鋼鉄のアレ(仮題)

海星

文字の大きさ
上 下
2 / 20

戦後

しおりを挟む
街に出て思った。
戦争の爪痕が残っているのは予想通りだったが、あまりにも人がいない。
そして大戦から30年時間が経過しているはずなのに、あまりにも修復されていない、つい最近まで戦争があったようだ。
「大戦で我々はたくさんの物を失いました。基本的に地球上は天然資源も食料もそれほど残されていません。私たちのように医療などの生命維持活動に関わる者、発電所や水道局などライフラインに関わる者、最低限の食料生産に従事する者を除き活動している者はほとんどいません。活動を減らす事で、この何もかもが不足している社会で天然資源を節約しているのです」俺を案内していた看護師の女性は言った。
「活動していない者達は何をしているんだ?俺がそうだったようにコールドスリープしているのか?」俺は看護師に尋ねた。
「いえ、コールドスリープには費用がかかります。そういった目的でコールドスリープした富豪がいない訳ではありませんがそういった話はレアケースでしょう。大概の金持ちは先の大戦で命を落としましたし、生き残っている金持ちは徴兵逃れのために莫大な賄賂を支払えた大富豪です。そんな大富豪は一握りしかいません。現実で生活出来ないなら『仮想現実』の中で贅沢な暮らしが出来るじゃないですか。彼らは今『仮想現実』の中でコミュニティを築き生活をしています。現実社会で労働している我々も仕事が終わると『仮想現実』のコミュニティに帰ります」看護師は当たり前の事を言うように言った。
俺は激しく混乱して彼女の言う事を遮った。
「ちょっと待ってくれ。『仮想現実』の中で生活出来る訳ではないだろ?例えば『仮想現実』の中で食料を食べても実際には腹は膨れないし、栄養を体の中に入れる事は出来ないんじゃないか?」
「『仮想現実』の中で出来ない事も当然あります。ですが現実社会で出来ない事もあります、それは「贅沢」です。あなたは『仮想現実の中で生活は出来ない』と言いましたが、仮想現実の中と現実社会の中でどちらが出来ない事が多いか、と聞かれたら私は迷わず現実社会を選びます。確かにあなたが言った通り、食事は仮想現実の中でも出来ますが仮想現実の中で食事をして空腹を実際に満たす事は出来ません。排泄なども出来ません。人間の生理現象に関わる事はほぼ出来ないと思っていただいて間違いないでしょう。『仮想現実』のコミュニティに入るには横になりヘッドセットを付けるのですが、『仮想現実』に籠っている時間が長い者は『廃用症候群』と言い、身体機能が衰えます。現実の社会で仕事を持っている者を除き、週に140時間は『仮想現実』で生活する事が義務付けられていますが、だいたいの者は最寄りの病院のトレーニング施設で週に一回は運動で汗を流します。いくら『仮想現実』が進化しても現実の生活がなくなる訳ではありません。現実社会では基本的に配給制の流動食なのですが、流動食では腸が退化するので週に二回は合成の固形物が配給されます。とてつもなく不味いですが・・・『仮想現実』で美味しい物を食べ、着飾り、趣味を満喫し・・・現実でほとんど何も出来ない事を我慢するのです。現実社会と仮想現実は別だからこそ分けて考えなくてはなりません、でなければほとんど何もない時代を我慢するために『仮想現実』のコミュニティが形成された意味がありません」看護師は説明した。
俺は看護師の言った「趣味」の一言に反応した。この荒野とか廃墟という表現すら生易しい街並みを見てしまい、「食事は生命を繋ぐための物で嗜好品ではない」と言われてしまったら、生き甲斐を趣味に見つけるしかないだろう。俺のコールドスリープする前の趣味はゲームであった。俺が生活していた20世紀末頃は『仮想現実』『バーチャルリアリティ』という単語は主にゲームの中で用いられていた。
そして俺がやっていたゲームは『仮想現実』を世界観とした対戦ロボットゲームだった。
この時代にもそういっ世界観のゲームは存在するのだろうか?そもそもこの時代にゲームは存在するのだろうか?
何事も体験してみる以外にない。
俺は案内してくれた看護師に尋ねた。
「俺を『仮想現実』の世界に案内してくれないか?」


しおりを挟む

処理中です...