世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴

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王都編

3.妹が雇いたいと言ったので①

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「ここへは今まで来たことがないんです」

 レイナードの手を取り、リリアンは馬車を降りる。今日は貴族子女の嗜みとされる支援活動のひとつ、王都にある孤児院への訪問にやってきた。
 孤児院の運営は国が行っている。貴族はそこに出資しているわけだが、それとは別に個人の資産から寄付もするというのが通例だ。生活に余裕のある者が率先して助けるべき、そういう認識がある。
 ヴァーミリオン家は公爵家として、それとリリアンの名義でも出資がある。王族に次ぐ身分ということもあり、慈善活動には積極的である。男性は政治や領、事業の経営なんかもあるから、慈善活動は主に女性の役割だ。自領と、王都。それぞれそれなりの数があって、だから訪れたことのない孤児院も多い。

「仕方がない、孤児院といっても数があるから」
「ふふ、そうですね。いくら時間があっても足りないわ。お兄様をそんなにたくさん連れ回すわけにもいきませんし」

 レイナードにはレイナードの仕事がある為多忙である。そんな彼が本日同行したのは、妹の身を案じてのことである。父アルベルトが付けた騎士もいるので大丈夫だと始めリリアンは断ったのだが、レイナードはどうしてもと譲らなかった。
 孤児院といっても規模がある。大きな街では独立した建物があるが、地方では教会が孤児院の役割を兼ねているところが多い。さすがに王都では単独のものが多かったが、教会と隣接していることもよく見られた。孤児は、国の指示で教会が人を雇って世話をしている。修道女が行うこともある。比率は半々だ。管理の都合で教会と隣接しているようになったのだろう。その中にはもちろん、治安の良くない場所もある。
 この日やってきたのはごく小規模の孤児院だった。管轄内の教会から派遣されたシスターが、住み込みでいるそうだ。大通りから入った先の小道に馬車が入れなかったので、馬車はその場で待たせて歩く。護衛の騎士が二人、着いてこようとしたが、一人は馬車に残すことにした。
 下町の雑多な街並みだ。小さな家が建ち並ぶ。道は悪くなかったが、いかんせん道幅がない。馬車が入るような場所ではないようだ。庶民は徒歩での移動が普通だから、不便はないのだろう。
 街に荒れた様子は無い。奥まっているが、さほど荒れているわけではなさそうだ。

「見えた。あれだな」

 十分ほど歩いて、目的の孤児院が見えた。その頃には息があがっていたので、リリアンはほっとした。それを見てレイナードは大丈夫か、と声をかけたが、やはり抱えて歩けばよかったと溢すとリリアンに止めてくれと言われてしまう。

「わたくしが歩いてみたいと言ったのです。それでは意味がなくなってしまうわ。……ふう、大丈夫です。行きましょう、お兄様」

 息を整えるリリアンにレイナードは頷いて、軋むドアを開いた。煉瓦造りの建物は簡素で明かりは少ない。少し埃っぽい空気の中出迎えがあった。それを確認して、レイナードは護衛をドアの外で待たせる。事前に訪問を告知していたはずだが、表で出迎えがなかったのはどういったことだろうかと、ふと気になったが、そういうこともあるかと向き直る。

「ようこそお越しくださいました」

 シスターが恭しく頭を下げる。その向こうに司祭と、それと子供達の姿が見えた。

「出迎えありがとうございます」

 リリアンが声をかけ、シスターが姿勢を正す。とその時、きらりと明かりを反射するものがあった。

(あれは……指輪?)

 シスターの指には金の指輪が嵌っている。レイナードはそれに違和感を覚える。
 孤児院の世話をするシスターには、国から手当が支払われる。教会からも給金があるので孤児院に関わっていないシスターよりは、少し多い計算になる。それでも一般的な市民と同等と言える範囲だから、さほど余裕はないはず。出家しているとはいえ、心配した親族が支援という名目でシスターに金を送っていることもあるだろう。けれど装飾品を買うだけの金があるのなら、院の運営にまわしそうなものだ。まあ、なにかひとつ、身を飾るものを欲しくなっても不思議ではない、と思う。だが、石こそ小さいが、濃い色のエメラルドは決して安いものではない。

