オミナス・ワールド

ひとやま あてる

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第1章 Life in Lacra Village

第13話 生きる村、止まる村

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「はっ……はっ……はっ……」

 逃げ出してきたレスカは暗い室内で胸を押さえて息荒く肩を揺らしていた。

 レスカの顔は真っ赤に染まっている。 動悸も治らず、いつまでも一つのことが頭から離れない。 それはもちろん、ハジメのことだ。

「ど、どうしよう……」

 それはレスカ自身、飲み込めない感情だった。 どうしてかハジメにくっつきたくなるし、いつも一緒にいたくなる。 ただ、これは一種のスキンシップ欲だと思っていた。 ハジメがやってきた当初こそ、レスカはこれを家族愛に飢えた結果だと判断していたのだ。

 レスカは普段能天気にしているように見えるが、愚かと言うわけではない。 考えることは考えているし、考えすぎて辛くなることは考えない。 そうやってレスカは心の平穏を保ってきたわけだが、最近になってそれが揺らいできた。 悪い方向に、ではない。 それはとても良い方向に、だ。

 最近は姉のエスナが恋に忙しい。 エスナはその感情を隠しているようだが、一緒に生きてきたレスカからすれば1ミリの苦労もなく理解できる内容である。

「あたし……ハジメのことが……」

 喘ぐように無理やり吐き出したのは、恋愛など自分には関係のないものだと思っていたからこそだ。

 レスカは異なる好きの形だとエスナに伝えていたが、あの時点では確かにそうだった。 しかし今では確信してしまっている。 こうなってしまったのは、どう考えてもエスナの影響だ。 エスナが恋物語を演じ始めたことが全ての元凶である。 そしてあの凶悪な顔面の男がやってきたことで、この家の──いや、この村の秩序が崩壊し始めた。

 リバーはあまりにも強力すぎた。 あの見た目のインパクトでまず相手の出鼻を挫き、知らぬ間に背後を取る。 全てを見透かしたような彼の語りは相手に敗北を実感させる。 その中で初めに陥落したのがエスナだ。 そしてどんな流れか、エスナを取り巻く環境さえも無理やりに捻じ曲げてしまった。 言い換えればラクラ村の秩序などその程度だったという話なのだが、彼のやり口はあまりにも洗練されていた。

 リバーの行動は単に自分の住みやすい環境を作っているだけなのだが、それがエスナにも心地よいものだったというのが驚きだ。 それは当然関わりのあるレスカやハジメにも及んでおり、これまでの生活が嘘のように改善されてしまっている。

 生活の余裕は、思考にも余裕を与えた。 その影響で、今まで能天気に過ごしてきたレスカに思考が伴ってしまった。 その結果、レスカに羞恥心を思い出させるに至っている。

「あたし、今まで……あぁ、あぁあああ! 恥ずかしいぃー……」

 肌を見せ、肉体を擦り付け、抱き合って眠る。 その相手が家族だったら良かった──いや、レスカは確かにハジメを家族と思っているのだが、よくよく考えれば他人である。 他人同士で家族に似たことを行うのは、それはまさしく家族になるための準備に他ならない。 つまるところ恋情のあれこれだ。

 狭い環境は色恋を育みやすい。 田舎では情事が進んでいると言うが、そうなってしまうのはそれ以外の娯楽がないことに起因する。 娯楽に向けられない時間と感情を近くの人間に向けるからこそ、関係性は短時間で親密なものとなる。

 きっかけはやはりエスナとリバーの接近であった。 そしてレスカが意識する引き金となったのは、全力で危険から守ってくれたあの瞬間。

「あんなに守ってもらえたら……」

 子供の頃、両親に話してもらったお伽噺。 あんなものは現実にはあり得ないと思っていたが、今やレスカはその主人公の女性になった気分だ。

 ハジメがおかしなことに巻き込まれ始めているなか、レスカはレスカで解決しづらい悩みを抱えて悶えるのであった。

 同じ頃──。

「ハジメさんの能力範囲は概ね半径5メートル程度、というところでしょうか」

 ハジメの周辺いることで魔法の威力が向上することを知ったリバーとフエンは、厳密なハジメの能力を知るところから始めた。 その中ですでにハジメは魔人討伐作戦に組み込まれており、そこにハジメの意思は介在していない。

『発見後の判断はお前たちに任せよう。 それを利用するなり私に元に連れてくるなり、好きにすれば良い』
『それ、とは……?』
『恐らくは人だ。 王国の勇者召喚に関連して何者かが紛れ込んでいる。 たとえそれが物質であったとしても、利用価値はあるはずだ。 ……では向かえ。 吉報を期待している』

(トンプソン様は全てを見透かしておられた。 もしかしたら、ここでハジメさんを使うことすら……?)

