世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴

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王都編

2.娘が花が美しいと言ったので④

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 後日、リリアンの元にヴァイオレットがやってきた。手にはいっぱいの花束、不届き者がいなくなり、花畑の本格的な再建が始まったと、その報告とお礼を伝えに来たのだった。今からであれば、十分次の春までに元通りにできるだろう。
 報告を受けたリリアンは、ふわりと笑みを浮かべる。

「まあ、それは良かったですわ」
「こちらはほんのお礼の気持ちです。受け取って頂けますでしょうか」

 ヴァイオレットが差し出したのは、ボリュームのある花束だ。リリアンは感嘆の声をあげて、もちろんです、とそれを受け取る。

「すごいわ。これは、あのお花畑のものよね?」
「ええ。こんなもので申し訳ないのですが、我が家にはこんなものしかなくて」
「いいえ、嬉しいわ。どうもありがとう」
「コンテストにもご協力頂いて、本当になんとお礼を申し上げれば良いか」
「ふふ。気になさらないで」

 あの日の様子を思い出して、リリアンの笑みは深くなる。大盛況の内に終わったお祭りとコンテストは、好評の為に来年も行われる予定になったと聞いた。前年の優勝者が、次の優勝者へ花冠を授ける役割に着くのだそうだ。そうやって毎年積み重ねていって、付加価値を高めるのだという。それはなんだかとっても素敵なことだわと、リリアンは声を弾ませる。

「おや、賑やかだね」

 リリアンとヴァイオレットは、ヴァイオレットが固辞した為エントランスで話し込んでいた。そこへ家人であるアルベルトが通りすがるのは当然のこと、ヴァイオレットは姿勢を正して礼を取る。

「お騒がせして申し訳ありません。お邪魔しております、先日のお礼に伺いました」
「ああ、そうだったのか」
「閣下にもお礼申し上げます。この度は過大なご助力を賜り、感謝の念に堪えません」
「礼はいい。リリアンが残念がっていただけだから」
「では、リリアン様にお礼を」
「そうしてくれ」

 リリアンはそのやりとりを見て「わたくしは何もしていませんが」と笑う。ヴァイオレットに楽にするよう言い、アルベルトには受け取った花束を見せた。

「お父様、これ、お礼に頂いたの」

 どれ、とアルベルトはリリアンに近付くが、視線は花束——というよりも花束を抱えるリリアンに向いていた。

(うん、天使!)

 頬を紅潮させ満面の笑みを浮かべるリリアン。花束はそんなリリアンを引き立てる景色の一つでしかない、アルベルトにはそんな風に見えている。
 正直なところ花束よりリリアンを見ていたいが、リリアンが薦めるのだから仕方ない。視線を花束に移すことにする。
 花の種類は先日訪れた花畑のもの、花首が短く花束には向かない草花が多かったが、うまくブーケにまとめてある。加工の技術と工夫は努力の賜物だろう。伯爵家の苦労が伺える。
 パンジーとビオラのブーケ、コスモスのブーケもある。いくつもの小さなブーケをまとめて、ひとつの大きな花束に見えるようにしてあるようだ。
 その中央は薔薇。だが、あの花畑には薔薇はなかったように思う。
 視線に気付いたらしいリリアンはちょっと花束を掲げるようにする。

「この薔薇、ヴァイオレット様のおうちのお庭のものなんですって。伯爵がご自身でお世話されているとか」

 花弁は黄色だ。ふちがフリルがかっているが、別段変わり映えのない、ふつうの黄色い薔薇。だが、鮮やかな黄色を加えた花束は、格段に華やかに見える。それでわざわざ、庭の花を使ったのだろう。

「とっても綺麗。ヴァイオレット様、伯爵にもお礼を伝えて頂けますか? 素敵なお花を、ありがとうございます」
「ええ、必ず伝えますわ」
「切花は綺麗だけれど、すぐに傷んでしまうのが勿体無いわね。もう少し長く楽しめればいいのに」

 リリアンの白い指が薔薇の花弁に触れる。

(おお、花を慈しむリリアンのなんと神々しい……薔薇の黄色がリリアンを引き立てている。伯爵よ、いい仕事をするじゃないか。いいぞ素晴らしい)

 アルベルトはリリアンの姿を脳裏に焼き付け、ふと記念に花束を残せないかと考えた。

(リリアンにはなんでも合うから、いっそのこと花束を宝石で再現するか?)

 いや、喜んでくれはすると思うが、この花束でなければリリアンの記念にはならないだろう。宝石で再現するのは却下だ。

(花を長期間保存……ようは腐らないようにすればいいわけだろう)

 ふむ、と考えて、秒で閃いた。アルベルトは花束に手を伸ばす。リリアンが不思議そうに見ているので、「これを保存できるように加工するよ」とだけ言って、魔力を操る。
 風と炎を操って、一瞬で花から水分を抜いた。ぶわっと巻き上がった風が、リリアンの頬を撫でる。水分が抜けたのを確認して、うん、とアルベルトは頷いた。

「これでいい。湿気で傷むから、後で密閉できるガラス箱を用意しよう」
「お父様、なにをなさいましたの?」
「水分を一気に抜いたんだ。熱風だと傷めてしまうから少し調整が必要だけどな。乾燥させたから、少し脆くなっている。取り扱いには気を付けて」

 さり気なく花束に防護魔法を施したので、そう簡単には崩れたりしないだろうが。リリアンとヴァイオレットが不思議そうな顔で、花束を覗き込む。

「確かに、乾燥していますわね」
「すごいです。間近で魔法を見たのは初めてです」
「お父様、これで枯れないのですか?」
「花に使ったのは初めてだから、どのくらい保つかはわからないけどな」

 それでもしばらくは大丈夫だろう、と言うアルベルトの言葉に、リリアンはそうなのですねと返していたが、ヴァイオレットはそれを信じられないという顔で見ていた。

(使えるだけでも凄いのに、こんな……すぐにだめになってしまう切花なんかに魔法を使うだなんて! 閣下には、魔法はよほど身近なものなのね。というか、これ……凄い発明では!?)

 花は、長くても数日で枯れてしまう。それを長期間、綺麗なままで鑑賞できたらどんなにいいだろう。花を見る機会が多いとどうしてもそれを思ってしまう。現に、そういう研究はプレート家でも行われてきた。最も手軽な自然乾燥でドライフラワーにするのが、変に加工するよりもいい結果だった。それでもどうしても色が褪せたり、変色したりする。
 それが、これはどうだろう。花弁の質感は確かにパリパリになってしまっているが、花弁の厚い薔薇は少し離せばそれすらわからないくらいの状態だ。何より色褪せがほとんどない。

(やはり、乾燥のさせ方次第では、もっと良いドライフラワーにできるのよ!)

 ヴァイオレットには、もはや親子のやりとりは耳に入っていなかった。挨拶もそこそこに公爵邸を後にすると、馬車の中であの魔法を元に、加工ができないか思案する。家に戻り早々に父親に提案し、本格的に研究に乗り出すことになる。
 それからしばらくして、乾燥させるまでにかかる時間を極力短縮させる方法を編み出して、あの日ヴァーミリオン家で見た花束に近い状態のドライフラワーを作ることに成功した。更にその後、樹液を抜いて別の傷まない溶剤を吸わせ、瑞々しさを保持するという、画期的な方法を用いた花をも造り出した。
 これによってプレート領の花は価値を高めることになる。加工した花は遠方へも出荷できるようになったし、ただの切花は加工したものよりも安価なので需要はある。花畑は季節ごと、一面の花を楽しむことができる唯一のものだ。花畑のある町への客足は相変わらず絶えない。加工した花をショップに揃えてあるので、買い物目当ての客も増えた。
 「隣国に話が伝わり相当な量を依頼され、伯爵家総出で対応しているので、しばらくは伺えそうにありません」というヴァイオレットからの手紙に、国外にまで名が通るようになったのかとリリアンは喜びの声を上げた。

「努力が実を結んだのね。素晴らしいわ」
「良かったねリリアン」
「ええ!」

 これがきっかけでプレート領は国内随一の花の生産地となり、増えた資産で国内各地の農地へ費用投資したことから、農業全般の技術向上の一端を担うことになった。農作物の収穫量を増やす結果となり、凶作も乗り越えるほどに成長。これによってプレート領は恩賞を受け領土は拡大、更に農業に注力した。


 リリアンの私室には、まだあの花束が鎮座している。
 ちょっと強めに掛けられた防護魔法のせいでぴんぴんしているそれは、実は刀剣を弾くくらいの強度になっているのだが、誰もそのことには気付かなかった。

 今は、まだ。
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