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第二章

第十幕 ニチジョウ1

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「……ねぇ、碧クン?」

 今までならぜっっったいに無視してたであろうその声。素直に返事をしてやったら、それにかなり驚いた顔をしたケイコは、気が変わる前にとでも思ったのか無駄口も叩かずにと恐々言ってきた。

「あの事故の時の事っていうの、何があったか聞いてもいーい?」

 あの後、ケイコは一時帰宅し、そしてホンの二、三日で帰って来やがった。衣装が替わっていて、着替えに帰ったのかと聞いたら、クリスマスも終わったからと普通に言われて、むかついた。

「なんだ、知らないのか?」

 今度は紋付き袴で正月モード。色は紅色、その上にサンタの時も付けていたキーホルダーやら手に平サイズのぬいぐるみ達を繋げてじゃらじゃらとタスキのように掛けている。

「いっ、いやぁ~、知ってるといえば知ってるけど碧君はあの時どう思ってたのかなと思って」
「……どうねー」

 どうみても衣装に似合わない、そのぬいぐるみにストラップにキーホルダーはケイコの趣味ではないらしい。例の上司が寄越すものだと嘆いている。ちなみに衣装を選択、決定しているのもその上司。

 お土産に見えなくもないそれらだから、神様でも旅行するものかと尋ねたら、お土産ではなく指令書なんだと言い出した。

「今まで他人に見えないものが見えること隠してきたのは、その事があったからでしょ?」
「別にそういう訳じゃない」

 その一つ一つに仕事の内容が入っていて、上書きする形でそれに記録し報告書として提出するからどんなに嫌でも棄てられないらしい。じゃあ天使はみんなそれを持っているかと言えばもちろんそんなことはないらしく、単純に上司に嫌がらせと言うことだ。哀れなケイコ…。ホント同情するよ。

「うそだぁー」

 そしてその上司を僕は知ってる。ケイコが半泣きになってまで僕に上司の愚痴を言うのはあの時のことを根に持っているからだ。

  あの時と言うのは僕が七歳。正確には七歳最後の日だったけど、その日みなみちゃんの友達の家に二人で遊びに行った。

「嘘じゃないよ、その前から祖父ちゃんに知られない方が良いって言われてた」
「でもでもあの時碧クンさーあ、みなみちゃんの友達にオバケが見えるって言ったじゃん」

  その頃には既にオカルトオタクとなっていたみなみちゃんは、その子の家でも妖怪の存在について熱く語っていた。
 そのうちその友達は言い出した、全部嘘なんでしょって。
「まだ子供だったから、みなみちゃんが嘘つきって言われるの嫌だったんだよね」
「それだけであんなに危ないことしちゃったのぉ!」
「そう。今だったらあの子が怒りだした理由もよく分かるけど、あの時はみなみちゃんの疑惑が晴れるなら何でもやれたな」

  それは些細な嫉妬だった。

  あの子は飛鳥の事が好きだったから、いつも気に掛けられてるみなみちゃんにヤキモチを妬いていた。

  さらに言うと、賢いねと大人達に持て囃されていたのも気に入らなかったのかもしれない。
  だからみなみちゃんを陥れることを探してた。子供だから本人もそこまで分かって言ったとは思わないけど、子供だったからこそ引き際ってのが分からなかったのだろう。

「それにしたってさ、碧君ならどれだけ危険か分かったでしょ? 結局三ヶ月も入院しちゃってさ」
「あんな寺に変なもの封じとくから悪いんだろ」

 つまるところ証拠を見せろと言われて、近くの寺にあった妙な祠に行ってエライ目にしまったのが結末だった。けどその祠がヤバすぎたのだ。

「触らぬ神に祟り無しって言うでしょ! 碧君の人生であの祠の事だけは全く理解できない!」
「仕方ないだろ、死なない可能性が一番高かったのは僕が行く事だったんだから」
「死ぬ可能性のが高かったでしょ?! 現に一ヶ月も意識持ってかれてたじゃん!」
「そんなに興奮するなよ」

  その祠には神様とやらが封じられていた。神様だけどかなりガラが悪い奴で、封印されてるくらいだから仕方ないが、そのくせかなり力のある神だった。それがケイコの上司。

 後にみなみちゃんがどこの何さんか調べてくれたが、右から左で聞いてたから忘れちゃったな。

「碧が起こしたあいつ! あいつマジで最悪なんだから。向こうに帰ってからもめちゃめちゃでさ、それなのにボクなんか足元にも及ばないほど力が強いから逆らえないしッ。今扱使われてるのも、ボクが不幸なのも全部ぜーーんぶっ!! 碧のせいだからね」
「カワイソウダナー」
「全然気持ちこもってない!!」
「祠壊したの僕じゃないし、一応止めたし」
「だからって共犯には変わりない!」
「職場の不平を僕のせいにするな」
「でもでもぉ~」
「あおいくーん、まだケイコさんいるのぉ?」

 気がつくと部屋のドアからみなみちゃんが顔を出していた。

「悲しいことにまだいるよ」
『悲しいって何だよ!』
「そうなのぉー! 何してるのぉ?」

  ケイコはもと通り、僕以外には姿も声も届かなくなっている。でも実は出現の呪文はいつでも使える。が、ケイコにあれこれしゃべられるのは面倒なので使わない。

 いや寧ろケイコのためにわざわざそうしてやっているのだ。
 部屋に来たみなみちゃんは、ケイコのことをひとしきり聞くと、研究魂に火がついたのか実験の準備をしに、部屋から去っていった。

『なんかみなみちゃんといると緊張するなー、見えてないって分かっててもドキドキ』
「今でも姿が見えるなんて知れたら、お前引ん剥かれて何をどう調べられるかわかったもんじゃないからな」
だから見えないことにしたのだ。
『うぅー、コワイ……』

 想像したのか暫くぶるぶると震えていたが、何を思いついたのかひたっとこちらを見た。

『あのさー碧、もう一つ聞いていい?』
「ん?」
『碧さ、いっぱいいろんな術使えるのはなんで? おじいさんに習ったにしては変なのばっかり。子供にあんな攻撃的なの、普通は教えないよね?』
「…お前、本当に何にも聞いてないんだな」
『へ?』
「確かにじいちゃんに教わったのは、力のコントロール方法と万が一のための防御術だけ。祓ったり封じたりってのは子供だまし程度しか教えてもらってない」
『……じゃあ、何で使えるの? もしかして自分ひとりで練習したの? みなみちゃんを守るためとかで』
「残念、不正解。こんな能力、活用しようなんて思ったのは今回が初めてだよ」
『じゃあ誰に教わったの?』

 ため息を一つ漏らしてそれと一緒に答えを吐いた。

「お前の上司だよ」
『………? え? えぇーーー!』
「五月蝿い」
『それっ、それってもしかして、碧が意識不明になってた時にってこと?』
「あいつホントマジ性格悪いよな。使えそうだからって一緒に天界だっけ? そこに連れて行かれて。帰りたいって言ったら、俺様を倒していけたらとか言いやがったんだぞ。できないの分かってて平気でそうな事言うから神様は悪魔だったんだって心底思った。でも意地でも生き返ってやろうと思って、あいつの側近になるための特訓って奴を、真剣に頑張ったんだ。それであいつの隙をついて、寝込み襲って、帰って来たんだよ。それが俺が一ヶ月意識不明だった時の真相」
『そっか……だから碧の事にやけに詳しかったんだ』

 でも、あいつは最初から僕を帰すつもりだったと思う。それが証拠に、意識を取り戻した後迎えに来たりは一度もなかった。受けた特訓も決していい加減なものではなかったし、現に不意打ちとはいえ一瞬でもあいつの支配下から逃れることができるくらいに力が付いていたんだし。

「それにしても碧って本当にでっかいモコモコが大好きなんだね。昔から?」
「大昔から」

 ケイコは気になっていたことが聞けて気が削がれたのか足元にあったヌイグルミに目が留まったようだ。

「人の子供くらいのサイズだよね」
「それくらいないとダメだからな」
「ダメって…。クマさんにクジラさんに、これ何?」
「妖怪…妖精なのか…アニメのキャラクターだよ」
「そうなんだ…人間って不思議なもの考える好きだよね」

 お前がそれを言うか……。

 これは、僕の友達だったものだ。人間と友達になるのが恐かった。だからフワフワを抱きしめて寂しさ紛らわせていた。

 僕に安心をくれた大切な友達。何も思わないヌイグルミ。






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