世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴

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生誕祝い編

23.帰国②

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「アタシもセレスト嬢から聞いたんだけどね」

 場所を倉庫近くのサングロー家所有の事務所へ移し、アンバーは言った。
 事務所は公爵家のものらしく、しっかりした造りで内装も豪華だった。けれども倉庫街という場所柄か商談にしか使わないのか、最低限の広さしかない。ヴァーミリオンの一家とマクスウェル、クラベルとヘレナにセレスト、最低限の従者が一室に入ると、狭く感じた。
 アンバーは机に凭れ腕を組んだ。その際、腰元のホルダーが机に当たり、コツンと硬質な物音を立てる。
 ホルダーからは拳銃のグリップが覗いている。リリアンは、その時初めてアンバーが銃を携えているのに気が付いた。

「どうも、ルーファス殿下が首を突っ込んだみたいでね」
「まったく、あいつは……」
「そうお言いでないよ、殿下。どうやら、婚約者に良い所を見せようとした結果らしいから」
「は?」

 マクスウェルが瞬くとアンバーは肩を竦めて視線を逸らす。見た先はセレストで、彼女は青い顔のまま口を開いた。

「……クロエ様が魔物調査から戻られて、わたくしは王城に呼ばれました。マクスウェル殿下がエル=イラーフ王国へ向かわれたと聞いていましたので、公務の手伝いに駆り出されたのです」

 三人がけのソファには、中央にリリアン、右隣にセレスト、左はヘレナが陣取っていた。セレストを気遣っての配置だったのだが、当然のようにリリアンの隣に座ったヘレナをアルベルトが睨み付けている。そこだけ雰囲気がおどろおどろしい。
 だが、やはりと言うか、ヘレナがそれを気にした様子はない。いつもの調子で身を乗り出すと、正面のマクスウェルにそっと声を掛けている。

「公務ってそんな簡単に任せていいものなの?」
「今は色々緊急事態で……」
「ふうん? トゥイリアースって、結構緩いのね」

 ヘレナとマクスウェルがこそこそ言っているのを横目に、セレストは続ける。

「ルーファス様とここへ来たのは、クロエ様が労って下さったからです」

 セレストが言うにはこうだ。当初の想定よりも、公務の手伝いが長引いている。本来なら二人の時間として割くべきところを、無理を言っているのだからとクロエが送り出してくれたそうだ。
 羽根を伸ばすのなら少し足も伸ばしてみないかとルーファスが言って、港までやって来た。丁度船が着いた頃合いだったので、店先には他国からの交易品が多く揃っていた。
 目新しい品の数々につい夢中になっていると、ルーファスが妙な事を言い出した。

「あいつは何て?」
「それが、怪しい連中がいる、と」

 怪しい連中、とマクスウェルは繰り返す。それに頷いて、セレストは続けた。

「周囲の様子をつぶさに窺っていたそうです。目付きが鋭くて、とてもではないけれど、観光客には見えない、と」
「でも、それって商船の護衛の可能性もあるわよね。どうして怪しいと思ったのかしら」
「わたくしもそう思ったのですが……彼らの振る舞いを見て、ルーファス様と同じ印象を受けましたわ。何と言うか、警戒心が違ったのです。職務で気を張っているのとは別のもののような」
「君とルーファス、二人がそう感じたのなら、あながち間違いじゃないかもな」

 ヘレナ、マクスウェルが言うのに、セレストは頷く。そこへ「でも」と声を上げたのはレイナードだ。

「いくら周囲の視線に敏感な立場であっても、君達は悪漢を捕らえるような訓練を受けたわけじゃないだろう。二人に見付かるくらいなら、街の者が気付いているはずだ。守衛は何をしていたんだ」
「それは、アタシらの都合になるね。事情があって泳がせてたんだ」
「サングロー公爵家が?」
「ああ。ここの所、幅を利かせてる商団があってね。連中、良くない物を運んでるってタレコミがあったのさ。規模が小さけりゃねえ、目を瞑ったんだけどね。どうにも調子に乗ってるってんで、調査をしていたんだ。それで警備も最低限、暴力沙汰にならなきゃどんなに怪しくても放置、ってね。言いようによっちゃ、ルーファス殿下はそれに巻き込まれたって事になるね」