(石だけでも結構な金額になるだろう。それにしては……)

 レイナードは離れた位置でこちらを伺っている子供達に目を向ける。

(子供達は最低限のものしか身に付けていない。着服しているんだろうが、杜撰だな)

 くたびれた上着、細い腕。髪にも肌にもつやがない。十分に食べさせて貰えていなさそうな子供達を前に、貴金属を見せびらかす位置につけたシスター。
 そうなると他のものも目についてくる。例えば、割れたままの窓ガラス。扉はがたついて錆びているし、掃除も行き届いていない。世話をする人手がないのだろう。窓ガラスは直す気が無いのかもしれない。その指輪を売れば、修理なんてすぐできるだろうに。
 レイナードは呆れると同時に警戒した。まともな運営をしようとする気のない人物だ、リリアンを害することはないだろうが、リリアンと関わらせるのはとてもじゃないが許容できない。
 シスターは当たり障りのない挨拶をしている。リリアンは、子供達の様子が気になるようでちらちらと視線を送っているが、当の子供達の視線は冷ややかだ。子供達を挨拶させようともしないシスターからも、この孤児院の様子が伺えるというものだ。
 レイナードはリリアンに近付き、小声で囁く。

「リリアン、長居はしない方が良さそうだ。少し外を見せて貰って、今日は帰ろう」
「でも、お兄様」

 わかっていても見過ごせない、そんなところだろうか。状態が良くないのに気付いたリリアンは頷かない。

「どうかなさいましたか?」

 だというのにシスターは笑顔で、何事もないようにしている。指輪に視線を向けても隠そうともしないから、もしかしたら貴族を相手にするから着飾るようにしているだけなのかもしれない。にしては買ったばかりのようなピカピカっぷりだから、やはり買ったばかりなのだろう。その辺りは調べればわかる。とりあえず状況だけ確認しておこうと、レイナードは施設の確認をするという名目で院内を見て回ることにした。
 やはりというべきだろうか、子供達の生活スペースへは入れて貰えなかった。怪しさが増す中、一行は建物の裏手に回る。

「こちらには小川があるのですね」
「ええ、そうなんです。おかげで生活用水には困らないんですよ」
「そこの畑には、この小川の水を?」
「そうです。飲み水にはできませんから、それは井戸から運んでいますが」

 そこには小さな畑があった。囲いの中にいくつか畝がある。これは、子供達の仕事だろう。子供が作ったにしては立派な畑だった。葉を見る限り、作っているのは芋のようだ。
 リリアンはしゃがんで、しげしげとその葉を見る。

「立派な畑ね。これは、あなた達が?」

 シスターに着いてきた子供に声を掛けた。リリアンより少し下くらいの年齢の女の子は、ええまあ、とそれに答えた。が、表情は硬い。貴族と会話をしたことがない子供はこんなものだ、リリアンは気にせず、凄いわね、と笑みを浮かべる。

「きちんとお世話をしているのね。あまり多くのことはできないけれど、困ったことがあったら教えて欲しいわ。今、困っていることはなあに?」

 リリアンの問いに、女の子は眉間に皺を寄せる。

「あの、あっちの方に」
「困っていることは、特にございませんわ」

 しかしそれをシスターが遮った。

「強いて言えば、ですが。やはり国からの補助にも限界がございまして、衣食に余裕がございません。それで子供達には苦労をかけているのですが」

 例えば庭に畑を作ったり。そうシスターは続けた。
 確かにそれはそうだろう。国中に行き渡るようにするとなると、一箇所あたりに割り振られる予算なんてかつかつだ。だが、ピカピカの指輪をかざしておいて言うセリフだろうか。
 怪しい、というか、これは黒だろう。にも関わらずシスターもにこにこして着いてくるだけの司祭も、隠そうとしていないのはなぜなのか。さっぱりわからない。彼女達の読めない意図に、レイナードはますます険しい顔つきになる。

(悪い事だと思っていない? その可能性が高いか……見た限り、考え深いたちではなさそうだ)

 リリアンは困った様子で、シスターに答えている。

「そうですか……両陛下も孤児の支援については心を砕いていると聞きます。わたくしにできることは多くはありませんが、せめてそういった声があることは、しかるべき場所に提出いたしますわ」
「それはありがたいですが、確約はして頂けないのでしょうか」
「……ごめんなさい、それはできません」

 レイナードは、シスターの言葉に思わず顔を顰めた。公爵令嬢に直談判しているわけだが、彼女らは前触れで誰が来るのかを見たはずだ。その上での発言だとしたら迂闊を通り越して粗忽である。

(ただの馬鹿か?)

