世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴

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領地編

19.突撃! 魔法天文台 〜リリアンの職場訪問〜⑧

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「お父様!」
「アルベルト!」

 慌てて手摺りの向こうを覗き込むと、二階から飛び降りたアルベルトはしっかり狼の前方に着地している。ほっと息を吐いたのも束の間、狼から魔力が上がった。

「いかん!」

 グレンリヒトが叫ぶ。狼が魔法を使ったのだ。
 鋭い円錐状の岩が床から次々と姿を現す。狼の脚元から生じた棘とも呼べる岩はアルベルトのみならず、周囲のもの全てを襲った。
 が、魔導士や騎士が逃げ惑う中、アルベルトは眉ひとつ動かさずにそれを眺めている。というのも、鋭利な棘が彼の元へ届く前に砂になって落ちてしまうからだ。
 それに業を煮やしたのか、狼が再び咆哮を上げるような仕草を取る。途端魔力が爆発的に大きくなり、岩の勢いが増した。

「あんな魔法を使うとは……!」

 誰のものか分からないが、そんな呟きが聞こえてきてリリアンは瞬いた。もしもあれが当たればばひとたまりもないのは簡単に予測がつく。
 青褪めるリリアンの目の前で、次々岩の棘がアルベルトに迫った。

「下らん」

 が、その棘は、彼がすっと手を上げた瞬間にざらりと砂へ変わってしまった。

「はっ?」

 誰かの困惑した声が聞こえた。

「この程度か。知性の無い道具なだけある」

 唖然とする周囲をよそに、アルベルトは呆れて狼型の兵器を見た。目の光り方、それからさっきの咆哮。あれに何が使われているかはおおよそ見当がついたが、それにしては魔法の威力が弱いように感じる。理由は明確だ、狼の動きからでもそれが分かる。あれには、何が的確なのかを判断する機構が決定的に不足しているのだ。もしもそれが備わっていたらこんな魔法では済まないだろう。
 脅威にはならないと判断したアルベルトを制するかのように、狼からまた魔力が上がった。
 次に現れたのは先程よりも大きな棘だ。それがアルベルトの真下から襲い掛かかる。

「一人前に、威嚇のつもりか」

 一本退がればそこへ、右に避ければその足元へ。絶え間なく現れるが、アルベルトはそれらをすんでのところで躱し続ける。同時に、出てきた棘は砂に変換していく。
 周囲からは「す、凄い」「さすがだ……!」という声が上がるが、なんの事はない、棘が現れる前に別の場所へ移動すればいいだけだ。頭が空っぽだからか、狼はアルベルトが次にどこに足を運ぶのか、それを予測して棘を出す事はなかった。
 だからアルベルトは掠りもせず棘を避け続けられたのだが、そのうちに痺れを切らしたのか、狼が別の魔法を使う。狼の周囲に砂嵐が起き、そこからいくつも石礫が飛んできたのだ。
 石礫はおおよその方向に向けて飛ばしているらしいがかなり速い。硬さもあるようで、当たった鉄製の馬車がばこんと音を立ててひしゃげる。
 足元からの攻撃に加え、空中では石が飛び交う。生半可な術師ではひとたまりもないが、アルベルトはきゅっと眉を寄せただけですべての石礫と棘を避け切っている。
 アルベルトが眉を寄せているのには理由がある。さっきから狼の魔法を相殺して砂に変えているせいで辺り一体が砂まみれとなっているのだ。それが奴の起こした砂嵐のせいで巻き上がって、かなり埃っぽい。
 ちらっとアルベルトは二階の貴賓席を見た。そこには憂いを含んだ表情でこちらを窺うリリアンの姿がある。
 リリアンの美しい銀髪が風に靡いている。まだあちらへは砂塵は飛んでいないようだが時間の問題だろう。美しく麗しいリリアンが砂まみれになるなど、とてもではないが許容できない。
 今もまた石礫が飛んできたのを砂に変えると、いよいよ砂埃で視界が霞掛かってしまう。積み上がった砂で足場も減る。その砂が棘に変化するのも厄介だった。
 ギッと狼を睨み付け、アルベルトは魔法を発動させる。
 ぶわりと湧き起こった魔力は奔流となって空気を乱した。あちこちで渦巻きが生じて床の砂を巻き上げる。それを集約し、砂塵を一纏めにしたアルベルトは、砂に混じった狼の魔力と自分の魔力とを混合させ魔法を発動した。

