109 / 145
生誕祝い編
23.帰国②
しおりを挟む
「アタシもセレスト嬢から聞いたんだけどね」
場所を倉庫近くのサングロー家所有の事務所へ移し、アンバーは言った。
事務所は公爵家のものらしく、しっかりした造りで内装も豪華だった。けれども倉庫街という場所柄か商談にしか使わないのか、最低限の広さしかない。ヴァーミリオンの一家とマクスウェル、クラベルとヘレナにセレスト、最低限の従者が一室に入ると、狭く感じた。
アンバーは机に凭れ腕を組んだ。その際、腰元のホルダーが机に当たり、コツンと硬質な物音を立てる。
ホルダーからは拳銃のグリップが覗いている。リリアンは、その時初めてアンバーが銃を携えているのに気が付いた。
「どうも、ルーファス殿下が首を突っ込んだみたいでね」
「まったく、あいつは……」
「そうお言いでないよ、殿下。どうやら、婚約者に良い所を見せようとした結果らしいから」
「は?」
マクスウェルが瞬くとアンバーは肩を竦めて視線を逸らす。見た先はセレストで、彼女は青い顔のまま口を開いた。
「……クロエ様が魔物調査から戻られて、わたくしは王城に呼ばれました。マクスウェル殿下がエル=イラーフ王国へ向かわれたと聞いていましたので、公務の手伝いに駆り出されたのです」
三人がけのソファには、中央にリリアン、右隣にセレスト、左はヘレナが陣取っていた。セレストを気遣っての配置だったのだが、当然のようにリリアンの隣に座ったヘレナをアルベルトが睨み付けている。そこだけ雰囲気がおどろおどろしい。
だが、やはりと言うか、ヘレナがそれを気にした様子はない。いつもの調子で身を乗り出すと、正面のマクスウェルにそっと声を掛けている。
「公務ってそんな簡単に任せていいものなの?」
「今は色々緊急事態で……」
「ふうん? トゥイリアースって、結構緩いのね」
ヘレナとマクスウェルがこそこそ言っているのを横目に、セレストは続ける。
「ルーファス様とここへ来たのは、クロエ様が労って下さったからです」
セレストが言うにはこうだ。当初の想定よりも、公務の手伝いが長引いている。本来なら二人の時間として割くべきところを、無理を言っているのだからとクロエが送り出してくれたそうだ。
羽根を伸ばすのなら少し足も伸ばしてみないかとルーファスが言って、港までやって来た。丁度船が着いた頃合いだったので、店先には他国からの交易品が多く揃っていた。
目新しい品の数々につい夢中になっていると、ルーファスが妙な事を言い出した。
「あいつは何て?」
「それが、怪しい連中がいる、と」
怪しい連中、とマクスウェルは繰り返す。それに頷いて、セレストは続けた。
「周囲の様子をつぶさに窺っていたそうです。目付きが鋭くて、とてもではないけれど、観光客には見えない、と」
「でも、それって商船の護衛の可能性もあるわよね。どうして怪しいと思ったのかしら」
「わたくしもそう思ったのですが……彼らの振る舞いを見て、ルーファス様と同じ印象を受けましたわ。何と言うか、警戒心が違ったのです。職務で気を張っているのとは別のもののような」
「君とルーファス、二人がそう感じたのなら、あながち間違いじゃないかもな」
ヘレナ、マクスウェルが言うのに、セレストは頷く。そこへ「でも」と声を上げたのはレイナードだ。
「いくら周囲の視線に敏感な立場であっても、君達は悪漢を捕らえるような訓練を受けたわけじゃないだろう。二人に見付かるくらいなら、街の者が気付いているはずだ。守衛は何をしていたんだ」
「それは、アタシらの都合になるね。事情があって泳がせてたんだ」
「サングロー公爵家が?」
「ああ。ここの所、幅を利かせてる商団があってね。連中、良くない物を運んでるってタレコミがあったのさ。規模が小さけりゃねえ、目を瞑ったんだけどね。どうにも調子に乗ってるってんで、調査をしていたんだ。それで警備も最低限、暴力沙汰にならなきゃどんなに怪しくても放置、ってね。言いようによっちゃ、ルーファス殿下はそれに巻き込まれたって事になるね」
アンバーの言葉にレイナードもマクスウェルも黙り込む。そんな事情があったのか、という顔で聞いていたレイナードは、話が進むにつれて目を閉じていった。完全にタイミングが悪い。
そんな空気を感じつつも、事情を説明しなければと心に決めているセレストは気まずそうに続けた。
「それでその、ルーファス様は……おかしな動きをしているからと、彼らの後を追って行ったのです」
「あいつ……自分から首を突っ込んだのか……」
