鋼鉄のアレ(仮題)

海星

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適正検査

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    俺が倒した二人組・・・彼女たちは軍部に注目されていた。
    彼女たちの行動は軍部に監視されていた。
    彼女たちが注目された原因というともちろん彼女たちの戦績もあるが、それ以上に彼女たちが「遺伝子的に優れている」からだ。

    そんな彼女たちがどこの馬の骨とも知れない二人組の男女に敗れた。
    しかも彼女たちを負かした二人組は、人口授精ではないらしい。つまり、どこぞのロバにサラブレッドが敗れたのだ。おまけに一人はこの時代の人間ではなく、コールドスリープから目を覚ましたばかりらしい。
    コールドスリープが新技術として産まれ、最初に臨床試験として7名がコールドスリープした。その中で、この時代までコールドスリープしていたのはイチロー一人だ。
    この時代「人工授精」「男女産み分け」された者がほとんどだし、そういった者が血縁者にいない者などはイチローを除いて皆無であった。
    つまり「誰よりも血統的に優秀であるはずの人間が誰よりも血統的に劣っているはずの人間に負けた」という事だ。これは事件だ。
    イチローはゲームをしただけのつもりだったが、彼の行動が監視される充分な理由を作ってしまったようだ。

 目を醒ましたら身内は既に死んでいた。天涯孤独であった。イチローが元いた世界ならばこの状況にショックを受けない人間はいない。だがこの時代では家族関係は希薄でイチローの心情を理解出来る人間は少なかった。
 イチローの心情を理解出来る数少ない人間が母親と一緒に生活していて人工授精ではないリサであった。
 イチローは「身内が全て命を落とした」という事実を受け、少なからずショックを受けていた。リサはイチローがショックを受けていると「彼を今一人にしてはいけない」と上司に直訴した。
 リサの母親は半分廃人だったがリサにとっては大切な家族であり、リサは家族を失ったイチローの気持ちを唯一理解出来た。
 リサの優しさに押しつけがましさはなく「私はこれだけの事をあなたにしたのだから・・・」というアピールが一切なく、下手をしたら親切心に気付かない可能性もある。

 イチローはリサの家がある公団住宅のような住居の横に住む事になった。
 この時代の人間は住む場所に頓着しない。
 まるで死後極楽浄土に行く事を望み現世利益を求めない僧侶のようだ、とイチローは何となく薄気味悪く感じた。だがイチローの感じた薄気味悪さはあながち的外れではない。仮想現実世界での幸せを求める考え方のモデルになったのが、中世の仏教の考え方であった。人間は目的・目標なしに努力、我慢は出来ない。・・・であれば目標を現実世界に置かなければ良い。現実世界には物資も希望もなく何も望めないのだから。現実に何も望めないのは中世と同じだ。変わった事と言えば科学の進歩だけだ。
 ひたすら「南無阿弥陀仏」と唱える時間で、仮想現実世界に飛び込んでいるのだ。それだけの違いだ。根本的に何も変わらないのに現実逃避しているのも同じだ。

 リサに案内され役所へ行き住民登録した。お役所仕事で住民登録に時間がかかるのかと思っていると機械に名前とパーソナルデータを簡単に打ち込むだけで後はカメラを覗き込むだけで手続きは一分かからないで終了した。
 「何でカメラを覗き込まなきゃダメなの?」とリサに聞くと「整形して顔を変えたり、手や足や耳を切り落として個人を特定させない事は出来ても、角膜を登録するのが一番他人に成りすませないらしいわよ。目を潰せば個人を特定出来ないかもしれないけど目を潰して手足を切り落とした人が悪い事は出来ないでしょ?」とリサは答えた。
 カメラを一瞬覗き込んだだけで角膜の登録と住民登録が終わったらしい。イチローは未来へ来た事を再確認した。
 役所には職員も訪れる人もおらず無人であった。役人がいないわけではないとの事だ。役人の大半が仮想現実世界にいるらしい。役場は仮想現実世界にもあり、現実世界での手続きも出来るとの事だ。・・・というより、仮想現実世界で各種手続きするのが普通らしい。だがイチローのように、コールドスリープから目覚め例外的に病院から仮想現実世界へ飛び込むしかなかった者は仮想現実世界の役場に行く手段がない。
 イチローは病院の特別な許可とリサの厚意があり例外的に少しだけ仮想現実世界に行く事が出来た。だが昔にコールドスリープしたイチローのような者は現実世界で住民登録などの各種手続きをするしかない。
 イチロー宅の不動産屋での手続きもリサが仮想現実世界で前もってしていた。
 普通、若い年頃の男を隣に住ませるなどという事には慎重にならなくてはいけない。
 だがリサに限らずこの時代の女性は男性の危険性を知らない。
 なので家に入っていくイチローを物珍しそうに女性たちがドアを開け顔を出し各世帯から覗き込んでいた。この時代人間がいないと思っていた。これだけ人間がいるんだ。どういうネットワークなんだろうか?「近所に男が引っ越してきた」ってどうやって伝わったのだろうか?
 「それじゃここで。私隣に住んでるから何かわからない事があったら来て。あ、それと一日のほとんどを仮想現実世界で過ごさなきゃいけない決まりだからベッドの横に付いてる端末で仮想現実世界へ飛び込んでね。飛び込んだらすぐに仮想現実世界の中で家探すんだよ?」
 リサのお節介にイチローは苦笑した。

 イチローは家の中に入るとすぐにベッドで横に横になりヘッドセットをつけた。
 イザナミが出来る闘技場のそばに家を借りよう。いつでもゲームが出来るだけではなく、リサと仮想現実世界でもご近所さんになれる。

 闘技場のそばを座標指定して仮想現実世界に飛び込む。
 だがそこで待っていたのは軍服姿の女性であった。

 「亙一郎だな。お前にパイロットとして適正があるか検査させて欲しい」
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