 リバーは上司たるトンプソンに畏敬の念を抱きつつ、ハジメという異物の解析に入る。

「即時効果であることは間違いなく、これが鍛錬によって強化されるものなのかどうか……」
「この変態の固有能力です?」
「さて、どうなんでしょうね。 この世界には異質なものが多すぎるので」
「フエンちゃん、変態って何……?」
「乳おん……レスカに聞けば分かるのです」
「ハジメ、どういうこと?」
「あ、え……」

 エスナに詰められてハジメの修羅場が始まっているが、リバーは無視して続ける。

「現場に連れて行くにはハジメさんは弱すぎますからねぇ。 せめてサポート可能な程度に鍛えるにしても、効果範囲がこれでは今のところ足手纏いにしかなりませんね」
「未知の能力を鍛えるなんて理解不能なのです」
「うーん……。 エスナさんに続いてこれすらも天啓だと思ったのですが、最低限の自衛もできないようでは難しいですかねぇ」
「今更方針を変えてまでこの変態を使うのはやめた方が良いと思うです。 変態なしで完遂できる作戦を立案すべき、です」
「確かにそうですね。 サブプランとして使えるように鍛えるとしますか」
「それが良いのです。 イレギュラーをメインストリームに持ち込めばロクなことがないのです」

 ハジメというプラスアルファの要素が得られただけでも大きなことだが、利用するにもリスクが伴うということで、リバーの積極的な案は取り入れられなかった。

 リバーとしてはハジメの潜在的価値をそこまで期待しきれていないので、ハジメを消費する気持ちで今回の作戦を立案している。 トンプソンの指示も自由にせよということだったので、これはそこまで間違った判断でもないはずだ。 しかしフエン的にはデメリットに勝るメリットはなかったようだ。

 リバーの考えは、目的のために使えるものは使うというもの。 現時点でハジメの長期的な利用価値は薄く、それなら消耗品として使い潰せば良いという程度の感想しかリバーは抱えていない。 一方フエンはリバーとは違い慎重を期すタイプなので、明らかな利益が見込めない行動には基本的に乗り気ではない。

 なぜトンプソンはそんな二人をペアで動かしているのか不明だが、あいにくリバーは彼の考えを読み切ることができない。 トンプソンはかなり長い目で行動を規定しているようなので、ハジメの存在はどちらに転んでも良いというのが彼の真意だろうか。

「リバーさん、少しご提案が……」

 思惑を巡らせていると、エスナがそう言ってきた。

「なんでしょう?」
「私も、できればハジメには魔人討伐に参加して欲しくないと思っています。 彼個人を鍛えることには賛成ですけど、将来的にはレスカを任せられればいいなと思っていますので……」
「おや? もうハジメさんとレスカさんはそのようなご関係で?」
「そう遠くはない、という感じでしょうか。 ですので、ハジメに多くの時間を割かず、私たち三人でどうにかできる方法を期待します」
「なるほど、分かりました」

 リバーはエスナの意図を汲むと同時に、トンプソンの考えも少し見えてきた。 恐らくトンプソンは問題解決をリバーとフエンだけで行う前提で行動を指示していない。 二人だけでできることなど、たかが知れている。 加えて同陣営に所属すべき人間の勧誘も指示してきていることから、二人の意見をどちらかに傾ける存在の出現を予想しているのだろう。 今回であればエスナがそれにあたる。 実際この考えに至るよりも早く、リバーはエスナには今後の利用価値を見出している。

(トンプソン様の考えの一端が見えたでしょうか。 そういう意図だったとすれば、私とフエンさんが二人だけというのも頷けますねぇ)

 トンプソンは多くを語らない。 だからこそ、作戦行動中の思考はリバーたち本人に委ねられている。

(私たちの裁量でどこまでやれるか、ということも見られていそうですね。 いやはや、恐ろしいお方だ。 そこまで見据えているのあれば、王国をトンプソン様だけで陥落させるような作戦も実行されていそうですねぇ……)