目立つからと護衛騎士を離していたのが良くなかった。怪しい男達を追っているうち、後ろに回り込まれているのに気付かず、大した抵抗もできないまま、ルーファスは連れ去られてしまったのだという。
辛うじて悲鳴を飲み込んだセレストは、急いで大通りへ戻った。そこで護衛騎士と、巡回していたアンバーとに、ルーファス誘拐を打ち明けたのだ。
「そこで、アンバー様が罠を張っていた事と、ルーファス様とわたくしが邪魔をした事を知りました」
気まずそうに言うセレストは固く両手を握り締めていた。
護衛騎士にはきつく咎められ、アンバーには捕獲作戦を台無しにするという迷惑をかけた。セレストはルーファスの代わりに深く頭を下げるしかない。
その事に最も怒りを露わにしたのは、意外にもレイナードだった。
「ルーファス……。婚約者を放置して危ない目に遭わせるだけじゃなく、作戦もぶち壊すなんて。戻ったら強めに言うべきだな」
「そうだなぁ。公務の手伝いで体を動かしてないだろうし、しばらくあいつとも手合わせしてないからな。城に戻ったらその辺もしっかりみっちりやってやるか」
「そうだな、マクス。それがいい」
軽く言い合ってはいるが、二人からは圧力を感じる。あと、かなりのやる気も。あまり剣術が得意でないルーファスがどうなるか想像できて、セレストはもっと強く止めるべきだったと深く後悔した。
若者達が意気込む中、アンバーがそれはそうと、と話を戻す。
「調査の手前、騒がれちゃ困るってんで、セレスト嬢はアタシが保護したってわけだ」
「そうだったのか。助かる」
「構わないさ、知らない仲じゃあないからね」
言うなりアンバーはセレストと視線を合わせる。するとセレストもこくりと頷いた。
同じ公爵家同士、サングロー家とアズール家は付き合いがある。とは言え、当主のアンバーと公爵家令嬢のセレストとでは、公式の場でのやり取りはほとんどない。アンバーとセレストとは、それとは別に個人的な繋がりがあるのだ。
この国も、周辺諸国でも、貴族女性の衣装はドレスというのが定番となっている。乗馬用の装いなんかもあるが、スカートがほとんどで、女性用のズボンというのはこれまで存在しなかった。
そんな中、「この方が動き易いから」と男物を纏って社交界に出たのがアンバーだった。女当主が少ない中で公爵家という貴族社会のトップ、しかも彼女は直系の後継者を排除し、傍流の出身ながら若くして当主の座に収まったという経歴の持ち主。それが男装して現れたというのも相まって、かなりの注目を浴びた。貴族社会全体に激震を与えたと言っていい。
ただ、幸いな事に、彼女の姿は貴族女性には受けが良かった。そのお陰か波風はあっても大きな反発はなく、徐々に受け入れられていった。アンバーの真似をする娘まで現れたので、アズール家が女性の体に合う衣装を整えた。セレストもそれに携わっているのだ。
それだけでなく、アズール家で作られたものはサングロー家を経由して諸外国へ売りに出される。なので、この二家門は比較的親密な方だった。
アンバーとマクスウェル達が話を進める中で、一人セレストは思い詰めるように俯いてる。リリアンはそんな彼女を心配そうに見ていたが、そのうちセレストは、キッと顔を上げて振り返った。
「ヴァーミリオン公。どうか、ルーファス様の救出に手を貸してください」
そうして再び、思いもよらない事をアルベルトに訴える。
が、アルベルトとしてはまったく、なんの利点も意味もない要求だ。
「サングローが動いている。私が出る必要も理由もない」
「ルーファス様は閣下の甥でしょう?」
「関係ない。自業自得だ」
「そんな!」
セレストの必死な願いも、悲痛な声も、アルベルトを動かしたりはしなかった。一瞥もせず吐き捨てるアルベルトに、セレストはそんな、と繰り返すばかり。
セレストの訴えは当然にも聞こえるが、それで動かせるような人物ではないのを、その場の全員が理解していた。だから誰も続けて説得するような真似はしない。リリアンだけはどうにかできないかと思案していたが、なんだか妙に突っぱねる空気があって、声を掛けられずにいた。
実際、アルベルトはそれどころではなかったのだ。
さっきベンジャミンが港の騒ぎに調べを入れたところ、なんと貨物に遅れが出ているという。新たに作ろうとしているドレスに必要な部材をエル=イラーフ王国の滞在中に発注していたのだが、それを積んだ船が入港できずにいると言うのだ。
(まだ着想が仕上がっていない。部材も無い状況で、ルーファスなんぞに構っていられるか!)
