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四つ目の命
11日目
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濡れる頬を袖口で乱暴に擦り、俯き気味に歩き出す。感覚が徐々に狂ってきていた。棘が血管を引きちぎり、肉を抉った感触がまだ右腕に残っている。半分無意識に腕をさすり、幾度目かになる溜息を吐く。先程の男の声がまだ耳に残る。『疲れた』と、そう吐いた彼は、何回死んで、何回恐ろしい目にあってきたのだろうか。…自分は、それに耐えられるだろうか…?
そんな考えを巡らせていると、突然スーツ姿の誰かとぶつかった。反射的に、謝ろうと顔をあげる。
「っ、ごめんな、さ…い………?」
「いやいや、大丈夫。こっちこそごめんな?」
そう返したのはスーツ姿の猪だった。一瞬、前にサンドイッチをくれた紳士かと思ったが、彼より少し声が高い。どうやら人違い…、いや、猪違いのようだ。立ち去ろうとしたところで、呼び止められる。
「あ、ちょっと待ってくれよ。せっかくの縁だ。話でもしねぇか?」
前の紳士と似たようなことを…。もしかしてそう言う種族性?なのだろうか。怪訝な顔をしていると、彼は考えを見越したように笑った。
「そんな怪しいもんじゃねぇ。俺は『情報屋』ってやつだ。兄弟でやっててな。もしかして、会ったことねぇか?」
家族ぐるみ。それなら少し納得だ。恐らく以前あった紳士は彼の兄か父といったところなのだろう。格好が似ていることも頷ける。
「…以前、公園でお会いしました。サンドイッチを頂いて、とても美味しかったです。」
少し警戒を説いてそう伝えると情報屋は嬉しそうに笑う。
「お!そりゃ弟だな!伝えとくよ。きっと喜ぶ。」
まさかの弟さんだった。ちょっと予想が外れ面食らうが、幸い気づかれなかったようで、情報屋は先を続けた。
「で、本題だ。アンタのこれまでの話を聞かせてほしい。お代にマトモな飯、食わせてやるからさ。」
言われて初めて、まともにご飯を食べたのが、例のサンドイッチで最後だったのを思い出す。話して困る内容は特にないだろうと首を縦に振った。
「よし!じゃあ決まりだな!ちょっとついてきてくれよ。」
言われるがままについていくと、小洒落た飲食店に到着する。ただ、ドアには『CLOSE』の札が下がり、電気も消えていた。情報屋は当然の様に鍵を取り出し、ドアを大きく開ける。
「さ、入ってくれ。俺が拠点にしてる店だ。」
その言葉を信じ、恐る恐る足を踏み入れる。店内はこざっぱりしていて、厨房からカウンター席に手が伸ばせる仕様になっていた。
「食いたいもんは?」
「や、特には…」
「じゃあ、特製パスタで決まりだな!」
スーツの上から手際よくエプロンをして、情報屋が厨房に立つ。進められるがままにカウンター席に座り、あっという間に具材が調理されるのを見ていた。
「ホイ、召し上がれ。」
カウンターの上にパスタの皿を二つ置き、最後の仕上げに慣れた手つきでトリュフを削る。さっとエプロンを外した情報屋は、グラス二つとピッチャーの氷水を用意すると、隣の席にどっかと腰を下ろした。
「さて、食べながら喋ろうぜ。」
そう言って、自分の皿を引き寄せる。
どこで取って来たのやら、『山菜のクリームパスタ~トリュフのせ~』は見た目以上に絶品だった。自然と口も軽くなる。流石に、男を殺した下りでは言葉に詰まったが、紳士もとい弟同様、情報屋も優しく労いの言葉をかけてくれた。久しく触れていなかった暖かさに前が滲む。
「この街は元々ヒトなんていなかったんだ。」
ポツリと情報屋がこぼした。
「いつからかヒトが迷い込むようになってな。そのうち、帰るのを諦めて住み着く奴らが出てきた。お陰で街はこのザマよ。」
呆れたように情報屋が長く息をつく。
「怪物みてぇなのは増えるし、怪物になる前に狂っちまうやつも出るしな。全く…ゆっくり山菜取りもできやしねぇ…。」
更に残ったクリームソースをスプーンで掬う。店が閉まっているのも、そのせいなのかもしれない。こんなに美味しいパスタなのに。
「……ま、気張って帰んな。諦めなきゃ帰れるさ。」
頑張れ、とばかりに少々乱暴に頭を撫でられる。その力強さに少々つんのめりながらも、またじわりと滲む視界を拭う。
「………帰り、ます…。…絶対…。」
「おー、その粋だ。…水、もう一杯いるか?」
「…いた、だきます。」
冷たい水が喉を潤す。まだちゃんと生きているのを実感し、拭ったはずの視界がまたぼやけた。
食事の礼をいい、席から立ち上がる。会話をしている中で、『異形』の数と自我の喪失は関係がないことが判明した。体力面と精神面の適度な休息を取ること、または、他の『異形者』を倒すことで自我の喪失はかなり防げるようだ。それならば、もう『ヒトでいたい』などと甘えたことは言っていられない。『異形』だろうがなんだろうが、とことん利用して、そして、帰るのだ。
そんな考えを巡らせていると、突然スーツ姿の誰かとぶつかった。反射的に、謝ろうと顔をあげる。
「っ、ごめんな、さ…い………?」
「いやいや、大丈夫。こっちこそごめんな?」
そう返したのはスーツ姿の猪だった。一瞬、前にサンドイッチをくれた紳士かと思ったが、彼より少し声が高い。どうやら人違い…、いや、猪違いのようだ。立ち去ろうとしたところで、呼び止められる。
「あ、ちょっと待ってくれよ。せっかくの縁だ。話でもしねぇか?」
前の紳士と似たようなことを…。もしかしてそう言う種族性?なのだろうか。怪訝な顔をしていると、彼は考えを見越したように笑った。
「そんな怪しいもんじゃねぇ。俺は『情報屋』ってやつだ。兄弟でやっててな。もしかして、会ったことねぇか?」
家族ぐるみ。それなら少し納得だ。恐らく以前あった紳士は彼の兄か父といったところなのだろう。格好が似ていることも頷ける。
「…以前、公園でお会いしました。サンドイッチを頂いて、とても美味しかったです。」
少し警戒を説いてそう伝えると情報屋は嬉しそうに笑う。
「お!そりゃ弟だな!伝えとくよ。きっと喜ぶ。」
まさかの弟さんだった。ちょっと予想が外れ面食らうが、幸い気づかれなかったようで、情報屋は先を続けた。
「で、本題だ。アンタのこれまでの話を聞かせてほしい。お代にマトモな飯、食わせてやるからさ。」
言われて初めて、まともにご飯を食べたのが、例のサンドイッチで最後だったのを思い出す。話して困る内容は特にないだろうと首を縦に振った。
「よし!じゃあ決まりだな!ちょっとついてきてくれよ。」
言われるがままについていくと、小洒落た飲食店に到着する。ただ、ドアには『CLOSE』の札が下がり、電気も消えていた。情報屋は当然の様に鍵を取り出し、ドアを大きく開ける。
「さ、入ってくれ。俺が拠点にしてる店だ。」
その言葉を信じ、恐る恐る足を踏み入れる。店内はこざっぱりしていて、厨房からカウンター席に手が伸ばせる仕様になっていた。
「食いたいもんは?」
「や、特には…」
「じゃあ、特製パスタで決まりだな!」
スーツの上から手際よくエプロンをして、情報屋が厨房に立つ。進められるがままにカウンター席に座り、あっという間に具材が調理されるのを見ていた。
「ホイ、召し上がれ。」
カウンターの上にパスタの皿を二つ置き、最後の仕上げに慣れた手つきでトリュフを削る。さっとエプロンを外した情報屋は、グラス二つとピッチャーの氷水を用意すると、隣の席にどっかと腰を下ろした。
「さて、食べながら喋ろうぜ。」
そう言って、自分の皿を引き寄せる。
どこで取って来たのやら、『山菜のクリームパスタ~トリュフのせ~』は見た目以上に絶品だった。自然と口も軽くなる。流石に、男を殺した下りでは言葉に詰まったが、紳士もとい弟同様、情報屋も優しく労いの言葉をかけてくれた。久しく触れていなかった暖かさに前が滲む。
「この街は元々ヒトなんていなかったんだ。」
ポツリと情報屋がこぼした。
「いつからかヒトが迷い込むようになってな。そのうち、帰るのを諦めて住み着く奴らが出てきた。お陰で街はこのザマよ。」
呆れたように情報屋が長く息をつく。
「怪物みてぇなのは増えるし、怪物になる前に狂っちまうやつも出るしな。全く…ゆっくり山菜取りもできやしねぇ…。」
更に残ったクリームソースをスプーンで掬う。店が閉まっているのも、そのせいなのかもしれない。こんなに美味しいパスタなのに。
「……ま、気張って帰んな。諦めなきゃ帰れるさ。」
頑張れ、とばかりに少々乱暴に頭を撫でられる。その力強さに少々つんのめりながらも、またじわりと滲む視界を拭う。
「………帰り、ます…。…絶対…。」
「おー、その粋だ。…水、もう一杯いるか?」
「…いた、だきます。」
冷たい水が喉を潤す。まだちゃんと生きているのを実感し、拭ったはずの視界がまたぼやけた。
食事の礼をいい、席から立ち上がる。会話をしている中で、『異形』の数と自我の喪失は関係がないことが判明した。体力面と精神面の適度な休息を取ること、または、他の『異形者』を倒すことで自我の喪失はかなり防げるようだ。それならば、もう『ヒトでいたい』などと甘えたことは言っていられない。『異形』だろうがなんだろうが、とことん利用して、そして、帰るのだ。
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