帰りたいワタシの帰れない噺

Rentyth

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三つ目の命

9日目

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 何度目かになる意識の覚醒と共に目を開け、おや、と首をひねった。目は確かに開けているのに視界が暗い。これはどういう事なのか。ぐっと頭を上げると、細い隙間から橙の光が目に飛び込んでくる。徐々に目が慣れてくると、自分から大きなダンボールの中で体育座りをしているのだとわかった。いつからこうしていたのかは分からないが、体が凝り固まっている。少し耳を澄ませて、物音がしないことを確認。そろそろとダンボールの蓋を押し開けた。
 少し傾いた日がダンボールの中まで入ってくる。ふと自分の両腕を見てギョッとした。

(…イボ?)

 直径三ミリほどの小さなイボが肘から先、腕の甲の部分に均等に並んでいる。拳を握って、グッと力を込めると、イボの一つ一つから長さ二センチ、直径二ミリ程の『棘』が一斉に突き出した。驚いて力を緩めると、またイボの状態に戻る。

(…これが、『異形』か…)

 自分を刺した少年のことを思い出す。流石に死ぬのも二回目となると、記憶が戻るのが早い。実験の結果でも伝えに行こうかとダンボールから出たところで、『彼』がいた。

 橙に染まる壁を背に、蹲り、俯いている男。その男の側頭部からは、成人男性の片腕程の大きな角が生えていた。角の先端は鋭く、下手に触れれば怪我をしそうだ。彼はすぐこちらに気づいたようで、体制は変えずに目線をこちらに投げた。

「……新人…、じゃねぇな…?何回死んだ?」

「…二回目です。」

 身体の底から響くような声で問われ、少し身構える。

「まだ二回か…。足りねぇな。」

 クツクツと男が喉で笑う度に角の先端が揺れた。話を続けるべきか迷っていると、更に男が言葉を紡ぐ。

「角、いらねぇか?」

「……角?」

「おう。俺のはデカすぎるけどな。これがありゃ力が手に入る。生き残るにゃぁ便利だぜ。」

鬼とだって戦えるかもな。

 そう言ってまた笑う。確かに、力があるに越したことはない。ヒトから遠ざかるのはこの際諦めよう。…怪物には、なりたくないが。

「…角、くれるんですか?」

 覚悟を決めて口を開く。それを聞いて、男がニヤリと口角を上げた。

「角が欲しいならやるがね、君が自分から刺さってくれよ?」

「……………へ?」

「『異形』ってのはな、基本死ななきゃ手に入んねぇんだ。知らなかったか?」

 此方の反応を予想していたかのように男が笑う。

「俺は君の為にこのクソ重い頭を上げて立ち上がって…なんてしたくねぇんだ。自分で刺さってくれ。」

 自分で…?あの少年のときですら、自分は立っているだけで良かった。強いて言うなら、咄嗟に避けてしまわないようにしていたくらいか。それを、この男は自ら角に刺されと言う。

「死体は気にすんな。死ぬとな、砂みたいになって崩れちまうんだ。だからダイジョブだ。」

 何がダイジョブなのか意味がわからない。チャンスを逃すのは惜しいが、今回ばかりは見送るべきだったか…。そんな考えを見透かすように男は言葉を続ける。

「自分で刺さるなんざ序の口だ。ここでビビってたら一生外になんざ出れねぇぞ。」

「…外に…」

「俺はもう諦めちまったがね、君はまだ諦めてないんだろ?ここで一発乗り越えとけ。」

 男に叱咤され、改めて自分の目的を思い出す。そうだ。帰らなくては。…そのためなら…。

「…角、もらいます。」

「…よく言った。」

 男の真正面に立ち、角の先端を見据える。今からアレに刺さるのだ。

「ビビって速度落としたほうが辛いからな。勢い良く来いよ。」

 震えだす膝に力を込める。大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出すと、身体の震えが少し収まった。目を強く瞑って走り出す。一歩、二歩、三歩、四歩…

「…………っぅあゔ……っ!」

 鳩尾の下あたりを鋭い痛みが貫いて足が止まる。こわごわ目を開けると、丁度その部分に角の先端が埋まっていた。貫通、とまでは行かないが、かなり深く刺さっている。とは言え、致命傷かどうかと言われると甚だ疑問が残る。一度引き抜いてやり直してもいいか聞こうと口を開いたと同時に、男が動いた。

「お情けだ。少し手伝ってやるよ。」

 何をと聞く隙もなく、身体が宙に浮いた。彼が俯いていた頭をグッと起こした為だ。
 重力と言う協力な助っ人が体を角に押し込んでいく。根本に近づくに連れ太くなっていく角は、遠慮なく体に空いた孔を押し広げた。それだけでもかなりの激痛なのに、男は更に此方に手を伸ばす。厚みのある掌が藻掻く腕を捉えて引っ張った。

「達者でなー。」

 のんびりとした言葉とともに角の根本が身体を貫く。意識が徐々に薄れていく。次は、何が…。
 

 
 
 
 

 
 
三つ目の命 死亡
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