13 / 15
四つ目の命
10日目
しおりを挟む
「………どこだ、ここ…」
黄昏時の空の下、なんの変哲もないアスファルトの上に独り。目が覚める度に違う場所にいるのはいい加減慣れたが、いかんせん地図も何もないのは辛い。目的地も拠点もないため、『迷子』とも言えないのだが、せめて全容と現在地くらいは教えてもらいたいものだ。
溜息をつきながら足を踏み出そうとしてたたらを踏む。足元に何か散らばっていたからだ。しゃがみこんでよく見れば、トランプ程の透明なカードに一文字ずつひらがなが書いてある。
「…う、う、ゅ、の、し、よ……?」
さっぱり意味が分からない。取り敢えず拾い上げて並び替えてみる。
(『ゅ』ってことは…多分『しゅ』…それから…)
なんとなく気になって地面に並べてみる。すると、ある言葉であろうことが推測できた。
「……のうしゅよう……?」
『脳腫瘍』が恐らく答えだろう。…だからなんだと言う話だが。並べたカードを跨ぎ、今度こそ足を踏み出す。見覚えのない場所だが、『黄昏街』なのは確かだろう。根拠はないが、確信はある。
さて、今度は鬼が出るか蛇が出るか。適当に進もうとしたところで、長く伸びた自分の影に違和感を覚えた。頭の横辺りから何かが突き出している。そっと手をやって納得した。
(……角だ。)
あの男とは比べ物にならない大きさだが、少し湾曲した角が側頭部から生えている。鏡がないため確認はできないが、先端は相当鋭利なようだ。なぞっていた指先から生暖かい血液が滑り落ちる。傷口はすぐ塞がるが、地面に滴る液体がやけに赤く光った。…まだ、まだ自分は『ヒト』なのだろうか…?
強く拳を握れば『棘』が突き出て、また眉を顰める。怖いという感覚すら麻痺してきている。傷つくのも、死ぬのも、殺されるのも…。先程とは違う意味で溜息をついた時、何かが近づいて来るのに気づいた。すぐそこの曲がり角の先。規則的な足音に混じって、硬いものを引き摺るような音がする。隠れる場所は、ない。だんだん近づく足音に身構える。怪物か、人間か、…あるいは…
「…おや、はじめまして?かな?」
現れたのは、疲れた顔をした細身の男だった。だらりと力なく下ろされた両手の先からは細いナニカが伸び、アスファルトに白い線を残していた。
「…えぇ、はじめまして…」
まだ警戒は解かずに返答を返せば、男は困ったように眉尻を下げる。
「えっとねぇ、僕は君と争う気はこれっぽっちもないんだ。信じてもらえ…ない、よねぇ…。」
どうしようかとばかりに苦笑し、腕を上げかけた彼は、またすぐに苦い顔に代わる。指先から伸びる細長いモノが、足に引っかかったせいだろう。
「…これ…邪魔なんだよねぇ…。爪なんだけどさぁ、おちおち頭もかけやしない」
ほら、とばかりに広げた指の先には通常の爪の代わりに刃物のように鋭利な細長いモノがついていた。その『爪』同士が当たるたびに高い金属音が空気を揺らす。
「…一つお願いがあるんだけどさ…」
もう癖になっているのか、しゃりしゃりと爪を擦り合わせながら申し訳なさそうに男が告げる。
「僕のこと、…殺してくれないかな。」
耳を疑った。今この人はなんて言った…?
「もう、疲れたんだ。」
俯いてしまったその表情は伺えないが、切実な本心が吐息とともに漏れた。
「もう…、楽になりたい…。」
ポタポタと透明な雫が男の頬を伝い地面に丸い染みを作る。
「…でも、死んだって、また繰り返すだけじゃ…」
「…君、知らないのかい…?」
驚いたように男が涙に濡れた顔を上げる。
「死ぬ度に人間から離れてくんだ。そうすれば…自我を失える…。」
半分狂気にも近い嗤いで男の表情が歪んだ。
「でも…自我を失うってことは…」
「『怪物』になるね。でも、いいんだ。」
言葉を被せるように男は続けた。
「脱出か、怪物か…。楽になるのは二択なんだ。脱出なんて夢のまた夢…。足掻けば足掻くだけ、僕は化物になっていく。なら、いっそ…」
殺してくれ。
掠れ声が鼓膜を揺らした。
「頼む…頼むよ…」
弱々しく呟く男に歩み寄る。できるだけ苦しまないやり方を…、と頭を絞って考え、決めた。拳を握りしめ、腕から棘を出す。
「……ちょっと痛いですよ。」
「……慣れたとも。」
薄く笑う彼の首にそっと腕をあて、一気に引いた。鮮やかな血が迸り、体と地面を濡らす。
『ありがとう。』
声もなく礼を言って、男が事切れる、と同時に男の体が崩れ始める。例の爪の先からサラサラと黄昏色の粒子に変わり、やがて小さな砂の山になった。それもすぐに風で散らされ何もなくなった。
全身に浴びたはずの液体はいつの間にか消えていて、たった今の出来事なのになんだが夢心地だ。
「…人、殺したのか…」
今、この場で。今はイボ状になっている棘をスルリと撫ぜる。理由もわからない涙が一粒、頬を伝った。