 ランドヴァルド帝国には特に有名な四代貴族が存在する。 トンプソンはその一角を担う、カーマ家の当主である。その他には、ヘキストス家、マギア家、そしてローライト家。 それらは得意な部門で国のために尽力し、他国を蹂躙すべく動いている。

 ランドヴァルド帝国はすでに南のヴェリアを公国として手中に収め始めており、ヴェリアの内部反発さえ処理すればそれは完全な属国として成立する。 その動きに対抗している筆頭がエーデルグライト王国であり、トラキア連邦とともに帝国に敵対する国家である。

 国家間の背景と魔人出現などの動きが重なり、現在のアルス世界は歴史上最も荒れている時代と言って良いだろう。

 知らずに巻き込まれたハジメとは違い、目的を持って呼び出された勇者たちは徐々にその力を世界に発揮し、影響を及ぼしつつあった。


          ▽


「ゔッ……ゔッ……ゔぅ……っ──」

 ギシギシと木製ベッドが軋む。 その上で動いているのは、王国に召喚された勇者の男。

 組み伏せられた女は男に首を絞められながら、意識を飛ばさない限界のところを泳がされつつ全身を蹂躙されていた。

「ハッ……ハァッ……もっと頑張れやクソがァ!」

 女は涙と鼻水と唾液、その他様々なものを垂れ流しながら心の中で許しを乞うていた。

 声は出せない。 唯一出すことが許されるのは、悲鳴にも似た呻きだけだ。
 
 男は猟奇的な表情で彼女を見下しながら、ただただ嗤うだけ。

(許……許し、て……)

 彼女の視界の端では、家族だった者たちの亡骸が転がっている。 それらは切り刻まれ、潰され、燃やされ、ぶち撒けられているのだ。

 女から流れる涙は現在の苦痛によるものなのか、それらに対するものなのかは既に判別できない状態だ。

 女はひたすら、自らに行われている絶望を味わい続けるしかない。

(どう、して……)

 どうしてこうなったかといえば、女に原因がある。

 女の身体は、一部が黒く異形化し始めているのが見てとれる。 つまり、魔人化の進行である。

 いつからか女は、身体の不調を訴えていた。 それがここ数ヶ月の間に徐々に進行し、疾患といえるほどの症状が肉体の変化として現れてきた。 とりわけ顕著な症状といえば、性格の変化や目の赤化、果てには凶暴化であったり。 村はそんな女を祟りとして葬ろうとしたが、彼女の家族がそれを頑として許さなかった。 女も家族に対する村中からの攻撃に武力で応え、村と女家族の間に確執が生まれていた。

 そんな折、耐えかねた村側が勇者を招集。 ここ──クロズド村が王都からそれほど遠くない場所に展開されていることもあって、程なくして勇者一行が到着した。

 現れたのは、仮面を装着した異質な三人組。

『勇者様、どうかあの魔人を討滅してくだされ……!』
『ああ、任されてやるよ。 手始めに──』

 次の瞬間。

 炎を纏う男──炎の勇者が魔導書を展開し、詠唱とともに村人を焼き払った。 文字通り森を焼くが如く、それらを人ではない何かとして。 猟奇的な奇声を上げながら殺戮に走る彼は、魔人以上に魔に魅入られた何かに見える。

 女は闖入者の凶行に身の危険を感じて逃げ出すことを第一に考えたが、もう一人の人物──光の勇者が女の移動を妨げた。 女を阻むように出現したのは白く静謐な光の結界。 女はなぜかそこから抜け出せず、女を守ろうとする家族とともに外部の殺戮ショーをただただ眺めるほかなかった。

『お二方、あまりご無茶は……』

 従者の男が炎の勇者に提言する。

『うるっせェんだよ、どカスが! 指図してんじゃねェえええ!!!』

 従者は問答無用で殴り飛ばされ、炎の勇者はなおも草の根を分けるように全ての村人を焼き尽くした。 それが終われば、次は女たちの番である。

 最終的に、なぜか守られる側に立った女は最後まで生き残り、そして現在に至ってもなお絶望をその身に叩き込まれている。

「や゛……ッ……やめ゛ェ……っでッ……」

 女は許しを乞うしかない──できない。

 今の彼女はもはや彼らをどうにかするという考えはなく、ただひたすらに生を渇望した。

 女は普段であれば人間を超越した膂力を発揮できていたはずだ。 しかし現在は謎の力でその全てが封じられ、単なる一人の村娘として──人未満の何者かとして内臓を抉られている。

「ハァッ……魔人風情がッ、人間様にッ、指図すんじゃねェッッッ!」

 炎の勇者がブルリと震えた。

 更なる絶望が女の内側で産声を上げる。
 
「や゛、ァ……い゛、やァ……」
「テメェのめでたい瞬間を家族によーく見てもらえや!」

 泣き喚く女だが、それだけで解放される訳はなかった。 具体的には絶望の第二ラウンド開始である。

 それから何時間経過しただろうか。

 女はもう小さな呻きを上げるだけの物言わぬ何かに成り下がっていた。

 早く終われ……早く殺してこの地獄を終わらせてくれ。 それだけが女の願いであった。

「アレーフ、まだやってんの?」

 寝室──異臭漂う最期の空間に紛れ込んできたのは、凛とした女性の声。 女を脱出不可能に追いやった光の勇者である。
 
 女は今更彼らに対して怒りを覚えるだけの余力は残されていない。 また、そこがいかに羞恥的な場面であっても、女はただ身体を揺らしながら虚空を眺めるだけだ。

「お前らをッ……!待ってたんだろうがッ……!」

 アレーフと呼ばれた男は、待ってましたと言わんばかりに腰を叩きつけた。 本日何度目かの痙攣を以って、一旦の行為の終わりを見せつける。

「あっそ。 とりあえずあんたが殺しまくった連中の処理が終わったから、それだけ報告」
「おう、サンキューな!」

 アレーフはそう言って女をぞんざいに投げ捨てると、元気よく仲間の方に正対した。

「汚いもん見せつけないでよ。 魔人相手に何をそんな興奮してんだか」
「人外ってコンテンツが意外に燃えるんだよなァ……。 ルースもやったらハマるぜ?」

 ルースと呼ばれた女性は、呆れたような声で返す。

「何を馬鹿なこと言ってんのよ。 ……とにかく、今度からはもっと原型を残して殺すようにして。 処理するこっちの身にもなりなさい」
「おう、すまんすまん! それで、どうだった?」
「殺して正解。 まぁ、そいつらの方が影響大きそうだけどね」
「ああ、こいつらか。 そりゃこんだけ近くにいりゃあな」

 こいつらとは、アレーフが手を下した連中のこと。
 
「元々の発生源は痕跡不明だけど、今回のは自然発生的ではなさそうね。 この村を訪れた人間を知れたらよかったけど、あんたが殺しちゃったから情報源は台無し。 今度からは私が良いって言うまで動かないこと、いい?」
「あいよ。 もう帰れるのか?」
「人為的な介在が確認できただけ収穫あり、よ。 だからもう帰るわ」
「こいつ、持って帰っていいか?」
「私が離れたら暴れそうだけど。 あんたが最期まで面倒見るなら好きにしたらいいんじゃない?」
「あー……じゃあ、めんどくせぇから捨てで。 じゃあな、名前も知らない娘……《灼熱フレア》 」

 女に火がつくと家屋もじきに燃え上がり、全ての痕跡が焼失し始めた。

 勇者たちは仕事を終えたとばかりに悠々と村から離れていく。

 この日、クロズド村がこの世界から姿を消した。

 どういう形であれ、小さな村が消えるのは珍しいことではない。 近年では魔人の出現によって被害を受ける町村が少なくはなく、こうして勇者やそれに類する存在が派遣されては現場処理にあたっている。

 しかし今回のように村全てが滅却されることは大変珍しい。 そこには勇者たちの身勝手な行動も含まれているのだが、それが案外間違った行動ではないのが困ったところだ。 たとえ被害を受ける人間の身になって考えろと言っても、勇者はそういったルールに縛られる存在ではない。

 ここで勇者たちの背中を追う視線が一つ。 とある男が近隣の丘の上から全てを観察していた。

「ふーん、あれが今代の……。 怠慢な王国にしては意外に仕事熱心だなぁ。 もしかしたら偶々かもしれないけど、あれらを補足できただけやった甲斐はあったのかな?」

 男は一人勝手に満足すると、その場から姿を消した。

 魔法世界、アルス。 そこでは様々な思惑が飛び交い、幾多もの戦場が形成されている。
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