 いずれにせよ、これ以上こいつらをリリアンに関わらせるのは不愉快極まりない。

「現状はわかった。では、今日のところはこの辺りで失礼する」

 シスターに向かうリリアンの肩に手を添え、くるりと後ろを向かせると、挨拶もそこそこにレイナードは孤児院を後にする。その時側にいた少女に視線を向け

「すまないが表まで案内してくれるか」

と声を掛けた。少女は驚きながらも頷き、「こっちです」と先導してくれる。
 裏手から外を回って護衛と合流した途中、孤児院の開いた扉から、中の様子が見えた。中ではなにやら子供達が言い合いをしている。距離があるので何を言っているかはわからない。険悪そうに見えるが、ただの喧嘩というわけではなさそうだ。
 色々とおかしなところがあるようだ、と思っていると、敷地外まで出た少女が

「あの……お嬢様にお願いがあるんです」

と、そう切り出してきた。

「ええ、さっき聞きそびれましたものね。何かしら?」
「シスターと司祭様のことです。……少し前、見たことのない貴族の人が来ました。それから様子がおかしいんです。元々少なかったご飯がもっと減ったり、毎月いくつか貰えていた服が無かったり。でもそれより、あの指輪です」
「あの指輪はその貴族が来てから、シスターが身に着けるようになったのか?」
「えっ、あ……」

 レイナードの言葉に少女はおずおずと頷く。

「はい……そうです。さっきはシスターしか着けていなかったと思いますけど、司祭様も同じものを持っているんです。あんなの買うお金、ぜったいに無いのに」

 苦々しく吐き捨てるように呟く少女に、リリアンはレイナードを見る。気遣うようなその表情から、レイナードはリリアンの言いたい事を把握した。

「さっきリリアンを畑から遠ざけようとしたのは、この話をするのにシスターから離れるためか?」
「はい」
「そうか。それでお願いというのは、シスターと司祭のことか?」
「そうです。もしも悪い事をしているなら、わたし達に優しくなくてもいいから、やめてもらいたいんです。だって悪い事をしてお金を貰えたとしても、その人が本当に幸せになるかなんて、わからないでしょう?」

 少女は少し驚いた顔をしたが、すぐに肯定した。答える姿に兄妹は顔を見合わせる。

「そう。わかったわ、できるだけのことしか、できないけれど。ところで、あなたのお名前は?」
「ルルです」
「ルルね。わたくしはリリアンよ。きっと、お兄様が調べて下さるわ。少し待っていてね」

 そうして通りまで話しながら歩き、ルルとは別れた。馬車に乗り込んで遠ざかるのを小窓から見ていたリリアンだったが、少しして小道から飛び出すようにして出てきたシスターが、ルルに手を振り上げているのが見えた。

「……ひどい」

 リリアンは、倒れたルルが腕を掴まれ、小道の方に引きずられていくところまでを見ていた。馬車を止めようと声を上げるリリアンを、レイナードが制する。

「リリー、今ここで助けに行っても、根本的な解決にはならない。今はだめだ」
「でも、お兄様」

 反射的に異を唱えるリリアンだったが、首を振るレイナードに冷静になったようだ。ぽすんと力なく座り直し俯く。

「服の襟口から痣の見える子もいたな」

 レイナードが言うと、リリアンは重いため息をひとつ。

「痛ましいです。どうしてそんなことができるんでしょう」
「彼らなりの理由があるんだろう。だが、だからと言って弱い立場の者を痛めつけていいことにはならない」
「その通りですわ。……孤児をなくすことはできない。でも、あんなに純粋に他者を思いやれるルルの様な子を、あのまま放っておくのは、それこそ人の道に悖りますわ」
「そうだな」
「なんの解決にもならないかもしれないですけれど。お兄様、お願いです。ルル達が安心して過ごせるように、手を打てないでしょうか」