「リリアンの髪が砂まみれになるだろうが!!」

 叫びと共にごう、と強い突風が吹き、魔導士達は思わず目を閉じる。風が治ったからと再び会場へと目を向ければ、そこにあったのは岩のかたまり。ただし狼の形をしており、〝フェンリル一号いちごう〟より一回り、いや二回りは大きい。
 その岩の狼からはみっちりと凝縮された圧力のような魔力を感じる。それを脅威と思ったのか〝フェンリル一号〟が一層強く目を光らせ、アルベルトに向けて魔力を吹き付けた。魔力が風圧となって砂煙を巻き上げるが、アルベルトも岩の狼も顔色ひとつ変えずにいる。

「頭が無ければ、竜であってもこれとは。やはり欠陥だったな」

 ちっ、と舌を打つアルベルトの言葉がエマの耳に届いた。エマは会場の端でオリバーと共にパーカーを保護していたのだが、風向きのせいかその言葉ははっきりと判別できた。

「竜? 竜って、まさか」

 疑惑の眼差しをパーカーに向ければ、彼は分かりやすく顔色を変えていた。オリバーも険しい目でパーカーを見ている。

「オォオオオォオン!!」

 そんなエマ達の前で、お返しとばかりに岩の狼が咆哮を上げた。と言ってもそれは狼のものではない。地響きのように地の底から沸き上がるような、猛烈な魔力そのものだ。そのうちにばたばたと倒れる者が出始める。さっき〝フェンリル一号〟から感じたものよりも格段に強い魔力は、魔導士であったとしても対抗することが難しい。

「これほどとは……!」

 エマは脂汗を額に浮かべ歯を食いしばる。そうでなければすぐにでも卒倒しそうだった。込み上げる吐き気を抑え、必死に行く末を見守る。
 アルベルトの魔法ひとつひとつが貴重な資料なのだ。すべてといかずまでも、可能な限り記憶しておきたい。ただその想いだけで意識を保っていた。
 押し潰されそうになる魔力を保ったまま、岩の狼は姿勢を低くする。

「これだけの魔力を消費してハリボテにしかならんとは、獣型は効率が悪い」

 アルベルトが言うや否や岩の狼が〝フェンリル一号〟に向けて突進する。ぐぱ、と顎を開けた岩の塊は一躍のうちに〝フェンリル一号〟へ近付くと、そのまま頭部から胸を食いちぎった。
 その直後、どしゃりと獣が地面に倒れる。

「やはり殴った方が早いな」

 それを見て、パーカーはエマとオリバーの拘束から抜け出し慌てて駆け寄った。

「〝フェンリル一号〟! ああ、そんな」

 〝フェンリル一号〟は完全に停止してしまっている。見れば大半の機構が傷付いていた。パーカーが半生を掛けて造った術式を刻んだ魔石も砕けている。——これでは一から作り直した方が早いだろう。パーカーは粉々になった魔石を握り締めると、体を丸めて蹲ってしまった。
 岩の狼の方はどうかというと、のっしのっしとアルベルトの元へ戻って行くところだった。アルベルトの所まで辿り着くと、顎を手に乗せているのが分かる。

「相変わらずだな、あいつの魔法は」

 貴賓席から見守っていたグレンリヒトが、関心したように呟く中、岩の狼はざらりと姿を失くしていく。アルベルトが砂へ戻したのだ。
 それを見たリリアンは、これで終わったのだとようやく息を吐く。

「被害が大きくならなくて良かったですわ」
「あいつが出た時点で、ある程度の被害は覚悟していたがな。建物が崩壊するとか」
「まあ、陛下ったら」

 伯父の言葉でより一層肩の力が抜けたリリアンが、階下から視線を逸らして手摺りから離れた時だった。

「リリアーーーーン!」
「きゃっ!」

 突然間近で絶叫が聞こえたかと思うと、手摺りの下から急にアルベルトが現れた。驚いたリリアンは悲鳴を上げてしまう。
 が、その悲鳴を何と勘違いしたのか、くわっとアルベルトの表情が険しいものへと変わった。

