鋼鉄のアレ(仮題)

海星

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少尉

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 イチローは突然現れた軍服姿の少女を見つめた。
 少女は小柄でスレンダーであり、そしてとても美少女であった。
 どう考えても自分と同年代だ。なのになぜか偉そうだ。
 
 「間に合ってます」
 イチローはそう言うと無視して歩き出した。
 美少女に突然街中で声をかけられたら絵と称して版画を法外な値段で買わされる。イチローの知り合いのゲーマーは五千円くらいで買えるイルカのシルクスクリーンの版画を五十万円払わされたらしい。それを警察に泣きついても「リンゴを百円で買うか、百万円で買うかは当人同士が決める事です。いくらで売っても犯罪行為にはあたりません。クーリングオフしたいのであれば消費者センターに問い合わせてください」と相手にしてもらえなかったという。だがクーリングオフ出来ないように問い合わせ先を教えられていない、事務所の場所がわからないので「五十万円の授業料を払った」と思うしかなかったとの事だ。

 イチローは軍服の少女を、噂に聞いていた「絵売りの女」だと思った。モテない男の下心に付け込んで、大金をせしめる魔性の美女・・・「残念だったな、俺はそんなモノにダマされねーぜ」と思いながら軍服の少女を無視する。

 イチローのコールドスリープがもう少し後であれば、秋葉原ではコスプレした少女は珍しくなくなっている。
 だが、イチローがコールドスリープした時代では秋葉原は電気街であり、萌えの街ではない。だがイチローは頻繁に秋葉原へ行っていた。何故かというと秋葉原には大きなゲームセンターが沢山あったし、『秋葉原シガ』というゲームセンターは『仮想兵器シリーズ』の聖地と言われ、対戦が盛んであった。
 イチローが知っている秋葉原と言えば、駅前にはストリートバスケのコートが立ち並んでいて、ワゴンでストッキングを売っているうさん臭いオヤジとそれに群がる外国人・・・というイメージでその後の秋葉原などは想像出来ない。だが当時から「絵売りの女」だけは存在したようで、「秋葉原がモテない男とモテない男を騙す美女が集結する街」というのは変わっていなかったようだ。

 イチローにシカトされた少女は憤慨した。
 「何で私を無視するのよ!私は軍人よ!あなたには『公共の福祉』に従って、私の話を聞く義務があるんだから!」

 気付くとイチローと少女の周りには見物人達があふれていた。
 男が珍しい社会で男が軍人と言い争いをしているのだ。そりゃ野次馬も出る。

 「ここで話をするのは目立ちすぎるわね。私に着いて来てちょうだい」
 少女が先導して歩き出した。

 イチローは無視して闘技場へ向けて歩いた。
 「何で私を当然のようにシカトしてるのよ!?私が歩き出したら普通ついて来るでしょう!?」
 少女は金切り声を上げてイチローにツッこんだ。
 「何が悲しくて自分から絵売りについていかなきゃいけないんだよ?んなもんシカトするに決まってるだろ」
 イチローが鬱陶しそうに言う。

 イチローは自分の言動に驚いていた。
 かつての自分ならコンビニの店員が少し可愛い店員なら意識してしまい、目を合わせる事すら出来なかった。
 なのに美少女に対し普通に言い返している。かつての自分であれば舞い上がってしまい絵売りの絶好のカモであっただろう。
 「恋をし始めた頃には他の異性が石ころに見える」というが本当らしい。
 イチローは街中で見かけたほんの少し好みな女の子を意識していた。そんな女の子が店員をやっているコンビニで手をギュッと握られたりするとときめいたりした。・・・なのに美少女に「ついてこい」と言われても「命令するな」としか思わない。「恋愛すると女は変わる」などと言うが、男だって変わるんだとリサに恋をしたイチローは考えた。
 だがイチローは知らない。他の異性が目に入らなくなるのは本当に最初だけなのだ。だんだん恋愛状態に慣れ始めた男は他の女の子を注目し始める。これが「アイツ、あんなに可愛い彼女がいるのに何で浮気するんだろう?」と言われる原因だ。

 軍服を着た少女は他の少女と違い、軍隊内で男性を数多く見て、接触している。
 「男という生き物は女に対して下卑た劣情を抱く最低の生き物だ」と思っていた。
 軍部にいる男たちを弁護する訳ではないが、この時代の女性たちは男性にとって結婚どころか性行為の対象ですらない。
 男に興味がない女性はとことん興味がないし、それが普通であった。
 だがそれで男性の性欲が消える訳ではない。
 女性に相手されなくなった男性は仮想現実世界で仮想バーチャル彼女を作って性行為をした。
 イチローが元いた時代であれば「エロゲ」と呼ばれていた物で男たちは性欲を発散していたのだ。
 何とも男性は憐れであるが、そんな男性たちを知っている女性たちは男性を汚物のように思っていた。
 だがイチローにはこの時代の男性特有の「あわよくば感」が一切なかった。
 女性に媚びへつらう感じとでも言えば良いのか?
    いや、リサに惚れていなかったらイチローもこの時代の男たちと同じように品性下劣な感情を抱いていたかも知れない。
 軍服の少女は、そんな見下げた男性の本能だと思っていた感情をイチローが抱いていない事を知り、イチローに興味を抱いた。

 この時代基本的に男性は必要とされていないし、ほとんど産まれない。
 だが、必要最低限の男性は産まれた。軍部でも男性は必要だと言われていたし、新しい血統を残すには過去の人間の冷凍精子だけでは近親交配が進んでしまうし、今は良いがその内に冷凍精子も尽きてしまう。
 新しい冷凍精子を産み出すためにも少しは男性は必要とされた。
 だが、如何せん女性社会である。男性の地位は低い。法律で差別は禁じられ、男女の性差別は行われてはいけない事になっているとは言え、差別は根強かった。
 軍服姿の少女もそのような考えの持ち主だった。

 「軍隊にいけば他の男達もいるんだろ?別について行っても良いけどさ・・・知らない人について行くなって教育を受けてるんだ。せめてアンタの名前くらいは教えてもらえないか?いや、軍隊っていったらこの時代でも秘密主義なんだろうけど、アンタの名前くらいは教えてくれても良いんじゃないか?」イチローは少女に言った。

 「私には貴様のようなファミリーネームはないわ。この時代家族という概念は希薄なのよ、ファミリーネームがない事は珍しくはないわ。私の名は大河たいがよ。階級は少尉だから『大河少尉』と呼べば良いわ」 
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