見こびりついた血液のようにも見える。明らかに調理用ではないソレを掲げてうっとりと少年が告げる。
「実験しよ?」
反射的に『嫌だ』と答えそうになるが思いとどまる。よく考えれば、このまま、足掻くことすらできないまま『死』を繰り返すより、ここで『異形』を取るほうが有意義なんじゃないだろうか。ものによってはプラスになる場合も多いと先程聞いた。なら、『ただの人間』に拘っていては一生同じ事を繰り返すだけなのでは…?
「…実験、してくれる?」
どう?と少年が目で訴える。少し躊躇ってから、深く頷いた。心臓に狙いを定めて、少年が笑顔で突っ込んでくる。刃を覆う錆が切り口の皮と肉を引き摺りながら心臓に到達した。
その時確かに、自ら『死』を選択したのだった。
二つ目の命 死亡
あの後わかったのは、『怪我をしない』こと。大きなものは試していないが、多少の怪我ならかなりの速さで消えてしまう。病院の事を思い出すと、確かに頭を開かれた割に、起きた際、痛みは全くと言っていいほどなかった。点滴の時も同様、針のあとは数時間の内に消えた。とは言え、致命傷を負えば『死ぬ』というのは実際に体験済みだ。治るからと無茶をしすぎるのは良くないだろう。
空の色の端に藍色が見え始め、そろそろ今日寝る場所を確保しようかと周りを見回す。ふと目に止まったのは、雑草が生い茂った空き家だった。ちょっと考えて、玄関をそっとノックする。
(空き家だったら今夜はここで休むか…。)
もちろん答えはない、…と思っていたのだが、予想に反して内側から扉が開いた。
「……どちら様?」
出てきたのは少年だった。十二、三といったところだろうか。サイズのあっていない大人用の白衣の袖を何度もずり上げている。
「あー…、いや、空き家だと思って…」
「空き家なのにノックするの?」
変な人ー、と無邪気に少年が笑った。
「取り敢えず入んなよ。せっかくだし、お話しよ。」
なんの警戒心も無くそう言われると、逆に心配になってくるが、『早くー』と袖口を引かれて、半ばつまずきながら家に入る。背後で扉が閉まった。
「鍵かけてからきてねー。」
そう言って少年はパタパタと家の奥へ進む。急いで鍵をかけ、靴を脱いで少年を追った。
家の中は想像以上に整頓されていて、少年がここに住んでいることを物語る。外の雑草は単に手入れをしていないだけなのだろう。少年の後に続いてドアをくぐると、居間と思われる空間が広がっている。ただし、窓には板が打ち付けられ、人工的な光のみが部屋を照らしていた。そして、何より異様だったのはその壁面である。クレヨンで描いた稚拙なものから、色鉛筆や鉛筆で描かれた精巧なものまで、様々な『異形』の絵が壁全面を覆っていた。
「驚いた?」
少年が楽しそうに笑う。
「………これは…?」
「『異形』だよ。すごいでしょ!」
「確かに…、すごい、けど…」
「僕ねー、『異形』の研究してるんだ!『異形』ってね、いっぱいあるんだよ!」
そこからはひたすらにマシンガントークだった。異形の外見的な種類から始まり、特殊な『耐性』持ちの話まで。確かに役に立つ情報ではあるし、実に楽しそうに話す少年の会話を止めるというのは非常に困難だった。だから、話の切れ間を見計らってずっと疑問に思っていたことを口に出す。
「あのー…、お父さんとか、お母さんは…どうしたのかな?」
「帰ってくるの待ってるのー。」
地雷を踏み抜く覚悟で行ったのだが、呆気なく返された。此方が少し拍子抜けしたのを見越してか、少年が言葉を紡ぐ。
「…『異形』の種類は死因に準じるみたいなんだよね。」
「……そう、なんだ…?」
「うん!それでね、お父さんは燃えて、お母さんは沈んだから、どんな『異形』で帰ってくるかすっごく楽しみ!」
「…………え?」
『異形の種類は死因に準じる』
『お父さんは燃えて、お母さんは沈んだから』
『どんな異形で帰ってくるか楽しみ』
(こいつ…、実験の為に『親を殺してる』…?)
顔が青褪めていくのを自覚する。返答に困っていると、少年は不服そうに頬を膨らました。
「今さぁ、すっごい勘違いしてるでしょ。言っとくけど、お父さんとお母さんが自分で手伝ってくれてるんだからね。」
「…自分で?」
確かに、先程少年は『燃えた』『沈んだ』といった。自分がやったとは言っていない。
「しかも!今回ので三回目だし。一回目も二回目もちゃんと帰ってきてるんだから。」
…正直、狂ってると思う、が、この町全体が自分から見れば『異常』なのだ。相対的に、端から見ておかしいのは此方なのかもしれない。
「…誤解して悪かったよ。」
素直にそう伝えれば、少年の顔に笑顔が戻る。そしてすぐに思案顔になると、何か思いついたようにダイニングキッチンへ走り寄った。
「僕さー、異形がないのってつまんないと思うんだよねー。」
そう言いながらもガサガサと何か探している。
「これじゃ小さいし…これだと無理かな……、…あった!」
嬉しそうに少年が出してきたのは…
「……包丁…?」
錆びついた包丁だった。歯を薄く覆う赤茶色のそれは一見こびりついた血液のようにも見える。明らかに調理用ではないソレを掲げてうっとりと少年が告げる。
「実験しよ?」
反射的に『嫌だ』と答えそうになるが思いとどまる。よく考えれば、このまま、足掻くことすらできないまま『死』を繰り返すより、ここで『異形』を取るほうが有意義なんじゃないだろうか。ものによってはプラスになる場合も多いと先程聞いた。なら、『ただの人間』に拘っていては一生同じ事を繰り返すだけなのでは…?
「…実験、してくれる?」
どう?と少年が目で訴える。少し躊躇ってから、深く頷いた。心臓に狙いを定めて、少年が笑顔で突っ込んでくる。刃を覆う錆が切り口の皮と肉を引き摺りながら心臓に到達した。
その時確かに、自ら『死』を選択したのだった。
二つ目の命 死亡
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