セレスト達が話している間も、脳内で全力でリリアンのドレス製作をしていたのである。
生地の寸法に、装飾用の宝石の種類と数。それらはアルベルトの脳内にはっきり弾き出されているが、実際に職人が作るまで安心できない。
北の極寒地の空に現れるというオーロラ。それを映し出すエル=イラーフ王国の国宝は、その光の帯を布地に例えた。空に浮かぶ光を纏うのなら女神だろうと、かの国では女神のドレスと呼んだ輝き。それをリリアンに渡すのなら、とずっと考えていたが、素直に身に纏って貰うのが一番美しいとアルベルトは結論付けた。国宝を再現した石を作ったのは単に構想として面白そうだったからで、オブジェとしてリリアンに贈ろうと考えていた。
シルクの中でも特に輝きを返す種類のものを選び、ドレスにすればいい。そう考えているのだが肝心のドレスの色と形が決まらずにいるのだ。
本当のオーロラのように、緑を基調としても良かったが、つい先日作ったステンドグラスの夕日に染まるようなドレスも捨てがたい。
スカートにボリュームを持たせ、空いっぱいに広がる様子を表すべきか。はたまたひとつの光の帯の、繊細な移り変わりを表現すべきか。
空想してみるとどのドレスもリリアンによく似合っていた。そのせいで余計にひとつを選べない。逆に言えばそれは、決め手に欠けているという事だ。
その決め手に不可欠な最後のピースが、どうしても嵌まらない。
ぎり、と歯を食いしばるアルベルトの姿は、セレストに対して不服であると言いたげであった。実際にはまったくそんな事なかったが、心境を知らない周囲にしてみればそうとしか見えない。
そのせいで、余計にセレストの体は強張る。
「まあ落ち着け、セレスト嬢。たぶんルーファスは大丈夫だ」
「でも、マクスウェル様」
おまけにマクスウェルまでそんな風に言うので、いよいよセレストは顔色を無くす。
「そんな悠長な事を言っていていいのかい?」
さすがに気になったらしいアンバーが声を上げた。黙って様子を窺っていたリリアンも、感じていた違和感を言語化された心地がして視線を上げる。
そうして視線がマクスウェルに集まるが、弟が危険な目に遭っているというのに彼は普段の様子と変わらない。平然と頷いて腕を組んだ。
「心配いらない。城を出る前、お守りを受け取ったろう」
「お守り……?」
静かに言われて、セレストは眉を寄せる。少し考えればすぐ記憶が蘇った。
「そういえば、肌身はなさいようにと、こちらのブレスレットを」
セレストの左手首には複雑に光る石を繋げたブレスレットが嵌められている。妙にきらきらしているな、とリリアンは思っていたが、お守りというからにはただの宝石ではないのだろう。
「俺も城を出る時は常に持ち歩いてる。あいつも持たされてるんだろう?」
「ええ」
「なら平気だ。対外的にはお守りなんて言っちゃいるが、これはな、この国一番の魔法使いが作った超強力な魔道具なんだ。大抵の魔法は防ぐし、剣も銃も弾く。ちゃんと身に付けてりゃ、まず怪我はしない」
「この国一番の魔法使い、って……」
マクスウェルの言葉に大人しく話を聞いていたヘレナが呟いて、その呟きに同調するように全員が視線をとある場所へ向ける。
一同の視線を浴びるアルベルトは腕を組んだまま。何の感慨もなく突っ立っている。
「そりゃあ、安心だね」
アンバーは肩を竦めた。口元は笑っているが、どこか虚ろな目だ。彼女がなにを言いたいのか、一同ははなんとなく察した。
場所を倉庫近くのサングロー家所有の事務所へ移し、アンバーは言った。
事務所は公爵家のものらしく、しっかりした造りで内装も豪華だった。けれども倉庫街という場所柄か商談にしか使わないのか、最低限の広さしかない。ヴァーミリオンの一家とマクスウェル、クラベルとヘレナにセレスト、最低限の従者が一室に入ると、狭く感じた。
アンバーは机に凭れ腕を組んだ。その際、腰元のホルダーが机に当たり、コツンと硬質な物音を立てる。
ホルダーからは拳銃のグリップが覗いている。リリアンは、その時初めてアンバーが銃を携えているのに気が付いた。
「どうも、ルーファス殿下が首を突っ込んだみたいでね」