「どうした何があった大丈夫か!?」
「え、お父様、どうやって?」
「跳んだだけだ! それよりどうした悲鳴なんか上げて! あれ以外になにか居たのか!?」

 目をぱちくりさせるリリアンに捲し立てるアルベルト。さっきまで一階に居たはずなのにと聞くと、早くリリアンの側に戻りたくて思い切りジャンプしたそうだ。

「兄上も居るんだ、脅威となるものが二階に上がったとは思えないがなにか出たか? どこだ、消し炭にしてやる!」
「お、お父様、大丈夫です。ちょっとびっくりした事があっただけですから」
「びっくり? どこのなんだ、リリアンを驚かした不届者は!」

 おのれ、と目を血走らせ、周囲を見回すアルベルトの後ろで、グレンリヒトが「お前な」と呆れた声を出した。

「リリアンを驚かしたのはお前だぞアルベルト」
「は?」
「は? じゃない。急に下から人が飛び出して来たら誰だって驚くわ」
「…………」
「リリアンに謝れ」

 兄に言われ、決まりの悪そうな顔でアルベルトは振り返る。

「……すまない、リリアン」
「いいのです、お気になさらないで。でも、今後は控えてくださると嬉しいわ」
「ああ、そうする!」

 素直に言えば、リリアンはくすりと天使の微笑みを浮かべてくれた。それでアルベルトの気分は急上昇する。ふんすと胸を張り腕を組んだ。

「どうだったリリアン、私の造った狼の方が格好良かっただろう!」

 そう言われたが、リリアンはそれどころではなかったし、少し距離があったから、岩の狼の細かな造形は把握できなかった。けれど、岩で獣を表現するというのは純粋にすごい。だってきちんと尻尾まで動いていたのだ。それは魔導兵器の方は出来ていなかった。
 それを指摘しても良かったが、もっと単純な褒め言葉の方が父は喜ぶだろう。

「とっても大きくて格好良かったですわ」
「そうだろう!? やっぱり大きい方が強いからな!」

 リリアンの言葉に大いに頷き、ご満悦となったアルベルトからは先程のような魔力は感じない。いつも通りの姿だ。
 さっきの父の魔力はリリアンでもひやりとするくらいには強いものだった。そのくらい、〝フェンリル一号〟は強力だったのだろう。
 が、そんなものが何故展示されているのか。いくら不測の事態が起きやすい魔道具とは言え不自然な気もする。
 そう思ったのはリリアンだけではなかったらしい。

「止めてくれたのには礼を言うが、妙な魔力だったな。お前が自分から行くというのも珍しい。なんだったんだ、あれは」

 グレンリヒトは階下の様子を伺いながらそう言うが、アルベルトが手の中の物を差し出すと顔色を変えた。

「それは……〝大地の豊穣〟じゃないか!」
「あれに組み込まれていた」

 アルベルトがちらりと視線を向けた先、そこにあったのはあの魔導兵器だ。つまりアルベルトは、これを抜き取る為に二階から飛び降りたと言いたいようだ。

「まったくお前は。心配をかけるなと言っているんだが」

 天を仰ぐ伯父にリリアンは同意した。側から見ると心臓に悪い。二階から飛び降りた時は心臓が止まりそうだった。
 が、きっと何か理由があって魔導兵器と対峙したのだろうというのはリリアンにも予測ができた。アルベルトが対峙する前の、狼のあの動きは見るからに異常だった。

「魔法で破壊しても良かったんだが、これがどう影響するか分からなかったからな」
「一言言えば良かろうに」
「説明する手間が惜しかった。これのせいだろう、会場に魔物のような気配があったから警戒していたんだが、杞憂だったな」

 その言葉にリリアンは、到着直後のアルベルトの様子を思い出す。

「もしかして着いてすぐに気付かれていたのではない?」
「良く分かったな、さすがリリアン。実はそうなんだ。ただ、どこからなのかは分からなかったし、敵意のようなものも感じなかった。ただ捨て置くにはあまりに魔力が強いし、何よりお前が居るだろう? 絶対に見付けようと思っていたんだ」

 なぜかアルベルトは得意げに語っている。
 リリアンがちらりとグレンリヒトに視線を向けると、伯父は肩を竦めてみせた。

「暴走したのはこれのせいか?」
「いや、単に回路の不備じゃないか。書き掛けのメモで作るからこうなるんだ」
「は? メモ? 何の事だ?」
「陛下、魔導士から報告があるようです」

