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海星

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見当識

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 人間の認識などはいい加減なものだ。

 「相手がどこにいるか」などを認識する事を「見当識」という。

 右側が見えていても全く認識出来ない、気にならない障害の事を見当識障害という。

 魔術師は人の見当識を騙す事が多い。

 実際に透明になる魔術もないではない。

 だが、それはとても高等魔術なのだ。

 洋子先輩の特技は隠密行動であり、自分の存在を敵に悟らせないようにする事だ。

 だが洋子先輩は透明にはなれない。

 相手の見当識を騙すのだ。

 

 洋子先輩は隣にいても洋子先輩を誰も認識出来ない魔術を使っていた。

 そしてピンチになった時にこうやって姿を現す。

    機械工学研究室の少女は洋子先輩がいるとは本当に思っていなかったようだ。

    大宣が勘の良さで「何か嫌な予感がする」と言い、菅原さんがダウジングで敵のだいたいの潜んでいる場所を示したので、洋子先輩はいつでも登場できるようにスタンバイしていたのだ。

    化学研究室の面々は敵がそろそろ現れる事は認識していたが、ぶっちゃけここまでの強敵だとは思っていなかった。

    その強敵ぶりは「ここに倒れている者達全てが敵になったら洋子先輩がいても負けるかも」と思われるほどで全員が思っていた以上の強敵だった。 

    なので戦闘担当の大宣の責任は重大であった。

    だが機械工学研究室の少女は想定外の事態に少し焦っていた。

    想定では洋子先輩はいない予定だったのだ。

    予定では大宣をゾンビにする。

    すると菅原さんと小紫さんは大宣のゾンビに攻撃出来ない。

     倒した菅原さんと小紫さんもゾンビにして、ここで加えたゾンビ数百匹と共に化学研究室を攻める。

     化学研究室の魔術師を減らすだけでなく、もしかしたら洋子先輩の知り合いがゾンビになっている事で反撃出来ないかも知れない。

    こんな作戦だったのだ。

    なのにフタを開けてみるとそこには洋子先輩がいた。

 洋子先輩の素早い判断で一人の生徒もゾンビに出来ていない。

    しかも洋子先輩は大宣がゾンビになっても、全力で攻撃する事を躊躇わないという。

    機械工学研究室の作戦は失敗だ。

    だがそれを匂わせてはいけない。

    もう二度と攻撃するチャンスは来ないかも知れない。 

    少女は机に手を翳し呪文を唱えた。

    すると机が捻れて大宣へと襲いかかった。

 大宣は机と椅子を相手にしなくてはならなかった。

 「2対1だよ!絶対的ピンチだよ!」大宣は椅子を振り回しながら喚いた。

 「今、大宣君が戦っているのは敵の道具よ。大宣君の敵はあの女の子一人だけ、別に椅子に勝っても誰も褒めてくれないわよ」洋子先輩がわたわたする大宣を笑いながら言う。

 「コイツら、ほっとけば良いんですか?」大宣は椅子を振り回しながら洋子先輩に聞く。

 「魔術師が道具に戦わせるのはよくある話ね。

 戦いのコツは、道具の攻撃をかわしつつ敵本体に攻撃する事!

 ネクロマンサーの出すゾンビや低級精霊をいちいち相手にしていたら私ですら苦戦するわよ。

 ネクロマンサーと戦うコツを伝授します!

 『まず最初にネクロマンサーを倒す事!』

 そうすればネクロマンサーの魔力で動いているゾンビや低級精霊は動きを止めるわ。」洋子先輩は大宣にアドバイスした。

 「そういう事は最初に言って欲しかったですね。

 一生懸命椅子を相手にしてた俺がバカみたいじゃないですか!

 でもアドバイス感謝です!」大宣は洋子先輩に向かって叫んだ。





 そう、ネクロマンサー本体は大抵戦闘能力をほとんど持たない。

 なのでゾンビなどに自分の護衛をさせながら戦うのだ。

 椅子や机に戦わせたのは「ゾンビ、つまり自分の護衛がいないから」であり「攻撃は最大の防御」とばかりに大宣を攻める事で自分に防御策がない事をごまかしていたのである。

 つまり逆に考えると「椅子や机の攻撃をかわせばネクロマンサーとタイマンの肉弾戦に持ち込める」という事だ。






 すでに化学研究室の作戦勝ちだ。

 洋子先輩が運搬作業が忙しいとは言え、一瞬作業から離れられない訳ではないし、離れたその一瞬でネクロマンサーをほふる事は可能だった。

 だが洋子先輩は戦闘に手を出さない。

 大宣に戦わせようと思っていたのだ。





 大宣はネクロマンサーに攻撃をしかけようとする。

 そうはさせまいとネクロマンサーの操る椅子が大宣に攻撃する。

 その椅子の攻撃を防ぐ物がいた。

 先ほどまで大宣が手に盾替わりにしていた椅子である。




 大宣が盾替わりにしていた椅子はネクロマンサーが操っているイスのように自在に捻じれたりはしない、イスがそのまま動いているといった感じだ。

 ネクロマンサーは目を見開いた。

 自分の魔術が真似されたのか?

 いや大宣が使った術式はネクロマンシーではない。

 そう思ったのはネクロマンサーの少女だけではなかったようだ。

 ネクロマンシーが大嫌いな洋子先輩は「大宣君!もしかして真似してネクロマンサーの魔術使った?」と不機嫌に言った。

 「使ってませんよ、濡れ衣です!無罪です!

 そのおっかない目はやめて下さい。

 そんな魔術使わなくても手を使わずに物を動かせる魔術を使える人が身内にいるじゃないですか!?それを真似したんです!」大宣は慌てて叫んだ。

 そう、いつも癖のように消しゴムを立てたり寝かせたりしている少女が化学研究室にはいる。

 小紫さんは緊張したり、ストレスを感じると無意識に周りにある物をガタガタと動かす癖がある。

 それを大宣達は「あ、またポルターガイストが始まった」などと笑いながら小紫さんをからかっていたのだ。

 その魔術を発展させたのが今洋子先輩達が行っている手を使わず物を動かす運搬作業なのだ。

 運搬魔法は何度やっても大宣だけは修得出来なかった。

    その原因は「指導者がいなかったから」だけではない。

    大宣は戦闘の中で魔術を身に付けていくのだ。

 なので大宣は戦闘の中で運搬魔術に違う使い道を見つけてしまったようだ。




    ネクロマンシーの長所というと「数多くの物を自律して動かせる」という事だろう。

    ネクロマンサーは精霊、死霊、悪魔を使役する。

    会社で上司が部下に司令して部下が上司の司令に従って動いているようなものだ。

    つまりネクロマンサーに使役されている者は命令は聞くが自分の判断で動いている。

    その判断が正しいか優れているかは優れたAIを作ったプログラマーが評価されるように、ネクロマンサーの能力として評価される。

    短所は何と言ってもネクロマンサーはネクロマンシーの行使中、他の魔術は使えない、と言う事だ。

    理由は精霊、死霊、下級悪魔の召喚に全ての魔力を使ってしまうからだろう。







    大宣は机と椅子を同時に動かした。

    小紫さんは同時に4つまで物を動かせるが、大宣は同時に物は動かせないと思っていた。

    動かせないからこそ運搬は無理なのだ。

    一人の人間を運べば良いのならその一人をおぶれば良い。

    他の研究室の面々も練習により3か4は物を動かせる。

    なので、ぶっつけ本番で2つ物を動かした自分を誉めてあげたい。

    椅子vs椅子、机vs机が繰り広げられている横を大宣は通り抜けネクロマンサーの少女の前についに到着した。

    アタフタした少女は周りを見回し何か使役出来る物がないか探す。

    大宣の通っている大学は造りが古い。

    講堂の机や椅子は床に固定されている物がほとんどだ。

    その昔学生運動が盛んな頃、机や椅子は床に固定されていないとバリケードとして使われる事が多かったからだ。

    後から導入された机や椅子は床に固定されていないが、それらは今まさに机同士、椅子同士で戦闘を繰り広げている。

    「やっと追い詰めたぜ。

    俺は生まれて初めて女の子を殴るぜ・・・」大宣は訳のわからない覚悟を決めているらしく、何か訳のわからない事を呟いている。

    「ふ、ふん!

    やれるものならやってみなさい!

    な、何!?

    消えた!?」ネクロマンサーの少女は何かに驚いているようだ。

    「行くぜ!!!!!

    『必殺男女平等パンチ』!!!!!!!」

    大宣は叫びと共にネクロマンサーの少女を殴り倒した。

   少女は殴られただけではなく、頭を軽く打ったのか「きゅ~」という表現が似合う感じに可愛らしく失神していた。

    少女が失神した瞬間に彼女に使役されていた机と椅子が普通の机と椅子に戻った。

    洋子先輩は近づいてくると腰につけていたポーチの中から布テープを取り出すと少女の手足を布テープでグルグルに拘束し布テープで口を塞いだ。

    「ネクロマンサーは必ず魔術を使う時呪文を口にするわ。

    だからこうやって布テープで口を塞げば、ネクロマンシーは使えないって訳」洋子先輩は何食わぬ顔で講義を始めた。

    「それより他に言わなきゃいけない事があるんじゃないですか?」

    大宣は洋子先輩に戦わされた事を根に持っているようだ。

    「他に?

   あぁ、紙ガムテープはダメよ?

    重ねて貼れないからグルグル巻きには出来ないからね」洋子先輩は思い出したように言う。

    「そういう事じゃありま・・・」

    何か言おうとした大宣を洋子先輩は手で制し気になっていた事を大宣に聞いた。

    「この子が倒れる前に大宣君を見失って『消えた!?』とか言ってたでしょ?アレって何なの?」

    「あぁ、アレですか?カウンターで殴られる可能性もあったから洋子先輩の真似をして見当識を消したつもりだったんですけどねぇ・・・

    洋子先輩には俺は見えてたんですよね?

    彼女だけでしたね、俺が消えて見えてたのは。

    魔術失敗ってヤツです。

    ホラ、よく小紫さんが魔術で洋子先輩にしごかれながらポルターガイスト起こしてるでしょ?

    魔術を使いながら物を動かせるって事じゃないですか。

    だから椅子や机を動かしながら見当識を消そうとした訳です。

    まあ失敗に終わった訳ですから気にしないで下さい」大宣は恥ずかしそうに言った。

    洋子先輩は驚いた。

    洋子先輩が見当識を消す魔法は習得に3年以上の修行期間を必要とした。

    不完全とは言え大宣は戦闘の中のぶっつけ本番で、見当識を消す魔法を行使したのだ。

    そして大宣は使えなかった運搬魔法を戦闘の中で少し使えるようになった。

    「戦闘民族か・・・冗談じゃないのかもしれないわね」洋子先輩は大宣に聞こえないように呟いた。







    後日、洋子先輩が契約書を持って研究室を訪れた。

    大宣達はその契約書を覗き込む。

    その契約書にはこう書かれていた。

『我々、機械工学研究室は化学研究室に絶対服従します』

    魔術師にとって契約は絶対だ。

    悪魔と使い魔とすら契約を結ぶ。

    契約書に書かれている内容を違える事は「魔術師を辞める事」にほかならない。

    洋子先輩がどうやって機械工学研究室の連中に契約書を書かせたのか怖くて聞けない。





    「最近本当に誰も殺さなくなった。

    こないだも殺さず運搬して助ける方法を選んだ。

    私らしくない。

    あの子達の甘さが私に伝染したかしら?」洋子先輩は呟いた。
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