「まったく、あいつは……」
「そうお言いでないよ、殿下。どうやら、婚約者に良い所を見せようとした結果らしいから」
「は?」
マクスウェルが瞬くとアンバーは肩を竦めて視線を逸らす。見た先はセレストで、彼女は青い顔のまま口を開いた。
「……クロエ様が魔物調査から戻られて、わたくしは王城に呼ばれました。マクスウェル殿下がエル=イラーフ王国へ向かわれたと聞いていましたので、公務の手伝いに駆り出されたのです」
三人がけのソファには、中央にリリアン、右隣にセレスト、左はヘレナが陣取っていた。セレストを気遣っての配置だったのだが、当然のようにリリアンの隣に座ったヘレナをアルベルトが睨み付けている。そこだけ雰囲気がおどろおどろしい。
だが、やはりと言うか、ヘレナがそれを気にした様子はない。いつもの調子で身を乗り出すと、正面のマクスウェルにそっと声を掛けている。
「公務ってそんな簡単に任せていいものなの?」
「今は色々緊急事態で……」
「ふうん? トゥイリアースって、結構緩いのね」
ヘレナとマクスウェルがこそこそ言っているのを横目に、セレストは続ける。
「ルーファス様とここへ来たのは、クロエ様が労って下さったからです」
セレストが言うにはこうだ。当初の想定よりも、公務の手伝いが長引いている。本来なら二人の時間として割くべきところを、無理を言っているのだからとクロエが送り出してくれたそうだ。
羽根を伸ばすのなら少し足も伸ばしてみないかとルーファスが言って、港までやって来た。丁度船が着いた頃合いだったので、店先には他国からの交易品が多く揃っていた。
目新しい品の数々につい夢中になっていると、ルーファスが妙な事を言い出した。
「あいつは何て?」
「それが、怪しい連中がいる、と」
怪しい連中、とマクスウェルは繰り返す。それに頷いて、セレストは続けた。
「周囲の様子をつぶさに窺っていたそうです。目付きが鋭くて、とてもではないけれど、観光客には見えない、と」
「でも、それって商船の護衛の可能性もあるわよね。どうして怪しいと思ったのかしら」
「わたくしもそう思ったのですが……彼らの振る舞いを見て、ルーファス様と同じ印象を受けましたわ。何と言うか、警戒心が違ったのです。職務で気を張っているのとは別のもののような」
「君とルーファス、二人がそう感じたのなら、あながち間違いじゃないかもな」
ヘレナ、マクスウェルが言うのに、セレストは頷く。そこへ「でも」と声を上げたのはレイナードだ。
「いくら周囲の視線に敏感な立場であっても、君達は悪漢を捕らえるような訓練を受けたわけじゃないだろう。二人に見付かるくらいなら、街の者が気付いているはずだ。守衛は何をしていたんだ」
「それは、アタシらの都合になるね。事情があって泳がせてたんだ」
「サングロー公爵家が?」
「ああ。ここの所、幅を利かせてる商団があってね。連中、良くない物を運んでるってタレコミがあったのさ。規模が小さけりゃねえ、目を瞑ったんだけどね。どうにも調子に乗ってるってんで、調査をしていたんだ。それで警備も最低限、暴力沙汰にならなきゃどんなに怪しくても放置、ってね。言いようによっちゃ、ルーファス殿下はそれに巻き込まれたって事になるね」
アンバーの言葉にレイナードもマクスウェルも黙り込む。そんな事情があったのか、という顔で聞いていたレイナードは、話が進むにつれて目を閉じていった。完全にタイミングが悪い。
そんな空気を感じつつも、事情を説明しなければと心に決めているセレストは気まずそうに続けた。
「それでその、ルーファス様は……おかしな動きをしているからと、彼らの後を追って行ったのです」
「あいつ……自分から首を突っ込んだのか……」
目立つからと護衛騎士を離していたのが良くなかった。怪しい男達を追っているうち、後ろに回り込まれているのに気付かず、大した抵抗もできないまま、ルーファスは連れ去られてしまったのだという。
辛うじて悲鳴を飲み込んだセレストは、急いで大通りへ戻った。そこで護衛騎士と、巡回していたアンバーとに、ルーファス誘拐を打ち明けたのだ。