 ちょうどその時、魔導士を伴ったベンジャミンが一同の元へやってきた。アルベルトの発言に気になる点があったものの、報告は受けないといけない。仕方なくグレンリヒトはそちらを優先することにした。
 やってきた魔導士は魔法天文台の所長のオリバー、副所長のエマ、それと騒ぎの元となったパーカーの三名だった。
 三人はグレンリヒトの元まで来るとその場で膝をつく。

「陛下、アルベルト様。この度はお騒がせして申し訳ありません」

 代表してオリバーが頭を下げた。他の二人もそれに倣う。

「仕方あるまい。魔道具の展示会にトラブルはつきものだ。次回から展示方法の見直しと、出展するものの厳選をした方がいいだろうがな」
「ご随意に」

 オリバーは深々と礼をすると、そのままアルベルトへ向く。

「アルベルト様、事態の収拾にご助力頂きましてありがとうございます。お陰様で人への被害はございませんでした」
「ああ」
「まあ、こいつが総帥なのだから手を出すのは当然だがな」
「それはそうなのですが、他の者の手前、礼をしなければ示しがつきませんので」
「はっは! それはそうだな」

 豪快にグレンリヒトが笑う中、ただ一人ぶるぶると震えている者がいた。

「で、そちらの魔導士だが……」

 グレンリヒトの声がこちらを向いて、パーカーはびくりと肩を揺らす。

「あ、へ、陛下にはご機嫌麗しく」
「そんな挨拶は必要ない。それよりも聞きたい事がある。どうしてお前が〝大地の豊穣〟を持っている?」
「あ、いや、それはその、ぼ、僕は総帥代理なので……」
「代理だとしても無理なはずだ。これは余の許可無く持ち出せるものではない」
「よ、良く分かりません。でもそれがあればフェンリル一号を動かせると思い」
「だから使ったと? これが国宝である事を知っていたのか?」
「い、いえ、それはそのっ」

 額が床につきそうになるくらいに平伏したパーカーはしどろもどろで、国宝を持ち出す胆力があるようには見えない。萎縮しきった姿はかわいそうに思えるほどだ。
 だが、騒ぎを起こしたのは彼で間違いがない。なにかしらの処分を受けるだろう。それは除名か賠償かは分からないが、どうする事もできない。行動には責任が伴うもの。彼がやった事は、彼が償わなければならないのだ。
 研究室で熱弁を振るう彼は、未来ある若者に見えた。どうにか良い方向で済むようにと、リリアンはそう願わずにいられない。
 グレンリヒトも、パーカーの様子からこれ以上情報は引き出せないと思ったようだ。やれやれ、と肩を竦める。

「まあ、いい。それは城で聞こう。それよりもなぜ持ち出せたのかが気になる。どういう事だ、オリバー所長」

 呼ばれたオリバーは、一度エマと視線を合わせると改めて頭を下げた。

「おそらくなのですが、偶然持ち出せてしまったのだと」
「偶然?」
「はい。それが……封印装置に不具合がありまして。修復予定だったところを、パーカーが偶然触れてしまったようなのです」
「は?」

 思ってもみない返答にグレンリヒトは瞬く。

「それで持ち出せた、と? そんな偶然があると言うのか」
「申し訳ございません」
「なぜすぐに修復しなかったのだ!」
「無論、直すつもりではいました。ですが装置を確認されたアルベルト様が、急がずとも良いと仰いまして。そうこうしているうちにこのパーカーを総帥代理として置いたものですから」
「アルベルトが……?」

 そうして出てきた名前を呟きながらくるりと弟の方を向いたのだが、当のアルベルトはグレンリヒトと同じ方向にすっと視線を逸らす。

「おい、どういう事だアルベルト」
「さあ」
「さあ、じゃない。こっちを見ろ」
「断る」
「断る、じゃない! どうして放置し……いや、そうだ。そもそも総帥代理っていうのはなんのことだ? 俺は何も聞かされてないぞ」
「こいつがなりたいと言うから任せてみた」
「任せてみた、じゃない! 任せるなそんな簡単に!」
「一時的なものだし良いかと思って」
「お前な! 魔法天文台をなんだと思ってる!」
「狂人の集団だろう」
「そっ……れは言っちゃだめだろ!」

 まったくもう、とグレンリヒトは頭を抱えた。

「なあ、アルベルト。この一連の騒動、お前にも責任があると思うんだが」
「そんなわけないと思うが」
「いやあるだろう! いいか、代理なんてのを解消してさっさと総帥に戻るんだ。魔石を持ち出せてしまったのは間違いなくお前のせいだから」
「不具合なんかが出るような封印を作った奴が悪いのでは?」
「そのメンテナンスはお前の役目だっただろうが!」

 ぐぬぬと唸るグレンリヒトを前にしても、アルベルトに悪びれた様子はない。リリアンは頰に手を添え「しょうがないわねえ」と眉を下げているし、オリバーとエマも似たような表情だ。ベンジャミンとシルヴィアも言わずもがな、呆れ散らかしている。

「リリアン、ちょっと」

 項垂れたグレンリヒトに手招きされ、リリアンはそちらへ向かう。近くまで行くとこっそりと耳打ちされた。

「このままじゃあいつ、総帥に戻らないとか言うだろう。悪いが説得して貰えないか」
「このままでは陛下も彼らも困りますものね。ええ、分かりました」

 頷いたリリアンは、腕を組んでこちらを見ている父親に微笑みかける。

「お父様、皆が困っています。お役目はきちんと果たしませんと」
「だが、戻らなければ本当にリリアンと一緒に居られるんだ。この半月でそれが良く分かった。何より、総帥なんぞ誰がなっても一緒だ。私でなくとも良いんだ」
「でもそうすると、先程の約束が果たせなくなってしまうわ。魔法天文台の案内をして下さるのではないの?」
「はっ……!」

 アルベルトは目を見開いた。リリアンを、魔法天文台に連れて行き研究室を案内する。それは会場に入る前に交わした大事な約束だ。それもアルベルトから提案したものだった。

「わたくしとの約束を、お父様は破るのですか?」
「そんなはずない!」

 それをまさか、アルベルトの方から反故にするだなんて! リリアンからの頼みを断るくらいの重罪だと、アルベルトは青褪めた。

「すまないリリアン、そうだったな。お前とずっと一緒に居られるという目先の利点に、本質を見失うところだった……! すぐに総帥に戻ろう、そうしよう」
「ええ。分かってくださって良かったわ」

 決意を新たにするアルベルトに隠れて、リリアンはグレンリヒトを振り返ってぱちんと片目を瞑った。頼もしい姪に、グレンリヒトは伯父の顔で笑みを返す。
 一人パーカーはその様子をぽかんと不思議そうに見ている。それはそうだろう、よもや歴代最高の魔法使いがこんな風にツーンとそっぽを向くとは思うまい。ましてや直後に娘の言葉ひとつでぐるっと発言を覆すなどとは、想像の範疇にはなかった。
 目の前の出来事が信じられずぼんやりと眺めていると、ぱちっとパーカーとアルベルトとの視線が合った。

「あんな不足だらけのメモでよく実行したものだな」
「え?」

 突然そんな事を言われて、パーカーは瞬く。

「えっと、なんのことでしょう?」
「貴様が飾っていたメモ、あれは私が書いたものだ」
「えっ? そ、総帥が?」
「ああ」

 言い切る姿は自信に溢れていて——それでパーカーは直感した。この男は事実を述べているのだと。
 それが分かるといくつか思い当たる節がある。あの日、研究室でアルベルトは言っていた、「これを何に使う気か」と。それは四肢の駆動を連携させる要となる魔石を指してのもので、仕様書でも特に細かく計算がされている部品だった。
 原理は理解出来る。なぜそうするべきかも。しかし、圧倒的に動力となる魔力が不足する。だからこそ『〝大地の豊穣〟であれば、あるいは』とメモ書きされていたのだ。
 だが結果はあの通り、〝フェンリル一号〟は指示を全てこなせなかった。それは動力の問題だけでなく四肢を動かす回路自体に不足があったからだ。なにしろ、あの仕様書、いやメモは、書きかけだったから。
 だとしたら、例え〝大地の豊穣〟を使ったとしても、あの魔導兵器は満足に動かないのだと——アルベルトは始めから分かっていたのだ。
 しかも先程のように、やろうと思えばアルベルトは〝フェンリル一号〟と似た様な生物の模倣を、骨格も動力も無しに魔法で創造できるのだ。尚のことあの仕様書は不要だった、そういう事だ。

「そ、そんな……じゃあ、僕の研究はなんだったんだ」

 それを理解したパーカーはそのまま項垂れて、動かなくなってしまった。騎士が両脇から抱え上げたが抵抗もしない。ただ全身から力が抜けた、という様子だった。

「あの様子なら全部話すでしょう」

 それを見送るオリバーは普段通りで、一見薄情にも見える。が、仕方がないだろう。嘘偽りなく全てを話す。パーカーの罪を軽くするには、もうそれしかないのだから。

「やれやれ。今年はとんだ大騒ぎだな」
「展示会は中止ですね」
「そうだなあ」

 グレンリヒトとオリバーが会場を見回すのにつられて、リリアンも階下を見下ろす。すでにそこは騎士達の手で来場者は退場させられ、魔導士だけが残されていた。不安気に周囲を窺う彼らの中に、なにかの破片を呆然と見る者の姿もあった。避難のどさくさで展示品が壊れてしまったのだろう。確かにこれではどうしようもない。

「リリアン、私達も帰ろう」
「良いのですか?」
「良いに決まってる。これ以上ここに居る意味が無い」

 アルベルトはそう言うが、会場がめちゃくちゃのまま帰ってしまっていいのかしらとリリアンは伯父を見た。伯父は、目が合うなり肩を竦める。——これ以上アルベルトを置いておくのは無理だろうからいいぞ、と、そういう事だろう。
 リリアンは伯父に微笑みだけ返して、父親に従うつもりでそちらを向いた。そして差し出された手を取ろうとして、ぴたりと動きを止める。

「リリアン?」
「あの、お父様。それはそのまま持っていっていいのですか?」
「うん?」

 リリアンが指差す右手を見るアルベルト。そこには国宝の魔石が握られていた。すっかり存在を忘れていたらしい。
 アルベルトはオリバーを呼び付け、魔石を手渡す。

「綺麗な魔石ね。なんだか凄そうな気配があるのが不思議」
「実際、かなりの魔力量があるぞ。触れない方がいい」

 オリバーがその言葉にびくりと肩を揺らしたが、彼はすぐに取り繕っていた。さすがだ。
 国宝級の魔石というものがどれだけ凄いのかはっきり分からないが、琥珀色の輝きは離れていても存在感がある。まるで内側から光っているかのようで、それが魔力に由来するのであればアルベルトの言う通りとんでもない代物だろう。あれを使わなければいけない魔道具、というものの方が異常な気もする。

「ねえお父様。あの魔導兵器というものは、この石ではないと動かせないのですか?」
「正しく回路を引いても無理だな。装置が大き過ぎて、可動させるのにとんでもない量のエネルギーが必要になるんだ。まあ、あれを書いた頃は若かったから、今ならもっとマシな回路を引けるだろうが」
「では、小さいものなら動かせますか?」
「小さいもの?」
「ええ。あれは大きな狼ですけれど、例えば小さな犬であれば、普通の魔石でも動かせるのかしら、って」
「ふむ」

 アルベルトは腕を組んで考える。
 あれを設計した時は、とにかく攻撃力を重視した。大きな獣型にしたのは重量があった方が威力が増すと考えたからだ。それは今でも間違いだとは思わない。威力を出すには必要だからと、そもそも小型にするという選択肢は存在しなかった。
 が、確かに小さくすれば、それだけ動かす動力は少なくて済む。その分、攻撃力は下がるが、例えば炎を吐く機構を組み込めば殺傷力は保てるだろう。

「回路を見直して最適化する必要はあるが、可能だと思う」
「まあ! なら良かったわ!」
「良かった?」

 火を吐く犬のなにが良かったのだろうか、とアルベルトが首を傾げると、リリアンはにこりと笑みを深める。

「小さくて攻撃もしなくて、可愛いものだったら良いのにと、そう思ったの。そうすれば生き物を飼えなくても、ペットの代わりになるのに、と」
「なるほど! さすがリリアンだ!」

 アルベルトは叫んだ。それはもう良い声で。


◆◆◆


 ……という一連を掻い摘んで、展示会の翌日にリリアンは王城で兄レイナードへ報告した。その場にはついでだからとマクスウェルも同席している。
 会場に到着してからを順に説明したのだが、話がアルベルトが岩で狼を再現して、という辺りになってから二人の顔色が変わった。