黄昏時の空の下、なんの変哲もないアスファルトの上に独り。目が覚める度に違う場所にいるのはいい加減慣れたが、いかんせん地図も何もないのは辛い。目的地も拠点もないため、『迷子』とも言えないのだが、せめて全容と現在地くらいは教えてもらいたいものだ。
溜息をつきながら足を踏み出そうとしてたたらを踏む。足元に何か散らばっていたからだ。しゃがみこんでよく見れば、トランプ程の透明なカードに一文字ずつひらがなが書いてある。
「…う、う、ゅ、の、し、よ……?」
さっぱり意味が分からない。取り敢えず拾い上げて並び替えてみる。
(『ゅ』ってことは…多分『しゅ』…それから…)
なんとなく気になって地面に並べてみる。すると、ある言葉であろうことが推測できた。
「……のうしゅよう……?」
『脳腫瘍』が恐らく答えだろう。…だからなんだと言う話だが。並べたカードを跨ぎ、今度こそ足を踏み出す。見覚えのない場所だが、『黄昏街』なのは確かだろう。根拠はないが、確信はある。
さて、今度は鬼が出るか蛇が出るか。適当に進もうとしたところで、長く伸びた自分の影に違和感を覚えた。頭の横辺りから何かが突き出している。そっと手をやって納得した。
(……角だ。)
あの男とは比べ物にならない大きさだが、少し湾曲した角が側頭部から生えている。鏡がないため確認はできないが、先端は相当鋭利なようだ。なぞっていた指先から生暖かい血液が滑り落ちる。傷口はすぐ塞がるが、地面に滴る液体がやけに赤く光った。…まだ、まだ自分は『ヒト』なのだろうか…?
強く拳を握れば『棘』が突き出て、また眉を顰める。怖いという感覚すら麻痺してきている。傷つくのも、死ぬのも、殺されるのも…。先程とは違う意味で溜息をついた時、何かが近づいて来るのに気づいた。すぐそこの曲がり角の先。規則的な足音に混じって、硬いものを引き摺るような音がする。隠れる場所は、ない。だんだん近づく足音に身構える。怪物か、人間か、…あるいは…
「…おや、はじめまして?かな?」
現れたのは、疲れた顔をした細身の男だった。だらりと力なく下ろされた両手の先からは細いナニカが伸び、アスファルトに白い線を残していた。
「…えぇ、はじめまして…」
まだ警戒は解かずに返答を返せば、男は困ったように眉尻を下げる。
「えっとねぇ、僕は君と争う気はこれっぽっちもないんだ。信じてもらえ…ない、よねぇ…。」
どうしようかとばかりに苦笑し、腕を上げかけた彼は、またすぐに苦い顔に代わる。指先から伸びる細長いモノが、足に引っかかったせいだろう。
「…これ…邪魔なんだよねぇ…。爪なんだけどさぁ、おちおち頭もかけやしない」
ほら、とばかりに広げた指の先には通常の爪の代わりに刃物のように鋭利な細長いモノがついていた。その『爪』同士が当たるたびに高い金属音が空気を揺らす。
「…一つお願いがあるんだけどさ…」
もう癖になっているのか、しゃりしゃりと爪を擦り合わせながら申し訳なさそうに男が告げる。
「僕のこと、…殺してくれないかな。」
耳を疑った。今この人はなんて言った…?
「もう、疲れたんだ。」
俯いてしまったその表情は伺えないが、切実な本心が吐息とともに漏れた。
「もう…、楽になりたい…。」
ポタポタと透明な雫が男の頬を伝い地面に丸い染みを作る。
「…でも、死んだって、また繰り返すだけじゃ…」
「…君、知らないのかい…?」
驚いたように男が涙に濡れた顔を上げる。
「死ぬ度に人間から離れてくんだ。そうすれば…自我を失える…。」
半分狂気にも近い嗤いで男の表情が歪んだ。
「でも…自我を失うってことは…」
「『怪物』になるね。でも、いいんだ。」
言葉を被せるように男は続けた。
「脱出か、怪物か…。楽になるのは二択なんだ。脱出なんて夢のまた夢…。足掻けば足掻くだけ、僕は化物になっていく。なら、いっそ…」
殺してくれ。
掠れ声が鼓膜を揺らした。
「頼む…頼むよ…」
弱々しく呟く男に歩み寄る。できるだけ苦しまないやり方を…、と頭を絞って考え、決めた。拳を握りしめ、腕から棘を出す。
「……ちょっと痛いですよ。」
「……慣れたとも。」
薄く笑う彼の首にそっと腕をあて、一気に引いた。鮮やかな血が迸り、体と地面を濡らす。
『ありがとう。』
声もなく礼を言って、男が事切れる、と同時に男の体が崩れ始める。例の爪の先からサラサラと黄昏色の粒子に変わり、やがて小さな砂の山になった。それもすぐに風で散らされ何もなくなった。
全身に浴びたはずの液体はいつの間にか消えていて、たった今の出来事なのになんだが夢心地だ。
「…人、殺したのか…」
今、この場で。今はイボ状になっている棘をスルリと撫ぜる。理由もわからない涙が一粒、頬を伝った。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる