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第1章 Life in Lacra Village

第12話 力の一端

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 特訓が始まって数日──。

「レスカから聞いたんですけど、何やらハジメが魔法を使いたいみたいなんです」
「唐突ですねぇ。 どういう風の吹き回しでしょうか?」
「私たちの特訓を見ているようで……。 そもそもハジメって一体何者なんですか? 」
「さぁ……。 上司は詳しいようですが、私には知らされていませんからねぇ」
「えっと、今更ですが……お聞きしたいことがたくさんありまして……」

 ここまできてなんだが、エスナはリバーのことをほとんど何も知らない。 何も知らないのに、命を掛けないといけない状況まで追い込まれている。 それはリバーが勝手に物事を進めてしまうから。

「構いませんよ、何でもどうぞ」
「では、えっと……リバーさんはどちらから参られたのですか?」
「帝国ですよ」
「そ、そんな遠くからいらしたんですか……! ではこれまで私が知ることのないような色々な体験をされているのですね……」
「村に居ては経験できないことも多いでしょう。 ただ、それが決して良いこととも言えませんよ。 この世の中には善人ばかりじゃないですからね」
「大変なご経験も?」
「そうですねぇ。 “大変”の感覚は人それぞれですが、死にかけたことは何度も。 それでも今回の案件が今までで最も危ないでしょうか」
「……私で本当にお役に立てますか?」
「役に立っていただかないと困ります。 勝てなければ、エスナさんの明るい未来は得られませんから」
「えっと……私のために……?」

 エスナはついそのようなことを思ってしまう。 リバーは仕事でここにいるのだからそれが最優先事項で、エスナのことはついでに違いないのに。

「それはもちろん。 私が関わった方々が死んでしまうのは忍びないので」
「そう、ですか……」

 エスナは少しだけがっくりきてしまう。 これはエスナが期待しすぎているためであり、決してリバーが悪いというわけではない。 しかしこれがキザな男だったら、気の利いた発言くらい飛んでくるものだ。

「ただ、エスナさんは私と恋仲になりたいようなので。 私もそのために頑張っていると言えば、あながちこれも嘘ではありませんね」
「え……本当に……?」
「ええ。 エスナさんが私のような者をどうして好いてしまうか分かりませんが、ここまで頑張って生きてきて良かったと思えるほどには良い事象ですね」
「あ、ありがとう……ございます」

 照れが混ざった感謝の言葉は、尻すぼみに小さくなっていた。 エスナは思わずニヤけてしまうのを下を向いて隠し、顔を赤くして身悶える。

「エスナさんはここ最近、初めて見た時よりも素敵な笑顔を見せるようになった。 そこに私が少しでも関われているとしたら、それはとても素晴らしいことですね」

 エスナが想いを伝えてもなお、それを無碍にすることなく抱えてくれているリバー。 見方を変えればのらりくらりしているようにも感じられるが、誰かとこうやって良い関係性を維持し続けられること自体がエスナにとっては幸福なことだった。

 これまでエスナは全ての人間関係が仕事の枠を出ず、場合によっては怒鳴り散らされる以外のコミュニケーションしか取れない村人もいる。 そんな中で現れたリバーはある種の救世主であり、彼といる時だけは辛いことを忘れられた。 それだけではなく、最近では起床中はほとんど一緒に居る始末だ。 フエンは気を遣ってかどうなのか、あまり一緒に居ることはないし、今や全ての状況がエスナを応援している。

 それに、良い状況になっているのはなにもエスナだけではない。 レスカにも恋心が芽生えている。 これまでの悪い流れが全て良い方向に流れている気さえするのだ。 だからエスナの顔にも笑顔が宿るし、新たな良いことを探してしまう。

 エスナは勘違いしているが、これが本来の人間の姿であり、こうあるべきなのだ。

「でも……危機が迫っているなかで、私ばかり幸せな気分に浸って良いのでしょうか……?」

 それでもやはりエスナの感覚は不幸にあってこそ正常という様子なので、どうしても自分の立ち位置が信じられない。 だからそう言葉を溢してしまう。

「嫌なのですか?」
「い、いえ……そんなことは決して! ですが、今のような感情を知ってしまうと、もう戻れないような気がして……」
「知ったらいいじゃないですか。 エスナさんは今までそれを知らなかったからこそ、追い求めることすらも考えなかった。 それが今では、追い求めたいという感情さえ生まれてきている。 良い傾向だと思いますよ。 その様子であれば、魔人を討伐した暁には素敵な人生を歩めるようになっているはずです」
「それだと私だけが得をしているような気がして……」
「エスナさんが努力した結果であれば、誰も何も言ってきませんよ。 それでも苦言を呈してくる人間などはただの嫉妬からくるものでしょうし、そのような人間関係など切ってしまえば良いのです。 煩わしい人間関係など、早めに切り離すのがエスナさんのためです」
「そこまで強く在ることはできませんが……。 これから頑張れば明るい未来につながる……そう信じて良いのでしょうか?」
「信じることは自由ですし、その考えは間違っていません。 その意気でがんばりましょう」
「はい……」

 しかしエスナの返事は重かった。

 リバーは疑問を投げる。

「どうしました?」
「いえ、それでもやはり心配で……。 魔法も上達していないようなので、少し焦ってしまっています……」
「大丈夫ですよ、安心してください。 努力は必ず、成果という形で返ってきますから」
「それ、いい言葉ですね……」
「でしょう? 今考えました」
「……台無しですよ。 あはは」

 エスナが笑った。 目尻に少し涙が溜まる程度には。

 エスナはまさか他人のちょっとした言葉で声が漏れるとは思わなかったが、これが目に見えるリバーの努力の成果だ。 決して茶化さず、それでいて思っていることを淡々と突きつける。 それがエスナにはありがたくて、なおも彼女の恋心に拍車をかけた。

「リバーさん……」
「はい、なんでしょう?」
「私を、貰ってくれませんか……?」
「……えっと、唐突ですね」
「変な意味じゃないんです。 ただ……もし私が死ぬことになっても、その時はそばにリバーさんがいてくれたらありがたいなって。 失敗しても私の死をちゃんと看取ってそして貰っていただけるなら、それはとても幸せなことだと思えるんです……」
「死なせるつもりはありませんよ。 でももしそんな時が訪れてしまったら、きちんとエスナさんを私の中に留めると約束します」
「ありがとうございます……」
「しかしですね、私は魔人に勝ってその上でエスナさんを貰おうか、なんて考えていたりしますよ?」
「それはとっても……素敵な未来ですね……」

 儚げに涙を零しつつ笑うエスナに、リバーは彼女の成長を見た。 これまでは現実という巨悪に立ち向かうことすらなかった少女が、今や自分の死すら見据えて頑張ろうとしている。 それを見てしまうと、やはりリバーにも力が入る。

 そしてこの場面だからこそ、リバーは聞かなければならないことがある。

「エスナさんはお父上のことをどう思いますか?」
「父のことは……とても残念です。 単に魔人になったということよりも、多くの方を巻き込んだ上でそうなったことが。 リバーさんの説明を聞いて、魔人は人間の敵だということも理解できています。 もう一度話したいという気持ちは確かにありますが、それ以上に私がケリをつけないと、とも思います……」

 魔人の生態はよく分かっていない。 ヤエスのように人間から転じてしまう者もいれば、自然発生的に出現する者もいるという。 そのどちらにも共通しているのは、滅しなければならないということ。 魔人が一体存在しているだけで小さな村など──場合によっては都市レベルでも崩壊してしまうのだから。

「強くなりましたね。 泣いていた頃とは大違いです」
「強くなど……。 諦めがついただけだと思います……」
「ときに切り捨てるという選択も、人の強さを証明するものなのですよ」
「そうなんですね……」

 魔人になって元の人間に戻れたという話は聞かない。 そもそもそれを試そうとする人間などいないのだ。 そんな確証のない方法を確認している間にも魔人は暴れるのだから、すっきり死なせるのが最も楽で効果的なのだ。 果たしてそれが可能なのかどうかは別にして、だが。

「ではもう一度確認しますが、構いませんね?」
「はい、私は戦います。 父も、村も、私を縛るものを断ち切って幸せになって見せます」
「分かりました。 その覚悟受け取りました」

 突如、エスナの右手が光を帯びた。 輝きを見せているのは、そこに宿る魔導印。

「え、え……!?」
「水を出すだけなど、本来ならおかしな話だったのですよ。 しかし魔法を宿す覚悟がなかったのなら話は別だ」
「え、リバーさん……! これは、どうすれば……」
「大丈夫です。 エスナさん個人の魔法が発現しただけですから」
「えっと……?」

 光が収まるのを待って、リバーは続ける。

「ほらエスナさん。 魔導書を開いて、そこにある魔法を唱えてみるのです。 それがあなた自身の力……あなたの覚悟の証明です」
「わ、わかりました……《断絶セヴェレンス》」

 これまでのしがらみを断ち切りたいという願いから生まれた、エスナの魔法。

 左手を前に突き出し、エスナはその名を唱えた。 そこに姿を現したのは、50センチ四方の正方形の薄い板。 色は暗い群青で、どうにも透き通っているようには見えない。 非常に薄く、触れれば割れてしまいそうな繊細さを含んでいるが、さてどうなのだろうか。

「ではエスナさん、そのままで」
「は、はい……」
「《闇弾バレット》」

 リバーはエスナに当たらない角度を調整して、その薄い水板に向けて魔弾を発射した。

 リバーの魔弾であれば先日効果を見せたように、細い木々なら一瞬でへし折ることのできる威力を備えている。 当然当たらないように調整されているのだが、エスナは目を逸らして必死に魔法を突き出していた。

 シュ──ッ……。

 魔弾がエスナの魔法に触れると、それはそこになかったかのように一瞬で姿を消した。 エスナの魔法は攻撃を受けて大きさを減じている。 恐らくこれは、込めたマナの量に応じて攻撃を受け切る盾のようなもの。

「これは、これは……。 なんともエスナさんらしいと言いますか」
「えっと、どうなりました……?」
「私の魔弾を受け切りましたね。 これはまさしく、天啓とも言うべき魔法ですよ」

 リバーは素直にエスナの覚悟を喜んだ。 二人の会話は、エスナに予想以上の力を与えていたようだ。 軽い覚悟であればこうはならなかったと思うと、これまで培ってきたエスナとの関係は最高の仕上がりで以て成功していると考えられる。 これであれば、防御面に大きなアドバンテージを得ることができるだろう。

「これが、私の……」

 エスナの魔法を得て、特訓は思わぬ方向に舵を切る。

 止まっていたエスナの時間が、ゆっくりと動き始めたのだった。


          ▽


「……?」
「何ですかその顔は。 フエンがわざわざ来てやったのです。 感謝するのです」

 今日も今日とてリバーの指令を忠実に守っていたハジメの元に、フエンがやってきた。

 ハジメは何も聞かされていなかったので、急な来訪に驚く。 そもそもフエンと話したこともないし、接触があったのもリバーを挟んでという形だ。

『私は今手が離せませんので、暇であればハジメさんの様子を見てあげてください』

 リバーにそう言われてフエンは渋々ここにやってきた。

 フエンも暇というわけでもないが、効率的な魔法修行が行えず、行き詰まっていたので仕方なくという感じだ。 そしてやってくるや否やハジメの仕事の効率の悪さに驚いた。 そのへんの子供でも、もう少し上手く斧を扱う。

(まさか、力任せにやれば上手くいくとでも思っているです?)

「子供。 ここ違う」
「迷子じゃないのです! こいつ、フエンをバカにしてるのです!」
「怒る。 なぜ」
「これだから言葉を知らない未開人は嫌なのです! 来て早々に嫌な気分なのです」
「俺仕事。 子供あっち」

 ハジメはフエンに去るように促した。 森の向こう側、姉妹宅を指差して。

「ん……? こいつ、フエンのことを知らないです? この魔導印が見えないですか?」

 ハジメがフエンのことを単なる子供と思い込んでいることに理解が至った。 だからフエンは身体を後ろを向け、うなじのあたりにある魔導印をハジメに見せつける。

『ハジメさんが魔法に興味があるということなので、もし彼が魔法に精通していそうならついでに鍛えてあげてください』

 リバーはいつも無茶ばかり言う。

 魔導印も発現していない者に何を教えろと言うのか。 無いものあるように見せるのはマジックの類であって。

「えッ!?」
「今までの馬鹿にした態度を改めるのです。 フエンはそこそこやれる魔法使いなのです」

 ハジメは「ほー」とか「はー」とか言いながらフエンの周りを回る。 どうにも珍しいのは魔導印のようだ。

「おい、やめるです。 珍獣みたいに見るな、です」
「見せる、魔法」
「生意気です。 でも見たいならとくと見るがいいのです……《風刃ブレード》」

 先程までハジメが斧を切り込んでいた位置。 フエンはその傷と同じ角度で風刃を叩き込んだ。

「……ん?」

 フエンの手から放たれたそれは、一瞬で宙を駆け抜けた。 しかしその後には、微動だにしない一本の木が立ち尽くしているだけだ。
 
「弱い?」
「違うです、本来なら数発で切り倒せるです! もう一回──」
「ハジメー、何してるのー?」
「──ちっ、うざいのが来たのです」
「あ、フエンちゃ……ん?」

 ぐらり。

 ハジメの頭上に影が落ちた。

「な……ッ!?」

 突如、木が揺らいだ。 ギシギシと音を立てるそれは、真っ直ぐハジメとレスカを押し潰さんと倒れゆく。

「危ねぇ!」
「え、わ……っ!?」

 ハジメが飛びつき、レスカごとその場を飛び退いた。

 直後、ずしんと鈍重な音を立てて木が倒れ伏す。

 それはまがりにも10メートルほどの木だ。 あれにのし掛かられたらひとたまりもない。

「レスカ、怪我はないか!?」
「だ、だいじょうぶ……」

 抱きしめたまま顔を覗き込んでくるハジメに、なぜかレスカは恥ずかしさを覚えてしまう。 しかしすぐにハジメは顔の向きを変え、標的をフエンに。

「おい、危ねぇだろうが!」

 ハジメの叫びはそのまま変換されてフエンの元へ。

「これは、ごめんです……。 まさか魔法がこんな……」

 急にしおらしくなってしまったフエンに、ハジメはそれ以上何も言えない。 相手は14歳の少女だし、魔法を見せるように頼んだのもハジメだ。 原因を作ったのが自分だと分かって、ハジメは次の言葉をグッと飲み込んだ。

「俺も……悪い」

 これはハジメの好奇心が招いた事故。 それを反省し、再びレスカに向き直る。

「あ、えっと、ハジメ、もう……あ、ハジメ怪我してる!」
「……え? あ、うん」

 抱きしめられ続けているという状況に耐えられなくなったレスカだが、なんとかハジメの傷を見つけて抜け出す機会を得る。

「み、水持ってくるねっ」

 走り去るレスカを不思議そうに見ながら、ハジメは擦りむいた両腕を眺めた。 大した傷ではない。 こんなもの、唾でもつけていれば治る程度だ。

 レスカは何を慌てているのだろうか、とハジメは疑問に思う。

「魔法、危ない」
「それはそう、です。 今度から人のいるところでは気をつけるです。 ごめんなさいです」
「お互い様」
「そう言ってくれると助かるです」

 数分後、レスカが戻ってきた。

「もう、フエンちゃん! ハジメが怪我しちゃったじゃない!」
「それはもう謝ったのです。 乳を振り乱しながら声を荒げるなです」
「なによ、いっつも乳、乳って! こんなのあっても重いだけなんだからね!」
「悪気がないだけにうざいのです。 お前はもっとフエンの不毛な大地を見てから物を言え、です」
「意味わかんない!」