「砂が集まったと思ったら、岩になって、それが狼の形をしていたって?」
「ええ、マクスウェル様。それがとっても大きかったので、わたくしびっくりしてしまって」
「砂嵐っていうのも相当だったんじゃないのか」
「そうなのですお兄様。わたくしのいるところへは、砂は上がって来ませんでしたけれど。風が強くて、シルヴィアが髪を直すのに手こずっていたわ」

 一通り聞き終わると、マクスウェルとレイナードは同時に、はあ、と息をついた。

「さすが叔父上、やる事がめちゃくちゃだな」
「今回の展示会はリリーもいるし行きたいと思っていたんだけど、行かなくて良かった……」

 マクスウェルは頰を引き攣らせ、レイナードは遠い目となる。もしもその場に居たのなら確実に巻き込まれていただろう。あと、絶対に後処理を丸投げされるに違いない。それを想像しただけで胃痛がする気がする。

「なあレイ、お前にもできるか、その岩の狼ってやつ」
「どうだろう。そもそも岩や土で動物を模倣しようと思ったことが無い。マクスはどうなんだ、炎で動物を模ろうと思ったことはあるか?」
「……そう言われると無いな」

 兄達の会話に、リリアンもはっとなる。水を操って、手のひらの上に球体を維持するのを練習しているが、それを動物の形にするだなんて想像したこともない。
 それを、平然と父はやってのけたのだ。狼の形を選んだのは、相手が狼だったからだろうが、つまりその場で即席で使った魔法なのだ。それがどれだけの技術と発想を要するのか、魔法に疎いリリアンでも理解はできる。

「やっぱりお父様は、すごい魔法使いなのね」
「それには同意するけど、あんまり父上を褒め過ぎないでくれリリー。なにをしでかすか分からないから」
「まあ!」

 リリアンはくすくすと笑うが、レイナードとしては冗談ではないから笑うに笑えない。マクスウェルの方も似たようなもので、口元は笑っているが目は死んでいる。
 それから迎えの馬車が来るまで、レイナードとマクスウェルは修練場で「魔法で動物の形を作る」というのをやってみた。が、なかなか上手くいかない。レイナードは動物の形が想像できず、小鳥であればなんとか形になるものの動かすのは無理、という具合だったが、マクスウェルの方は炎の形を思った通りに変えるのに苦戦していた。剣に炎を纏わせるという使い方では、そもそも形を変えにくい。加えて主に温度調整しか修練して来なかったものだから尚更だった。
 意外にも一番早く思い通りの形に変えられたのは、修練場の隅っこで真似をしていたリリアンだった。今もリリアンの手の上を、魚の形をした水が泳ぐように行き来している。

「上手いもんだな、リリアン」
「さすがリリー。僕も見習わないとな」

 マクスウェルとレイナードに褒められたリリアンは、ちょっぴり照れくさそうに笑った。





 その後、魔法天文台でアルベルト主導で新たな魔導兵器、もとい魔導玩具がんぐが開発された。それはパーカーの研究過程を参考にして造られた、音声を認識して対応する動作を取るという、世にも珍しい動物型の玩具おもちゃだった。
 近年人気の出てきた小型の犬種を模したペット型魔導玩具。初めは物珍しさから問い合わせが殺到したが、珍しくはあるが動作は単純なものでぎこちなく、しかもふわふわのぬいぐるみと比べると可愛らしさに欠ける。玩具を喜ぶ年頃の子供はすぐに飽きられ、成長した子供からは中途半端な可愛さが敬遠された。大人にも、どこに面白味を感じればいいのか分からないと言われる始末。更には一体作るのに時間と費用がかかり過ぎる為に、僅かばかりが作られた後、すぐに生産されなくなった。
 それでもこの魔導玩具は一部の層からは絶大な支持を受けた。言わずもがな魔導士には大人気だったのである。あとは、生き物ではないから世話が必要ないという理由で貴族が求める事もあった。
 パーカーは普段の研究に対する姿勢と音声認識の着想が評価され、塔からの追放は免れた。その後は彼の技術を買った魔導士の弟子として研究に勤しんでいる。
 彼の思い描いた通りではないものの、パーカーの研究は間違いなくトゥイリアース王国に遺る事となった。
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