 その言葉に、レイナードは頷いてみせる。

「いいだろう、それがリリーの望みなら」

 リリアンはありがとうございます、と言うと、黙り込んでしまった。レイナードはリリアンの肩を抱き寄せ、労わるようにその肩を撫でる。その後は会話のないまま、兄妹を乗せた馬車は屋敷へ向かったのだった。



 その頃、アルベルトは王城にいた。諸々の手配が済んで、本格的にリリィローズ織の工場立ち上げに乗り出すにあたり、国王へ一言伝えに出向いたのである。会うなり開口一番、「来月から出荷始まるから。じゃ、そういうことで」とだけ言って帰ろうとするアルベルトの腕を掴み、「それだけで済まそうとするな!」と王は会議室に引き留めた。

「大体のところでいい。この場の中にも関係者がいるから、詳しく話せ。どの程度流通するんだ? 大量生産の目処は立っているのか?」

 アルベルトはぎゅっと顔を顰める。

「いや、知らん」
「知らんとはなんだ貴様!!」

 突然、アルベルトの言葉に怒鳴り声が上がった。ガタンと貴族らしからぬ音を立てて立ち上がったのは、シュナイダー・アズール公爵だ。
 アルベルトはうっすら笑みを浮かべ、公爵の方へ向く。

「ああ居たのかね、シュナイダー君」
「居るさ居たとも、当たり前だろう! それが役目だからな!」

 ばしん、と強く、アズール公爵は机を叩く。

「貴様が始めたことだろう、その貴様が知らんわからんで済むとでも思っているのか!」
「リリアンが欲しがった分以上のことは考えてなかったから」
「まぁ~~たそれか! リリアン、リリアン、リリアンと、貴様はそればっかりだ!」
「実際リリアン以外のことはどうでもいいからな」
「それでも! 貴様は! 公爵家の人間かぁーーー!!」

 ばんばんと机をこれでもかと叩いて、アズール公爵は叫ぶ。叫び声が表にまで漏れているが、アルベルトを前にした公爵はこうなると止まらない。そりが合わないのか、この二人は会う度こんな具合である。王は俯いて額に手を当て、深いため息を吐いた。

「貴様が始めたことのおかげで我が家はてんてこ舞いだ! どれだけうちで調整していると思っている、なんでそれで知らないなどと言えるんだ、正気か貴様!」
「何を言っている、織物をはじめとする服飾の統括は君の役目だろう? 収益はそちらのものだ。うちの事業のおかげで儲けているんだからいいじゃないか」
「んぐっ……だ、だからと言ってだな……」
「まあまあまあまあ、二人ともその辺にしろ。議題が進まないだろうが」

 アズール公爵の勢いが削がれたところで、王が割って入る。公爵は王が入ったことでそれ以上のことは言い出せず、「わかりました、仕方ありません」と大人しく席に着いた。が、その目は吊り上がって血走った目でアルベルトを睨み付けていた。アルベルトはと言えばそんな公爵は視界にも入れず、しれっとリリィローズ織について、軌道に乗ってから、時期を見て、必要があれば増産する、と告げた。それを聞いてまたアズール公爵が「そういうことは早く言えぇ!!」と憤慨するのだが、とりあえずその場はそのまま切り上げられた。「こんなのが筆頭公爵家……」というアズール公爵の呟きが、恨めしげに響く。
 そしてその後、アズール公爵の視線を完全に無視して、アルベルトは右から左に話を聞き流している最中である。そもそも政治に関わる気がないアルベルトにとって、ここで聞いたことは不要の事柄だ。というか、政治に関与しないのに聞いてしまっていいものなのか疑問である。
 まあ、王が言ったのだからいいかと、アルベルトはこの一週間の「リリアンの素晴らしかったところ曜日別選手権」を脳内で開催していた。それは例えば、月曜は朝の挨拶が特に良かったとか、火曜日は食後のお茶を飲む佇まいが素晴らしかったとか、そういうのをひたすら思い返しリリアンを褒め称えるものである。これならばいくらでも時間を潰せる。アルベルトは脳内で忠実に再現されるリリアンの姿に、頬が緩むのを抑えきれなかった。というか、抑える気がなかった。リリアンの姿はたいへん愛らしいものであるからして。
 そうして出来上がったのが、王の隣で一言も発せず、ただうっすらと微笑む麗しい美貌の置物だった。
 明かりの加減で銀髪がきらきらと輝く。アルベルトはこれが、臣下の間で「月光の貴公子像」と呼ばれていることを知らなかった。

「う、美しい……」
「今日は出向してきてよかった。眼福だ」
「姿絵だけで一財産を築けるのでは」
「卒倒するご婦人がいるのも納得できる。世の中は不公平だ」

 などというのは末席の貴族達の囁きである。広い王城の中では噂は知っていても、アルベルトの姿を見た事のない者も当然多い。それで度々こういったことがある。囁きはざわめきに変わり、さざ波のように周囲に広がっていく。

「んん! うぉっへん!」

 それに気付いたらしい王の、わざとらしい咳払いに、途端に皆口を噤む。
 王と王弟は、色味の違いこそあれどほとんど同じ色をしている。王家由来の銀髪と、瞳の色は母譲り。なのにアルベルトだけがこのように言われるのは、王は父王と同じく野生味溢れる風貌をしているせいだ。がっしりとした体躯で、剣術に長ける。父王に良く似た輪郭とそれを縁取る髭は、貫禄を出すという役割をよく果たしており、二の腕は太く日にも焼けている。まあ、一言で言えば男らしい。
 対してアルベルトはといえば、母である王妃の儚げな雰囲気を特に受け継いでいる。顎が細く肩もすらっとしているせいか、幼い頃は女の子のようだった。雰囲気だけでぜんぜん儚いわけではなく、王妃は健康そのものであったし、父王は筋骨隆々。出来上がったのは妖精のような風貌の、鍛えれば兄と同じようになれるポテンシャルを秘めた準ゴリラである。
 それでなぜゴリラにならなかったかと言えば、それは本人の素質の問題だった。アルベルトは王家始まって以来の魔法の才を持っていた。
 それで魔法に特化した教育が施された。本人もそれを望み、良く研究したものだから、今では国内はもとより周辺諸国でも魔法でアルベルトの右に出る者はいない。剣はもちろん扱えるよう教育されているが、魔法があれば事足りるので、アルベルトが剣を使うことはほとんど無い。だからアルベルトは肉体強化をそれほどしていない。あと、ムキムキの筋肉というのが彼の美的センスにヒットしなかった。身近なところにムキムキ筋肉が二人いて、あれは自分には合わないとそう思ったのかもしれない。
 王は決して醜いわけではない。このアルベルトの兄であるから、王も整った顔立ちなのだ。ただ母の美しさが弟に凝縮されただけで。
 そんなわけで本人も間違いなく美形なのだが、人の口に上がるのは弟の美貌ばかり。ちょっぴりいじける王であった。

「先週、人身売買を行っていたとしてとある孤児院の管理者が捕縛された」

 ちょうど話題が途切れたこともあり、王は手元の資料を拾い上げた。それは王都から離れたとある領地の孤児院の子供が、他国に売られていたという事件の資料だった。王の耳にまで入っているこの事件は大問題だった。この孤児院は国営のものだったからである。
 特に孤児の多い領地では、領主が独自に設ける場合があるが、申請すれば補助金を受け取れるし、そもそも新しく増やしたい場合には国に新設の依頼を出せば、国営で造って貰える。それで戦後などの状況でなければ、領で新しく造ることはほとんどしない。長く戦の起きていない現状では、国内の孤児院と言えば、ほぼ全てが国営のものだ。
 国で運営している施設での違法行為。ましてや力を持たない子供が身を寄せる唯一の施設で行われたという事実に、王は事態を重く受け止めた。現在問題の孤児院があった領地の、すべての孤児院で調査を行っている。

「今の所問題となっているのはその一箇所だけだ。……その領ではな」

 王は国内の孤児院全てに調査を行うと告げた。まず初めに王都の孤児院を調査する、とも。
 議会に参加している貴族達がざわめく。やり過ぎではないかと言う声は黙殺された。