 アンバーの言葉にレイナードもマクスウェルも黙り込む。そんな事情があったのか、という顔で聞いていたレイナードは、話が進むにつれて目を閉じていった。完全にタイミングが悪い。
 そんな空気を感じつつも、事情を説明しなければと心に決めているセレストは気まずそうに続けた。

「それでその、ルーファス様は……おかしな動きをしているからと、彼らの後を追って行ったのです」
「あいつ……自分から首を突っ込んだのか……」

 目立つからと護衛騎士を離していたのが良くなかった。怪しい男達を追っているうち、後ろに回り込まれているのに気付かず、大した抵抗もできないまま、ルーファスは連れ去られてしまったのだという。
 辛うじて悲鳴を飲み込んだセレストは、急いで大通りへ戻った。そこで護衛騎士と、巡回していたアンバーとに、ルーファス誘拐を打ち明けたのだ。

「そこで、アンバー様が罠を張っていた事と、ルーファス様とわたくしが邪魔をした事を知りました」

 気まずそうに言うセレストは固く両手を握り締めていた。
 護衛騎士にはきつく咎められ、アンバーには捕獲作戦を台無しにするという迷惑をかけた。セレストはルーファスの代わりに深く頭を下げるしかない。
 その事に最も怒りを露わにしたのは、意外にもレイナードだった。

「ルーファス……。婚約者を放置して危ない目に遭わせるだけじゃなく、作戦もぶち壊すなんて。戻ったら強めに言うべきだな」
「そうだなぁ。公務の手伝いで体を動かしてないだろうし、しばらくあいつとも手合わせしてないからな。城に戻ったらその辺もしっかりみっちりやってやるか」
「そうだな、マクス。それがいい」

 軽く言い合ってはいるが、二人からは圧力を感じる。あと、かなりのやる気も。あまり剣術が得意でないルーファスがどうなるか想像できて、セレストはもっと強く止めるべきだったと深く後悔した。
 若者達が意気込む中、アンバーがそれはそうと、と話を戻す。

「調査の手前、騒がれちゃ困るってんで、セレスト嬢はアタシが保護したってわけだ」
「そうだったのか。助かる」
「構わないさ、知らない仲じゃあないからね」

 言うなりアンバーはセレストと視線を合わせる。するとセレストもこくりと頷いた。
 同じ公爵家同士、サングロー家とアズール家は付き合いがある。とは言え、当主のアンバーと公爵家令嬢のセレストとでは、公式の場でのやり取りはほとんどない。アンバーとセレストとは、それとは別に個人的な繋がりがあるのだ。
 この国も、周辺諸国でも、貴族女性の衣装はドレスというのが定番となっている。乗馬用の装いなんかもあるが、スカートがほとんどで、女性用のズボンというのはこれまで存在しなかった。
 そんな中、「この方が動き易いから」と男物を纏って社交界に出たのがアンバーだった。女当主が少ない中で公爵家という貴族社会のトップ、しかも彼女は直系の後継者を排除し、傍流の出身ながら若くして当主の座に収まったという経歴の持ち主。それが男装して現れたというのも相まって、かなりの注目を浴びた。貴族社会全体に激震を与えたと言っていい。
 ただ、幸いな事に、彼女の姿は貴族女性には受けが良かった。そのお陰か波風はあっても大きな反発はなく、徐々に受け入れられていった。アンバーの真似をする娘まで現れたので、アズール家が女性の体に合う衣装を整えた。セレストもそれに携わっているのだ。
 それだけでなく、アズール家で作られたものはサングロー家を経由して諸外国へ売りに出される。なので、この二家門は比較的親密な方だった。
 アンバーとマクスウェル達が話を進める中で、一人セレストは思い詰めるように俯いてる。リリアンはそんな彼女を心配そうに見ていたが、そのうちセレストは、キッと顔を上げて振り返った。

「ヴァーミリオン公。どうか、ルーファス様の救出に手を貸してください」

 そうして再び、思いもよらない事をアルベルトに訴える。
 が、アルベルトとしてはまったく、なんの利点も意味もない要求だ。

「サングローが動いている。私が出る必要も理由もない」
「ルーファス様は閣下の甥でしょう?」
「関係ない。自業自得だ」
「そんな!」

 セレストの必死な願いも、悲痛な声も、アルベルトを動かしたりはしなかった。一瞥もせず吐き捨てるアルベルトに、セレストはそんな、と繰り返すばかり。
 セレストの訴えは当然にも聞こえるが、それで動かせるような人物ではないのを、その場の全員が理解していた。だから誰も続けて説得するような真似はしない。リリアンだけはどうにかできないかと思案していたが、なんだか妙に突っぱねる空気があって、声を掛けられずにいた。
 実際、アルベルトはそれどころではなかったのだ。
 さっきベンジャミンが港の騒ぎに調べを入れたところ、なんと貨物に遅れが出ているという。新たに作ろうとしているドレスに必要な部材をエル=イラーフ王国の滞在中に発注していたのだが、それを積んだ船が入港できずにいると言うのだ。

(まだ着想が仕上がっていない。部材も無い状況で、ルーファスなんぞに構っていられるか!)

 セレスト達が話している間も、脳内で全力でリリアンのドレス製作をしていたのである。
 生地の寸法に、装飾用の宝石の種類と数。それらはアルベルトの脳内にはっきり弾き出されているが、実際に職人が作るまで安心できない。
 北の極寒地の空に現れるというオーロラ。それを映し出すエル=イラーフ王国の国宝は、その光の帯を布地に例えた。空に浮かぶ光を纏うのなら女神だろうと、かの国では女神のドレスと呼んだ輝き。それをリリアンに渡すのなら、とずっと考えていたが、素直に身に纏って貰うのが一番美しいとアルベルトは結論付けた。国宝を再現した石を作ったのは単に構想として面白そうだったからで、オブジェとしてリリアンに贈ろうと考えていた。
 シルクの中でも特に輝きを返す種類のものを選び、ドレスにすればいい。そう考えているのだが肝心のドレスの色と形が決まらずにいるのだ。
 本当のオーロラのように、緑を基調としても良かったが、つい先日作ったステンドグラスの夕日に染まるようなドレスも捨てがたい。
 スカートにボリュームを持たせ、空いっぱいに広がる様子を表すべきか。はたまたひとつの光の帯の、繊細な移り変わりを表現すべきか。
 空想してみるとどのドレスもリリアンによく似合っていた。そのせいで余計にひとつを選べない。逆に言えばそれは、決め手に欠けているという事だ。
 その決め手に不可欠な最後のピースが、どうしても嵌まらない。
 ぎり、と歯を食いしばるアルベルトの姿は、セレストに対して不服であると言いたげであった。実際にはまったくそんな事なかったが、心境を知らない周囲にしてみればそうとしか見えない。
 そのせいで、余計にセレストの体は強張こわばる。

「まあ落ち着け、セレスト嬢。たぶんルーファスは大丈夫だ」
「でも、マクスウェル様」

 おまけにマクスウェルまでそんな風に言うので、いよいよセレストは顔色を無くす。

「そんな悠長な事を言っていていいのかい?」

 さすがに気になったらしいアンバーが声を上げた。黙って様子を窺っていたリリアンも、感じていた違和感を言語化された心地がして視線を上げる。
 そうして視線がマクスウェルに集まるが、弟が危険な目に遭っているというのに彼は普段の様子と変わらない。平然と頷いて腕を組んだ。

「心配いらない。城を出る前、お守りを受け取ったろう」
「お守り……?」

 静かに言われて、セレストは眉を寄せる。少し考えればすぐ記憶が蘇った。

「そういえば、肌身はなさいようにと、こちらのブレスレットを」

 セレストの左手首には複雑に光る石を繋げたブレスレットが嵌められている。妙にきらきらしているな、とリリアンは思っていたが、お守りというからにはただの宝石ではないのだろう。

「俺も城を出る時は常に持ち歩いてる。あいつも持たされてるんだろう?」
「ええ」
「なら平気だ。対外的にはお守りなんて言っちゃいるが、これはな、この国一番の魔法使いが作った超強力な魔道具なんだ。大抵の魔法は防ぐし、剣も銃も弾く。ちゃんと身に付けてりゃ、まず怪我はしない」
「この国一番の魔法使い、って……」

 マクスウェルの言葉に大人しく話を聞いていたヘレナが呟いて、その呟きに同調するように全員が視線をとある場所へ向ける。
 一同の視線を浴びるアルベルトは腕を組んだまま。何の感慨もなく突っ立っている。

「そりゃあ、安心だね」

 アンバーは肩を竦めた。口元は笑っているが、どこか虚ろな目だ。彼女がなにを言いたいのか、一同ははなんとなく察した。
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