 早速フエンとレスカが言葉をぶつけ合っている。 どうやらこれは初対面の時からのようで、内容はわからないが仲が悪いことは理解できる。

(レスカは多分俺のことで怒ってくれてるんだろうけど、元はと言えば俺が悪いしな。 それを言葉で説明できないのがもどかしい……)

 ハジメは二人の板挟みになりながらオロオロしているだけだ。 なおも放っとおくと取っ組み合いになりそうだったので、ハジメは慌ててレスカを押さえつける。

「ハジメ、止めないで!」
「邪魔するなです!」
「レスカ、大人。 落ち着く」
「そ、そうだけど……」

 ハジメに諭されてレスカはシュンとしてしまう。 それを良いことに、フエンがレスカを煽る。

「歳上のくせにみっともないのです。 もう少しフエンを見習うのです」
「むっかー!」

 今にも飛び出していきそうなのを、ハジメは死に物狂いで押さえつける。 農業などに従事しているためか、レスカは日本の子供と違ってやけにパワフルで困る。

(ああ、これはもうレスカ個人のことで怒ってやがるな。 やっぱり子供は子供か)

「あとお前」

 ビシッとフエンが指を刺した。 それが指し示すのはレスカではなくハジメの顔面。

「俺?」
「どさくさに紛れて乳女の乳を弄るなです。 子供の前ではしたないです」
「え、わ……ちょっとハジメ、触んないで!?」
「え!?」

 ハジメはそんなつもりはなかったのだが、予想以上にがっしり掴んでしまっていたらしい。 ラッキースケベとはまさにこのこと。 これには流石のレスカも顔を真っ赤にして羞恥しており、泣きそうになりながらハジメを吹き飛ばし、そのまま走り去ってしまった。

「ああ……」
「何やってるですか変態」
「悪くない、俺」
「その気がなくても変態には違いないのです。 まったく、これだから未開人は」
 
 不名誉な名前を多数賜りながら、ハジメは言葉足らずに弁解する。 そうしてようやく事件は収まりを見せ、魔法について言及できることになった。

「フエン。 魔法、強い?」
「そのぶっきらぼうな感じが腹立つですが、我慢してやるです。 さっきの魔法の威力はフエンも期待してなかったです。 謎です」
「見せる、一度」
「そんなに魔法が好きですか? 使えないのに物好きなやつです」
「早く」
「わかってるです! 《風刃》!」

 フエンが投げやりに腕を横に振りながら魔法を発動。

 横薙ぎの風刃が駆け抜けた。 そして効果が切れるまでの間に3本の木が真っ二つになった。

 またもや深い音が森に響く。

「強い。 すごい」
「はぇ……? まったく意味がわからんです……」

 昨日までのフエンは、一般的な木を切り倒すのに大体二、三発程度の風刃を必要としていた。 それが今日は一発。 威力にして二倍から三倍程度のステップアップである。 しかし数日の特訓でそのようなことがあり得るかだろうか。

「お前、ここで仕事してるです。 《浮遊フロート》」

 フエンは魔導書に飛び乗ると、そのまま上空へ消えていった。

 ポツリと取り残されたハジメ。

「まじか、空まで飛べんのか……。 俺も魔法使いてぇええ!」

 ハジメは試しにフエンの発音や動きを真似てみても、森にはシーンとした静けさが残るばかりだ。 誰かが見ていたら恥ずかしい限りだが、そんなことは厨二病が再発しつつあるハジメには関係がない。

 そして、どこからか森林を伐採している音が響いた。 罪無き木々が今まさに殺されまくっているのだろう。

(さらば、自然)

「あの子、相当やってんなぁ……。 俺、そんな怒らすようなこと言ったっけ?」

 そうやってしばらく待っていると、上空からフエンが舞い降りた。

 フエンは魔道書から地面に降り立つなり息荒げに言う。

「お前、ちょっと来るです!」

 言われるがままにハジメは腕を引っ掴まれ、そのまま宙へ引き摺り出された。

「え、えぇええええ!?」
「うるさいです。 空飛んだくらいで燥ぐなです」

 目的地はリバーとエスナの居る草原。 フエンは浮遊から高速でそこに近づくと、地面ギリギリをホバリングし、最後にはハジメを投げた。

「ぐへェっ!」
「え、ハジメ!?」
「随分と楽しそうな遊びをしていますねぇ」
「そんなこと言ってる場合じゃ……!?」

 ノンビリとそう言い放つリバーの目の前を激しく転がるハジメ。 そこらじゅうの草木や泥に塗れながら、みっともなく地面に叩き落とされている。

「そこの変態、早く起き上がるです」
「ちょっとフエンちゃん! ハジメにひどいことしないで!」
「急ぎの用事です」
「も、もう……! ハジメ、大丈夫……?」

 ハジメはエスナの介抱を受けながら、この乱暴な少女に怒りの視線を向ける。 が、すぐに鋭い視線で返されて怖気付いてしまった。 魔法の使えない人間の、なんと弱々しいことか。

「フエンさん、そんなに慌ててどうされました?」
「そこの変態、変な力を持ってるです」
「変態だから変なのでは?」
「そういう意味じゃないです! とにかく変なのです! リバーさんも確かめるです」
「詳細にお願いします」
「攻撃魔法を使ってみれば分かるです。 とにかく先に体験してみるです」
「……? よくわかりませんが、そう言うのであれば」

 リバーは魔導書を構えつつ左手を東の山に向けた。

(何をする気だ?)

「《闇弾》!」
「おわ!?」

 リバーの魔法を知らないハジメだけがのけぞってそれに驚いている。 しかし驚きはそれだけに止まらなかった。

 ゴ──ッ……!!!

 着弾した山の中腹に大きめの爆発が生じ、鳥たちが派手に飛び立っていくのが見えた。

(すげ! ってか、こいつも森林破壊かよ。 やりたい放題だな。 そんなことしてたら、いずれ温室効果で苦しむことになるぞ?)

 呑気にそんなことを考えているハジメに、三人がゆっくりと視線を向けてきた。 その目はまるでお化けでも見たような。

「え、な、何……?」

 少々怯えているハジメ。 そんな彼の様子など無視して話は進む。

「さっきこの変態から離れて魔法を使ったらこうはならなかったです」
「私の魔弾もあそこまでに威力が出た試しがありませんねぇ」
「リバーさんの魔法って、すごい威力が出るんですね……」
「私が、と言うよりは……ハジメさんのおかげ、とでも言うんでしょうか。 フエンさん、彼に魔法の才能は?」
「内蔵マナはほとんど感じられなかったです。 魔法使いという可能性はあまりにも低いです。 それならあの乳女の方がセンスあるです」
「つまり、魔法技能以外の要素がハジメさんにはあるということですか……」
「えっと、どういうことでしょう……?」

 エスナが理解及ばず状況に困っていると、リバーはつかつかとハジメに歩寄った。 そのまま例によってニュッと顔を近づけると、いやらしい笑いを溢しながら言う。

「ハジメさん、あなたの使い道ができたかもしれません。 これから頑張ってもらいますよ?」
「……へ?」

 村人として生きていくことを信じてやまなかったハジメ。 その予定は辛くも崩れ、ハジメの物語は加速し始める。

 期せずして魔人討伐作戦に加えられてしまったことにより、その生活は激変していくのだった。
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