「自らの力ではなにもできない子供の人生を奪う行為を、余は認めん」

 きっぱりと言い放って、王はそれ以上取り合わなかった。
 王の咳払いに意識を持っていかれたアルベルトはなんとなくそれを聞いていたが、自領には関係のないことである。公爵領の孤児院でそんなことを目論むような者が付け入る隙などない。だがそういえば、今日はリリアンとレイナードが王都の孤児院を訪ねると、そう言っていたっけ。
 それを思い出し、アルベルトはそっと窓の外に視線を向ける。

「早く帰りたい」

 帰ってリリアンの姿を拝みたい。アルベルトの頭にはもうそれしか無くて、思わず声に出ていた。が、その呟きに敏感に反応した者がいた。アズール公爵だ。ビキビキと青筋を立て頭に血を上らせ

「貴様ァ! 帰りたい、とはなんだ!!」

と叫ぶ。
 周囲が突然の大声に驚き、アズール公爵と、アズール公爵が指差す方とを交互に見る中で、アルベルトも「うん?」と、きょろきょろ見回す。どうやら自分の近くを指しているようだと思い、アルベルトは左隣の王をちょいちょい突いた。

「兄上、言われていますよ」
「貴様に言っとるんだアルベルトぉぉーー!!」

 この日何度目かわからない、アズール公爵の怒号がとぶ。

「お前以外にそんなことこの場で言う奴がいるか!」
「良く聞こえたなこの距離で」

 アルベルトの席から、右に三つ。その先にアズール公爵の席があるので、多少は距離がある。

「聞こえるわァ! 王の言葉だぞ、みーんな静かに聞いている! その後軽々しく独り言を言う奴なんているか!」
「そうだともシュナイダー君。だからそう大声を出さなくても聞こえる。少し静かにしたまえ」
「誰のせいだと思っとるんだこのボケぇ!!」

 アズール公爵は顔を真っ赤にし、ばんばん机に掌を打ち付けた。円卓なので、振動が周囲に伝わってくる。重厚な板で良かった。安くて薄っぺらいやつだったら、多分机の上のお茶はみんな溢れていただろう。
 公爵家当主同士のやり取りのため仲裁もできず、出席者はただただ大人しくするしかなかった。

「上の空だったようだが、ちゃんと話は聞いていたのか!?」
「聞いてた、聞いてた」
「なんだそのいい加減な態度はぁ!!」
「聞いていたと、そう言っている」
「ならば、先程王が述べた言葉を繰り返すがいい! 聞いていたようには見えなかったがな!」

 「見てたんだ……」とそう思ったのは一人だけではないはずだ。
 アズール公爵を見据えてアルベルトは、

「王都中の孤児院に調べが入る。そのスケジュールは調整次第通達するが、この件は王太子に一任する。その調べに対して葬祭等の理由が無い限り拒むことはできない。これに従わない場合には捜査に不服があると見做し、王命に異議を唱えたものとする。……で合っているかね、シュナイダー君?」
「ぐぬうううう」

一字一句違わずに王の言葉を繰り返した。
 なんとも嫌味ったらしいその姿に出席者は騒つく。にやにやしたアルベルトと頬をピクピクさせるアズール公爵、王城ではよく見かける光景ではあるが、アルベルトがなんだか楽しそうに見えて、困惑した。
 この二人は顔を合わせるたびこうなので犬猿の仲と思われていたのだが、神経を逆撫でるもののアルベルトに険悪な雰囲気は無い。「もしかしなくてもこれおちょくっているだけなのでは」と、ちょっぴりアズール公爵を気の毒に思い始めたのだ。
 そんな周囲の様子が目に入らないのか、アズール公爵はアルベルトに追及を続ける。アルベルトの方はというと、そんなアズール公爵の様子が楽しいのか、にこにこしていた。
 その弟の様子に王は、「あ、これ本気で楽しんでるな」と、遠い目で窓の外に視線を外した。青い空は色を薄くして、そろそろ本格的な冬を迎える。

「どうして空は青いんだろうなぁ」
「陛下。現実逃避してないで止めて下さい」

 左側から宰相に突かれて、王はもう一度、深いため息を吐いたのだった。
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神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

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