「そこで、アンバー様が罠を張っていた事と、ルーファス様とわたくしが邪魔をした事を知りました」
気まずそうに言うセレストは固く両手を握り締めていた。
護衛騎士にはきつく咎められ、アンバーには捕獲作戦を台無しにするという迷惑をかけた。セレストはルーファスの代わりに深く頭を下げるしかない。
その事に最も怒りを露わにしたのは、意外にもレイナードだった。
「ルーファス……。婚約者を放置して危ない目に遭わせるだけじゃなく、作戦もぶち壊すなんて。戻ったら強めに言うべきだな」
「そうだなぁ。公務の手伝いで体を動かしてないだろうし、しばらくあいつとも手合わせしてないからな。城に戻ったらその辺もしっかりみっちりやってやるか」
「そうだな、マクス。それがいい」
軽く言い合ってはいるが、二人からは圧力を感じる。あと、かなりのやる気も。あまり剣術が得意でないルーファスがどうなるか想像できて、セレストはもっと強く止めるべきだったと深く後悔した。
若者達が意気込む中、アンバーがそれはそうと、と話を戻す。
「調査の手前、騒がれちゃ困るってんで、セレスト嬢はアタシが保護したってわけだ」
「そうだったのか。助かる」
「構わないさ、知らない仲じゃあないからね」
言うなりアンバーはセレストと視線を合わせる。するとセレストもこくりと頷いた。
同じ公爵家同士、サングロー家とアズール家は付き合いがある。とは言え、当主のアンバーと公爵家令嬢のセレストとでは、公式の場でのやり取りはほとんどない。アンバーとセレストとは、それとは別に個人的な繋がりがあるのだ。
この国も、周辺諸国でも、貴族女性の衣装はドレスというのが定番となっている。乗馬用の装いなんかもあるが、スカートがほとんどで、女性用のズボンというのはこれまで存在しなかった。
そんな中、「この方が動き易いから」と男物を纏って社交界に出たのがアンバーだった。女当主が少ない中で公爵家という貴族社会のトップ、しかも彼女は直系の後継者を排除し、傍流の出身ながら若くして当主の座に収まったという経歴の持ち主。それが男装して現れたというのも相まって、かなりの注目を浴びた。貴族社会全体に激震を与えたと言っていい。
ただ、幸いな事に、彼女の姿は貴族女性には受けが良かった。そのお陰か波風はあっても大きな反発はなく、徐々に受け入れられていった。アンバーの真似をする娘まで現れたので、アズール家が女性の体に合う衣装を整えた。セレストもそれに携わっているのだ。
それだけでなく、アズール家で作られたものはサングロー家を経由して諸外国へ売りに出される。なので、この二家門は比較的親密な方だった。
アンバーとマクスウェル達が話を進める中で、一人セレストは思い詰めるように俯いてる。リリアンはそんな彼女を心配そうに見ていたが、そのうちセレストは、キッと顔を上げて振り返った。
「ヴァーミリオン公。どうか、ルーファス様の救出に手を貸してください」
そうして再び、思いもよらない事をアルベルトに訴える。
が、アルベルトとしてはまったく、なんの利点も意味もない要求だ。
「サングローが動いている。私が出る必要も理由もない」
「ルーファス様は閣下の甥でしょう?」
「関係ない。自業自得だ」
「そんな!」
セレストの必死な願いも、悲痛な声も、アルベルトを動かしたりはしなかった。一瞥もせず吐き捨てるアルベルトに、セレストはそんな、と繰り返すばかり。
セレストの訴えは当然にも聞こえるが、それで動かせるような人物ではないのを、その場の全員が理解していた。だから誰も続けて説得するような真似はしない。リリアンだけはどうにかできないかと思案していたが、なんだか妙に突っぱねる空気があって、声を掛けられずにいた。
実際、アルベルトはそれどころではなかったのだ。
さっきベンジャミンが港の騒ぎに調べを入れたところ、なんと貨物に遅れが出ているという。新たに作ろうとしているドレスに必要な部材をエル=イラーフ王国の滞在中に発注していたのだが、それを積んだ船が入港できずにいると言うのだ。
(まだ着想が仕上がっていない。部材も無い状況で、ルーファスなんぞに構っていられるか!)
セレスト達が話している間も、脳内で全力でリリアンのドレス製作をしていたのである。
生地の寸法に、装飾用の宝石の種類と数。それらはアルベルトの脳内にはっきり弾き出されているが、実際に職人が作るまで安心できない。
北の極寒地の空に現れるというオーロラ。それを映し出すエル=イラーフ王国の国宝は、その光の帯を布地に例えた。空に浮かぶ光を纏うのなら女神だろうと、かの国では女神のドレスと呼んだ輝き。それをリリアンに渡すのなら、とずっと考えていたが、素直に身に纏って貰うのが一番美しいとアルベルトは結論付けた。国宝を再現した石を作ったのは単に構想として面白そうだったからで、オブジェとしてリリアンに贈ろうと考えていた。
シルクの中でも特に輝きを返す種類のものを選び、ドレスにすればいい。そう考えているのだが肝心のドレスの色と形が決まらずにいるのだ。
本当のオーロラのように、緑を基調としても良かったが、つい先日作ったステンドグラスの夕日に染まるようなドレスも捨てがたい。
スカートにボリュームを持たせ、空いっぱいに広がる様子を表すべきか。はたまたひとつの光の帯の、繊細な移り変わりを表現すべきか。
空想してみるとどのドレスもリリアンによく似合っていた。そのせいで余計にひとつを選べない。逆に言えばそれは、決め手に欠けているという事だ。
その決め手に不可欠な最後のピースが、どうしても嵌まらない。
ぎり、と歯を食いしばるアルベルトの姿は、セレストに対して不服であると言いたげであった。実際にはまったくそんな事なかったが、心境を知らない周囲にしてみればそうとしか見えない。
そのせいで、余計にセレストの体は強張る。
「まあ落ち着け、セレスト嬢。たぶんルーファスは大丈夫だ」
「でも、マクスウェル様」
おまけにマクスウェルまでそんな風に言うので、いよいよセレストは顔色を無くす。
「そんな悠長な事を言っていていいのかい?」
さすがに気になったらしいアンバーが声を上げた。黙って様子を窺っていたリリアンも、感じていた違和感を言語化された心地がして視線を上げる。
そうして視線がマクスウェルに集まるが、弟が危険な目に遭っているというのに彼は普段の様子と変わらない。平然と頷いて腕を組んだ。
「心配いらない。城を出る前、お守りを受け取ったろう」
「お守り……?」
静かに言われて、セレストは眉を寄せる。少し考えればすぐ記憶が蘇った。
「そういえば、肌身はなさいようにと、こちらのブレスレットを」
セレストの左手首には複雑に光る石を繋げたブレスレットが嵌められている。妙にきらきらしているな、とリリアンは思っていたが、お守りというからにはただの宝石ではないのだろう。
「俺も城を出る時は常に持ち歩いてる。あいつも持たされてるんだろう?」
「ええ」
「なら平気だ。対外的にはお守りなんて言っちゃいるが、これはな、この国一番の魔法使いが作った超強力な魔道具なんだ。大抵の魔法は防ぐし、剣も銃も弾く。ちゃんと身に付けてりゃ、まず怪我はしない」
「この国一番の魔法使い、って……」
マクスウェルの言葉に大人しく話を聞いていたヘレナが呟いて、その呟きに同調するように全員が視線をとある場所へ向ける。
一同の視線を浴びるアルベルトは腕を組んだまま。何の感慨もなく突っ立っている。
「そりゃあ、安心だね」
アンバーは肩を竦めた。口元は笑っているが、どこか虚ろな目だ。彼女がなにを言いたいのか、一同ははなんとなく察した。
51
あなたにおすすめの小説
【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する
ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。
きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。
私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。
この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない?
私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?!
映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。
設定はゆるいです
小さな貴族は色々最強!?
谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。
本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。
神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。
その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。
転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。
魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。
ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。
山田 バルス
恋愛
結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。
また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。
大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。
かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。
国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。
スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。
ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。
後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。
翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。
価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる